30.大貴族


 屋敷のテラスから、一人の老人が目を閉じ深呼吸する。近くにいるカラスを見て、呟く。


「アゼルくんは負けてしまったか」

 

 アゼルの敗北を知り、大貴族は思わぬ事態に苛立ちを隠せずにいた。

 ……僕の作戦が失敗するなんてね。アレは純粋な二つの力を与えたつもりだったんだが、対抗できる人材が居たとは。


 果たして誰だろうか。


 考えを巡らせても、答えが見つからない。

 

「原初の火球使いの対策はしっかりと行った。残されているとすれば、鑑定スキル持ちの治癒師、ニグリス」


 不確定要素はあったものの、少し強いだけの治癒師のはずだ。

 治癒魔法なんて人を活性化させるだけの職業だ。何か出来るはずがない。


 なぜだろう。

 どこがいけなかったんだろう。


 考えを巡らせても答えに辿り着かない。

 軽く腕を組んで悩んでいると、声を掛けられた。


「……大貴族、アルファード・エラッド様とお見受け致します」

「おやおや、よく来てくれたね」


 手を広げ歓迎する。

 それに嫌悪を示され、しょぼくれる。


 明らかに嫌な顔しなくたっていいじゃないか。あまり仲の良い組織ではないにしても、同じ国で生きる物同士だぜ?

 まぁ、僕はそういう子は嫌いじゃないがね。


「それで、聖教会からやってきた聖騎士団長が、僕になんの用かな?」

「古代兵器。黒龍の鎧が貧民街で暴れているとの報告を受け、事の次第を確認しに参りました」

「なんで僕の元に来るんだい。今すぐ貧民街に兵でも送って鎮圧すればいいだろう。暴力は君たちの専売特許だぜ? 積極的に使っていこうよ」

 

 狐ジジィめ、と言わんばかりの瞳で睨まれる。

 妖艶な笑みを崩すことなく、大貴族、エラッドは近場の椅子に座る。


「既に事件は解決しております。黒龍の鎧であるアゼルは死亡し、貧民街の死者はゼロです」

「……ゼロ?」


 嘘だろ?

 あれだけの力のあるアゼルくんを解き放ったんだ。

 

 昔ならば国ひとつ滅ぼしていてもおかしくはない。それが死者ゼロだって?

 相手に悟られないように表情を隠し、話を変える。


「貧民街は僕たち王国にとっても目の上のたんこぶだ。大陸の西部にあるこの国が均衡を保てているのも、王国、冒険者ギルド、聖教会の三勢力があるからだろ?」

「はい……そこは我々も認識しております。貧民街の勢力が拡大すれば、三つの均衡が崩れ、国が混乱になることも」

「だったらなおさら、僕のやっていることに口を出すべきじゃないと思うぜ?」


 ニタニタと笑い、聖騎士団長の反応を待つ。

 エラッドは何も言い返せないことをよく分かっていた。

 

 聖教会で力を持っていようが、国の中枢で権力を握っているのは大貴族だ。

 民を危険に晒そうが、それは聖教会の関与する所ではない。


 だが、聖騎士団長ジャンヌは間違ったことが嫌いだった。

 例えなんであろうと、そこに住む人々の命を奪って良い筈がない。


 正義感の強い彼女の、この行動は自分の意思によるもの。


「……はい。ですが、今回のことは見逃す訳には行かないのです」

「堅物だねぇ。もっと笑えよ、いい女が台無しだ」

「……笑顔は忘れました」


 それだけ言うと、部屋を後にする。

 やれやれ、とエラッドは肩透かしになる。


「わざわざ、そんなことを言いに来るためだけに来たのか。僕も厄介なのに目を付けられたものだ。少し動くのを控えようかな? でも図書館が欲しいんだよなぁ」

 

 貧民街にあると言われている図書館。

 エラッドの狙いはそれだった。

 

 欲しいと思った物は何が何でも手に入れる。

 

 それがエラッドの欲であり、我であった。

 

 窓の外眺め、ふと少女を見かけた。


 屋敷の花壇で遊び、先ほどの聖騎士団長ジャンヌと一緒に帰る。

 ……ほぉ、妹か。


「……聖騎士団長、ジャンヌの妹か。そういえば、面白い噂があったねぇ……呪いのスキル持ちだったかな?」


 そうだ。

 彼女たちを使って、少し確かめてみようか。


 なぜアゼルくんが敗北し、ニグリスという男が生きているのか。

 死者がゼロなんて、信じられるはずがない。


 ニグリス、君は一体何者なんだい? 

 

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