8.全面戦争の序章


 ニグリス達がアルテラを治癒した頃。

 

 大貴族エラッドが自身の屋敷でカラスと対話していた。

 このカラスはエラッドが使役している野鳥で、情報収集に役立てている。


「へぇ、ニグリスの治癒はあったことをなかったことにしてしまう……か」


 ここに来てニグリスの治癒を知る。


 アルテラの内側の奥底へ、影響を及ぼせないほどの深さに偵察魔法陣を仕込んでいた。崩壊のスキルが絶対に届かない深さ。それはつまり、心臓である。

 心臓が破壊されない限り、エラッドの支配は終わらない。

 

 お陰でニグリスにも気付かれず、“あったこと”を“なかったこと”にしてしまう治癒の存在を知ることが出来た。


 これは中々に……面白い魔法だね。

 スキルなしで魔法の原点(オリジン)まで到達した、という事か。


「凄いじゃないか! アゼルくんを倒したことも頷ける!」


 久々に高揚し、胸の高鳴りを隠し切れないエラッドは叫んでしまう。

 カラスの瞳と目が合い、冷静さを取り戻す。


「冷めた眼で見ないでくれよ。僕だってたまには興奮するんだぜ?」

 

 飄々とした態度の裏には、人のような熱を持っている。

 座り慣れた椅子に腰を落ちつかせ、頬杖をついた。


「聖騎士団長ジャンヌも到着したみたいだ。アルテラちゃんの記憶を弄っておいて正解だったね」

 

 あの時、ジャンヌが会議に出席していた数分の間にアルテラは記憶を弄られていた。

 ジャンヌや聖教会の記憶をすっぽり抜かれ、貧民街の近くの森で解放する。可哀想な子がいるとすぐに助けるニグリスの性格を利用し、アルテラを治癒させた。

 

「僕の魔法陣はやっぱり便利だなぁ」


 手のひらに六芒星の陣を発動させる。

 妖しい輝きに導かれるように、一匹のカラスがエラッドの肩に乗る。


「人を操り、心を弄る。ピッタリだ」


 不確定要素であったニグリスの魔法も掴んだ。

 これ以上の収穫はない。


 僕は悪くないぜ?

 僕に敵意を向けたジャンヌが悪いんだ。


 ただ僕は邪魔なものを排除するだけ。

 それにこの肉体の最終調整も直に終わる。

 

「目的は果たしたけど、もう少しだけ見て見ようか」


 不気味なほど口角を深く、愉悦に浸る。


「人を助けたいと思うその気持ちが、自分の仲間を危険に晒すなんて皮肉だねぇ」


 そしてジャンヌとアルテラ。

 この二人の結末は決まっている。


「みんな馬鹿だよね。誰かのために生きるなんて、無駄な行為が自分の首を絞めるってことにも気づかないでさ」


 せせら笑うエラッドは観察を続ける。

 真の肉体はすぐそこである。


 *

 

 貧民街の中心部。

 ニグリスたちとアゼルが戦った場所だ。


「……妾の領地になんの用じゃ?」


 聖剣を腰に据え、ただならない殺気が周囲を襲う。

 いつもの甘さを抜いたフローレンスに、部下は恐れを思い出す。


 ニグリスと一緒にいる時がおかしいだけなのだ


 誰よりも冷酷なはずなのに、貧民街のために己の命すら捨てる覚悟がある。


 領主としての自覚を持っている。


「頭……っ!」

「落ち着け。殺気はするが、剣は抜いておらぬ。住民を巻き込まぬよう気は遣っているようじゃ」


 どうやら、貧民街を制圧しに来たのではないらしい。


 聖教会はスキル主義の勢力であった。

 スキルは女神の天啓であり、選ばれし者であること。

 故に、アルテラは死ぬことなく生きている。ただし、それはジャンヌが庇護下に置いているという条件があった。


「ここに私の妹がいるはずです」

「妹じゃと? そんな情報は入っておらぬが」

「嘘は結構。取り返しに来ただけですので」

「居らぬ者は居らぬ。立ち去れ、貴様の来るべき所ではない」


 お互いに一歩も譲らない状況でニグリス達は現れる。 

 

「おい……こっちはフェルスの飯が待ってるんだが」

「……アルテラッ!!」


 ジャンヌはようやく見つけた妹に、名前を叫ぶ。

 しかし、咄嗟にニグリスの後ろに隠れてしまう。


「……アルテラ、帰りますよ」

「なんじゃ、そいつか」


 フローレンスは安堵の表情をする。

 ここで戦わなくて済むのならそれに越したことはない。

 なぜニグリスと一緒に居るかは分からないが。


「……あの、お姉ちゃん、誰?」

 

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