第40話 アレイスター・ルーデンスという男

大御前試合。

それは、王立バンデルセン学園で行われる一大行事。

生徒は個人戦、団体戦のどちらかに必ず出場し、保護者等の観客の前でその力を見せ、最後に勝利した者、あるいは者たちは国王様から直々にお褒めの言葉をかけてもらえる。

今年は教師も参加するらしく、Sランク冒険者のダニエルを筆頭に、様々な肩書を持つ(或いは持っていた)者が我々にその力を見せつけてきた。


実際その戦闘は凄まじいの一言で、天変地異が如き魔法の乱打が繰り広げられた。

無論近接戦も今の自分とはまるで比べ物にならないくらいに洗練されており、もしかりに自分が在学中にこの人達と戦う事になっていれば、流石に敗北は免れなかっただろう。


――だが、なぜだろう。


そんな戦闘を見ているのに、どうしても心の奥底に刻まれたよりも強いとは思えないのだ。

今回個人戦に参加し、年上も上級生も居る中で頂点を勝ち取った、俺の弟。


今は団体戦を勝ち抜いた一年下級クラスCチームの面々相手に余裕の表情を浮かべながら対峙し、手に持った巨大な武器をクルクルと弄んでいる。

まるで負ける気がしない、という顔をしているのが何ともアイツらしい。


本来なら、個人戦出場者が団体戦出場者に勝つ確率は極めて低いが、アイツの場合はそんな常識を難なく覆しそうで恐ろしい。


「――ケイ。ケイよ」

「はっ。何用でしょうか」


名前を呼ばれたので一歩前に出て、豪華な椅子に腰かけている老人の言葉の続きを待つ。


彼こそがこの国の現国王。

クォンタム・アーラエル・デノン・バンデルセンその人だ。


現在『救護の剣』から『王直属騎士団』へと移籍した俺は、数年後にある『バンデルセン王国次期国王選定戦』に備え、国王にその名を覚えてもらうべく、王の最も近くで働ける部署につかせてもらっている。

