第47話 勝機

 この本が一体なんなのかは分からない。

 だが、かなりの力が秘められているのだけは分かる。

 そして、どこか懐かしさを覚えた。

 本を読んで育ってきたからそう思うのかもしれない。


 ……とりあえず、この本が開いてくれたページを見よう。

 記載されている内容は、予想通り目の前にある結界のことだった。

 でも、言語が違う。

 ルーン文字ではない。


「これもめちゃくちゃ難しい言語だな……」


 ルーン文字以来の難易度だ。

 だが、関係ない。

《消印》で文字を消してしまえばそれで終わりだ。


 ……と、思っていたが、《消印》を使っても文字を消すことが出来ない。


「マジかよ……」


 そう呟くと、そのページの下部分にルーン文字が浮かび上がってきた。



《該当箇所の削除は不可能です。書き換え可能な箇所を選択してください》


 浮かび上がってきた文字はしばらくすると、消えていった。

 それにしても凄い本だ。

 実在するものなのか、それとも概念的なものなのかは分からないが。


「しかし書き換え可能な場所か……。じゃあ場所によっては《消印》が可能ってことかな?」


 壁の扉のときと同じなら該当する文字を書き換えれば結界は解除出来るのだろう。

 だが、それを行うには目の前の文字を解読しなければいけない。

 ルーン文字の解読には約1か月かかった。

 今回も正攻法で解読しようとするなら同じだけの時間がかかってもおかしくはない。

 それだけの時間を解読にかけることは出来ない。

 時間はもう残り僅かなのだ。


「……いや、待てよ」


 俺は目の前に羅列された未知の言語を眺めていて、気付いた。

 自分の気付きが正しいのかを確かめるように、未知の言語を凝視する。


「……似てる。これはルーン文字と似てるぞ……!」


 まるでルーン文字を参考に作られたような言語だ。

 表面だけを変えたようなものでこれぐらいならすぐに解読できるはずだ。

 構造や類似点を見つけて、言葉の意味を探ればいい。


「この文字が結界……。そして、この部分が結界の条件……」


 呟きながら言語を解読する。

 最初は分からなかった単語が少しずつ、明らかになっていく。

 自分でも驚くほどの解読速度だった。


 ──よし、解読完了だ。

 書き換えるべき箇所が分かった。


『展開』を《消印》。

『解除』を《刻印》。


 これで結界の解除は完了したはずだ。

 すると、本は閉じて、視界が戻っていく。


 先ほど触れていた結界は確かに消えていた。

 だが、喜んでいる場合ではないらしい。

 結界が消えた瞬間、第十位階魔法が放たれた。

 火、水、風、土の四属性が混ぜ合わさった巨大な魔法が夢幻亀に直撃する。

 第十位階魔法に見合う大規模な魔法だった。

 だが、これはまずい……!


『ファフニール! 結界は消えた! 一旦元の姿に戻ってくれ!』

『わ、分かったぞ!』


 ポンッ、とファフニールが元の姿に戻った。

 その瞬間にファフニールとアレクシアを抱きかかえ、


「《空間転移》」


《空間転移》を詠唱して、地上に移動した。

 地上に足を着いてすぐに、第十位階魔法を受けた夢幻亀のカウンターが発動。

 結界が展開されていた場所から水平に光線が流れていく。


 辺りがざわざわとしだす。

 移動してきたのは前線組と後方支援組の中間地点。

 ここでは前線の補助をしている冒険者達が待機していた。


「あんなすげえ魔法をくらってあの亀はなんともないのか……!?」

「どうすんだよ……こんなの倒せるわけねーだろ……」


 同じような絶望が辺りに蔓延していた。


『アレクシア、大丈夫か?』


 俺は抱きかかえていたアレクシアの様子を伺う。


『大丈夫……。ノアのおかげで助かった。ありがとう』

『無事で何よりだよ。でもどうしてあんな状態に?』

『夢幻亀の弱点を突こうと発射口に魔法を使おうとしたらあんなことになってしまったの』

『なるほど、夢幻亀は弱点を突こうとしてきた者を倒していくんだな」

『そうみたい』

『あの大きな口から夢幻亀の内部に入って、内側から魔法を使おうかも考えたりしたけど、それだと今のアレクシアと同じ結果になってしまうだろうね』

『だったらもう何も弱点がないわ……』


 アレクシアは弱気になっていた。

 先ほどの出来事で心が折れてしまうのは仕方ないことだろう。


『いや、勝機はある』

『えっ?』


 俯いていたアレクシアが俺の目をまっすぐに見た。

 驚きと期待が混じっているそんな目だった。

 どうやらアレクシアはまだ戦えるみたいだ。


『これは賭けでもあるんだけど、さっき結界を解除したみたいに──俺は夢幻亀の甲羅を消せると思う』


 それを聞いたアレクシアは口をポカーンと開けていた。

 珍しい表情だ。

 笑いそうになったので、必死に堪える。


『そんなことが出来るの……? あの巨大な甲羅を……?』

『分からない! でも出来る気がする!』

『……ぷっ』


 アレクシアは口を押さえて吹き出した。


『ふふ、なるほど。だから賭けってことね』

『そういうこと。でも甲羅を消そうとしているとき、俺は無防備になっていると思う。その間、アレクシアは俺のことを守って欲しい』

『でも、結界が展開されたら魔法を使えないわ。そうなったら守ることは出来ないし……』

『大丈夫。結界は解除されてから10分間、再び展開されることはないから』

『どうしてそんなことが分かるの?』

『書いてあったんだ。説明は省くけど、確かな情報だよ』


先ほど結界を解除するときに条件は全て確認済みだ。


『ノアが結界を解除してから10分間で甲羅を消すってこと?』

『ああ。その10分間、無防備の俺をアクレシアに守って欲しいんだ』

『……できるかな』


アクレシアの表情には不安の色があった。

先ほどの出来事でアレクシアの自信は少々喪失してしまったのだろう。


『アレクシアなら安心して任せられるよ。アレクシアの方こそ、俺のためなんかに守っていいの? 俺はそっちの方が心配だよ』

『うん。ノアは絶対に死なせたくないもの』

『ははっ、ありがとう。俺もアレクシアは死なせないよ。甲羅を消して、必ず夢幻亀を倒すさ』

『でも……私がノアを守れるかは別で……』


アレクシアは不安そうに目を下に向ける。

俺は彼女の肩に手を置く。


『大丈夫。俺達なら出来る。そう信じるんだ』

『……どうして、そんなに信じられるの?』

『出来ることをやるだけだよ。そして出来ると思ったことなら後は自分を信じるだけだから』

『自分が出来ること……。私に出来るかな?』

『出来るさ。ここにいる人達の中で一番アレクシアを信じてるよ。アレクシアが無理なら誰にも出来ない』

『……分かった。やってみる』

『よし、決まりだ』


俺達は立ち上がって、夢幻亀を見た。

やはり夢幻亀は山のようにデカい。

だけど、俺とアレクシアの二人ならきっと倒すことが出来るはず。

俺はそう確信している。


 


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