第49話 《終焉の神火》
(いかんな……。なぜかあの少年がレイナに見えてしまった……)
ヒルデガンドは目元を押さえ、ノアとアレクシアに近付く。
現在、夢幻亀の攻撃は止まっており、近づくには絶好のタイミングだった。
『ハァ……ハァ……』
アレクシアは肩で息をしていた。
生命力を魔力に変換する過酷さは尋常ではない。
ヒルデガンドから見てもアレクシアが疲労困憊していることは容易に分かった。
「君、大丈夫か?」
ヒルデガンドは声をかけた。
アレクシアの疲れた目にヒルデガンドが映る。
ヒルデガンドの発言の意図を理解したアレクシアは首を縦に振った。
「……そうは見えないな」
そう呟いたとき、夢幻亀の攻撃が再び始まった。
「こっち、きて、はやく」
アレクシアは自分が分かるだけのラスデア語を使い、ヒルデガンドがこちらに来るように指示を出した。
「うむ。分かった」
ヒルデガンドは指示通り、アレクシアのそばに近寄る。
『《魔力障壁》』
アレクシアは再び《魔力障壁》を周囲に展開する。
《生魔変換》も同時に使っており、着々とアレクシアの生命力は失っていく。
「……まさか、生命力を魔力に変えているのか……そんな魔法があるとは驚きだ」
ヒルデガンドはアレクシアの現状を正確に分析した。
《生魔変換》自体を知っているわけではなかったが、疲労困憊のアレクシアと残っている魔力を見ての分析だ。
「ふむ。私の魔力を渡そう」
ヒルデガンドは、現状で目の前の少女の魔力が尽きることが最もよくないことだと考えての発言だった。
アルデハイム家の者は先祖代々、豊富な魔力に恵まれた体質である。
そのため、アレクシアに渡すだけの魔力は十分にある。
ヒルデアンドはアレクシアの肩の上に手をかざした。
すると、手の平から淡い紫色の光が現れた。
これによって、ヒルデガンドの魔力がアレクシアに譲渡された。
魔力の譲渡は高難易度の技術。
正確な魔力制御と他人に渡せるほどの豊富な魔力が無いと不可能なため、出来る魔法使いは限られている。
「……ありがとう」
アレクシアはぎこちないラスデア語でお礼を述べた。
ヒルデガンドのおかげでアレクシアは一時的に《生魔変換》を中断させることが出来たからだ。
だが《生魔変換》で失った生命力は少なくない。
今も意識が朦朧としており、アレクシアの視界は霞んでいる。
『ノアは……死なせない……!』
アレクシアの言葉を聞いて、ヒルデガンドはハッと目を見開いた。
「ノア……?」
ルーン語もラスデア語も人の名前の発音は変わらない。
アレクシアがなにを話したのかは分からなかったが、ヒルデガンドは『ノア』という単語に強烈な反応を示した。
そして、ヒルデガンドは横に視線を動かす。
そこには目を閉じて、両手で夢幻亀の甲羅に触れているノアの姿があった。
(……何か忘れているような気がする。ノアはこの少年の名前か……? ノア、ノア……ぐっ、頭が……!)
ヒルデガンドは頭を押さえた。
魔力が少なくなってきたことで頭痛が引き起こされた。
しかし、それが刺激となったのか、ヒルデガンドはノアによって削除された記憶の一部が復元された。
(ノア……まさか、この少年は私とレイナの子供なのか……?)
復元された記憶は波紋のように伝染する。
次々と失われた記憶が復元されていく。
(才能がないノアを恨み、手にかけようとまでしていたのか……)
ヒルデガンドは冷静に自分自身の記憶を振り返った。
(私はレイナを失った悲しみから逃げるためにノアを利用していたのだな……。
なんて酷い親だ。
これでは亡くなったレイナが浮かばれないではないか。
本当にレイナを愛していたのなら……私はレイナが残してくれたノアを心の底から愛してやるべきだった。
……だが、そんなことを今更分かっても手遅れだ。
私に出来ることはただ一つ。
けじめを付けることだけだろう)
結界再展開まで残り2分。
ヒルデガンドはこれ以上、魔力を譲渡すれば命の危険に晒されることとなる。
それでもヒルデガンドはアレクシアに魔力を譲渡し続けた。
「……ぐ、ぐぬぬ!」
ヒルデガンドは苦しそうに表情を歪める。
「やめ、たほうが、いい」
アレクシアは慣れてないラスデア語でヒルデガンドを心配した。
「……ふ、ふふ、ここでやめては君が無茶をするだろう? だから代わりに私が無茶をする。ただそれだけの話だ」
アレクシアはヒルデガンドの言葉の意味を全て理解することは出来ない。
だが、彼の覚悟が相当なものであることだけは理解出来た。
──そして、10分が経過しようとしたとき。
『アレクシア、遅くなったな!』
ノアが意識を取り戻した。
一度でも詠唱を間違えれば、制限時間に間に合わない状況下でノアは一つのミスをすることもなく、《消印》の高速詠唱をやり遂げたのだ。
◇
「《消印》《消印》──よし、終わったぞ!」
これで夢幻亀の甲羅は消える。
後は、弱点が露わになったところに俺の最大火力をぶつけるだけだ。
本はペラペラと自然に閉じて、視界が開けた。
『アレクシア、遅くなったな!』
俺は隣にいたアレクシアを抱きかかえた。
『ううん、大丈夫。ノアなら絶対にやってくれると信じていたから』
少しずつ薄れていく夢幻亀の甲羅。
その中で俺は予想もしていなかった人物の姿を目撃した。
「ち、父上!?」
父上の魔力は残り僅かだった。
意識を保つだけでやっとというぐらいに枯渇していたのだ。
「……ノア、すまなかったな」
父上の口から発せられたのは謝罪の言葉だった。
「え、ど、どうして謝っているのですか?」
「……全てを思い出したのだ」
「まさか思い出すなんて……」
「ふふ、私は思い出すことが出来て良かったよ……。やっと私はお前を愛せる。……長生きしなさい」
父上は力無くそう言うと、夢幻亀の甲羅が消え、落下していった。
「父上ッ!」
俺は叫ぶが、父上を助けに動くことは出来ない。
この千載一遇のチャンスを逃せば、夢幻亀を倒すことは出来ない。
甲羅が再生しない確証はどこにもないからだ。
だから……ここで、夢幻亀は倒さなくちゃいけない!
目頭が熱くなり、視界が滲む中、俺は古代魔法を詠唱する決意をした。
「《終焉の神火》」
《終極の猛火》の上位互換である《終焉の神火》を詠唱した。
甲羅のなくなった夢幻亀の身体に紅い一閃が走った。
次の瞬間、夢幻亀の胴体を貫く巨大な炎柱が発現。
「ゴワアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」
夢幻亀のとてつもない大きさの悲鳴が響いた。
「《耳栓》」
あまりに大きな悲鳴をあげたので、俺とアレクシアに《耳栓》を使用した。
これにより、音を遮断する。
悲鳴の終わりと共に炎柱は消失した。
夢幻亀の体にぽっかりと大きな穴が出来ていた。
そして、夢幻亀はゆっくりと地面に倒れていった。
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