第58話 協力の条件

「アナタ達も変な奴に絡まれて災難だったわね」


 街を歩きながらミーシャは言った。

 空はもうすっかり暗くなっていた。


「まあよくあることじゃないですか? 冒険者でもこんなことありましたから」

「……あんまりないわよ。それ結構不運な方じゃない?」

「そ、そうですかね」


 俺は人差し指で頬をかいた。


「それとね。誤解してほしくないんだけど、テイマーってさっきのあいつらみたいに悪い奴ばっかりじゃないのよ。あいつらはドイル一派って言ってね、ちょっと強いB級モンスターを使役してるからってギルドで幅を利かせようとしてるしょーもない奴等なのよ!」


 ミーシャはムカついたような表情をして、右拳を握りしめていた。


「ええ。良い人がいることは知ってます」

「へぇ、テイマーの登録したばかりであんなのに絡まれたらテイマー全体のイメージが悪くなっちゃいそうだと思ってたわ」

「ミーシャさんが助けてくれたので」

「……ふ、ふーん」


 ミーシャは少し照れながら、恥ずかしそうに顔をぷいっと横に向けた。


「……あ、そういえばアナタ達の名前教えなさいよ。私だけ知られているのは、なんだか不公平だわ。それと敬語はやめましょ。もっと楽に話してくれていいわ」


 ミーシャはニコリと笑った。


「分かったよ。それで名前だけど、俺はノアで、この子はアレクシア」


 アレクシアはペコリと頭を下げた。

 俺は言葉を続ける。


「今はエルフの森を目指してて、ヘクイルにはその道中で寄ったんだ」


 ミーシャはその外見からエルフだと推察できる。

 だから今の目的を話せば何か有益な情報を教えてくれるかもしれないと思った。


「ふーん、エルフの森ねぇ。あんまり良いとこじゃないわよ? 飯はマズいし」

「マズいの?」


 アレクシアは興味深そうに聞いた。


「ええ。エルフって野菜と果物しか食べないのよ。菜食主義のバカしかいないわ。私はそれが嫌で出て来たぐらいだから」


 エルフが菜食主義なのは有名な話だ。

 しかしそれを同族がバカ呼ばわりしているとは……。


「ま、詳しいことは後で聞かせてよ。もう店に着いちゃったから」


 どうやら店に到着したようだ。


 店は木造の建物で、前に庭があり、植物が植えられていた。

 見た感じ隠れ家的なレストランで、どことなくエルフが好きそうな雰囲気を感じた。


 店の中に入ると、店主とミーシャが会話をして、個室へと案内された。

 会話の雰囲気からミーシャがここの常連であることが分かった。

 個室はフェンリルが入れるぐらいには広かった。

 ミーシャの横でフェンリルは佇んでおり、視線の先は俺の頭に乗ったファフニールだ。

 既にライバル意識を燃やしているのかもしれない。


「ノアとアレクシアは食べ物の好き嫌いある?」

「特にないかな。お酒も成人しているから大丈夫だ」

「なんでも食べるし、なんでも飲む」

「オッケー。じゃあマスター、適当に今日のオススメの料理と持ってきて」

「かしこまりました」


 一礼をして、店主は個室から出て行った。


「……さて、それでノア達はどうしてエルフの森に行きたいの?」

「風の精霊と会話がしたいんだ」

「へぇ~、どうして?」

「風の精霊に聞いてみたいことがあるんだ。それが何かは言えないけど」


 闇の精霊に関することはあまり言わない方が良いだろう。

 無関係な人を巻き込みたくはない。


「ふーん、そういうことなら詳しいことは聞かないけど何か事情がありそうね。確かにエルフは生まれながらにして風の精霊の加護を受けているわ。風の精霊と会話することは出来るかもしれない」

