24.黒龍の召喚


 投獄され、奴隷の首輪を付けられた男が居た。

 その男の名をアゼルと呼ぶ。


 仲間であったミーアは奴隷娼婦として売り飛ばされ、劣悪な環境で嗚咽を漏らしながら生き延びている。


 しかし、男であるアゼルにはそう言った使い道ではなく、開発中の薬の実験体として使われていた。

 その影響か、肌は黒ずみ顔色は真っ白だ。指も何本か腐り始めて、もはや生きている人間の様相ではない。


 常に首輪を牢で繋がれ、身動き一つ取ることもできない。


 コツン、コツンと音を立てて年老いた男がアゼルの前に立つ。


 その傍には、大柄のオールバックをした男も居た。


「哀れだねぇ……かのSランクまで上り詰めたパーティーのリーダーとは思えない姿だよ。アゼルくん」

「……てめ……は、誰だ……俺様を……誰だと思って……」

 

 この国の裏を牛耳っている二人の権力者が、落ちぶれたアゼルの前にいる。

 それはなぜか、大貴族であるこの老人がアゼルへ会いたいと希望したからである。


 ギルドマスターが断れるはずもなく、付き添いとしてここにいる。

 厄介事や責任問題を負いたくないギルドマスターにとって、今の状況はあまり良いとは言い難い。


「貧民街の女帝を殺害するように依頼したじゃないか」

「……へっ、大貴族様ってか……依頼は、まだ……俺は出来る……」


「立場を弁えろこの犯罪者が! 貴様のせいで部下を一人失い、ギルドの信頼は地に落ちた! 死んでも償いきれない罪と分かっているのか!」


 あえて、有能な部下を失ったのは自分のせいではない。アゼルのせいだと言い放つ。


「怒鳴らないでくれたまえ、ギルドマスターくん。僕の耳はまだ遠くないよ?」

「す、すみません……」


 大貴族の機嫌を損ねれば、ギルドマスターとて無事では済まされない。


「……まだ、俺は……殺してない……」

「どれほど言おうが証拠は揃っている。貴様は新人の冒険者を殺したっ!」


 もはや死を免れないアゼルに対して、激昂する。

 大貴族と呼ばれる老人がアゼルの我の強さを見て深く微笑んで見せた。


「ふむ、短絡的で子どもじみた思考を持っている君に依頼したのは正解だったね」


 髭はなく、深く被ったフードのせいで顔は見えない。

 ただ品のある声音で、位の高い人間ではないかと誰もが察する。


「ギルドマスターくん、席を外してくれ」

「で、ですが」

「大丈夫。何があっても、問題は君のせいにはならないよ。僕がその責を負おう」

「……分かりました」


 その言葉を半信半疑に思いながらも、ギルドマスターはその場を後にする。

 残った二人の間にある空気は、酷く不気味だった。 


「僕もあまり長居するつもりはないからね。手短に済ませてしまおう」


 檻の向こうに居るアゼルへ手を伸ばす。

 口角が深くなり、目元がちらつく。


「これでも僕は君を気に入ってるんだぜ? だから君にチャンスを与えようと思って来たんだ」

「チャンス……?」

「ここから出て、好きなように生きる人生さ。嫌かな?」


 アゼルの答えなんか決まっていた。

 心の奥底。根底にある憎しみは絶えることなく燃え続けていた。


「これは魔法陣の刻まれた召喚石だ。あー、今の人たちは古代兵器なんて言うのかなぁ? すまないね、この歳になると記憶があやふやになってしまうんだ」


 六芒星の印が刻まれ、黒く澄んだ石だった。

 カラカラと笑い、手に持っている黒い石を牢屋の中へ投げ込んだ。

 

「人の間では失われた技術だ。そして、これには面白い特性もあるんだよね」


 黒石に刻まれた魔法陣が妖しく輝き始める。


「少し教えてあげよう。魔法というのは元来、自分のために使う物なんだ。なのに、馬鹿な奴らが『みんなのためになりますように』なんて言うから困った。それで生み出されたのが劣化版魔法、君らの知ってる魔法さ」


 現在の魔法は『みんなのために』使うことで効果を発揮する。

 だが、失われた技術、魔法陣では『自分のために』使えば強い効果を発揮する。


 嬉々として説明する大貴族の言葉が、アゼルには入ってきていなかった。


 妖しく発光する石に目を奪われしまっていたのだ。 


「で、この召喚石は鎧みたいな物さ。人を媒体にしなければ動きすらしない。『みんなのために』ではなく、『自分のために』使えば強くなるなんて、まるで君のためにあるような物じゃないか?」

「俺の、ため」

「あぁ、君が主人公さ」


 馬鹿は死んでも治らない。

 ニグリスは分かっていたにも関わらず、生かしてしまった。


「君の我儘はなんだい。何をしたい。君は誰を殺したい?」

「……ころ、す。殺す……殺してやる……ニグリスぅぅぅっ!!」

「もっと強く抱くんだ。それが君を強くする」


 次第に黒い石から濁流のように溢れ出す黒い液体。それに飲み込まれていくアゼルは、苦しむ様子はなく、ただただ狂気に満ちた瞳で笑っていた。


「とっておきだからね。早く貧民街を消しておくれ。頼んだよ、アゼルくん」



 約二時間後の話だった。

 大貴族によって与えられた力を使い、アゼルは貧民街を襲撃する。

 そして、多大な被害を出すことになる。

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