そのため、こうして常に国王の傍に控え、彼の行動を悉くを見て学ぶことができているのだ。


王になって、どのようにすべきかと悩むわけにはいかないからな。


「あの、個人戦を勝ち抜いた男…アレイスター・ルーデンスと言ったか。――あやつが、いつぞや言っていた弟か?」

「はっ。その通りでございます」

「決勝戦において、基本的には団体戦の勝者の方が勝つが……貴様は、弟が勝利すると思うか?」

「えぇ。それは勿論」


間髪入れずに答える。

別にアイツが必ず勝てるだなんて言い切る事はできないが、敗北するなんてのはもっとあり得ない。

一時俺の師であった時も、その力の一端しか見せていなかった……そんな風に感じさせるような男だからな。


俺が即座に、そして力強く返答した事に、王は少々面喰ったらしい。

恐らく、俺の言葉が「アレイが弟だから」という理由で発された物ではないと察したからだろう。

事実、個人戦の時点でアイツの強さは十二分に見せつけられた。


「ふむ……それは、教員戦を勝ち抜いたあの男、ダニエルでもか?」

「勿論でございます」

「ほう。実力だけならば黙示録の殲滅者にその名を連ねる事すら可能とまで囁かれる貴様が、そこまで…か」

「――えぇ。何せ奴は……この私なんぞよりも、よっぽど強く賢い男なのですから」

「…何?」


王が俺に視線を向けた丁度その時、個人戦勝者アレイ団体戦勝者Cチームの試合が開始された。

ここは、黙してヤツの勝負を見るとしよう。


※―――


「『強化』『加速』『硬化』『分身作成』『属性付与』!――バフ掛け終わったぞ!」

「よし、一気に攻めるぞ!!『極撃エクストリーム・スマッシュ』!」

「『剣技ソードスキル』……暴風乱斬トルネードッ!!」


自然体のままのアレイスターに、大量の強化を施された二人の生徒が詰め寄る。

どちらの技も強力で、アレイスターによって指導を受けたことにより洗練されていて、普通の生徒なら当たれば死ぬ可能性すらある攻撃だ。


だが、アレイスターの余裕はこの程度では失われない。


「――まぁ、純粋に力不足速度不足その他諸々って感じだな。流石に四日で俺を越えられるなんて思っても居なかったけど」

「ぐ、ぐぅおおお…!!なんでっ、俺達二人の攻撃をっ、片手で…!」

「やっぱり、トルネードでも…止められるなんてね…ッ!?」


左手に握られたハルバチェンジャーにより、体を軸に回転しながら複雑な斬撃を喰らわせる『暴風乱斬』が一撃目を喰らわせること無く止められ、極めた者は一振りだけで天地を砕くとすら言われている『極撃』も同時に受け止められた。


無論ソレが普通の事だと平然としていられるのはアレイスターのみで、受け止められた者は勿論、ソレを見ていた彼らのチームメンバーや観客席の人々も驚愕の表情をしていた。

いや、チームメンバーはアレイスターの化け物度合いを知っているので、驚愕というよりは絶望か。


しばらくの間拮抗していた物の、ハルバチェンジャーが少しずらされるだけで二人は体勢を崩し、数瞬無防備な姿を見せる事になってしまう。


そして、その数瞬が命取りになるのだ。


「コード・エクスティンクション」

『Ready―――』

「ッ、不味い!」

「『剣技ソードスキル』……!!」


何とか体勢を立て直し、再起不能にならない程度の状態で耐えようとするが、それは失敗だった。


魔力を防御力に変換し、攻撃に備えるその前に。

剣技を発動し、その一撃を受け流す準備をするその前に。


アレイスターは、その武器にたがわぬ速度で攻撃を繰り出したのだから。


「無駄だっての!!」

『GO!!』


そこからは、一瞬だった。

まず二人の体が吹き飛ばされ、観客席を守る巨大な防護障壁に衝突し、そのまま沈黙。

ソレを見て二人のこれ以上の戦闘は不可能だと判断した残りのメンバーは、残された三人だけで何とか勝ちをもぎ取る他ないとアイコンタクトを取り、魔法攻撃と強化の準備を行って――。


――そして、先程の二人のように防護障壁まで吹き飛ばされ、気絶した。


「…まぁ、この攻撃は一回ずつしか打てない訳じゃ無かったって事だな」


勝者を知らせるアナウンスと、ほとんどの人が予想していなかった結末に大声を轟かせる中、アレイスターは余裕の表情で待機室まで歩いていくのだった。


※―――


「ほう…!まさか、あんな一方的に勝利して見せるとはな」

「え、えぇ」


王の言葉に神妙な面持ちでうなずきながらも、内心では大爆笑中であった。

その笑いの原因は、ひとえに呆れである。


なんだアイツ。強すぎんだろ。

俺でも団体戦の勝者を相手にする時はもっと苦戦したぞ。

それをお前、なんで二回攻撃しただけで終わってんだよ。

今回戦った相手、上級クラスとかをものともせず勝ち進んできた奴らだろ?

