13.ヒュドラ


「今は眠ってる時期のはずだろ!?」

 

 Bランクパーティーである彼らは、Sランクであるヒュドラと対峙していた。

 人の気配を感じたヒュドラが襲い掛かり、彼らは迎い受ける猶予すら与えられず戦闘になる。


 青い鱗に九つの頭で森を蹴散らす。隠れ場を失いBランクパーティーは絶体絶命に陥る。


「き、昨日Bランクに上がったばっかりで……早くAランクになりたいから……っ! なのになんでヒュドラなんかと!」


 不運。

 ニグリス達に道を譲り、森の奥へ行かなければ遭遇することはなかった。


「ナナカ!」


 仲間の一人がヒュドラにやられてしまう。たった一撃、首を振っただけで気絶してしまう威力だ。


 すぐに駆け寄り息を確認する。

 ……よ、良かった息はある。


「うわぁぁぁっ!」


 ヒュドラはBランクパーティーに襲い掛かり、舌撫でするように弄んでいた。

 仲間たちが蹂躙される中、リーダーであるガイが斬りかかった。


「に、逃げろお前ら! 俺が囮になるから!」


 しかし、その脆い剣と技術では鱗を裂くことはできない。

 弾かれ、長い首がガイの胴体を貫いた。圧倒的な差。


 超高難易度であるヒュドラを相手に、Bランクに上がったばかりの冒険者には勝てるはずがない。

 周囲にいる仲間が悲鳴にも似た叫び声をあげる。


「ど、毒霧だ! ガイ逃げろ!」

「う、動けねぇ……っ足が」


 折れた足では身動きすることが出来ず、ヒュドラの持つ最強の毒が巻き散らされた。

 あのヒュドラから逃げようにも、移動が速く追いつかれる。


 しかし逃げなければ毒霧で殺される。


 し、死ぬ……っ!

 そう思った途端、恐怖で小便が漏れてしまう。


「……あ、あぁっ! 嫌だ!」


 絶望の色に染まるBランクパーティーは次第に足がすくむ。

 たった数分前まで平和だった。

 

 なんでこうなったんだ。


「やっぱりあたしの勘が当たりね! ヒュドラ居たじゃない」

「ここしか残ってなかったじゃないですか」


「え……っ?」

 

 エルフ耳の奴隷と赤髪の少女が居た。ヒュドラを見ても一切怯える様子はなく、堂々と向かい合っている。


 あ、あれはさっきのDランクパーティー!


「お、おい! 頼むあんたら! さっき雑魚と言ったのは謝るから、俺の仲間を連れて逃げてくれないか!?」


 自分のことはどうでもいい。

 俺はどっちにしろ、この足じゃ動けない。


 ヒュドラに殺されることは確定しているんだ。だからせめて仲間だけでも……っ。


「嫌よ」

「頼む……っごめん。ごめんなさい! いくらでも謝るからお願いします!」

「って言ってるけど、どうする? ニグリス」


 *


 俺は男の姿を見てため息交じりに言う。

 知るか。お前の仲間だろうが。


「自分で連れて行け」

「お、俺はこの通り動けないんだ……っ! だからせめて、仲間だけでも」


 ……仲間想いだな。

 なら、死なせる訳には行かないな。


 先にこのヒュドラを何とかしてから治癒だ。


 ヒュドラの毒を吸えば数分で死に至るほど危険だ。だが、俺の治癒で常時無効化させてしまえる。

 悪いなヒュドラ、俺は天敵だぞ。


「さっさと倒すぞ」

「な、何言ってんだあんたら! Dランクパーティーだろ!? 倒せるはずがねえよ! 大人しく逃げて命を守れって!」


 フェルスは剣を抜き、アリサは杖を構えた。

 俺は両手を合わせ重着治癒(レイヤードヒール)を唱える。


 問題はない。


 咆哮をあげるヒュドラに対して、フェルスが飛び出した。


 九つあるヒュドラの首は、本来は堅い鱗によって守られている。だが、それはあくまで普通の冒険者からすれば堅いだけだ。

 堅守のドラゴンとは比べてしまえば、紙のように柔らかい。


「ヒュドラのく、首が……っ! あんなに簡単に落ちるのか!?」


 六つ。ヒュドラの首は一瞬にして切り落とされる。

 悲痛の叫び声と共に、アリサが魔法を使う。


「すみません、三つだけ残しちゃいました」

「頭は……いいや、胴体で。ファイアーボールッ!!」


「な、なんだよその魔法!! 普通じゃねえだろ! ニーノ人は無能なはずだろ!?」


 俺には中くらいに抑えたつもりだと分かるんだが、見慣れてない人間からすると驚くだろうな。

 暴風が吹き荒れ、ヒュドラは丸焦げになる。

 だがそれでも起き上がる。


 伊達にSランクモンスターじゃないか。


 残っている三つの首を、容赦なくぶん殴る。

 

 堅守のドラゴンは耐えてみせたが、流石にヒュドラではそれほどの耐久力はない。

 巨体が倒れ、閑散とした森林に戻る。


「あー……なんか拍子抜けね」

「そんなもんだろ」


 ヒュドラとの戦闘も終わった。

 さて、あとは残っている彼らを助けて……あれ。


 めっちゃ怖がってるんだけど。


「な、何者なんだあんた……!」

「ただの治癒師だが」

「治癒師はヒュドラなんか殴らねえよ!」

 

 そう言われても、俺が前線張った方が、戦闘も早く済ませられるからな。

 まぁ普通の治癒師はそうなんだろうな。

 

 自分の戦い方が変だということは自覚しているつもりだ。


「まぁ、そういうこともあるよな」

「ねえよ! 自覚しろよ!」

「うっさいわねー! 治癒してあげないわよ!」

「いや、治癒するのは俺なんだが……」


 ヒュドラの毒を少し吸い込んでいたらしく、皮膚が赤く変色している。

 悠長に話している暇はないな。


 さっさと治癒だ。


「待ってください」

「どうしたフェルス」

「……謝らない限り、治癒はしない方がいいです」


 あぁなるほど。俺たちを馬鹿にしたことをちゃんと謝れって言う事か。

 先ほど叫んで謝っていたが、あれはその場しのぎの可能性がある。


 ちゃんとした謝罪が欲しいんだな。


「……ゴホッあぁ、俺はあんたらを雑魚だと言った。でも、さっきの戦闘を見て確信した。あんたら、実はすげえ奴らなんだろ? でも理由があってDランク冒険者やってんだろ……悪かった。いや、ごめんなさい」


 ……謝れるのか。

 何が何でも謝るつもりがないように思えてしまっていた。


「ニーノ人って馬鹿にしたことも、謝る……すみませんでした」

「分かりゃいいのよ分かりゃ」


 うんうんと頷いてアリサも納得する。

 アゼルを少しだけ思い出した。リーダーで横暴で、絶対に自分の非を認めない。


 全員が全員あんな奴じゃない。コイツみたいに、仲間を想っている根の悪くない奴だっているんだ。


 俺はBランクパーティーの全員を治癒し、ヒュドラの素材を持ち帰って冒険者ギルドへ帰還した。

 

 そこには新しいギルドマスターが待っていた。

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