7.崩壊


「……そうは言われてた、と思う。あんまり覚えてないの」


 事実、それ以上のことを俺は知らない。

 アリサも詳しくないだろうから黙っている。


「……その手袋で、スキルを封じてるのか?」


「う、うん……たぶん、これがないと死んじゃうから」

「死ぬって、自分のスキルでしょ? 流石にそれは……」


 アリサの言う通りだ。

 自分の持っているスキルのせいで死ぬなんて、そんな話があってたまるか。それじゃあ本当に呪いだぞ。

 でも、アルテラが嘘を付いているようには見えない。

 ……崩壊か。俺の鑑定スキルにも影響を及ぼしてしまうほど強いのなら、自分自身さえも壊してしまうというのは納得が行くな。


「手から腕に、腕から体に、私の崩壊は進んでいくの」


 ……待て。それなら俺の治癒で崩壊を食い止めることはできないか?

 崩壊を治癒すれば防ぐことが出来るんじゃ。


 まずは俺自身の“鑑定スキル”を治癒してみる。

 感覚的には失ったという感じはあるが、やってみなければ分からない。


 『治癒(ヒール)』

 

 心の中唱え、自分に掛ける。

 ……鑑定。


 フェルスとアリサのステータスはしっかり見える。

 アルテラのは、見ない方がいいな。また壊される。

 でも、これで治癒魔法が崩壊に効くことは分かった。


「手を見せてもらえるか?」

「えっ……う、うん……でも、見ない方が良いと思うよ?」


 アルテラはゆっくりと手袋を外して、その下にある手を見せてくれる。酷く歪な形をしていて、灰色に変色しヒビだらけだった。

 指先は腐ってるな。普通であれば切断しなければならない。

 だからって、少女の手を切断なんかしない。


「……酷いですね」

「そうね……」


 噂は噂だからこそ、気軽に話すことが出来る。事実を目にしてしまうと、言葉を失ってしまった。

 

「アルテラは、このスキルが嫌いか?」

「嫌い、こんなのがあるから、私は一人なんだもん……」

「俺が治してやる」

「えっ……?」

「これでも街一つ救ってるんだ。だから、信用してくれないか」


 余計なお節介だと分かりながらも、彼女にどこか懐かしい感じを覚えている自分が居た。

 一人ぼっち。


 忘れていたはずの記憶が呼び起こされた。


 俺も前のパーティーで一人ぼっちだったんだ。誰にも意見を聞いてもらえず、努力しても認められなかった。


 アルテラはみんなから嫌われ、存在自体を否定されてきたはずだ。

 そんなのいくらなんでも可哀想すぎる。


 少女一人くらい、救ってやるさ。


「治癒(ヒール)」

「こ、これはスキルなんだよ? どんなに凄くたって……」


 みるみるうちにアルテラの手は美しく元の形に戻っていく。

 ……スキルをなかったことにしようと思ったが、これはダメだ。


 スキルを“なかったこと”にしてしまうと、アゼル同様に自壊する恐れがある。

 やはり繋がりが深いものを消してしまうのは危険だな。


「崩壊の侵蝕を抑えることはできるが、スキルは消せない」

「……なに、これ」

「なにって、アルテラの手だろ?」

 

 何か変だろうか。

 治癒は成功しているし、綺麗な手だ。


「……だって、これ、綺麗、だよ?」

「そりゃ、アルテラくらいの年の子はそんなもんだろ」

「……さっきまで……ボロボロ、だったのに」

「気にするな」


 アルテラが泣き出してしまった。

 な、泣かれると困るんだが。


 そういえば食事を取っていなかったな。


「フェルス、食事の用意はできるか?」

「そうですね。良い時間ですし、すぐに準備致します」

「頼む」


 フェルスのご飯は楽しみの一つなんだ。

 何と言っても、日に日に実力を上げてるんだよなぁ。


 流石は器用適性が高いだけある。


「こんな綺麗な手、まるでお姉ちゃんみたいな……お姉ちゃん?」

「どうかしたか?」

「う、ううん……気のせい……だと思う」


 何かが突っかかるようで、僅かに顔を俯いた。

 すると、屋敷の窓から堅守のドラゴンがこちらを覗き見ていた。

 にっこり笑って堅守のドラゴンは首を縦に振る。元気になったことを喜んでいるらしい。


「ガウ」

「……ドラゴンさん?」

「コイツが助けてくれたんだとさ。……窓から入ろうとするな、入れないから」

「ガウ……」


 少し可哀想になって軽く頭を撫でてやった。

 褒められたと勘違いしたのか上機嫌になって俺をなめる。


 そのまま少女もペロペロとなめる。


「く、くすぐったい……あっ……わ、ドラゴンさん~」


 これだけ見ると、この子はただの少女に見える。

 何も変なところはない。


 普通の子だ。


 あぁ、この子が怖がっていたのは俺たちじゃない。自分が人を傷つけてしまうことを恐れていたのか。


「一応、手袋はしておけ。それとしばらくは俺から離れるな」


 崩壊が治癒できることは分かった。なら、

 やることが増えたな。

 アリサのスキルである【原初の火球使い】と【原初の崩壊】は同じ原初繋がりだ。どう見ても無関係じゃない。


 ようやく事件が落ちついたかと思えば、今朝同様にリーシャが駆け出してきた。


「に、ニグリスさ~ん!」

「またか……お前これで三回目だぞ」

「で、でも! 大事なんです!」

「今度はなんだ?」

「せ、聖騎士団が……貧民街に来てるんです!」


 聖騎士団だと?

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