第34話 闇の精霊

『ノア──。貴様のせいで計画は少し遅れてしまったな』


 洞窟の中、ルーン語が響き渡る。

 声の主は、身体が黒い靄に覆われていた。

 姿、形を正確に認識することは出来ない。

 まるで暗闇のようで、ナニカがそこに存在していることだけが分かる。


『しかし、結果は変わらない。ルーンによる魔法が行使出来たとしても、貴様にコイツを止めることは出来ない』


 洞窟の奥には祭壇があった。

 祭壇には魔法陣が血で塗られていた。

 近くにはいくつもの人間の死体が無残に転がっている。

 死体の山が形成されるほどに。


 この死体たちは、こんな最期を迎えることになるなどとは思ってもいなかっただろう。

 それぞれの人生があって、苦労もしながら、幸せを感じていた。

 しかし、そんな日常は蝋燭の火を消すように、ふーっと一息で、崩れ去る。

 何か報いを受けたわけでもなく、ただ運が悪かった。


『妖精を使えば、こんなにも生贄は必要なかったのだがな。人間はエネルギーが少なくて困る』


 黒いナニカは悪びれた様子もなく、使いにくい道具に不満を漏らしているようだった。

 この存在こそが妖精を《傀儡の箱庭》に閉じ込めていた張本人──闇の精霊である。


『ルベループ火山に封印されていた魔物も封印を解けば、暴れ回ってくれるかと思っていたが、そんなことはなく、ノアに使役されるだけになってしまった。あの海蛇も簡単な守りも出来ないときた。──やはりこちらの魔物は役に立たない』


 闇の精霊は血に塗られた魔法陣に手をかざした。

 すると、魔法陣が黒く、禍々しく、光り出した。


『さて、ルーン族のいないこの世界、夢魔界の化物を止める者は存在するのだろうか──』


 その言葉を残して、闇の精霊は姿を消した。



 ◇



 アレクシアと添い寝をしてから俺は朝食を済ませ、そしてアレクシアにラスデア語を教える。

 そのときに昨日のお礼を言われて、


『今日も一緒に寝ていい?』


 と、聞かれた。

 断ればアレクシアは眠れない夜を過ごすことになるだろう。

 アレクシアと添い寝をするのは俺としても嬉しく思うので、断る理由などないのだが……。

 なんとなく本当に良いのか? と思ってしまう。

 言語化できない罪悪感に駆られた。


『別に構わないよ』

『ありがとう。嬉しい』


 アレクシアはそう言って、微笑んだ。

 彼女の笑顔を見るのは初めてだった。

 少しずつ、アレクシアの不安が拭えてきているのかもしれない。

 そう思うと、俺も嬉しくなった。


『それから私は今日一人で勉強してるから自由に行動して』

『急にどうしたの?』

『ノアはずっと私に構ってばかりで自分のやりたいことを何も出来ていないと思って』


 少し、今までのアレクシアと違う雰囲気を感じた。

 彼女に気を遣わせてしまっていたようだ。


『気にしなくてもいいのに』

『気にする。私は私のやりたいことがあるように、ノアにもノアのやりたいことがあるわけだから』

『やりたいことか……』


 腕を組んで、考えた。

 お金はカールさんからもらった白金貨5枚があるから当分困ることはない。

 まあ冒険者なんだから依頼の一つぐらいは王都でも受けておいた方がいいかもしれないけど、優先順位は低いな。

 お金には困ってないから。

 となると──


『王都内でまだ行ってないところに行ってみたい……ぐらいだな』

『そう。じゃあ行ってきて。私はここで勉強してるから』


 どうせなら一緒に来ればいいのに。

 なんて思ったが、もしかするとアレクシアも一人の時間が欲しかったのかもしれない。

 俺はアレクシアに付きっ切りで過ごしていたから。

 だったら、アレクシアの言う通りにしておいた方が良さそうだ。


『分かった。夕方ぐらいには戻って来るよ』


 コクリ、とアレクシアは頷いてラスデア語の勉強に意識を向けた。



 ◇



 王都の街中を一人で出歩くのは初めてだ。

 いや、一人じゃないな。

 頭の上に一匹いた。


 初めに向かった場所は冒険者ギルドだった。

 楽なクエストがあれば、引き受けるのも悪くないと思ったのだ。

 冒険者の等級が高ければ高いほど社会的信用も得られるわけだから。


 ギルドの中は人が多く、繁盛していた。

 王都の人口は多い。

 利用者も冒険者も自然と他の都市に比べて多くなるのだろう。

 掲示板もルベループにあったものよりも大きい。

 貼りだされているクエストの数も多かった。


 良さそうなクエストはあるかな? と、依頼されているクエストを1つずつ見ていく。

 現在俺はE級なので、F級~D級のクエストを受注することが出来る。

 今まで引き受けたクエストは主に素材を納品するというもの。

 ここは冒険者らしく討伐依頼とか受けてみてもいいかもしれないな。


「あれれ? 昨日のボーイフレンド君がこんなところで何してるのかなぁ?」

「もしかして冒険者だったの? え~、意外」


 右から声をかけられた。

 内容から人物達を察しながら視線をズラすと、予想は的中していた。

 声の主は昨日、アレクシアに声をかけていた三人の冒険者だった。

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