29.アゼルの過去


 俺様はみんなの中心だった。

 リーダー的存在で、誰もが俺を羨んだ。


 その日も、孤児院の子どもたちと剣の稽古をしていた。


「アゼルくん強いよ~」

「おめえがよえーんだよ。へっ」


 この孤児院で俺より強い奴はいない。


 でも、最近入って来たあの新入り、いつも一人だ。

 

 名前はニグリス。

 

 俺は仲良くなろうとは思えなかった。


 あの眼だ。

 あの眼が気持ち悪い。


 まるで人を観察しているような眼をして、見透かしたような顔しやがる。

 

 みんな俺を特別視してるのに、アイツだけは俺を平凡に見る。


 俺は普通じゃないんだ。

 俺は主人公なんだ。


 ある日、ニグリスのスキル持ちが判明した。


「ねぇ聞いた!? あのニグリスって子、スキル持ちらしいよ!」

「マジで!? すげぇ! どんなスキルなのかな!?」

「ニグリスの所に集まろうぜ!」

「お、おい……っ剣の稽古しようぜ……っ」

「今はそんなことよりもニグリスだよ!」


 次第に、誰も居なかったニグリスの周りに人が集まり始めた。

 優しくて暖かいニグリスと評判になり、誰もがニグリスを好きになっていた。


「アゼル! 鑑定してもらったか?」

「いや……」

「よっしゃ、じゃあニグリスに頼んで来るね!」

「お、おい……っ」


 孤児院の一人が好奇心でニグリスに問いかけた。

 そして、帰って来た反応にみんなは爆笑していた。


「アゼルもステータス普通なんじゃん。なーんだ」

「……えっ」


 俺が、普通?

 この周りにいる人間と、同じ?


「アゼルは剣の稽古すると容赦ないからなぁ。その後も殴られてさ」

「分かるわ~、酷いよね~」


 孤児院では誰もがニグリスを持ち上げた。その過程に、俺を下げる。

 光はいつしか、俺ではなくなっていた。


「何が鑑定だ……あんなスキル。ゴミだ」


 みんな、俺を見てくれ。


 ……見てくれ。


 ニグリスだ。ニグリスいるからだ。アイツを、何としてでも屈服させたい。

 アイツは俺よりも下だ。


 下なんだ。

 それが分かれば、みんなもきっと。


 *


 俺は偽善者だと思った。

 こんな状態のアゼルを救おうとした。


 救いたい、と思ってしまった。


「……馬鹿野郎」


 アゼルはただ、認めて欲しかったんだ。

 それが時間と共に歪み、肥大化し、俺への憎しみに変貌した。

 

 早く知って居れば、変わったかもしれない。


 もう遅かった。アゼルの肉体は魔法陣と融合していて、切り離すのは絶対に不可能だった。

 魔法陣をなかったことにする、それはアゼルを殺すも同義だ。


 治癒を始めてしまった。止めることはできない。


 アゼルの身体と、鎧のような黒いドラゴンが灰色になって崩れ始めた。

 風が吹く度、徐々に薄れ消えゆく燈火だ。


 それでも立ち上がろうとするアゼルにフローレンスが応戦しようと踏み出す。が、俺は目を瞑った。

 もう無駄だ。


「ッ! に、ニグリス殿。これは一体……」

「自壊だ。そいつはもう、助からない」


「た……助けて……くれ……身体が……っ!」

「無理だ。お前は深く繋がりすぎたんだ」

「ふ、ふざけんなよ……俺様……仲間だと思ってたんだろ……助けろよ……ゴミクズ!」


 なんで今更仲間だって言うんだよ。自分の都合よく理解し、思い通りになると思っている。

 最後まで変わってはくれないのか。

 

 馬鹿は死んでも治らない。


「アゼル、お前は馬鹿だよ。俺の治癒でも治せないほどの、馬鹿だ」

「殺す……殺してやる……俺様の方が……凄いのに! 嫌だ……死にたくない……消えたくな───」


 強風が吹き、一気にアゼルの身体を塵にしてしまった。

 ……哀れだな。

 

 静寂に包まれ、積もった灰だけがその場に残された。

 三年間の思い出が、風に乗って消えていく感じがした。


 そして新たな風が吹く。


「ねぇ、終わった~?」


 魔力切れで地面に倒れ、ふへ~と顔を蕩かすアリサが叫んでいた。

 

「終わった。フェルス、アリサを介護してやってくれ」


 アリサを任せ、俺は傍に倒れている瀕死のドラゴンに近寄る。

 堅守のドラゴンが、必死に戦ってくれたお陰でアゼルによる被害が少なかった。


 もし、アゼルが自由に行動していたら、もっと被害は甚大だった。

 もしかしてコイツ、古傷を治してやったからその恩返しを?

 ……そんなはずないか。


「治癒(ヒール)」


 欠けた翼や足。全てを治癒してやると、ムクッと起き上がる。

 周りを見渡し、敵が倒されたことを知ると。


「……ガウッ」


 それだけ鳴いて、大きな翼を広げた。

 敵対しないのか。


「お前、どうして戦ってくれたんだ?」


 堅守のドラゴンレベルになると、人の言葉を理解できる。

 だから、俺の質問の意味は分かっているはずだ。


 なのに、なんで悩んでるんだ?


「ガウガウ……」


 恥ずかしそうに、逆鱗を俺に見せつけた。

 古傷を治した場所だ。


 大した治癒はしていないんだがな。


「恩返し、ってか?」


 軽く笑うと、大きく首を揺らして頷いた。

 ……可愛いなコイツ。


 堅守のドラゴンは事が終わったと見ると飛び去り、巣へと帰っていく。

 その光景をフローレンスは驚いてみていた。


「に、ニグリス殿……堅守のドラゴンを従えておるのか?」

「いや別に。前、殴った時に傷を治してやったからその恩返しだとさ」

「な、殴ったじゃと……? 化け物か」


 それより、とフローレンスの手を取り治癒、と唱える。

 よく見れば擦り傷だらけだからな。戻ったらフェルスも治してやらなくちゃ。


「俺にとっては、フローレンスも大事な存在だ。怪我があったらすぐ言えよ、治してやる」

「……ひゃ……ひゃいっ……!!」


 貧民街がこれだけ荒らされてしまった。

 

 元に戻すのには、かなりの時間と労力、それと金が掛かる。

 それにどうしても気になることがある。


 アゼルは冒険者ギルドの奴隷になっていたはずだ。


 どうやって出て来た。誰が魔法陣なんて物を与えた。


 みんなが積み上げてきたものをぶち壊した奴を許しはしない。絶対に、ぶん殴ってやる。

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