第39話 個人戦の話をしよう
団体戦で一年、それも下級クラスが一位から四位を独占したこともあり、観客席は大いに盛り上がっていた。
無論自分の子供が負けたことは腑に落ちていないらしいが、それでも娯楽に飢えた彼らにとって、この下克上は大興奮だったようだ。
――そして、待ちに待った個人戦。
一回目、二回目の試合はどちらも中級クラスと上級クラスの戦いで、勝者はどちらも上級クラスの人だった。
当然と言えば当然だが、先程の下級クラスの快進撃を見てからは少々物足りなく感じたのだろう。
観客たちは少々不満げだった。
だが次の試合は彼らが待ち望んだ、下級クラスと上級クラスの戦い。
俺VSジャーバルの戦いだ。
――そう、ジャーバル。
アイツは何と、個人戦で出場していたのだ。
アナウンスでアイツが呼ばれたのを聞いた時は、それはもう驚いた。
…だって、アイツってなんか…団体戦に出てそうなイメージあったし。
絶対一人で戦うのを選ばないタイプだと思ってたし。
「いやぁ、まさか一戦目で戦えるとは思いませんでしたよ。アレイさん」
「…一応聞くけど、お前どうしてここに?確かに団体戦じゃ見なかったけど」
「そりゃ、アレイさんと戦いたかったからですよ」
銛のような武器を持ち、朗らかに笑うジャーバルの目は、獲物を狙う獣のように鋭かった。
何としてでも勝つ、そんな気迫に満ちた彼に、俺も少々気を引き締める。
「俺と戦いたかった?そりゃまたどうして?」
「…僕はね、アレイさんに憧れたんですよ。『大災害』を物ともせず、常識を超えたことすらやってのけるあなたに。――だから、強くなった」
「強くなったって言ってもな…お前は元々十分強かったじゃねぇか。試験の時からずっと」
「いーえ。それでも全然あなたには及べていなかった。僕はそれがたまらなく悔しくて、あの日からずっと鍛えてきたんです。――そしてついに、僕一人の力で『
「え、マジで!?」
『軍撃の蟻波』は大災害の一つにカウントされる魔物…の群れの呼び名で、一匹一匹は大型級程度ながらも、そのあまりの量と強い結束力から恐れられている魔物だ。
人であろうと何だろうと獰猛に食い荒らし、繁殖を続けて移動し続けるその波は、いつしか『陸の津波』と呼ばれる程になった。
俺も一度相手したことがあるが、一匹一匹潰していくと本当に時間がかかる相手だった。
潰し切ったけど。
「えぇ。――僕はもう、あの時の僕とは違う。町で不良に絡まれてもそいつらを全員薙ぎ払う事ができるくらいに。それに対してアレイさんは、どうせ大した準備もしないで来たんでしょう?」
「え、いやー?そうでもないと思うけど」
教えることは自分自身いい経験になったし、念には念をと一昨日はいつものあの空間で六百年分の基礎トレーニングを行ったし…成長したなぁ、って実感はないけど。
《では、アレイスター・ルーデンス対ジャーバル・フロトスト…開始!!》
「…開始、ですか。――じゃあ、僕から行かせてもらいましょうかねぇッ!!」
「おっ、早い!」
体をかがめ、銛の先端をこちらに向けて突進してくるジャーバルの速度を称賛しつつ、自分は体を少し傾けるだけで回避。
なるほど、確かに強くなっているらしい。
少なくとも突きの速度は他の人間に比べてかなりの物となっている。
というかこの世界の人間にはどうしようもない、として扱われている『大災害』を一体とは言え倒した時点で相当だと思うけど。
「焦げろッ!」
回避されるのは予想していたのか気にする様子は無く、ジャーバルは着地地点で体をひねり、俺に手を向け魔法を発動した。
内側を熱し、焦がす魔法だ。
常に大量の魔力を放出している俺に大抵の魔法は通用しないが、こうやって体内に直接影響を及ぼすような魔法は対処できない。
ここは一度回避――いや、反転魔法でも使うか。
「『反射』」
「っ、ぎゃあああ!!?」
魔法の効果を反転した事により、ジャーバルが体を内側から焼かれることになった。
