3話 酸の湖の先は迷宮主の部屋の前だった。

 湖の先にあったのはひときわ豪華な印象を受ける巨大な扉だった。明らかに価値の高そうな金属で出来た扉はこれを持ち帰ることができれば一財産になるだろう、余り物の価値がわからない俺でもわかる程度には存在感があった。


 ただ大体迷宮はこういう壁や扉を壊して持ち帰る、ということは不可能に近い。迷宮の神がそれを許さないからだ。一度それをやろうとした奴がいたらしいが変死したという。だから残念だが持って帰って金に換える、ということはできそうになかった。というより出来たとしても背負い袋なしではあまり沢山持って帰れそうにない。







 まず、こんな状況普通は無いことだが実力が全然ない冒険者が高難易度の迷宮で何かの奇跡で最下層に死なずにたどり着いて迷宮主のいる部屋にたどり着いたときもしかしたら困ったことになるかもしれない。


 扉が開けられなかった。というより扉が重すぎて普通に開けられない。あの一つ目を倒せるほどの強い冒険者なら腕力なり魔術なりそれ以外なり開ける手段は持っているんだろうが打たれ強さと再生能力が上がっただけの無能に近い手ぶらの俺は普通に持っていなかった。

 長い時間開けようと扉を押してなんとなく少し開いたかな、という気もしなくもないが気のせいの可能性も高い。鍵穴もなく、何かの仕掛けもある様子もない。本当に金属が重くて筋力が一般的な平民より少し高いかな、程度の俺では開けられない。いや、ここは仕掛けも鍵もいらない方がましなのか。正直魔物がいる中を鍵を探したり仕掛けを解くために動き回りたくない。



 一日かけて何とか少しずつ扉を押し込んで運良く何とか人が一人通れる隙間を作ることができた。半日前までに二回ほど魔物が巡回してきたがそのたびに酸の湖に飛び込んでやり過ごした。慣れたのかそうそう簡単に溶けることはなくなった。


 結局溶けないわけではないので当たり前だが何回か死んだ。運よくなのかそれとも扉くらい数秒もあれば開けられるだろうという認識なのか少しずつ扉が開いているのは気づかれなかった。というより長い時間をかけてやっと開けるような無能がいるなんて考えなかったのかもしれない。


 開いた扉を通り抜ける。

 この先におそらく迷宮主がいる。気を付けな


 迷宮主から放たれた炎の遠距離魔術であっさり死んだ。



 一回死んで蘇生している最中に迷宮主の姿が確認できた。

 宙に浮いた黒い球だった。艶やかに光る黒い球体に遠くからでも確認できる一つの目玉。大きさは一般的な大人の背の高さくらいの直径だろう。


 迷宮主というと他と比べて大きい奴だ、みたいな印象を勝手に持っていたが見た目はどう見てもその辺の魔物と大して変わらないようにしか思えない。

 が、さっきあっさり殺されてしまったように強力な魔術が使えるようだ。ついでに大きくないということはつまり攻撃を当てにくいということだ。ついでにもう一つ付け加えるならやたらと速く宙を飛び回っているので移動速度も高いのでさらに当てにくい。


 まあそもそも素手の俺に攻撃手段は素手以外何にもないから攻撃なんて当たる気が全くしないんだが。

 俺は間違いなく死にすぎて頭がおかしくなっていた。

 だから思ったのだ。


 そうだ、あの黒い球に何とか抱きついてあいつ自身の魔術に自分を巻き込ませよう、と。というよりそれ以外まともな攻撃手段がない。






 迷宮主、人族からは闇の魔眼王と呼称されるその魔物はそれを見たとき特に脅威を感じなかった。

 強さは感じない。加護を受けている様子はあるが強さを伴っているようには見えず、何より扉が少しずつ開いていくのを見ていた。扉を一息で開ける筋力が足りていないのが魔眼王にも察することができた。


