9.《聖騎士ジャンヌ》


「わ、私だアルテラ! 姉を忘れたのか……?」

「し、知らない……っ! 誰なの!」

 

 ぎゅっと俺の服を掴むアルテラよりも、俺は眼前にいるジャンヌに違和感を抱いていた。

 姉……?

 

 確かにまだだいぶ若いし、姉妹だと言われれば納得はできる。

 

「待て、アルテラは記憶を失っているらしいんだ」

「なんですって?」

「自分の名前とスキルについては覚えているが、それ以外はあやふやみたいだ」

「……到底信じられません。それにあなたは誰ですか」

「俺は治癒師をやっているニグリスだ」

「ニグリス……? どこか聞いたことが」


 訝し気に見られるのも無理はない。

 俺からすれば、ジャンヌが姉だという証拠もないんだ。


 はいそうですか、とはアルテラを渡すことはできない。


 それに腰に据えているあの剣。

 なんだ、妙に雰囲気が他と一線を画している。


 只者ではない。


 フローレンスは知っているらしく、やけに重苦しい表情をしていた。

 ……剣適性がSのフローレンスが冷や汗なんてかくか?

 それにフェルスも本気の警戒をしている。


 俺は気になってジャンヌを鑑定してみる。



 鑑定


【種族】人

 ジャンヌ 19歳♀ 状態:警戒


魔力 中

剣士 SS / SS

魔法 C / C

器用B / B

忠誠 0


 【選ばれし者】

 聖剣・アロンダイトの持ち主。



 ……マジかよ


 剣士適性SSって、19歳でこの領域まで来たっていうのか。


 ……たまに居る天才って奴か、こいつ。

 この場において、剣士適性SSはフェルスだけだ。でも、そのフェルスですらその領域には足を踏み入れていない。戦いになるのはマズいかもしれないな。


 ……誰も勝てない。いや、俺が戦えば勝てるかもしれないが、どうにも事情があるらしい。

 できれば戦いは避けたい。


 それに聖剣だ。

 詳しくは分からないが、ヤバそうだ。

 

「俺も助けた手前、責任は取らなくちゃいけないんだ。そう簡単には渡せない」

「ニグリスさん、助けて頂いたことは感謝します。ですがここから先は聖教会の仕事だ」

「……って言ってるが、アルテラはどうしたい?」

「い、嫌……あなたなんて知らない!」

「狐ジジィに何かされたのか……大丈夫。私が何とかしてあげるから、帰ろう」

「あっち行って! みんなみたいに、私のことを呪いってイジメるんだ!」

「駄々をこねている時間は……いえ、早く来なさい」


 段々と声音が恐ろしくなっていく。

 ……こええよ。


 普通の人の威圧であれば、そんなにビビることはない。

 だが、剣士適性SSまで到達した人の威圧は死を連想させてしまう。


 ゾッと周囲が後退りする中、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 コイツ、不器用だな。


 素直に笑顔を向ければいいものを。

 そのお陰で、もしかしてジャンヌは真面目な人間なのではないか、と思う。


 本気で心配していたから、本気で守りたいと思っているから怒りそうになる。

 姉妹としては当然だ。


「……アルテラ。確かにあの女は怖いと思うけど、敵じゃないと思うぞ」

「え……?」

「あれは家族を心配する人の眼だ」


 後ろに燃え滾るようなオーラが見えるが、目を見れば分かる。

 家族を愛する人の目だ。


 アリサが「えぇ~……」と言いながら口を挟んできた。


「ニグリスってたまに変なこと言うよね。あれどこからどう見ても悪役でしょ」

「私もアリサさんに同感です。あれは少し……危険すぎる」


 変とは失敬な。

 まぁ、違うにしても決めるのはアルテラだ。


「い、嫌だ……ここが良い」

「アルテラ……っ!! 我儘を言っている余裕はないんです!」

「そう怒鳴るな。アルテラは俺が責任を持って面倒を見る」

「無責任なことを言うな! 私は善意ばかり振りかざす貴様のような人間が嫌いだ! 何も力がないくせに……っ!」


 うおっズバズバ言うな。

 アルテラに拒絶されて頭に来ているのか?


「力はある。俺ならアルテラの崩壊を治癒できるんだ」

「何……? し、信じられるはずがないだろ!」

「アルテラ、手袋外してくれるか?」

「う、うん」

「馬鹿やめろ! その手はもう!」


 外された手袋に下に、綺麗な少女の手があった。

 それでも少し黒ずみ始めている……崩壊って早いんだな。


「……あ、アルテラ……その手は」

「治して、もらったから……」


 ジャンヌは思わず手を伸ばそうとしていた。

 綺麗な美しい妹の手だ。触れたいと思ってしまうんだろう。


「……そうか。貧民街には、そんな人間がいたのか。もう少し早く知っていれば」


 これで少しは納得しただろう。

 アルテラを連れて帰ってた所で崩壊は止められない。

 俺ならば止められる。

 

 敵ではないと信頼してもらえると嬉しいんだが。


「そういうことだから────」


「け、堅守のドラゴンだー!」

「な、なんでまた帰ってくるんだよ~!」


 近くに居た兵士が気づき、叫ぶ。


 あっそういえば屋敷に置きっぱなしだったの忘れてた。

 少し怒った様子で、堅守のドラゴンが俺の後ろに降り立った。


「ガウ!」

「怒ってるのか? 別に忘れてた訳じゃ……忘れてた」


 ……すまん。

 あとで肉でもやるか。


「……堅守のドラゴン、か?」


 ジャンヌが指を差して確認してくる。

 俺は頷いた。


「……そういえば、貧民街には凄腕の治癒師がいると聞いた。ドラゴンを従え、住民を救った陰の支配者と呼ばれていると……」

「いやそれ、全くの嘘だから」


 ジャンヌは拳を握りしめ、俯いた。


 ドラゴンを従えってなんだよ。勝手に懐いてるだけだぞ。

 あとは普通に鑑定したり治癒したりしてるだけだし。


「……そうか、ニグリスさん。あなたが陰の支配者か」

「それは周りが勝手に言ってるだけ! 俺は知らないから!」

「……あくまでしらを切るんだな」

「だから、違うっての」

 

 どいつもこいつも人の話聞かないな。

 ……殺気が上がったな。


「ニグリス様! お下がりください……雰囲気が、変わりました」

「分かってる。アルテラ、少し離れてろ」

「ガウ」

「ど、ドラゴンさん!?」


 堅守のドラゴンはアルテラを掴み、翼を羽ばたかせた。

 そうだな、上空であれば手出しは出来ないだろう。


「……すまない。ニグリスさんには恩もあれば妹の手を治癒してくれて感謝もしています。だが、私は聖騎士団長なのです」

「それが、その剣を抜く理由と関係あるのか?」

「貧民街はこの国の三大勢力を脅かす可能性がある。その中で最も危険とされるあなたを、会議で殺すと決定した」


 ……そんな会議で俺の死刑を勝手に決めるな。

 ジャンヌが抜いた刀身は眩しかった。


 二対の線が入り交じり、黄色の粒を纏っている。


「一方的で理不尽だとは理解しています。だからせめて、この聖剣『アロンダイト』で葬りましょう」


 冷や汗を流すしかない。

 あの剣……魔法陣が刻まれているのか。


 でも魔法陣とは少し違う。六芒星ではなく、もっと複雑な形をしていた。

 九?

 六芒星じゃなくて九芒星か。



 聖剣【アロンダイト】

 魔を切り裂き、夜を光で照らす希望とされてきた。

 聖教会の持つ七本のうちの一本である。


 そして、魔法刻印を埋め込まれた剣である。

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