4.治癒師として


 二日後。


 依頼は薬草の回収だったが、フェルスを育てるという名目で他のモンスターを討伐することにした。


 草むらから狙いのモンスターを見つけ、フェルスが戦う。


 俺が治癒魔法を展開しているから絶対に死ぬことはない。

 フェルスはそのことを信用してか、自分よりも圧倒的に強いであろう相手に怯むことなく挑んでいった。

 

 忠誠心が高いとこうなるのか。


 剣を初めて握ったフェルスは、驚異的な戦闘センスを持っていた。


 最初こそ良く分からず剣を振っていたようだが、コツを掴むと独自に剣術を編み出し、Bランクのモンスター、レッドウルフを相手にしても引けを取らない動きを見せた。


 レッドウルフの鋭い牙が襲い掛かる。


 フェルスは小手先で逸らし斬り付けた。


 ……無意識に身体強化魔法を使っているのか。役職的に言えば剣士ではなく、魔法剣士と言ったところだろう。


「た、倒せた!」


 フェルスは飛び跳ねていた。

 無邪気に喜んでいる姿に、俺まで感化されそうだ。

 

 俺は剣を使っていないから対人戦の練習はできない。

 前のパーティーで培った知識や情報を真摯に聞くフェルスだからこそ、ここまで急速に成長できたんだ。

 

「なんか体が軽い気がします!」

「一応、俺の範囲治癒魔法は味方の能力を倍にする効果があるからかな」

「そ、そんなことが出来るんですか!?」


 治癒魔法は効果を高めれば高めるほど、味方の肉体に強い影響を与えることができる。本来、人間が出せる限界は8割でそれ以上は負荷が掛かり大怪我に繋がる。

 そこを治癒魔法でカバーすることで、限界以上の力を引き出すことができた。


「滅茶苦茶凄いじゃないですか!」

「あ、当たり前だと思ってたんだけど……」


 他の治癒師に会ったことがないからなぁ。もしかして、俺の治癒魔法って自分が思っている以上に使えたりするのか。

 

 前のパーティーだとそんなこと一言も言われなかったんだけどなぁ。

 少し照れ臭かった。


「戦闘では自分で考え、行動に移す。これを意識しろよ」

「はい!」


 *


 それから、冒険者ギルドに戻った。

 にしても、普通の冒険者が二年か三年ほど活動してようやく相手できるモンスターを、たった二日で討伐してしまうとは。末恐ろしい才能だ。


「レッドウルフを討伐した証だ」

「た、確かに確認しました」


 銀貨6枚。二人分だと考えると3日か。あまり悠長にしていられないな。

 冒険者ギルドでは、休憩中の他パーティーが居た。


 浮いているのは自覚しているが、ジロジロ見ないで欲しい。


「おい、アイツが銀の翼を追放された無能らしいぜ」

「……すっげえ美少女連れててムカつく」

「無能のくせに……」


 噂話をする者や非難する者。そういう目で見られることは分かっていた。だからこそ、他の冒険者とは組むことができないし、組もうとすらしないだろう。触らぬ神に祟りなしという奴だ。

 誰だってSランクパーティーに目を付けられたくはない。


「ニグリス様の悪口を言ったな」

「フェルス、冒険者ギルドで問題を起こすな」


 剣を掴んでいたから、制して連れ出す。

 どうやら、俺の悪口に対してかなりの嫌悪を抱いているようだ。

 ……俺としてはかなりやりづらい。

 

 だって、今日の朝、偶然にも鑑定したらフェルスの忠誠が100になっていたからだ。


 なんかした? 俺。

 

 普通にベッドで寝させて、ご飯食べさせてるだけなんだけど。

 一緒に寝たい(他意はないだろう)とか言われたが、理性を抑えるためにそれだけは拒絶した。


 外見こそ俺と変わらないにしても、精神年齢は12歳のままだ。子どもってことを忘れて騙されるな。


 しばらく市井を歩いていると前方から泥棒が走って来た。


「どけぇ! 殺すぞてめえら!」


 ナイフを振り回し、食糧の入ったバックを大事に抱えている。

 こちらへ一直線だ。


 タイミングが悪いな。

 俺は哀れだと思った。今のフェルスにとって、あの程度の男を取り抑えることなど容易だ。

 

 ナイフが交差する瞬間、フェルスが男のナイフを弾き飛ばす。

 男が顔を顰めた。何が起こったか理解できないと言った顔だ。


「なんだよ嬢ちゃん! 滅茶苦茶つええじゃねえかっ! クソっ!」


 一連の動作は熟練の騎士を彷彿とさせる。

 フェルスは肘で男を叩きつけ倒した。

 

 身体の使い方も感覚で理解しているようだ。

 魔法だけじゃなく、確かフェルスは器用も適性があったはずだ。センスとは凄い。


「ニグリス様、お怪我はありませんか?」

「お、おう」


 なんだろう、数日前まで俺が守る側じゃなかった?

