第45話 夢幻亀の罠
《隔絶空間》を解除後、地面に横になった父上に近くの魔法使いが気付いた。
《気配遮断》を使い、俺の存在がバレないようにする。
「ヒルデガンド様! だ、大丈夫ですか!?」
魔法使いは父上に駆け寄り、大声で叫んだ。
「ん……私は一体何を……」
父上はすぐに意識を取り戻したようだ。
一部の記憶を失くしたばかりで、これだけすぐに目が覚めるのは流石と言えるだろう。
「何があったんですか!?」
「……分からない。だが、ここで休んでいる場合ではない。夢幻亀を討伐しなければならないのだからな」
父上は立ち上がり、視線を夢幻亀に向けた。
父上の魔法はルーン魔法には届かずともかなりの戦力であることには間違いない。
その全てを夢幻亀に向けてくれるのなら心強い限りだ。
少し悲しい気もするけど、仕方ないよね。
……さて、俺もアレクシア達のもとへ戻るとしよう。
俺は《空歩》を使用した。
空中にはアレクシアとファフニールの姿は見当たらない。
周囲を見回し、発見。
アレクシアとファフニールは夢幻亀に接近していた。
夢幻亀の甲羅から発現した発射口に魔法を放つつもりのようだ。
発射口に魔力が溜められていたことから、弱点だと考えたのだろう。
アレクシアはそのまま発射口に向かって、紫の火炎が放たれた。
あれは俺も何度か使ったことのある《終極の猛火》だった。
これで発射口は爆発でもしそうなものだと思ったが、違った。
発射口に放たれた《終極の猛火》は何もダメージを与えることが出来ずに吸い込まれていってしまった。
まるで、その魔法を吸収するかのように。
……吸収?
その言葉が頭をよぎった。
夢幻亀はどうして人間達と対面したときに攻撃をしてこなかった?
対面した当初は発射口など無かった。
出現したのは、俺とアレクシアが《風雷刃》を放ってから──。
……もしかすると、夢幻亀は魔法を吸収して、それを発射口から撃ち返しているのではないか?
そして、俺の憶測を裏付けるかのように、発射口に魔力が込められていく。
『アレクシア! 逃げろ!』
俺は叫んだ。
──が、アレクシアは逃げる気配はない。
何をしているんだ?
逃げないなら俺が《空間転移》で移動して《魔力障壁》で……。
そう考え、詠唱しようとして気付いた。
《空間転移》で夢幻亀の甲羅まで移動できないことに。
結界が張られていた。
どうやら一定時間魔法を無力化し、結界外へ出られなくする効果だと俺は瞬時に理解することが出来た。
そのことを少し疑問に思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あの結界内でアレクシアはあまりにも無力なのだから。
アレクシアが今浮かんで見えるのは、結界の底に足をつけているだけなのだ。
夢幻亀は魔法を放った後、すぐに結界を展開したのだろう。
そうでなければアレクシアが捕まるはずがない。
ルーン族が敵わなかった理由が分かった。
絶対的な防御力と魔法を無力化する結界の存在。
これは……相性が悪すぎるな。
全ての発射口の先がアレクシアに向けられる。
あんなのをまともに受けたら無事でいられるはずがない。
……どうしたらいいんだ。
とにかく俺は甲羅に向かって、高速で移動する。
結界を破ればアレクシアを助ける方法はあるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて、甲羅へと急いだ。
──しかし、発射口に十分な魔力が溜まった。
もうすぐに先ほどの光線が再び放たれる。
「アレクシアッ!」
俺は彼女の名前を叫んだ。
何か策は無いのか、と頭をフル回転させるが、見つからない。
打つ手がない。
──そう思ったときだった。
『ノアよ。我の存在を忘れているのではあるまいな?』
ファフニールの声が聞こえた。
そして、夢幻亀の上に巨竜が出現した。
「はは……。忘れていたよ。俺には居るんだったな。心強い相棒がさ」
巨竜の姿に戻ったファフニールの口から火炎が勢いよく吐き出された。
首と身体を回して、全方位に火炎の盾が展開された。
その直後、夢幻亀の光線が発射された。
火炎の盾と夢幻亀の光線は拮抗していた。
だが、打ち消すことは出来ずに、光線が火炎の盾を貫いた。
ファフニールはそれを見越していたため、既に次の行動へ移していた。
ファフニールがノアから受けた命令は一つ。
それは、アレクシアを守ること。
ファフニールはその巨大な身体を上手く利用した。
アクレシアに身体を覆いかぶせ、包み込むように取りついたのだ。
そして、光線がファフニールに直撃し、爆発が起きる。
爆発が晴れると、傷だらけのファフニールが立っていた。
『ノア……次の攻撃が来たら流石の我も厳しい。早くこの結界を解除してくれ』
『……ファフニール、本当にありがとう。後は任せてくれ。必ずこの結界を解除してみせるよ』
この結界は現代魔法でもルーン魔法でもない。
俺が今まで見たことのない種類の結界だ。
だが、それでも俺はこの結界を解除してみせる。
そのための『力』は既に持っているはずだから。
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