10.信用を得る


 重着治癒(レイヤードヒール)。

 

 ────来る。


 だが、ジャンヌの足は止まった。


 真っ先に先手を取ったのはフローレンスだった。

 つばぜり合い、一切容赦のない剣戟が起こる。


 瞬き一つの間に三度の太刀。これが剣士適性S以上の戦い。


 しかし、剣や力量で圧されてしまう。


「フローレンス!」

「くっ……! 思いっきり背後を取ったのじゃがの!」

「……卑怯だとは言いません。そもそも、戦う気はないと言ったのも私です」


 すぐさま全体治癒を展開する。

 支援も同時にこなせばいくらジャンヌとはいえ、勝つことは不可能だ。


「全体治癒魔法……? これだけ高密度の魔法に繊細な技術。並みの魔法使いじゃできない、凄い」

「見惚れてる余裕があるとは、腹立たしいの」

「私だっているんです!」


 フェルスが足を蹴って、すれ違い様に一閃。しかし、容易に防がれる。


「……斬り捨てられたくなければ、下がっていなさい」

「っ……斬る対象にすらならないということですか……っ!!」


 悔しそうに下唇を噛み締める。

 まだ剣士適性はAから上がっていない。

 それに、この相手は二人では荷が重いな。


 そう思っているとアリサが前に出て、溌剌とした声で言う。


「よし、あたしの出番ね!」


 舌を出して腕まくりするアリサを軽く叩いた。

 コイツ、ファイアーボール撃つことしか頭にないな。


「お前がやった時の被害を考えろ」

「えぇっ!? あたしだって出番が欲しいのよ~!」

「ファイアーボールは禁止だ」

「む~! 今度依頼受けたら撃たせてよね!」

「もちろんだ」


 一番火力の出るアリサは二次被害の恐れがある。剣適性が高く頼みの綱である二人が届かないのなら、俺がやるしかない。


 アリサは素直に下がる。


「治癒師ニグリス。あなたには知っておいてもらいたい」

「なんだ」

「なぜこの剣が聖剣と呼ばれるのか」


 切っ先を俺に向け、そのまま地面に刺した。

 剣を地面に? どういうつもりだ。


「この魔法刻印は魔法を吸収する。申し訳ないが、あなたの魔法を頂く」


 悪いが、俺はその魔法刻印を詳しく知らないんだ。


 展開していた治癒魔法が砕け散る。

 ……最近はよく治癒魔法を破られるな。


 いや、そもそも戦闘向きの魔法じゃない。無理もないさ。

 それにしても俺の魔法を吸収してどうする。自分の魔力に変換するのか?


「変換された魔法は数倍にも膨れ上がりアロンダイトに結集され、一点の光となる」


 魔法を吸収したアロンダイトの光は、先ほどよりも強い光を放っている。

 ……ヤバそうな感じだ。


 重着治癒(レイヤードヒール)

 

 保険でさらに硬くする。


 地面から引き抜いたアロンダイトを、ジャンヌは一太刀振りかざす。


栄光アロンダイト・の剣グローリー


 一瞬にして閃光が襲った。

 っ!?


 考える暇なく防御態勢を取り、攻撃を防ぐ。

 俺が回避をすれば、建物に被害が行く。


 せっかく直したみんなの努力を、無駄にさせたくはない。


 耳から伝わる異音に気付く。

 

 嫌な音がするな! 二枚掛けでも足りないかっ。


 三枚目を使おうとすれば、身体が軋んで関節が動かせなくなる。

 それではただの木偶の坊だ。


 ピキッ……パキ……。


 重着治癒が綻び始めている。

 破れるまで耐えられるか……?


 急に光が弾け、塞がれていた視界が戻る。

 残ったのは聖剣の切っ先を静かに降ろすジャンヌの姿だった。


「……なぜ避けなかったのですか」

「みんなが作った家をまた壊されるのは御免なんでな。それより、話を聞け」

「……少しだけなら、聞いてみましょう」


 やっと聞く気になってくれたのか、ジャンヌは矛を収めた。

 全く、いきなり聖剣ぶっ放す奴がいるか。


 その様子を見て、フローレンスとフェルスもほっと胸をなでおろす。


「俺は別に、王国を何とかしようなんて考えちゃいない。貧民街が豊かになったとしても、あんたら三大勢力を脅かすことは絶対にしない」

「保障できますか」

「フローレンス」


 名前を呼んだら狐につままれたような表情をしたのち、軽く微笑んで頷いた。


「ニグリス殿がそう言うのなら、妾は従おう」

「だ、そうだ」

「……分かりました」


 目を瞑り、数秒ほど考え事をしたのか向き直る。

 コイツ、思ってたよりも美人だな。

  

 これほどの美貌ならば、男が放って置くはずがないと思うのだが、あの強さと堅い表情では寄り付かないのも納得ができる。


 すると少しだけ、面持ちが柔らかくなった。


「アルテラのスキルは、誰にも止めることはできません。聖教会の配下に居たからこそ生きることを許されてきた」

「それで取り戻しに来たのか」

「まだ聖教会には気付かれていない。もし行方不明など知れれば、アルテラは殺されるでしょう」

 

 俺はジャンヌの言い分を理解できた。

 見ず知らずの相手に頼むよりも、自分の元に居た方が確実に命は救える。


 殺してでも取り返そうとするのは変な話じゃない。


「あなたの強さは理解した、そしてその優しさも。私は剣でしか物事を語れない」

「不器用な奴だな」

「アルテラを生かすために、私はアルテラに冷たくしてきた」


 ……なるほどな。

 容易に想像が出来てしまった。


 ジャンヌであれば、アルテラを殺すのは簡単だ。

 だが、そこにはまず信頼を得る必要がある。誰よりも冷たくアルテラに対し接していなければ聖教会はジャンヌの傍に置くことを許しはしないだろう。


 騎士である以前に人。姉妹なのだ。


「それがこの形として現れてしまったのなら、仕方のないこと」


 ……そんな苦しそうな顔して、謝るなよ。

 ジャンヌは俺に対し、深く頭を下げていた。


「崩壊していた手の治癒を見て、私は思った。ニグリス、あなたは凄い」

「……信頼しろ、というのも無理な話だとは分かっているさ。少なくとも聖教会のように、俺はアルテラを殺しはしない」

「……本当に凄い奴だな。怖がってしまうのが普通なのに」


 素のジャンヌが出て来たような気がした。

 崩壊がどのくらい影響を与えるかは知らないが、俺の治癒が届く範囲であればいくらでも助けよう。


「……アルテラの記憶が戻ったら、教えてください。私は帰ります」

「待て。あんたもここに残って、少しだけでもアルテラの傍に居てやってくれ」

「私ではアルテラを不幸にさせてしまう」

「だから戻るのか?」

「心配は無用です。たまに来ますよ」


「妾的には、来るならもう少し静かに来いと思うのじゃが」

 

 確かに。

 ジャンヌが来るたびに大騒ぎになりそうだ。


「治癒師ニグリス。アルテラを頼みました」


 俺はそう言われて、素直に返事をすることができなかった。

 ジャンヌも一緒に居るべきだ。そう考えてしまったからだ。


 だが、上空にいるアルテラはジャンヌを怖がってしまった。


 ……距離を取るべきであることは間違いじゃない。

 でも、これはなんだか悲しい気がする。


 

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