なんだってソレを二撃撃破かつ余裕の表情なんだよ。


「貴様よりも強く、賢い、か。まだ教員との戦いを見ていないからわからないが、もしやあながち間違いではないのかもしれんな」


あながちも何も、俺がここまで強くなれたのはアイツに鍛錬してもらったからなんだけどな。


まぁ必要とされていないのに口を開くわけにもいかないのだが。


――しかし、次の敵はダニエル…Sランク冒険者だとか。

相変わらず負ける光景が見えないが、流石にSランク相手には…どうだろうか。


※―――


「よぉ、アレイスター。相変わらず強いな、お前」


軽薄な笑みを顔に貼り付けたダニエルが、武器を手に持ちながら声をかける。

それに対しアレイスターは、彼を一瞥した後に大きくため息をつき、後頭部を掻きむしりながら吐き捨てた。


「いや、

「っ、な、何言ってんだよオイ。俺は俺に決まってんだろーがよ」

「……へぇ」


冷たい視線を、変な冗談言うなよな、と笑うダニエルに向けたアレイスターは、今度は口の端を笑みの形に吊り上げた。


それと同時、アナウンスが試合開始を知らせる大声をあげる。


ダニエルは魔力を全身に漲らせ、緊張感を全身から迸らせた。

だがアレイスターは微塵も動かない。ハルバチェンジャーは地面に突き刺さったままだ。


「――どうしたアレイスター。来ないって言うのか?」

「わかんないか?先手を譲ってやってるんだよ」

「何…?」


アレイスターの言葉に、ダニエルは眉をひそめる。

今の彼は隙だらけ。武器を手に持つことも無く、常に垂れ流されている魔力も今は息をひそめている。

これなら、魔力で強化された攻撃をただ直撃させるだけで、彼は死ぬだろう。


だというのに、随分と余裕な表情だ。

それに疑問を抱きつつも、酷く気に入らない。


「…なら、望み通り殺してやるよッ!!『帯電』!」


雷を身に纏い、光の速度でアレイスターへと肉薄するダニエル。

その表情は、さながら獰猛な獣。

獲物を目の前にした、肉食の獣だ。


しかしその攻撃がアレイスターを傷つける事は無く。

…否。その攻撃が行われる事すらなかった。


突如としてここら一帯を包み込んだによって、ダニエルは勿論の事、この場に居る全員が地に伏せる事になったのだ。

正確にはエリーセ、ルフェイ、シェラ、メレーネ、ステラ、マルティナ、ケイ、国王を除いた全員が。


その力こそ、アレイスターの魔力。

ただただ放出量が増えただけの魔力が、その密度の高さ故にそのままの状態で人々に直接的な影響をもたらしたのだ。


「どうした偽物。俺はまだ、魔力を放出してるだけだぞ?」

「ぐっ、がぁっ……き、さま…!」

「あっははは!ついに隠さなくなったな。ダニエルの二人称は貴様、じゃねぇぞ?」


絞り出すようにして声を出し、忌々し気にアレイスターを睨みつける。

その声はダニエルのソレに、別の何者かの声がノイズと共に混じったようになっており、口調はダニエルとまるで異なるものへと変わっていた。


それを愉快そうに見つめながら、アレイスターはさらに魔力を強く、多く、濃く放出する。

因みにその影響を受けるのはダニエルだけであり、ただ「俺はこんな事もできるんだぜ」程度の理由で魔力による圧をかけられている観客たちにはそれ以上の影響は無かった。


「さぁ、って。正体を明かすのと、本物のダニエルをどこにやったのかを吐くのと…どっちが先が良い?」

「がっ、ァあっ!…言う、はずがッ…無い、だろう…!?」

「あっそ。じゃこっちで適当にやらせてもらうわ。『まず本当の姿を見せてもらおうか』」


支配魔法を発動しつつ発せられた言葉が、ダニエル…いや、偽物の耳朶を打つ。

その瞬間、反抗的な態度を取り続けていた偽物は突如として大人しくなり、そしてその顔が

薄皮がはがれていくように、少しずつ。


アレイスターの魔力から解放された観客たちが目を向ける頃には、ダニエルの姿は無く。

地に伏せた何者かは、ダニエルの時の姿から二回りほど大きくなっており、その皮膚は浅黒く日焼けしたようになり、目つきは凶悪になり、頭部には二本の角が現れた。


