第48話 《生魔変換》

 第1魔法師団の本部では、この事態に大きく動揺していた。


「第十位階魔法が効かないだと!?」

「あんな化物に勝てる訳ねぇ……!」


 絶望していたのは団員達だけではない。

 第十位階魔法を放った団長ローレンス自身も一緒である。


「馬鹿な……。あの第十位階魔法をくらって無傷だと……。は、ははっ……こりゃもう手に負えねえな。終わりだよ、この国は」


 ローレンスは地面に力なく座り込んだ。


「ローレンス様……我々はこの後、どうすれば……」

「そうだなぁ……足止めするぐらいが精一杯じゃないか? 出来るかも分からねえけどな」


 夢幻亀の討伐に参加した者達は皆、先ほどの第十位階魔法が効かなかったのを見て、絶望していた。


「ローレンス、話がある」


 そんなローレンスのもとに赤龍騎士団長のグレンがやってきた。


「なんだグレンか……。話ってなんだ? これからどうやってみんなを避難させる話し合いか?」

「違う。まだ夢幻亀には勝ち目があるんじゃねえーかと俺は思ってんだ」

「勝ち目? あるわけないだろ。第十位階魔法が効かなかったんだ。魔法使いじゃないお前には分からないかもしれないが、これはもう絶望的だよ」


 ローレンスは呆れ加減でお手上げのポーズをとった。


「いいや、まだだ。さっき魔法攻撃が効かないって言ってた少年の声を忘れちまったのか?」

「……確かに言っていたな。戯言だと思って聞き流していたが」

「だろうな。だが、事実だった。そして、その事実を知っておきながらまだ戦おうとしている。何か策があるかもしれねぇ」

「……ふむ。話とはそのことか?」

「ああ。俺達の役割を変更しよう。あの声の少年のサポート役に全員が回るんだ」


 グレンの発言はローレンスにとって衝撃的だった。

 プライドが高いと有名なグレンがこんなことを言うとは思いもしなかったのだ。


「まさかお前がそんなことを言い出すとは驚いた」

「それぐらいしかすがるものがないだろ?」

「じゃあそいつに任せてみることにするか。どちらにしろもう俺達の手には負えん」

「よし、決まりだ」


 戦況は既にノアだけが頼りになっていた。


 ◇


『それじゃあ夢幻亀の甲羅の上に乗るよ』

『ふぅ……分かった』

『緊張してる?』

『大丈夫。……ノアが私を守ってくれたように、私もノアを守るわ』

『ははっ、心強いよ』


 アレクシアがいてくれたら出来ないことなんてないような気がした。

 それぐらいに心強かった。


『準備は良い?』

『万端』

『よし、じゃあ行くよ──《空間転移》』


 夢幻亀の甲羅の上に着地する。

 ほんと、とんでもないデカさの甲羅だな。


『結界が……』


 アレクシアが呟いた。

 獲物を捕らえるかのように俺達の周囲に結界が展開されていた。


 結界に触れる。

 そして、本の力を使って、解除する。


『凄い……もう解除された』

『さて、ここからが本当の勝負だ』


 俺は甲羅に両手を置いて、本の力を使用した。

 現れる本。

 めくれていくページ。

 開かれたページには、結界のときとは比べ物にならない量の文字が羅列されていた。

 だが、妙だ。

 書かれている内容がおかしい。


「暗号化されているのか」


 本当にかなりの守備力だ。

 結界のときのようにはいかないってわけだ。

 それぐらい、この甲羅は夢幻亀の要になっているのだろう。


 暗号を解いて、文章を理解して、甲羅を消す。

 この作業を10分以内に行う必要がある。


「ま、俺の才能は翻訳。暗号を読み解くのぐらい朝飯前だ」


 翻訳の才能は伊達じゃない。

 暗号化された文章ぐらいすぐに読み解くことが出来る。

 1分経過、甲羅に関する暗号全ての解読に成功。


「あとは《消印》で……』


 そこで俺は気付いた。

《消印》で消す文字量の多さに。

 甲羅を消すとき、《消印》しなければいないものは甲羅を構成している文字全てだ。


