3.≪一人目の仲間≫


 昼飯を食べに来て、フェルスは床に座った。


「ご主人様と同じテーブルに座って、食べ物を頂くなんて出来ません」

「いや……座ってくれないと困るんだけど」


 というか、自分よりも一回り小さい少女を床に座らせて、自分は座るなんてできるか。

 他の客の視線も怖いし。


 フェルスが奴隷商人から逃げ出した理由は、売られる先の主人が奴隷を殺すと評判らしく、死にたくないと逃げ出したそうだ。

 他のことについても、自身がエルフの奴隷であること以外は知らないと言っていた。

 どこか可哀想に思えてしまう。


 フェルスは奴隷精神が身に染みている。

 パーティーに居た頃の俺と同じだ。一度染み付くと、洗っても落ちなくなってしまう。


「ですが……」

「一応、俺が今のご主人様だろ。だったら言う事聞いてくれ」

「わ、分かりました……」


 強引にでも指示する。

 居心地が悪そうに座って、慣れていないからかもじもじとしていた。

 頼んだ品が来ると、じーっと眺めて俺に問う。


「これ、なんですか? 食べ物でしょうか」

「ハンバーグだけど、嫌いだったか」

「い、いえ……私に、ですか?」

「……いらないのか?」

「た、食べますっ!」


 奴隷というのは相当扱いが酷いとは聞いていた。やせ細った手足に傷だらけの体がそれを物語っている。全て治癒で治してしまったが。

 

「美味い……グスンッ」 


 今後はフェルスから何かしらの意見が出たら否定せずに聞き入れよう。

 そうすれば、徐々に奴隷意識も薄まっていくだろうしな。 


 冒険者ギルドで依頼を受けようと考えていたのだが、フェルスを連れて行くのは少し危険だろう。

 Sランクパーティーを抜けたせいで、今の俺のランクはDランク。依頼に同伴するにもフェルスはあまりに幼い。かと言って何もしないのもなぁ。


「わ、私はこれからどうなるのでしょうか……」

「正直に教えてくれ。フェルスは剣や魔法が使えるか?」

「どちらもやったことがありません……」


 鑑定で、剣士の適性はSSとあった。将来を考えれば化け物級の強さになるということだ。となればこれから先、誰も聞いたことがないような伝説を作る可能性がある。

 信頼を得ることを考えて、俺のことを話しておくべきだ。


「実は、俺は鑑定スキルを持っている。それでフェルスが呪いに掛かっていることを知ったんだが、何か知ってるか?」

「呪いですか? すみません……自分のことはよく分からないので」


 フェルスすらも知らないか。

 頭を悩ませた。なぜフェルスは呪いなんてものに掛かっているのか。


 俺の治癒魔法はその人の傷が深ければ深いほど、その人物の奥深くに入っていく必要があるから、たまにその人の記憶を見ることがある。

 人からすれば勝手に記憶を見られて気分が良いはずない。でも、治すためには必要なことだ。


「フェルス、手を出してくれ」

「はい、ご主人様」


 ……お手。

 なんだろう、尻尾が見える。

 き、気のせいか。


「どうにもフェルスは呪いに掛かっていて、そのせいで魔力が抑えられているらしい」


 まずは呪いを解除してやろう。

 鑑定スキルを使い、呪いの正体を突き止める。


 そういう使い方もできるのだ。


「基本的に呪いは二種類ある。自然的な物と人為的な物だ。ドラゴンや呪いの宝石などは自然で、闇魔法が人為的に当たるな」

「私は、自然的な物ですか?」

「それがな、どうやら人為的な物らしい」

 

 誰が、どうして、なんのために。そんなことを考えた所で答えは見つからない。本人すらも知り得ないことを、どうやって俺が知るというのだ。

 鑑定スキルではそこまで分からない。


 魔力を封じ込める呪いだけど、問題はない。


 治癒(ヒール)


「あの……呪いはなくなるのでしょうか?」

「ん? あぁ、終わったよ」

 