実際どうなっているかは見えないのでわからないが、叫び転げまわっている姿を見るに焼かれているのだろう。
彼の内臓が。
「ぐ、ぅ……この魔法でも、効きませんか…前にしていた説明の通りなら、僕の魔法は通用するはず…だったんですが」
「俺の対魔法手段があれだけなんて一言も言ってないだろ?――さ、今度は俺から行くぜ」
力強く踏み込み、そのまま直進。
回避するような体力の残っていないジャーバルは、俺のタックルを喰らって吹っ飛ばされた。
ガードされた様子も無いし、これはかなりダメージを与えられただろう。
「どうした?これで終わりか?」
「……ま、さか。げふっ……僕はまだ……負けてないッ!!」
銛を構え、魔力を全身に漲らせる。
なるほど。ダメージで動きの鈍った体を、魔力を全て身体能力向上に回して通常通りに使えるように…或いはそれ以上で使えるようにしたわけか。
「『
実際には回転していないが、纏うエネルギーは銛の穂先を中心に回転するように発生している。
恐らくは、あれも魔力だろう。かなり変質していてわかりにくいけど。
あれがジャーバルの必殺技、だろうか。
銛一本とは言え、周囲の地面が衝撃で抉れていってるし…恐らく『軍撃の蟻波』を相手にできたのも、この広範囲攻撃が可能な技があってこそだろう。
焦魔法だって、複数の敵に同時に使う事も可能なわけだし。
相性が良かったんだろうな、きっと。
「でも、ソレじゃ俺には勝てねぇよッ!!」
『ハルバチェンジャーッ!!!!』
いつもの二割増しでテンションの高い起動音を響かせ、俺の手にハルバチェンジャーが握られる。
残り一秒足らずでその切っ先が俺を貫く所だったのを、ジャーバルよりも早く動くことで防いだ。
ハルバチェンジャーの柄は、斧が両刃斧タイプなせいで、若干太めに設計されているのだよ。
銛の先端くらいは防げるさ。
受け止めてすぐにハルバチェンジャーを動かし、相手の体勢を崩す。
銛と共に両手を万歳に形に挙げさせられたジャーバルの無防備なボディへヤクザキック。
「ぎ、ぃい…!?」
「ただの蹴りでも、ガードできなきゃ効くだろ?できればお前の戦った大災害から受けたダメージとどっちが上か教えて欲しい位だけど…そろそろ終わりだ!『コード・エクスティンクション』!」
『Ready――』
懐から取り出した魔石を投げ、中に込められた魔法の発動コマンドを音声入力。
血のような色をした魔石からは、禍々しいオーラを放つ魔法陣が展開された。
その中心部分にハルバチェンジャーを突き刺し、鍵を開けるように捻る。
すると魔法陣がさらに複雑化し、放つ光も強くなった。
これが俺とアンジーさんの悪ふざけで追加された、この武器の必殺技。
なずけて『
全てで十ある必殺技は、最大出力で放てば理論上次元の壁すら破壊できる優れものだ。
何より威力調節が楽なので、こうして格下相手に殺さない程度の一撃を喰らわせるのにも便利。
特に今発動中のコイツは最も俺に合っていて、基本は殺さない時に使っている。
コード名は絶滅って意味なのに。
「まず…ッ!?ぷ、『
「へぇ、光の魔法も使えたのか。――無駄だけどなァ!!」
『――GO!!』
ハルバチェンジャーの槍部分が変形し、より機械的な…それでいてファンタジックな見た目に変わった。
ソレを迷う事無くジャーバルへ向け、振り下ろす。
突くと流石に刺さって危ないからな。回復させればいいとは言え、他クラス唯一の友達だ。大事にしたい。
具体的には、もし仮にいじめられることになってもいじめっ子側に付かないで味方してくれるようになって欲しい。
…あぁ、いや。別に誰かを責めているとかそう言う事は無いんだけどね?
「なっ、防護壁が――ぐあぁああああッ!!?」
水に濡らした紙を裂くがごとく滑らかさで防護壁を破壊し、刃が――具体的には刃から放たれた衝撃波がジャーバルを襲い、吹き飛ばす。
…さて、今の一撃で気絶してくれていると良いが…どうだ?
