第33話 添い寝

 一緒に寝てもいい……なんて普通聞くだろうか。

 何か悩みでもあるのかもしれない。


『何かあったの?』

『夜、眠れないの』

『眠れない? 昨日はどうしたの?』

『寝てない』


 俺は頭を抱えた。

 失念していた。

 アレクシアの周りの環境は一気に変わったのだ。

 これからの生活に不安がないわけない。


『分かったよ。一緒に寝ようか』


 扉を開けて、アレクシアを迎え入れた。


『ありがとう』


 ふわっ、と花が咲いたような気がした。

 お風呂場で鼻孔に感じた香りが漂ってきた。

 窓から差し込む月の光に照らされたアレクシアはとても幻想的だった。


『……しかし、一緒に寝ると言ってもどうするんだ?』

『同じベッドで眠る。それだけ』

『まあそうなるよな』

『うん』


 アレクシアは早速、ベッドで横になった。

 ……分かってはいたけど、やはり嫌でもアレクシアを意識してしまう。

 アレクシアの容姿はとても美しい。

 異性として魅力的な人物であるのは疑いようもない事実なのだ。


『どうしたの? 寝ないの?』


 不思議そうな表情でアレクシアは俺を見た。


『な、なんでもないよ。ちゃんと寝るよ』


 俺は内心、ため息を吐きたい気持ちでベッドに横になった。

 ベッドは二人が寝ても余裕があるぐらいの大きさだ。

 同じ布団の中、アレクシアとの距離は少し離れている。

 俺は仰向けになって、平常心を保ちながら天井を見つめていた。


『もう少し近くに寄ってもいい?』

『……ああ、大丈夫だよ』


 もそもそ、とアレクシアは動いた。

 互いの距離が縮まる。

 俺は少し恥ずかしくなって、アレクシアと反対側を向いた。

 すると、背中に温もりを感じた。

 アレクシアが背中に抱き着いているようだった。


 これは……なかなかの破壊力だ。

 何か当たり障りのないことを話していないと冷静さを失ってしまいそうだ。


『アレクシアはこの時代の生活に慣れてきた?』

『少しは慣れてきたかな。平和な世の中だと思う』

『そっか。すぐに俺抜きでも普通に暮らしていけるようになるよ』

『頑張る』


 そしてしばらく沈黙が流れた。

 アレクシアの抱えている不安を拭ってあげたいところだが、俺から聞いても逆効果でしかない。

 そうなってくると、俺が出来ることは一緒にいてあげることだけだ。


『……私、夜が怖いの』

『夜が怖い? どうして?』


 夜は暗いから、みたいな理由ではないことぐらい予想はついた。


『私の時代では夜になると化物が活発に動き出していた。夜はいつも誰かが戦っていたの。静かだったはずの夜は喧騒と悲鳴が響くようになった。だから私は……夜が怖い』


 アレクシアは俺の想像以上に深刻な悩みを抱えていた。

 そう話すアレクシアは微かに震えていた。

 俺は彼女の方を向き、優しく抱きしめた。


『大丈夫だよ。俺が一緒にいるから』

『う、ううっ……』


 アレクシアは急に泣き出した。


『ど、どうかした? 何か嫌なことでもしちゃったかな?』

『ごめんなさい。父のことを思い出しちゃったの。父は私の目の前で大きな亀の化物に食べられちゃったから……ぐすっ……』


 安心した拍子に過去のトラウマが蘇ってしまったのかもしれない。

 俺は少しだけ強くアレクシアを抱きしめた。


『……もし、そんな化物が出てきたとしても俺は死なないから。この世界でアレクシアを一人ぼっちになんか絶対にさせないよ』

『うん……ありがとう……』


 アレクシアも俺を抱きしめ返した。

 しばらく抱きしめ合った。

 アレクシアの体温はとても温かかった。


 静かになったと思えば、すーすー、と規則的な寝息が聞こえてきた。

 俺の胸に顔を埋めたままアレクシアは眠ってしまったようだ。

 安心してくれたのか、それとも眠たさの限界を迎えたか。


「安心してくれてたら嬉しいな」


 思わず呟いていた。

 俺は自分の口元をおさえたが、ラスデア語なので当の本人は理解できないはずだ。

 そんなことを考えているとバカバカしくなってきた。

 俺も目を閉じて、眠りにつくのだった。


 目が覚めると、アレクシアはいなくなっていた。


『ふっ、逃げられてしまったな』


 俺の頭の上で体を丸めていたファフニールがからかうように言った。


『あ、暑かったんじゃないかな?』

『あとで聞いてみたらどうだ? 答えが分かるぞ』

『……遠慮しとくね』

『冗談だ。眠っているノアに何か言って帰って行ったぞ。我の目からはお礼を言っているように見えたな』

『そっか、それなら良かった。ありがとう、ファフニール』


 ファフニールの頭をぽんぽん、と撫でた。

 そして部屋を後にした。

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