26.全体治癒


 リーシャに連れられて向かった先は、凄惨な姿をした貧民街だった。

 そこら中で煙が舞い、火の手が街を地獄と化す。

 

 ……なんだよ、これ。


 建てたばかりの家は崩れ、その瓦礫に埋もれている住民や逃げ惑う叫び声。

 あの暖かな空気は絶望の色へ染め上げられていた。


「馬鹿な子だね……母さん置いて逃げな!」

「ダメだよっ! お母さんも一緒に逃げなきゃぁ!」

「モンスターが来ちまうよ!」


「あたしが助けてくる。ニグリス達は他を頼むわ!」


 瓦礫の下敷きになっている女性を助けるべく、アリサが先に向かった。

 アリサなら何とかできるな。

 今はあっちだ。


「誰かっ! モンスターがこっちに出てるんだ!」


 重着治癒(レイヤードヒール)を使い、Bランクモンスターを討伐する。


「大丈夫か?」

「あ、ああ! 恩に着る!」


 逃げ出すように走っていく。

 あの様子なら大丈夫そうだ。


「私も周りを見てきます!」

「頼んだぞフェルス」


 統率なんかあったもんじゃない。みんな自分の命を守るだけで精一杯だ。


 少しずつ、変わろうとしていたはずだ。

 徐々に貧民街は豊かになって、人々は笑顔に包まれていた。それを全て、一瞬で壊された。


 こんな状況を許せるはずがない。


「ニグリス殿っ!」

「フローレンス、何がどうなってるんだ」

「分からぬ……急にモンスター共が襲来したのじゃ! 森の方に近い家はほぼ全壊じゃ。モンスターの処理で妾も手一杯で、どうしようもない」

「……被害は?」

「……妾も把握しきれておらぬ。戦える者を総動員させて対応しているが……間に合わぬっ」


 フローレンスは口を堅く結び、恨めしそうにこぶしを握っている。住民を守る義務があるフローレンスにとっても、悔しいことに間違いはない。


「頼む。手を貸してくれぬか」

「無論だ」

「すまぬ……ニグリス殿が居なければ妾の心はとっくに折れておった。まずは怪我人を一か所に集めそれから治癒────」

「それじゃ間に合わない」


 今まさに、瓦礫に埋もれ、モンスターに襲われ死にかけている人たちがいる。

 全員救うのに、いちいち一か所に集めるなんて手間や時間はない。

 

 全員救う。

 一人だって死なせはしない。


 勢いよく両手を合わせ、集中する。

 治癒範囲の拡大。支援魔法の応用。


 俺の持っている全てを結集しろ。


「ま、まさか全域を治癒するつもりか!? 無茶じゃ!」

「無茶でもやるんだよ」

「そんな治癒の使い方は間違っておる! 身体が持たぬぞ!」

「生きている人の怪我なら治せる。でも、死人の怪我は治せない」


 一刻も争う状況ならば悩んでいる暇なんてないんだ。


 人々を救う。そのための魔法だ。

 支援と全体治癒を同時にっ!!

 

 パキンッという音と共に治癒魔法が解ける。


「……っ! 弾かれた?」

 

 おかしい。

 俺は貧民街全域を治癒しようとした。


「な、なんという男じゃ……本当に治癒してしまうとは……」

 

 いや、成功はした。成功したのに途中で弾かれた。

 それに二つ、変なのが居る。なんだ……? 


「フローレンス! 治癒自体は出来た。だが何かデカい反応が二つ。何が居るんだ?」

「……貧民街の中心で、二匹のドラゴンが戦っているとの報告が入っておる。あれはどうしようもない。まずは避難を最優先にするのじゃ」


 ドラゴン……?

 この地域にいるドラゴンは堅守のドラゴン一匹だけのはずだ。


「いや、そいつらは俺がやる」

 

 これの元凶であるかは分からないが、放置しておくこともできない。


 この場で堅守のドラゴンに勝てるのは俺だけだ。

 何としても止めなければ、被害はもっと広がってしまうだろう。


 モンスターが暴れ出したこと、魔法が弾かれたこと、二匹のドラゴン。

 胸騒ぎがする。


「お姉ちゃんありがとう!」

「早く逃げなさい。ちゃんとお母さんを大事にするのよ」


 瓦礫の中から救出できたようだ。怪我も治っている所を見るからに治癒もしっかり行き届いているな。

 

 住民は全快したはずだ。

 問題はモンスターどもだな。


 雑魚敵はフローレンスの部下たちに任せるとして、デカい相手にピッタリな奴は一人だ。


「アリサ! さっきまでの威力調整は忘れてくれ!」

「え? なんで?」

「思いっきりぶっ放していいぞ」

「……ここ街中なんだけど、ニグリス頭打った?」

 

 失礼な。

 俺は大真面目だぞ。


 重着治癒(レイヤードヒール)。


 治癒を二重にする。

 直感が正しければ、とんでもない奴が暴れている。極限まで防御力を高めて戦うべきだな。

 

 アリサを担ぎ、軽く瓦礫の山を飛び越えていく。


「ニグリス様っ!」

「フェルスはフローレンスとそこで住民を守ってやってくれ!」

「……っ!」


 ごめん、フェルス。

 堅守のドラゴンだけなら問題はなかったんだ。


 少し考えて、俺は確信した。


 治癒は弾かれたんじゃない。されたんだ。


 もう一匹のドラゴンによって。


 *


 俺が着いた頃には、勝負は決着していた。

 無残にも羽を食い千切られた堅守のドラゴンが、力なく倒れている。


 その傍で、逃げ遅れた少女が震えて泣きじゃくっていた。

 あの子は、盗人の娘か。


「……ググルゥ……」


 黒いドラゴンは、皮膚をモゾモゾと動かしている。もはやドラゴンなどと呼べる代物ではない。


 憎悪の塊のようなものだ。


「だ、誰か……助けてっ!」


 少女を殺すべく、黒いドラゴンは爪を振り下ろす。


 間に合わない!

 時間が惜しいと感じた俺は、アリサを背負いながら黒いドラゴンに突撃する。


「突っ込むぞ、捕まってろ」

「えっ突っ込むって? ちょっとたんまたんまニグリス止まって待って! あれヤバいってぎゃぁぁぁっ!」


 泣き叫ぶアリサ。


「手を出してんじゃねえ」


 俺は拳を振り下ろした。

 手応えはあった。


 魔法を無効化するドラゴンなんだか知らないが、物理攻撃なら通るはずだ。


 しかも脳天直撃だ。堅守のドラゴンすらも気絶する威力だぞ。

 ……っ!

 

 なんで、お前がそこに居る。

 黒いドラゴンの核に、アゼルが居た。


「すっかり忘れてたよ。自分で言ったのにな、馬鹿は死んでも治らないって」


 よお、アゼル。


「ニグ……ニグリ……ス」


 直撃したと思っていた箇所は、赤色の六芒星が浮き上がり、俺の攻撃を防いでいた。

 ノーダメージってマジかよ。

 

 冷や汗が頬を滑り落ちていく。

 手加減なしのマジ殴りだぞ。


 よく分かんないけど、物理攻撃も無効かよ。

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