第42話 下見

感情のままに邪神教団の連中を挽肉にしてしまった事に酷く後悔し、頭を抱えていた俺だが、実は意外と気に病む必要が無かった事が明らかになった。


というのも、この世界の人達は犯罪者やら反社会勢力…要は秩序を乱す連中に対して厳しいのだ。

それこそ『発見次第殺害』みたいな感じで。

国営の死刑囚同士を殺し合わせる施設があるくらいだし、それが一般的な感覚なのだろう。


エリーセ達も、俺が強いという事を改めて実感した程度だったそうだ。

現代日本の倫理観が未だに頭から抜けていない俺にとっては、結構な衝撃だった。


「なんにせよ、命の価値観について考えさせられる一件だったな。これからも俺は平然と敵は殺すけど」

「いや、何に向かって話しかけてるんですか」


隣に座るジャーバルが、虚空に向けて話した俺を訝し気に見てくる。

ただまぁ、このような誰も居ない方向を見て何かを話す現象は何度も目にしている彼だ。

今回もあまり気にしていないだろう。


「――って、そんな事言ってる余裕あんのかよ。もうすぐテストだから勉強を手伝ってくれって言ったのはお前の方だろ?」

「うぐ…まぁ、そうですけど。でもアレイさんだってツッコミ待ちだったでしょ?」

「別にツッコミ待ちだったつもりは無いけどなー。あ、その数式、記号間違ってるぞ」


お互い目を合わせる事無くだらだらと会話を続けつつ、時間を過ごす。

ジャーバルにとっては有益な時間なのだろうが、生憎と俺は無駄に時間を浪費しているだけにしか感じられない。

教える事で自分の定着度不足が何とやらという話はよく聞くが、そもそも俺はあの空間で気が狂う程定着させてきたのだからやっぱり意味がない。


おっと、気が狂っているのは自殺するときからだった。

あははは。


「はぁ……ってか、俺も神学の勉強しなきゃかー…退学になるかもだしなー」

「退学というか留年、ですね。アレイさんの嫁さんの…えっと、ルフェイさん?も留年経験者でしょ?」

「あの人は出席日数不足だよ。なんで寮で暮らしてて出席日数足りなくなるんだろーな」


本人は影が薄くて出席を取ってもらえていないと言っているが、果たしてどうだろうか。

つい去年何とか三年分は終了できたらしいし今はあまり気にしていないようだけども。


「――あぁ、そういえば。もうじき遠足じゃないですか。今年の場所、もう聞きました?」

「……はい?遠足?」

「え、行事予定表見てないんです?というかこの学校の遠足は有名じゃないですか。一週間の間王都を離れて、ダンジョン等の魔物が多数生息する場所で野宿する、合宿みたいな行事」


残念ながら今まで一度も聞いたことが無かった。

え、マジで?みたいな目を向けてくるジャーバルがちょっと腹立たしい。


しかしそんな行事をして大丈夫なのだろうか。

仮にも生徒は貴族の子。

そんな連中を魔物の群生地に連れて行く等、正気の沙汰ではないと思うが。


「んな危険な場所に、貴族の子供を連れてくっての?」

「魔物の群生地とはいえ、流石に無策って訳でもないですから。勿論安全策はバッチリ取られてますし…数十年続いている行事ですけど、怪我人の一人も出ていないんですよ。だから親御さんたちも、子供に経験を積ませるためーって言ってこの行事に肯定的なんです」

「へぇー…流石王立の学校だな」


まぁ異世界だからって、自分の子供を安全性皆無の危険地帯に臨んで放り込みたがる親ばっかりな訳でもないだろう。

それはちょっと偏見だったかもしれない。考えを改めなければ。


「…しっかし、遠足かぁ…どこ行くんだろうな」

「その話をしようとしてたんですけどねー……今年は、レーフェレイス大森林に行くらしいですよ」

「レーフェレイス大森林、ねぇ…一応ここの生徒なら安全に行って帰ってこれそうだけど…一週間も滞在できるモンか?」


レーフェレイス大森林は、バンデルセン王国とルットラー国(隣国)の丁度国境線あたりにある巨大な森林で、独特な進化を遂げた魔物や、そこにしか生息しない種もあるのだとか。

危険度で言えばDランク相当の冒険者がきちんと準備を整えてパーティで気を引き締めて挑む程度。

実際日帰り程度ならこの学校の生徒でも全然問題ない。


ただ泊まり込みとなると話は別だ。

野宿は結構危険なのだ。

俺が例外なだけで。


「元々いた教師の方は勿論、新しく入って来た人達も実力者揃いですし、宿泊用のキャンプ地はもう決定してるみたいですし、大丈夫でしょ。何ならアレイさん、誰かが危険な目に遭っても何とかしちゃうでしょ?」

「…俺も一生徒のはずなんだけどなぁ」


※―――


さて、テストやら遠足やらが数日後に控えているとわかってものの、俺の一日の過ごし方は変わらない。

ハルバチェンジャーを使うがために(世間一般では)危険な場所へ自ら赴き、そして適当な数魔物を殺してその死体をギルド等に売って、ハルバチェンジャー改良費に充てるのだ。

