第57話 《孤高のミーシャ》

「おいおい……あいつあの従魔で勝ち残るつもりでいるぜ?」

「見ない顔だな。何も知らない新人が夢見てるだけだろ」

「くくく、いるよなぁ毎年。ああいう駆け出しのテイマーがさ」


 どうやら嘲笑されているようだった。

 ファフニールの見た目はあまり強そうじゃないことから周囲のテイマーがバカにしてきたのだろう。


『調子に乗っておるのは貴様らだろう! 良かろう、今すぐぶっ飛ばしてやろうか!』


 ファフニールは怒りのあまりに起き上がり、翼を広げ、飛び上がろうとした。


『まあまあ……』


 俺はそれを必死に押さえた。


 ──そのときだった。




「──アンタ達、ほんと見る目がないわね」



 二階から女性の高い声がした。


 見ると、金髪の美少女が二階の欄干の前に立っていた。

 気が強そうな印象を覚える大きくキリッとした碧眼に長い耳。

 あの耳の長さ……もしかしてエルフか?


「ミーシャ……!」


 男の一人が憎たらしそうに彼女の名前を呼んだ。

 ミーシャという名前はこの街に来た時、通行人が言っていた名前だ。

 ヘクイルテイマーズカップを2連覇したという最強のテイマー。

 確かに、あの子の後ろにはとてつもない従魔が控えているようだ。

 マーシャは柵を越え、2階から1階に飛び降りた。


「よっ、と」


 スタン、と華麗に着地を決めるミーシャ。


 そしてミーシャに続くように、全長3mほどある白毛の巨狼が飛び降りてきた。


 重力を感じさせないような身のこなしで巨狼は着地をした。


 着地する瞬間にふわり、と風が舞った。

 風魔法を使い、着地の衝撃を和らげたようだ。

 その証拠に巨狼の足元には何も跡がついていない。


『ほう。これは驚いた……フェンリルではないか』


 ファフニールは呟いた。

 フェンリルはファフニールと同じS級モンスターだ。


「おい……《孤高のミーシャ》だぞ……これはまずいんじゃないのか?」

「う、うるさい! 黙ってろ! ……それでミーシャ、見る目がないって一体どういうことだよ」

「言葉の通りの意味よ。ドイル、さっきその小竜を見てバカにしてたでしょ?」 

「当たり前だろ。竜は成体になるまで20〜30年はかかる! 使役している奴はバカか、貴族のぼんぼんぐらいなもんさ!」


 ドイルと呼ばれた男性は俺たちのことを笑ってバカにしていたテイマーの一人だった。

 茶髪に細身の身体をしていて、近くにいるアウルベアが彼の従魔だろう。


「だから見る目がないって言ってんの。アンタ達がバカにしたその小竜、成体した普通の竜よりも圧倒的に強いわよ?」

「この小竜が……?」


 ドイルはファフニールを半信半疑な様子でじっと見ていた。

 会話を聞いた限り、ミーシャの他のテイマーと比べて実力はかなり抜きん出ているようだ。


 初めてファフニールの実力を見抜かれた。

 その観察眼は驚異的なものだろう。


「……ぷっ、はははははははっ!! ありえねーだろ! 気でも狂ったか?」

「ハァ……バカって本当救えないわね」

「おいおいミーシャ、そこまで言うんだったら賭けろよ。この小竜にさぁ!」

「ええ。良いわよ。アナタ、その小竜の種名を教えてくれる?」


 ミーシャが俺に話しかけてきた。


「ファフニールです」

「あー、なるほどね」


 ミーシャは納得した表情を浮かべた。


「はぁ? ファフニールゥ? そのちっせえ奴が? ──ギャハハハ! 笑わせんなよ! ファフニールって言ったらもっとデカい巨竜だろうが」


 ミーシャとは対照的にドイルは「ありえない」といった様子だ。

 気持ちは分からなくもない。


「えーっとアナタ達、これから夕食よね?」


 ミーシャは俺達にそう尋ねてきた。


「あ、はい」

「だったら店を変えて一緒に食べない? 良い店知ってるの」


 ミーシャはニコリと笑った。


「……その店、美味しい?」


 アレクシアは食べていたサンドウィッチをゴクンと飲み込み、首を傾げるようにして、ミーシャに聞いた。


「ええ。味は私が保証するわ」

「ノア、いこう」


 アレクシアは美味しいものには目がない。

 もう行く気満々だ。


「じゃあご一緒させてもらおうかな」

「分かったわ。じゃ、行きましょ」


 店を出て行こうと動き出すと、


「おい、待て。賭けの話はどうなったんだよ」


 ドイルがミーシャに突っかかってきた。


「ええ。賭ければ良いんでしょ? それで済んだ話じゃない」

「ハッ、それで逃げるつもりか?」

「逃げる? 何言ってんの? アンタの汚い顔を見るのが嫌だから店を変えるってだけよ」

「て、テメェ……」


 ドイルは怒って、今にもミーシャに殴りかかりそうだ。


「おい……ドイル、落ち着けって……相手はあの《孤高のミーシャ》だぞ……」


 他の男がドイルの肩に手を置き、押さえつけた。


「ふんっ、行きましょ」


 俺とアレクシアは去っていくミーシャの後を追うように、テイマーギルドから出て行った。

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