 なんで守られる側になってるんだ?


 しかも満面の笑みだし。不思議と尻尾が見える気がする……。

 何かを望んでいる……?


 子どもが頑張ったらどう褒める……俺が小さい頃されて嬉しかったことをすればいいのか。


「助かった」


 頭を撫でてやると、スリスリと頬を重ねてきた。


 犬。


 離れた場所から、鎧を着た衛兵が走ってきていた。

 俺達の前に留まると、現場を見て驚く。


「き、君たちがやったのか?」

「あぁ、襲ってきたからな」

「ありがとう。この場を借りて感謝する」


 やったのはフェルスなんだが、本人は恥ずかしがり屋なのか俺の後ろに隠れた。

 話しかけに来た衛兵の男は負傷している。


「少し腕を見せろ」

 

 傷口に手を当てて、治癒と唱える。


「凄い……痛みまで完全になくなった……? あ、ありがとう」

「あんた、剣得意じゃないだろ」

「あ、あぁ……なんでそれを」


 また癖で鑑定スキルを使ってしまった。

 まぁ知ってしまったからには黙ってるのも悪い。それにまた同じ怪我をする可能性を考えると黙っても居られなかった。


「あんたに似たステータスだったら、冒険者は剣じゃなくて弓を使ってる。剣士の適性は低いが、あんたは器用さが高い。そこら辺の冒険者よりはいい線行くだろう」

「弓は使ったことがないが……わ、分かった」


 あっ治癒してアドバイスまでしてしまった。

 余計なお節介を焼いてしまう自分の悪癖に呆れそうになる。


「俺には養わなきゃいけねえ娘がいるんだよっ! 頼むから見逃してくれよ!」


 他の衛兵が犯人の男を縛り上げるも、先ほどより暴れて抵抗していた。

 あのままだと抵抗できないよう痛めつけられ、もっと酷い目に遭うだろう。


「なぁあんた治癒師だろ! さっき斬りかかったのは謝るから! 俺も治してくれよ!」

「治してくれって……どこが悪いんだ?」


 男は出血していない。

 鑑定スキルで衛兵に負けず劣らずの能力があることを見ると、冒険者をやっているようだ。それが盗みをするなんて、可笑しな話ではあるな。


「モンスターに腕をやられちまって、剣が握れねえんだよ。こんな短剣でモンスターは狩れねえ……だから、盗みをするしかなかったんだよ!」

「貴様の腕は治せないと他の治癒師も言っていただろ!」


「いや、治せるぞ」


 衛兵と犯人が呆気にとられた表情をする。


 傍によって縄を解かせた。

 もう逃げようとする意志はなく、猜疑心に満ちた瞳が向けられる。


 他の治癒師が治せないのだとしても、俺なら治せるのではないだろうか。

 フェルスが俺の治癒魔法は凄いと言ってくれた。その言葉が正しいのなら、俺はこの男を治せる。

 

 腕の筋がズタズタだな。その痛みを無意識に庇おうとして悪化した、という感じか。

 ……治せる。


「治癒(ヒール)」


「誰も治せないって言ってた腕を、こんなんで治るわけが……う、嘘だろ? 腕が、痛くねえ!」


 あぁ、タダで治癒してしまった。偽善的な行為は良くないと分かっているんだがな……どうにも可哀想だと思ってしまう。

 この男は盗みの罪を問われるだろうが、その後は冒険者として活動できるはずだ。

 

「疑ってすまなかった! 絶対にこの恩は忘れねえ! あんたの名前を教えてくれないか!」

「ニグリスだ。ちゃんと罪を償って、まだ痛みがあるなら来い」


 男は嗚咽と涙ながら連行されていく。

 剣ではなく弓を使えと教えた衛兵が、頭を下げて言う。


「ニグリスと言えば、Sランクパーティーを追放された無能か……いや、すまない。無能なんて言い方は失礼だ。噂が全くの噓だとは……」

「気にするな」


 やはりSランクパーティーとなると有名か。


「お礼をするにしても手持ちがない。せめて、貧民街には近寄るなとしか」

「貧民街?」

「今、治癒師が貧民街で居なくなっているらしいんだ。気を付けてくれ」

「へぇ」


 俺たちはその場を後にし宿へ戻ることにした。


「ニグリス様、どうかしましたか?」

「いや、金もないからな。貧民街に行くのもありかと思って」

「あ、あそこは危ないですよ」

「だからこそだ。どうせ、ここら辺じゃまともな仕事は冒険者しかない」


 それに宿に寝泊まりなんて金が掛かり過ぎる。まずは腰を落ちつかせる拠点が必要だ。あそこなら、金も掛からず住む場所がある。


 治癒師が貧民街で居なくなっているというのなら、人を癒して金を取るという商売もできるしな。


 悪くない。

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