「ほうほう。それを聞けて一安心だ」

「だけど、難しいんじゃないかしら?」

「難しい?」


 俺は首を傾げた。


「ええ。エルフは外部の人間を好まないから。歓迎はされないと思うわ」

「そのことは懸念していたが、やっぱりそうか……」

「なんだ。てっきりエルフの私に手助けして欲しくて、そう言ってきたのかと思ったわ」

「まあ何か有益な情報を聞けるかもとは……少し……」

「有益な情報ねぇ。エルフの森というより里に入るには内部の人間と関係を持つのが一番早いかもね」

「内部の人間……」


 俺はミーシャをじーっと見た。


「そう、私ね。暇だから手伝ってあげてもいいわよ」

「ほ、本当か!?」


 そう言うと、ミーシャはいたずらっぽく笑った。


「ただし条件があるわ」

「条件?」



「──テイマーズカップで私に勝ったら手伝ってあげてもいいわよ」



 ミーシャはテイマーズカップを二連覇している実力者だ。

 従魔もフェンリルとファフニール並に強い魔物だ。

 この条件、一筋縄ではいかないだろうな。


『小娘言うではないか。我がその犬っころにかなわぬとでも思っておるのか?』


 ファフニールがそう言うと、フェンリルはグルル……と牙をむき出しにして、威嚇してきた。


『おいトカゲ、私を侮辱するな。今ここで嚙み殺すぞ』


 ……これはフェンリルの声だな。


『ふん、その歯では噛み殺すどころか我に傷一つ付けられんだろう』

『そっちがその気なら試してやろうか?』

『良いだろう。かかってくるがいい。瞬殺してやるわ』


 まさに一触即発の雰囲気だ。


「料理をお持ちいたしまし──ひ、ひぃっ!」


 料理を運んできた店主は唸るフェンリルを見て怯えた。

 これはまずいと思った俺は視線を遮るように二体の間に手を置いた。


『お前達が暴れたら店がめちゃくちゃになるから一旦ストップ!』


 俺は二体の説得を試みた。


「えっ? ノアは何を喋ってるの?」

「ノアは魔物と喋れる」


 アレクシアは言った。


「魔物と喋れる!? そんなの聞いたことないわよ!? てか、なんでノアは魔物と喋れるのよ!」

「それはあとで説明するよ」

「……まあこの状況は仕方ないわね」


 ミーシャは渋々許してくれたようだ。



「し、失礼いたします……」



 店主は震えながらそーっとテーブルに料理を置いて、そそくさと退室していった。

 アレクシアは周りを何も気にせず、料理を食べ始めた。


『……お前は私達の言葉を話せるのか』


 フェンリルは驚いた様子で言った。


『ああ。ファフニールの非礼は俺が詫びるよ。すまなかったな』

『ノ、ノアよ! コイツも我の悪口を言ってきておるぞ! それでも謝るのか!?』

『それはファフニールが先に言ったからだろ?』

『むぅ……それはあの小娘がだな……』

『あれは別にファフニールを何も悪く言ってないじゃないか。むしろ親切心から言ってるものだよ』

『ぐぬぬ……!』

『ノア、すまなかったな。あるじとの会話を邪魔してしまった』


 フェンリルはそう言って、頭を下げた。


『大丈夫。気にしないでくれ。ほら、ファフニールも謝りなよ』

『くっ……悪かったな』

『よい。お互い水に流そう』


 これで一件落着ってところかな。


「終わったよミーシャ」

「……確かに聞いたことのない言語を喋っているわね。それが魔物の言葉なの?」

「たぶんね」

「たぶんってどういうことよ。ちゃんと話せるんでしょ?」

「いや……最初から話せてたからちょっと説明が難しくて……」

「ハァ、分かったわ。それでさっきのテイマーズカップで私に勝ったら手伝うって話だけど、どうするつもり? 受けるの?」

「それはもちろん。悪いけど、ミーシャの三連覇は阻止させてもらうよ」

「へぇ、言うじゃない。ノアがいるなら今回のテイマーズカップは少し楽しめそうね」


 ミーシャは俺を挑発するようにニヤリと笑った。

 グイグイっとアレクシアが俺の袖を引っ張った。


「ノア、これ美味しい。冷めないうちに食べて」


 アレクシアは目を輝かせながら言った。

 アレクシアが夢中になっていた料理はパスタだった。


「凄く美味しそうだね」


 パスタの上には炒めた白身魚の切り身がのせられている。

 港が近いヘクイルの名物料理だ。


「美味しい」


 アレクシアはフォークでパスタをとって、はむはむと食べていく。


「パスタはこうして食べると楽だよ」


 俺はアレクシアに言って手本を見せる。 

 パスタをフォークでくるくると巻く。

 そして巻き付いたパスタを口に運んだ。


「なるほど」


 アレクシアは見様見真似でパスタを巻いていく。


「一口で食べられる量を巻くのがコツだよ」

「分かった」


 一部始終を見ていたミーシャはくすくすと微笑んだ。


「ふふっ、まるで兄妹みたいね」

「まあアレクシアはあまり世の中のことを知らないか……ら……」


 俺は返事をして、ミーシャの方を向いて驚いた。

 ミーシャの前に運ばれてきた料理はとても大きなステーキ……というよりも肉の塊だった。

 1kgは超えているんじゃないだろうか。


「何驚いてるのよ」

「そりゃ驚くだろ……エルフは菜食主義のイメージがあったからさ。……まさかそんなステーキが運ばれてくるとは思いもしなかったよ」

「私は肉食よ。かなり」

「みたいだな……」


 ……なんというか俺の中のエルフのイメージが壊れたような気がした。

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