 この迷宮の主である自分のところに来たのが信じられないくらいその人族は弱々しかった。試しに軽い魔術の一撃を浴びせたがあっさりと炭になった。


「?」


 だが、ここで予想外のことが起こった。

 体が再生している。いや、死んだあと蘇生している。

 魔眼王は察した。この身体を生かして強引にここまで来たのだと。


 どうやらしぶといだけのようだ。ならば再生しなくなるまで殺せばいい。そう魔眼王は判断した。



 間違いない何らかの神の強力な加護を受けている。

 100回以上殺した後魔眼王はうんざりした気持ちになりながらそう判断した。

 明らかに蘇生しすぎている。

 間違いない。高位の神がこの人族に死なない加護を与えている。

 面倒だな、と思った。

 強さは全くない。

 武器も何も持たず捕まえようとしているのかただ近づいてくるだけだ。おそらくまともな攻撃手段はない。神が死なないという加護を与えただけなのは明らかだ。近接で何か強力な攻撃手段を持っている可能性もあるがだが、魔眼王は一つの強力な特性があった。


 魔法系統の攻撃手段の無効。倒すには非常に強力な魔力を伴わない剣や斧などの武器による攻撃が必要だった。目の前の人族はそれは全く持っていなかった。ほぼ間違いなく強力な武器は持っていない。


 強力な攻撃は素手による魔力攻撃かもしれない。なら魔力攻撃が効かずただの素手での一撃になるので脅威ではない。

 飛び回り続けて少し疲労した魔眼王は一撃だけ人族の接近を許すことにした。


「やっと捕まえたぞ」

 何か人族の言葉を呟いたそれに炎の魔術を放った。

 消し炭になる。自分も魔術に巻き込まれたがそもそも自分に魔術は効かない。



「よし、一回攻撃にまきこなんだ」

「?」


 人族はもう一度抱き着こうとしてきていた。





 間違いない。この人族は自分に魔術が効いているかどうかすらわかっていない。

 何度攻撃に巻き込まれようと意味はないのにこの人族は何度も抱き着こうとしてきた。その度致死の魔術を放っているが蘇生する。そして抱き着こうとしてくる。


 攻撃が少しでも通っていると勘違いしているのだ。実際は全く通っていない。見る目が全くないのだ。攻撃が有効かどうかすらわからないほど弱いのだ。抱き着かれて魔術に巻き込まれようが問題はない。だがいったい何時無駄だと気付くのか。



 そしてうんざりした気持ちと同時に魔眼王は発生して初めての、今まで発生した魔眼王の誰も覚えなかった感情をはじめて覚えた。

 意味のない行動をしているのがわかっていないのが気持ち悪い。

 この人族に抱き着かれるのが気持ち悪い。だから飛んで距離をとった。

 蘇生が切れるまで攻撃を加えた。だが蘇生が切れる気配がない。


「へへへ」


 手を広げ、奇声を上げながらこちらを見てくる人族が気持ち悪かった。

 攻撃に巻き込んだつもりだろうが自分に魔術は効かない。だからお前のやっていることは意味はない。無駄だと言いたかった。言葉を発せられないのがこれほどもどかしいと思ったことはなかった。この戦いがもし終われば人族に意思を伝える手段を考える時間をとるのもいいかもしれない。こんなことが起こらないように人族に伝えなければいけない。

 無駄だ、やめろ、お前のやることは何の役にも立っていない。


 だが今は意思を伝える手段はない。

 気持ちの悪いうめきを漏らしながら手を広げ降りてくるのを待っている。

 気持ち悪い。本当に気持ち悪かった


 そしてその嫌悪感は半日が経った頃恐怖を伴い始めた。

 怖い。もう関わりたくない。帰ってくれと。

 そして最後に思った。


 もう限界だ、と。





 魔眼王が敗北を認めました。

 撃破扱いとなり迷宮デベルを踏破したと認定されます。

「は?」



 人族は姿を消した。

 そのことに魔眼王は心の底から安堵した。






 後日デベルの迷宮主に挑みに来た高位冒険者の一党に言葉を発した記録のない魔眼王が唐突に

『我に魔を伴った攻撃は効きはしない。諦めるがいい』

 と自分の特性をいきなり告白し始めたことに衝撃を受けるという事件が起きた上にそれから何故か何体か再発生た魔眼王が同じようなことをしたという事が珍事が起きた。その原因を探るため高名な学者が調査をしに来るという事態になったが原因は分からずに終わったという。






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