 強いには強い呪いだったが、記憶を見るまでには至らなかったな。


「えっ……え?」

「呪いは闇魔法だからな。聖属性の治癒魔法とは相性が良いんだ」

「なんだが次元が違うような……ご主人様は何者ですか……?」

「治癒魔法が得意なソロ冒険者」


 フェルスを何もない状態へ治すことなんて難しくはない。

 ついでに傷跡も治したけど本当についでだから黙っておくか。


「さて、魔法を使ってみるにしても、ここじゃ場所が悪い」


 剣士適性SSも見たいけど、まずは魔法適性Aがどれほどか確認したい。


 *


 王都から少し離れた森林にきた俺は、フェルスに木に向かって魔法を打つように指示をした。


「実のところ、俺はあまり魔法には詳しくないんだ」

「じょ、冗談ですよね……? それだけの魔法が使えて詳しくないって」

「嘘じゃない。治癒以外はからっきしでな。魔法は気持ちを込めて使うこと、くらいしか詳しくない。とりあえず、魔法は想像してやってみてくれ」

「わ、分かりました」


 フェルスは両手を前に突き出して、「ふんっ!」と言うと辺りが光った。


 ────バゴォォォンッ


 暴風と爆音で五感を奪われ、木を倒せと言ったはずなのに、クレーターの如く穴をあけてしまっていた。


「……う、嘘っこんなことできたことないのに」


 凄い威力だ。きっと彼女の中で、魔法というのはなんか派手な物、というイメージがあったせいだろう。


 爆発。純粋な魔力を放出しただけのような感じがした。


 驚きはそれに留まらない。


「ご主人様! 見て頂けましたか! 私やりました! 木を倒しました!」

「木どころか地形丸ごと消し飛ばしたな───うぇっ!?」

「どうかしましたか?」

「ふぇ、フェルス……体が、成長してるぞ!?」


 ちんちくりんの12歳ではなく、俺とほぼ同い年とも言えるような体に変化していた。貧相だった胸元も果実ができている。


 金髪は伸びていて、さらに色濃く美しい輝きを放っていた。


「ほ、本当ですねっ!」


 なぜ喜んでいる。

 元の服は無残にも内側から引き裂かれ、ほぼ全裸状態のフェルスに上着を羽織らせた。


「あっ一度だけ聞いたことがあります! エルフで魔力の高い個体は、肉体を守るために魔力で身体を成長させることがあると言ってました!」

「な、なるほどな」


 確かに、少女の体であれだけの魔法を撃つとなるとかなりの負荷が掛かるはずだ。肉体が追い付けず、魔力によって死ぬことを防ぐための防衛本能と言う奴か。

 道理で呪いを解除した時に変化しなかった訳だ。魔法を発動したことで、初めて魔力の扉が開いたって所か。


 エルフって便利な体してるな。


 近くの岩場に腰を落ちつかせ、鑑定でフェルスを見た。



 鑑定

【種族】エルフ

 フェルス 12歳♀ 状態:安堵


 魔力 極大 

 剣士 D / SS

 魔法 A / A

 器用 D / A

 忠誠 40

 


 適性などはほとんど変わっていないが、注目するべき点は他にある。


 魔力小から、魔力極大に変化していたのだ。初めて見たが……普通のエルフもこんな感じなのだろうか?

 エルフは魔法が上手だと聞く。てか魔法もちゃっかし最初からカンストしてちゃってるな。

 

 まるでこれ以上魔法は伸びしろがないって言われてるみたいだ。

 忠誠心も基準が分からないけど上がっているな。


 とりあえず、体が成長したお陰で肩の荷が下りた。


「フェルス。お前には、二つの選択肢がある」

「選択肢ですか?」

「一つ、このまま俺と一緒に冒険するか。二つ目は奴隷をやめて俺から去り、一人で生きていくかだ」


 数時間の出会いだが、フェルスが純粋で良い子なことは伝わって来た。俺も素直に本音を話そう。

 

「俺はフェルスの才能を見込んで助けた訳じゃない。誰であれ、あの場で死にかけている子どもが居たら助けていた」

 

 治癒師とは、総じて皆、偽善者なんだ。


 自分が助けたいとか、死んで欲しくないと思うから勝手に助ける。その自己満足が今の俺の不幸を招いている。


 自己満足ではいけないからこそ、彼女の意思を聞く。

 迷った様子も見せず、フェルスは言った。


「そんなの、ご主人様と一緒に行くに決まってるじゃないですか!」

「そうだよな、自由に……え?」

「私はご主人様に助けて頂いたから生きているんです。この御恩は一生お返し致します!」


 あれ……え? なんか思ってた展開と違う。

 こうもすんなり行くとは思っても居なかった。


 フェルスが俺に付いてくると決めたのなら、俺も行動を起こさねばならない。


「なら、フェルスはもう奴隷じゃない。俺の仲間だ」

「はいっ……ご主人様!」


 金髪エルフを一人目の仲間として、迎え入れた。

 

「ご主人様は禁止。ニグリスと呼んでくれ」

「分かりました! ニグリス様!」

「……まぁいい」


 徐々に慣れていけば、様を付けることもなくなるだろう。


 次は大本命である剣の才能を確かめてみよう。


 

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