23.貧民街の人気者
その日は久々に休みにしていた。
外は晴れていて、風も心地いい。
昨日、リーシャの言う通りギルドから報奨金と謝罪の金を受け取った。
量にして約1000ゴールド。
平均的な一人の労働者が一生掛けて稼ぐ大金だ。
もはや働く必要はなくなった。
でも冒険することは好きだし、冒険者としても少しは活動するだろう。
屋敷でのんびりとしていると、メイド姿のフェルスが飲み物を持ってきてくれた。
見慣れているはずなのに、可愛さは相変わらずだ。
いくらでも可愛いと思ってしまう俺は、親バカみたいだな。
「ニグリス様、紅茶とお菓子をお持ちいたしました」
「ん? あぁ、ありがと」
寝て本を片手に読んでいたのだが、紅茶を飲むために起き上がる。
甘い香りがした。クッキーじゃないな。
「珍しいお菓子だな」
「はい。マカロンと言って、どうやら王都で一日5個の限定のお菓子らしいです。ニグリス様に食べていただきたくて、与えてくださったお金を少し使わせて頂きました」
ふむ。そういうつもりで渡した訳じゃないんだが……自分のことに使って欲しいな。まぁ、俺を思って買ってくれたのなら文句は言えまい。
にしてもマカロンか、変わった名前だ。
色鮮やかで綺麗だが、小さい。
「……甘いな」
非常に美味かった。
これを量産して売れば金持ちになれそうな気がする。でも、一日5個限定ってことは、作る材料や工程が非常に大変なんだろうな。
フェルスがマカロンを見つめていた。
「食べたいんだろ、俺は構わないから」
「た、立って食べるのはマナーが悪いので」
ふむ。確かにその通りだ。
椅子は俺の座っている一つしかない。
……まぁいいか。
「だったら俺の膝に座れ」
「えぇっ!?」
びっくりしたようで、耳を跳ねさせて赤面した。
それくらいで恥ずかしがるようなことだろうか。
ふっ俺は鋼のメンタルを手に入れたのだ。
フェルスの精神年齢が十二歳だということは分かっている。
「し、失礼します……」
緊張しながらフェルスは座る。
柔らかな臀部が薄い生地を通して伝わる。
フローレンスとは違い、清潔な感じの匂いが鼻腔を擽った。
マカロンを口に含んだら、フェルスは蕩けたように頬をたらした。
「おいひぃ……」
思わず顔を逸らした。
その顔はまずい! いろいろな意味で!
「あっすみません……! だらしない顔をしていましたっ」
「い、いや……いい」
意識しないように、と考えれば考えるほど、なぜか妙に意識してしまって恥ずかしかった。
ふと、視線を感じた方を見る。
いつの間にか来ていたアリサが、ドアの隙間からにへへと笑っている。
「お二人さん仲がよろしいようで~」
「アリサ、来てるんだったら言えよ……」
大荷物を持って、部屋に入ってくる。
なにその荷物。
「いいでしょ。どうせあたしもここに住むんだから」
「住む?」
「だって部屋いっぱいあるし、ギルドからもらったお金もある。それに王都の連中って宿に泊まるだけでも『ニーノ人に貸す部屋はねえ』って追い出すのよ。ほんっとありえない。でも、貧民街の人たちって優しいから差別しないのよね~ってことで、住みたい」
確かに部屋は余っている。
それどころか、まだ掃除が行き届いていない場所もあるんだ。
「俺は良いぞ」
アリサが住むことに反対ではないし、どちらかと言えば賛成だ。
連絡手段が簡単になって楽だし。
それに仲間だしな。
「あ~、フェルスはちょっと嫌かな~? え~?」
「へっ! べ、別に私は嫌じゃないです。ニグリス様と二人っきりじゃないだけで……」
「大丈夫大丈夫。あたし出不精だから、邪魔はしないよ」
あっはっはとアリサは笑い、荷物を持ち上げて部屋を後にした。
人数が増えて騒がしくなるのは良い事だ。
広すぎて少し静かだからな。
賑わってるくらいがちょうどいい。
「フェルス、行くぞ」
「え? 行くって、どちらへですか?」
「買い物。アリサが住むんだ。食料とか雑多が必要だろ?」
「そ、そうですね……っ! あの、二人きりですよね」
「アリサは荷解きがあるだろうしな」
俺に背を向けて、フェルスが隠れてガッツポーズしている。
買い物で何喜んでるんだろうか……。あぁ、そういえば依頼をこなしている時はアリサがいるもんな。
二人っきりで出かけるのは久々か。
*
貧民街は今、徐々に増えつつある住民のために家の建築が盛んだった。
みんなボロい家に住んでいたはずだが、何があったんだろう。
まぁいいや、と貧民街を抜けて王都に向かおうとした時に声を掛けられる。
大工姿の人だ。
「あっあんた! ニグリスさんだろ!」
「あ、ああ……」
勢いのまま、俺の手を握り握手してくる。
だ、誰だろう。握手されるような覚えがないんだが。
「あんたが鑑定してくれたお陰で警備隊から外されたんだ! 元々戦闘とか得意じゃなくて、こうした物作りが大好きでよ~! 器用さが高いって教えてくれたから好きな仕事に配属されたんだ!」
「お、おう……フローレンスの部下か」
「本当にありがとうな!」
必要以上に握手される。
……なんで感謝されるんだろう。
普通に鑑定してアドバイスしただけのことだ。
当たり前のことを、当たり前にしただけだ。
それに釣られて、わらわらと人が集まってくる。
「あなたがニグリスさん!? うちの夫が銀の翼っていうのにやられた怪我を治してくれてありがとうね~。これ、うちで採れた野菜なの。良かったら持ってって!」
続々と食べ物やら道具やら渡される。
「俺もお金をもらってやっているから、こうして良くされるとなんだか罪悪感があるんだが……」
「ニグリス様が助けた方々です。お礼は受け取っておくべきですよ」
フェルスが笑顔で俺の後ろに付き、誇らしげにしていた。
少し恥ずかしくて、しかめっ面になってしまう。
すると今度は、小さな少女に裾を引っ張られた。
「ねぇ、お兄ちゃんって鑑定っていうスキルと、怪我治せる魔法使えるの?」
「使えるけど、怪我人でもいるのか?」
「ううん。じゃあ、たぶんお兄ちゃんがパパ治してくれたんだ~!」
「パパ?」
「ユイ! ダメだろ勝手に走って行っちゃ!」
人だかりから離れた場所に、必死に走ってくる男が居た。
あの男、見たことがあるな。
「お前……フェルスが捕まえた盗人」
フェルトがレッドウルフを討伐した日。街中で盗みを働いた男が居た。そいつは腕を怪我していて、流れで治癒した。
罪を償って出てきたのか。
てか貧民街に住んでたのかよ。
「俺の腕を治してくれた……治癒師の兄ちゃんか……?」
「出れたんだな。怪我の調子はどうだ、冒険者としてまた活動してるのか?」
近況が気になって質問するも、それに答えることはなく男はその場で土下座した。
周りに居た人たちが静まり返る。
「あん時、怪我を治して頂きありがとうございましたっ! お礼もしなくちゃいけねえのに、今頃になってすまねえ!」
みんな、男のことは知っていた。
誰にも治せないと言われていた怪我を、俺が治したんだ。
「最近は感謝されたり、謝られたりばっかだな。別にお礼なんかしなくていい」
「そんな訳には行かねえっ……冒険者として再開できたのもあんたが俺を助けてくれたお陰なんだ! 本当に……本当に感謝してもしきれねえ……っ!!」
だいぶ歳も行っているはずなのに、公衆の面前で大粒の涙を流しながら頭を地面に擦り付けている。
……相当辛かったんだろうな。
この男はきっと、冒険者以外の生活を知らないのだろう。だから、生命線である腕が使えなくなり、盗みをするしかなかった。
娘を生かすために。
ここに居る人たちは、この男の怪我について知っているらしく微笑んでいた。
「分かった。じゃあ、たまに屋敷の掃除を手伝ってくれ。広すぎて手が足りないんだ」
「あぁっ……お安い御用だ!」
それからも人は増え続け、俺たちは動くことができなくなってしまった。
「お兄ちゃん! パパを助けてくれてありがとう!」
ユイという少女は手を振りながら、男に連れられて帰る。
俺とアゼルの決定的な違いだと思った。
俺は好き勝手生きる人生を歩みたくない。みんなと、仲間たちと一緒に歩みたいんだ。
それが正しいような気がした。
「……買う前に揃っちまったな、食料」
「他にも道具とか頂いてしまいましたね……」
予想外な展開に、俺たちは苦笑いを浮かべる。
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