魔族。

人類よりはるかに魔力の扱いに長け、素の身体能力も人と比べ物にならないという、人の上位互換みたいな存在。


好戦的な彼らは、幾度も人間を訳も無く滅ぼそうと侵略を行い、その度に撃退されてきた。

『英雄』とされる、存在によって。


「やっぱり魔族か。した皮膚に、その角。『どうしてここに?』」

「――。不自然な程、強大な魔力を感知し……その脅威の正体を探るべく、ここまで…」

「あぁ、俺目当てだった訳。――んじゃ、『先生は何処に?』」

「あ、の男は……一応、私の潜伏場所に、拘束してある…」

「生きてるのか。じゃあ『その潜伏場所は?』」

「王都の外れの、洞窟の中に…」

「…あー。了解了解。んじゃ、はい」


魔族の男を押し付けていた魔力が霧散し、彼を支配していた魔法も共に霧散した。

真に自由になることができた魔族の男は、荒い息をしつつも何とか立ち上がり、アレイスターを恐怖の混じった瞳で見つめ、震える手で武器を構えた。


「…へぇ、戦う?俺は魔族と戦った事無いし、結構楽しみだけど……随分怖がってるじゃん。まともに戦えんの?」

「…だ、だが…貴様は、戦わねば殺す…だろう?」

「いや?その辺の処罰は先生とか立場が上の人に任せるだけだし。――ただまぁ、俺と戦ってくれるってなら喜んで相手するけど?」


まるで竜巻を目の前にしているかのような力の奔流を、魔族の男は幻視する。

自分の目の前にいるのが、どうしてもただの人間とは思えなかった。

いや、ただの人間ではないと思い込むことで、自分のプライドを守ろうとしていたのだ。


ヤツは人間だ魔族だ等という枠組みに収まらない化け物なのだから、恐怖しても仕方ないのだと。


「――一応聞くが。もし私がこの場から即座に逃亡しようとすればどうなる?」

「どうもこうも、観客席を守ってる障壁に阻まれて終わりだろ。もし仮に範囲外まで飛んだ上で脱出できるってなら話は別だけどな」

「……なるほど。道は無い、か…――なら、せめて最後まで抗わせてもらおう」

「無駄にかっこいい事言ってんじゃねぇって。そもそも死ぬかどうかは俺じゃ無くて他の人次第だから」


呆れた様子で訂正するアレイスターの言葉は、しかし届かない。

既に神経を極限まで集中させ、体外の魔力はさながら水面のように歪さの欠片も無い。

その目はただアレイスターを鋭く見つめ、他の一切が視界に入ってすらいない様子だった。


ソレを見て、アレイスターも武器を手に取る。

命の危機を感じ取った――なんて事は無く。

ただまともに戦えそうだ、と判断したからだ。


「……コード・アナイアレーション」

『Ready』

「…『帯雷』『強化』『加速』『衝撃強化』『威力強化』――!」


魔力が形を変え、魔族の男を強化する。

その力を強く。その速度を早く。その衝撃は重く。その威力は高く。

そして、身には雷を。彼が姿形を真似た男と同じく、雷の魔法を。


対するアレイスターは、歪な形をした魔石を放り投げ、魔法陣を展開。

今度はその魔法陣にハルバチェンジャーを突き刺すことは無く、陣が自ら彼の体へと重なっていった。


「……ッ!!」

『GO!!』


両者ともに声は無く。

予備動作無しで、誰も目で追えないような速度で走りだし、その武器を振るった。


金属同士がぶつかり合う音が響く。

そして吹き出る鮮血。


勝者は、誰の目にも明らかだった。


「やっぱり、魔族でも俺には勝てねぇって訳か」


悠然と、しかしどこか憂いを帯びた表情を見せるアレイスターと、腹部から血を吹き出して崩れ落ちる魔族の男。


どこからどう見ても、アレイスターの圧勝であった。


「…ま、殺してはいねぇから。後は教員か、国のお偉いさんか…誰か別の人次第って事で頑張りな」


ハルバチェンジャーをしまい、その場を去るアレイスター。


そんな彼を見る観客たちや気絶寸前の魔族の男は、誰一人として言葉を発する事ができないのであった。

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