 つまり──この膨大な文字を全てに《消印》をする必要がある。


「間に合うのか……? いや、間に合わせるしかないだろ!」


 俺は《消印》を何度も詠唱し、全ての文字の削除に取り掛かり始めた。



 ◇



『《魔力障壁》』


 アレクシアはノアの横に立ち、周囲から放たれる夢幻亀の魔光線を防いでいた。

 既に魔法師団は魔法での攻撃をやめている。

 それでも夢幻亀が攻撃を仕掛けてくる理由は明白だった。

 甲羅に危険が迫っていることを本能的に察知しているのだ。


『焦ってるみたいね。その証拠にさっきよりも威力があるわ。……でも、自分の命に代えても……守り抜いて見せる』


 アレクシアの魔力はノアに比べると、少し劣る。

 残りの魔力はギリギリだった。

 この勢いで四方八方から夢幻亀の魔光線を放たれたら、10分間守り切ることは出来ない。

 それはアレクシアも承知の上だ。


『《生魔変換》』


 アレクシアは《魔力障壁》を展開しながら、もう一つの魔法を多重詠唱で使用した。

《生魔変換》は生命力を魔力に変換する魔法。

 アレクシアは言葉の通り、自分自身の命と引き換えに魔法を使用するつもりなのだ。


『ぐっ……』


 身体から力が抜けていく感覚。

 脱力感に加え、激しい頭痛と吐き気がアレクシアを襲う。

 それでもアレクシアは魔力の変換を止めない。


『絶対に……守る……!』


 ノアを守るという強い意志だけがアレクシアを突き動かしていた。


『我も負けておられんな』


 ファフニールはアレクシアの姿を見て、空に向かって急上昇する。

 そして、遥か上空から急降下。

 そのまま夢幻亀の側面へ体当たりする。

 ズドーーーーン! 

 

『ぐはっ……! 分かってたはいたが、とんでもない反動だな……。しかし、それだけの価値はあったようだ』


 夢幻亀の巨体が一瞬、止まり、揺れ動いた。

 バランスをとるためにしばらくの間、ノアとアレクシアへの攻撃がやんだ。


『……ノア、後は任せたぞ。もう攻撃するだけの体力は残っておらんわ』


 ファフニールは再び小さい姿となり、地面へと落ちて行った。



 ◇



「今がチャンスだ! 騎士団共ォ! 夢幻亀を転倒させるぞ!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」」」


 赤龍騎士団の団長グレンが他の騎士団にも指示を出し、夢幻亀の足への攻撃が行われる。


「我々冒険者も騎士団の加勢に入るぞ!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」」」


 Sランク冒険者の一人がその場で指揮を取り、最も適切な指示を出した。


「魔法師団員は騎士と冒険者達に強化魔法をかけ続けろ! どうせ夢幻亀に魔法は効かねえんだ! 今日ぐらいあいつらに花を持たせてやれ!」

「「「「はっ!!!!」」」」


 第1魔法師団の団長ローレンスに指示に魔法使い達は従い、ほとんどの騎士と冒険者の身体能力は強化されていた。

 ラスデア国の底力を感じさせる連携力だった。


「ローレンス、ここは任せたぞ。私は甲羅の上に向かう」

「確かに、あそこまでいけるのはここにいる奴らの中だとお前ぐらいしかいないな。……分かった。俺達の希望をしっかり支えてやってくれ」

「うむ。そのつもりだ」


 ヒルデガンドは頷き、甲羅の上を見た。


「──上昇する炎よ。我を導きたまえ。炎の五位階・バーニングドリフト」


 地面から現れた炎の渦がヒルデガンドを乗せて、甲羅の上まで運んでいく。

 甲羅の上に着地したヒルデガンドは目の前の光景を見て、呆然と立ち尽くした。


「……レイナ」


 ヒルデガンドは亡き妻の名前を呟いた。

 記憶を失ってから見たノアの姿が亡き妻に重なったからだ。

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