25.堅守のドラゴン/ニグリスの日常
堅守のドラゴン。
彼の朝は巣の修理から始まる。
頭のおかしい少女によって、空からファイアーボールを撃ち込まれ壊された家だ。
それに怒った堅守のドラゴンはニグリスによって返り討ちに遭い、泣きべそかきながら帰る他なかった。
「ガウゥ……」
哀愁漂う堅守のドラゴンは、その小さな手で木枝を重ね屋根を作っている。
そして、異様な風を感じた。
モンスターの気配が
首を上げ空を見渡す。
森の山頂にある巣では、空一面を見渡すことが出来た。
少し離れた場所に、ドス黒いドラゴンが居た。
ドラゴンの本能が危険信号を感じていた。
自分の上位種などではない。あれはそもそも、ドラゴンではないのだ。
もっと異質な、今の時代には存在していけない代物だ。
無数の黒い渦が塊となって空を飛んでいる。その先は人間たちの住んでいる街だ、と気付く。
見逃してしまえばいい、見ていないふりをしてしまえばいい。相手はこちらに興味なんてないのだから。
分かっていながらも、堅守のドラゴンは大きな翼を広げた。
相手が自分よりも格上だろうと関係ない。自分は森の主なのだ。
自分の縄張りに入って来た、知らない敵を見過ごすことはできない。
その気持ちで、堅守のドラゴンはアゼルに戦いを挑んだ。
*
「ニグリス~、依頼受けに行こうよ~!」
「もう少し気持ちを抑えられるようになったらな」
「無理だよ~、ニーノ人は感情豊かだって知ってるでしょ~?」
半泣きになりながら、屋敷の中庭でアリサが臀部を付く。
アリサの魔法は確かに優秀だ。威力も右に出る人間はいないだろう。
でも……すぐに魔法をぶっぱする癖をやめて欲しいんだよなぁ。
街中で戦闘になったら、アリサがただの置き物と化す可能性がある。
被害を減らすためにも、もっと威力の調整は必要なんだ。
「ニグリス様、もう数時間は訓練しております。休憩にしませんか?」
「……それもそうだな」
やったー! と両手を上げてアリサはフェルスの作ったクッキーを頬張る。
俺もフェルスの提案を受け近場の切り株に腰を落ちつかせた。
俺たちの使う魔法が、人を想う気持ちに左右されるなんて変わっているなと思う。
誰が思いついたんだか、そんなこと。
「そうだニグリス様。お聞きしたかったことがあるんです」
「なんだ?」
「ニグリス様の治癒魔法って、どういう原理なのでしょうか?」
「原理? あー……そっちか」
少し悩む。
普通の治癒師がどうなのかは知らないが、少なくとも、俺の治癒は変だということくらい自覚している。
そうだな、話してどういう違いがあるか知りたい。
「んー、俺の治癒って元ある形に戻すっていう言い方が正しいかな」
「ん? もぐ、んぐぐ?」
「……食べ終わってから喋れ」
アリサがフェルスに水をもらい、クッキーを流し込む。
勿体ない……味わって食べろ。せっかくフェルスが作ったんだぞ。
「えっ普通に相手の治癒力を活性化させて傷を治してるんじゃないの?」
「それは支援魔法に使ってるな。脳のリミッターを外させるから、それ相応に体も活性化させないといけない」
「……? どういうこと?」
あれ、おかしいな。変なこと言ってないぞ?
絶妙に話が噛み合ってない。
分かりやすく言えば、こうなるかな。
「俺は仲間の傷を“なかったこと“に出来るんだよ」
「っ……冗談でしょ? それ、治癒なんてレベルじゃなくて事象そのものの否定よ?」
堪らなく狼狽したようで、顔を引き攣らせている。
事象そのものの否定か。確かにそれに近いかもしれないな。
その領域にまで達するのに一年は掛かったんだ。ある意味、アゼル達には感謝しないといけないな。
「普通の治癒師は、相手の治癒力を活性化させて怪我を治すの。だから、一生治らない傷は治せないし、絶対に不可能」
「不可能って言われてもなぁ。出来てしまうし」
「……ニグリスってとんでもないね。それって、相当人を想う気持ちが強くないと無理だよ」
「アリサだって、十分その領域にいるだろうが」
魔法適性がSとは言え、将来的にはSSになるんだ。
これから先を考えると俺よりも凄い魔法使いになってもおかしくはない。
そこが楽しみではあるのだが。
「はっきり言って無理」
手を振って乾いた笑い声を出す。
その隣で紅茶を飲んでいるフェルスは落ち込んでいて、地面を眺めていた。
「フェルス、お前だって剣士適性は高いんだ。落ち込むなよ」
「ですが……ダメなんです。お二人に追いつこうにも、差があり過ぎて届かない……自分が情けないです」
「今ばかり見ずに、未来を見ろ。フェルスは先がある」
「……はい」
落ち込んでしまう姿も可愛いが、心が痛いな。
何か強くなる方法を探してやるべきか。
でも、何度考えてもフローレンスと戦わせて、実践を重ねる方が早い気がしていた。口に出すことはできないが。
すると、遠くの方から声がした。
「ニグリスさ~ん!」
最近貧民街に住み始めた、元冒険者ギルドの受付嬢リーシャが走ってきていた。
髪がベッタリと頬にくっつき、汗だくだ。
肩を大きく揺らしながら、息を呑み込むと言う。
「た、大変です……っ! 貧民街が、貧民街が!」
「そんな焦ってどうしたんだよ」
「大変なことになってるんです……っ!!」
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