音声も、ギミックも、エフェクトも、まだまだこだわって改良していきたいとアンジーさん共々考えている故に。


「で、遠足で来るという話のレーフェレイス大森林まで足を運んできたわけだけど。以外と木の背丈が低いんだな」


もうちょっと巨大な樹木を想定していた物の、俺を出迎えたのはそこら辺に生えている木と大差ないサイズの木々だった。

まぁ、大森林とは言われていても巨大樹とまでは言われていないしな。


「魔物の気配は今の所無し。空を飛ぶ魔物は…ここからでも十分見えるけど、奥の方に行かなきゃかな」

「…それ、もしかして独り言?」

「あー、悪い。つい癖で」


隣から声をかけてきたのは、ついてくることを自ら要求してきたシェラ。

普段はそのまま伸ばしている灰色の髪も、今は縛ってある。

衣装は竜人の里に伝わる戦闘装束らしいが、俺には和服にしか見えない。


一応起源はジェペンガの民族衣装らしく、和服というのもあながち間違いではないらしい。

あぁ、忘れている人が殆どだろうから説明すると、ジェペンガというのは日本に酷似した国の事な。

文化や風景が、江戸あたりの日本を彷彿とさせるものがあるらしい…って、スマ子が言ってた。


「しっかし、どーして急についてくる気になったんだ?俺が魔物殺してる所みたってなんも面白くないと思うけど」

「違うわよ。今日ついてきたのは違う理由。――アレイ。アンタに私が強いって所を見せてあげるのよ!」

「…え?シェラってそんなキャラだっけ?」

「キャラって何よキャラって。――元々アタシは外で遊んだり、魔物退治とかするのが好きなタイプなのよ。でもほら、アンタと結婚する事にしてから、ずーっとアンタばっかり戦ってるじゃない」


そりゃ相手は大災害ばっかりだしな。

俺はともかく他の人にとっては出会えば死も同然の相手と、戦わせるわけにはいかないだろう。


「で、アンタが遠足の下調べに行くとか言うから。せっかくだしついて来ようかなって思ったのよ」

「へぇ。それは良いけど、過保護だぞ?俺」

「…具体的には?」

「お前に殺気が向けられた事を把握した瞬間ソイツをミンチにする」

「過保護すぎるわよ!」


怒られてしまった。

やはり挽肉はダメだろうか。

視覚的にも与えるダメージ的にも派手で良いと思うのだが。


抉り出しとか、バリエーションを増やすのも手かもしれない。

そうすれば俺の戦いももう少し華やかになるだろう。

馬鹿の一つ覚えみたいに挽肉を量産するのもどうかと思うし。


「わかったわかった。ならミンチじゃ無くて三枚おろしに」

「殺気向けてきたら即殺すのをやめてって意味なんだけど!?なんで殺し方が悪いから怒ってるみたいになってるのよ!」

「む。しかしだなぁシェラ。好きな子が他人に…人じゃないとは言え別の何かに狙われてるとなったら、普通は嫌な気持ちになるモンだぜ?」

「き、気持ちは嬉しいけど!アタシだって戦いたいの!!」


耳を赤くし、地団駄を踏むシェラ。


うーん。ここまで強く言われてしまっては、こちらから何か言ったりしたりするのもどうかという物。

一度シェラを信じて、静かに見守るのが正しいのだろう。


「――そこまで言うなら、取り合えず見守るだけにするから。ただ命の危機とか、その他諸々の危機が訪れたら…その時は、俺がやるから。それでいいか?」

「良いわよ、別に。――まぁ?絶対にそんな事にはならない自信があるわけだけどね!」


自信満々。

そんな言葉が良く似合う様子で胸を張って見せた彼女の頭を撫で、俺は森の中へと入っていくのだった。


「え、いやアンタが先陣きってどうすんのよー!?」


※―――


既に森に入って数十分。

魔物と遭遇した回数、まさかのゼロ。


シェラが段々不機嫌になってきている。

これは非常によろしくない。

何せ、魔物がいないのは恐らく俺のせいだからだ。


「あ、あー…もしかしたら、この辺には魔物がいないのかもなー」

「むーっ!つまんないつまんない!せっかくアタシだってちゃんと戦えるんだって所見せれると思ったのにー!!」


なんだか幼児退行しているようにも見えて可愛らしいが、この怒りの矛先が俺に向く可能性があると思うとあまりニヤニヤしていられない。


…なにせ、ここの魔物達が俺を恐れて近づいてこない可能性が浮上しているんだからな!


そうだよ、そうなんだよ。

今は限りなく気配をゼロにしてるけど、森に入る前まではいつも通り、魔力垂れ流し状態だったからな!

多分その時点で大半の魔物が逃げてしまっていたのではないでしょうか。

黙ってるけど。


「…いや、いるぞ」

「え、どこどこ!?」


開き直って魔力をこの森全体を覆うくらいにまで垂れ流し、こちらから魔物を探す事にした。

そしたら、一か所で集まっている魔物達の気配…というかなんというかを多数感じた。

しっかり俺達から離れた所に居るのが面白い。

どんだけ怖がられてんだよ俺。


「んー…結構遠いし、何なら今戦闘を開始したら数が多いのばっかりだなー…おっ?」

「あ、なんか良いのいた!?」


何とか数の少ないのはいないものかと調べていると、ちょうど一匹で行動している魔物を確認できた。

気配のサイズ的にも流れている魔力の量的にも、大災害には及ばない程度だから安心して見守れる。


――コイツなら、シェラの相手に丁度いいだろう。


「あぁ。一匹で行動していてかつ、大災害程ではない奴が見つかった。――どうする?」


魔力を先程までの抑えた状態に戻し、シェラに一応尋ねる。

だが答えは聞く必要が無かったらしいとすぐにわかる。

何せ、今のシェラは―――。


「当ったり前じゃない。――戦うわよ!アタシ一人で!」


今よりももっと惚れちまうくらい、獰猛で凶暴で最ッ高な顔を、してるんだから。

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