《勝者!アレイスター・ルーデンス!》
――よし。気絶してるし、アナウンスは俺の勝利を叫んだ。
やってやったぜ。
退場する前にジャーバルの傷を回復し、その後ルフェイ達のいる場所へ手を振って、待機室へ戻った。
次の試合まではまだ時間があるらしいし、ハルバチェンジャーでも愛でながら待ちますかな。
武器に活躍してもらうには、愛用するのが一番だとアンジーさんが言っていたことだし。
※―――
「――まさか、ヴォードンじゃ無くてお前が残るなんて思わなかったな、ユースケ」「あ、あはは…俺も強くなったって事、かな?はは…」
力なく笑うユースケだが、その戦績は大したものだ。
既に四戦を終えた彼が当たった相手は上級クラス五年生、中級クラス三年二人、そして格上のはずのヴォードン。
俺と戦う前の試合で、俺の次にこのクラスの中で強いとされていたヴォードンを下したユースケは、多少怪我をしていても余裕が見て取れた。
…コイツは、面白いことになりそうだな。
「って、アレ?傷が治った?」
「そりゃ公平性を保つために、お前の怪我を直してやったからな。これで多少はマシになるだろ?」
「…それでも、お前に第一試合の時みたいな戦いはさせてやれねぇだろうけどな。待機室から聞こえてたけど、アイツも『大災害』相手にできるレベルなんだろ?」
「リッチとかは無理だろうけどな。それでも十分強くなってたよ、アイツは。きっとまだまだ伸びるな。妬ましいぞ全く」
「よく言うぜ」
《アレイスター・ルーデンス対ユースケ・アングレア…開始ッ!!》
開始の合図と同時、ユースケは今までの緊張感のない様子から一転し、素早く肉薄して刃を振るってきた。
だが目で追えない訳でも、ましてや対処できないわけでも無い。
刃が鞘から抜かれる前にはハルバチェンジャーをその手に構え、振るわれる時には真っ向から叩き割ろうとこちらも振り抜いている。
…いや、嘘。壊すつもりは流石にない。
受け止めさせて終わりだ。
「ぬ、ぉおお!!意外と耐えるだろ、俺!」
「いーや?俺は片手でお前は両手。この時点で無理があるってわかってるんじゃねぇの?」
「…確かに、な……けど俺には魔法がある!『フラッシュ』!――あ、あれっ?」
魔法がいつまでたっても発動しないことに首を傾げるユースケに、つい笑ってしまう。
馬鹿かコイツは。俺の周囲には、俺が常に放出している大量の魔力があるというのを忘れたか。
その魔力のせいで大抵の魔法は飲み込まれて消えるって話をしてやったのを、もう忘れたのか。
「…終わりか?」
「え、いやいや!こんなバカ見てぇな負け方する訳ねぇだろ!お前に魔法が使えないなら、俺自身に使えば良いだけだっての!」
魔力を引っ込め、目を閉じて息を深く吸い込む。
本当ならこの隙に全身の骨を粉にした上でひき肉にできるが、ここは敢えて待ってやる。
…ただ終わったら、敵のすぐ近くで精神統一はバカだからやめろと叱ってやらねばなるまい。
「ッ!」
「おぉ、後方に引くのは正解だな。つっても、俺相手に強く押し込んでも無駄だってのはわかりきってたか?」
「普通は魔力で強化したヤツの両手で持った剣の攻撃は片手で抑えきれないはずなんだけどな。お前にその手の常識が通用しない事はよーくわかってるっての」
かなり距離を取ったユースケは、一度刀を鞘へ納め、機をうかがうようにこちらを見つめるだけになった。
――仕方ねぇ。隙を作ってやるとするか。
「先に俺の攻撃準備が終わってからだけどな!『コード・エクスティンクション』!!」
『Ready―――』
「っ、来たか!」
再び魔石を放り投げ、展開された魔法陣に刺し、鍵を開ける。
槍部分が変形し、攻撃待機状態へ入ったハルバチェンジャーを見てユースケが刀を構えるが、それでも攻撃してこない。
…おかしい、隙は見せてやった――あ、カウンターか。
こちらもこちらで武器を構え、迎撃しやすい位置に隙をわざと生じさせたのだが、相手はもとよりカウンター狙いだったらしい。
思えば、ヴォードンとの戦いもカウンターで決着がついていた。
「…一応聞くぞ?カウンター狙いか?」
「……」
返事はない。
ただ鋭くこちらを睨み、待っている。
――仕方ないなぁ。こっちから攻めてやるか。
「もうちょっと強化して上で、だけどな。『多重強化』『超速化』『
物々しいワードの数々に、ユースケが冷や汗を流す。
だが俺も生易しくするつもりは無い。
アイツの使うカウンター技は、スマ子の情報によると一定以上の攻撃は返せないらしいからな。
ならカウンター不可能なレベルの一撃を放てば俺の勝ちって訳だ。
気もある程度纏ったし、しっかり死なないようにするスキルも使った。
――んじゃ、終わらせるとするか。
「んじゃあ、終わりだぁああああああ!!」
『GO!!!!』
「んだよソレッ…!?『刀術・桜花煉獄』!!」
振り下ろされる刃に悪態をつきつつ、その攻撃に対しカウンター効果のある、刀でのみ行える
だが無駄だ。
全破壊の付与された一撃は、武器なんか容易く破壊できる。
事実、拮抗することも無く刃は砕かれ、ユースケは俺の攻撃を防ぐ術の無いままに全身で受け止めることになった。
そして、爆音と共に土煙が周囲に広まった。
流石に自然に収まるのを待つつもりもないので、ハルバチェンジャーを振るって煙を掃う。
――後に残っていたのは、無傷で立つ俺と、ボロボロの状態で地面に倒れるユースケ。
試合終了と、勝者である俺の名を叫ぶアナウンス。
その数舜後に、観客席全体から聞こえてくる爆発音が如き大声。
因みに、だが。
他の試合はあまり見どころが無かったので省略させてもらう。
それとついでに、教員戦はダニエルの圧勝だった。
つまり次は、Cチームとダニエル、そして俺による一位争奪戦というわけだ。
――ほんと、下級クラスの一人勝ちだな、こりゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます