15.また彼らと出会う


 俺はその日、フローレンスに鑑定後の経過を聞くために盗賊のアジトを訪れていた。いつものように貧民街の王座へ座る彼女は、冷めた眼をしている。


「ニグリス殿が朝早くから来てくれるとは、なんじゃ? 妾が恋しくなったか?」

「いや、そういう訳ではないんだが」

「そういう訳ではないのか!?」


 愕然と項垂れる。ショックで倒れかけているフローレンスを部下たちが支えていた。

 早朝、俺は気が付いたらフェルスの膝の上で眠っていた。


 起きた時に気まずいから逃げてきた、なんて言えないよなぁ。


「経過を聞きたかったんだ。鑑定した人達いるだろ? あの後どうなったのかなぁって」


 俺の鑑定結果やアドバイスが本当に正しかったかの確認だ。

 もし間違っていたら、俺はフローレンスの信用を失う可能性がある。

 失敗があるのならせめて先に謝ろう。


「問題はない。それどころか前よりも警備状況が改善されたのじゃ。ニグリス殿の指導があってから比較すると二倍いや、三倍くらい差がある」

「そ、そうか。順調ならいいんだ」

「ニグリス殿の慧眼を妾は信用しておる。手違いがあれば、それは妾のミスじゃろう」


 信用しているから安心しろ、か。

 何よりも嬉しい言葉だ。

 

 突如、フローレンスの部下が叫んだ。


「頭! 貧民街で暴れてた奴らを捕らえたそうです!」

「暴れてた? 妾の支配するこの地でか?」

「そうです。殺しておきますか」

「……一応顔を確認する。連れて参れ」


 貧民街で生活してから、俺は気づいたことがあった。

 ここに住む人々は皆、助け合って生きている。


 貧しく、食事もまともに取れなくても笑顔だ。


 暴れるような奴なんか居たか?


 縄に繋がれた四人の男女が、フローレンスの前に跪いて連れてこられた。


「クソがっ! 放しやがれ!」

「私達を何だと思ってるの!? Sランクパーティー、銀の翼よ!」


 聞き慣れた怒声と耳障りな女の声。

 なぜ、ここに居る。 


「おい……なんでゴミクズがここに居やがる!」

「……アゼル」


 足に矢を受け、無様にも殴られた顔が醜く歪んだ。

 俺が受けてきた仕打ちの日々が、一気に蘇る。

 

「丁度いい。早くこの縄を解け、それくらい役に立てるだろ? 無能がよぉ!」

「……相変わらずだな」


 口が臭い。また深酒か。

 俺が抜けてから何かが変化した、という訳でもなさそうだ。

 

「あぁ? 誰に物言ってんだ、無能は無能らしく────」

「誰がその臭い口を開けと言った?」


 フローレンスの蹴りがアゼルの顎を貫いた。

 吐血しながら、歯を食いしばって睨んで来る男を冷めた眼で睨んでいる。


「ブハハッ……良い女だぜぇ。気の強い女は好きだぜぇ?」


 下卑た笑みに無言の蹴りが刺さる。

 本気で怒ってるな。荒らされたことに相当苛立っているのか。

 分からなくはない。仲間が傷ついたとなれば俺も怒る。


「フローレンス、怪我人を連れて来い。俺が治す」

「すまぬが頼めるか」

「はぁ? 無能が治癒魔法なんか使えるはずねえだろ!」

「……っそ、そうよ」


 騒ぐコイツらを無視して部下たちに怪我人を連れてこさせる。

 死者はゼロで良かった。流石に死人は治せない。


 治癒。


「お、おい……何しやがったゴミクズ野郎!」

「何って、お前に傷つけられた人を治癒しただけだが?」

「嘘つくんじゃねえ! てめぇ如きが治癒魔法を使えるはずがねえだろ!」

「信じない、聞かない、挙句の果てに事実を捻じ曲げるのか? アゼル」


 アゼル達の治癒はしなくていいな。

 俺が治癒していたのはあくまでからだ。


「ほぉ……なるほど、貴様らか。妾の愛しきニグリス殿を虐げ、事実無根のデマを流した阿呆共は」

「な、なんでゴミクズと女帝が繋がってんだよ。なんで……なんでてめぇが!」

「今すぐ殺してやりたいが、出過ぎたことは理想のつ……女ではない。どうするのじゃ? ニグリス殿」

「何の用で貧民街に来たか答えさせる」


 俺を仲間として戻したい、というのならもう遅いし態度から見ても違う。

 

「何しに来たんだ?」

「……喋りかけんな」

「答えた方がいいぞ。フローレンスだと口よりも先に手が出る」

「……それ以上、喋んなっ」

 

 唾を飛ばしてくる。

 あぁ、やっぱり無駄だ。 

 アゼルとの会話は何一つ進まない。自分の都合を押し付け、通らなければ子どものように駄々をこねる。


 心の中で、怒りを通り越して何も湧かなくなってしまった。

 復讐をやるにしても遅すぎた。俺は既に吹っ切れている。


「お前らのことはもうどうでもいい。どうなろうと何も思わない」


 俺には今、大事な仲間がいる。


「それは生かすも殺すも変わらない」

 

 フローレンスは俺に判断を委ねた。

 なら、治癒師として選択しよう。


 治癒師は人を殺さない。生かす職業だ。


「……身包みを全て剥いで捨ててくるのじゃ。ニグリス殿の意見を尊重しよう」


 銀の翼は、盗賊たちによって武器や防具を剥され、そのまま王都の裏路地に捨てられるだろう。

 

「……何様のつもりだ。てめえみてえな寄生虫が、この俺様を生かすだぁ? 偉くなったもんだなぁ! 殺してやる。今すぐ殺してや────!」

「おや、すまぬ。つい足が滑ってしまった」

「あ、アゼルっ! くっ……あなたたち、覚えてなさいよ!」

「妾よりも不細工な女が何を申すか」


 蹴られ、今度は失神するアゼル。

 相当の痛みだろう。可哀想だが、俺は治せないんだ。


「で、何しに来たんだ?」

「……アゼルが、暴れたいって言うから来たのよ」

「……それで、貧民街の住民を傷つけたのか?」


 フツフツと怒りがこみ上げてくる。

 いつもそうだ。自分たち以外はどうでもいい。死んでも殺しても、何も思わない。


 自分達を貴族か何かだと勘違いしているのか?


 ミーアは鬼気迫る面持ちで俺を睨んだまま、それ以上は余計なことを言わず連れて行かれた。

 アイツは現実を知ったはずなのに、何一つ変わっていない。


「本当によいのか」

「良いんだ」


 貧民街に居ればアイツらは手を出せない。それにフェルスもアリサもとっくに銀の翼を超えている。手を出せばむしろ、アイツらが死ぬ恐れすらある。


 フローレンスは髪をなびかせて、腰に手を据えた。柑橘系の香りが広がる。

 昨日、フェルスに膝枕してもらったのは正解だった。


 心がずっと落ち着ている。胃の痛みや騒めきがない。

 安心してる。


「……やはり妾が見込んだ男じゃ。懐が深いの」

「そうか? てか、アイツらが来た理由ってなんだろうな」

「ただ暴れたいだけとははた迷惑じゃの。もしや本命は妾の暗殺か? 無策過ぎて分からぬわ」


 行動が考えなし過ぎて、ただ暴れたいから来た、というのが一番しっくりしてしまう。


 いつもそうだった。調子に乗って攻めて、俺の治癒がなければ百回は死んでいるだろうし。

 馬鹿は死んでも治らないとはよく言ったものだ。


「にしても、Sランクパーティーがこの程度の実力とは信じられぬ」

「アイツらはあんなもんだぞ」

「……ニグリス殿がそう言うのなら、Sランクパーティーも終わりじゃな」


 そういえば、今日はアリサの魔法を訓練する約束があるんだ。準備してしまおう。


 アリサは遠慮するってことを知らないのか、最大威力しか撃てないらしい。

 多少は調整してもらわないと二次被害を招きかねないからな。

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