第35話 ワイルドな教師と戦おう
演習場。
一応全生徒に解放されている扱いのそこは、所々が血に濡れているという点を除けば素晴らしいスペースである。
舗装された床と、太い柱によって支えられた天井は高級な建物である事を光景だけで伝えており、目には見えないが最高級の結界が戦闘を行う場所と観客席とを隔てているため安全性も抜群。
使用許可を取るのに時間がかかる物の、取れれば後は自由に使える。
決闘するもよし、一人で鍛錬するもよし、ともすれば授業で使う事もある。
そんな場所に、俺達はいる。
突然上下関係が云々とか言い出して、なんだかんだで全生徒を牽引し、自
演習場。
一応全生徒に解放されている扱いのそこは、所々が血に濡れているという点を除けば素晴らしいスペースである。
舗装された床と、太い柱によって支えられた天井は高級な建物である事を光景だけで伝えており、目には見えないが最高級の結界が戦闘を行う場所と観客席とを隔てているため安全性も抜群。
使用許可を取るのに時間がかかる物の、取れれば後は自由に使える。
決闘するもよし、一人で鍛錬するもよし、ともすれば授業で使う事もある。
そんな場所に連れてこられた俺達下級クラス組は、現在俺を除いた全員がウォームアップを個人で行っていた。
最初にあの人と戦うのはこの集団だし、別に準備運動をしなくてもある程度は動けるし。
まぁいざ始まるとなれば柔軟くらいはするだろうけど。
「おーし、お前ら。準備は良いな?先手は譲ってやるから、やりたいようにやってみな」
シャツの袖を捲り、手にバルディッシュと呼ばれる武器を持った先生が、少し離れた所から声をかける。
それが試合開始の合図となった。
まず初めに突っ走ったのは、自己紹介の時に好きな食べ物は粟ですと言って誰からも賛同を得られなかったユースケ・アングレア。
父親がジェペンガの人らしく、使用する武器も刀と和風だ。
…試験の時に戦ったはずなのに俺の記憶に残っていないから、実力はお察しだが。
「ほう、刀か。珍しいモン使うな。けどそんな真っ直ぐ突っ込んできても…ほらよっ」
「うわぁっ!?」
単調な攻撃は回避され、ついでとばかりにバルディッシュで足を引っかけられて転んでしまう。
それなりの速さで突っ込んでいった彼は、勢いのままに地面をスライディングしてしまった。
あれはかなり顔が痛いだろう。
もしかしたら皮がむけたかもな。
「んで、魔法の方は――そうだな、お前らはチームワークってのが足りねぇな。弾幕を張るってなら、もっと密度を濃くしなきゃならねぇってのに…隙間だらけじゃねぇか、おい」
魔法による攻撃を回避し、小馬鹿にしたように笑う先生。
でもまぁ、殆ど初対面のヤツばっかりだろうし、チームワークってのを要求してもダメなんじゃねぇかなとは思う。
…いや、協力し合う事の大切さを教えるという意味では悪くねぇのか?
「…ほらほらどーした。まだまだ始まったばっかりだろ?何固まってんだよお前ら」
挑発する様に言いつつ手にした武器を振り回す先生。
しかし真っ先に特攻した奴が簡単に倒され、自分たちの魔法も難なく回避された後だ。
こんな軽い挑発に乗るようなヤツがいるはずない。
いつまで経っても動く様子の無い生徒たちに業を煮やしたのか、先生はやれやれと言いたげに肩を竦め、バルディッシュを構え――
「ほら、黙っててもやられるだけだぞー」
次の瞬間には、また一人やられた。
俺は目で追えたが、他の生徒はそうではないのだろう。
突然自分たちのすぐ近くに現れた先生に、驚いて何もできずにいる。
――これはもう、後は一方的だろーな。
俺の予想通り、この後は誰も目立った活躍は無く、逆転することも何も無く敗北した。
まぁ、全員これで協力することの大切さを学べただろう。
本当は俺もその輪の中に入っておきたかったけど、ここはちょっと浮いた凄い奴という立場を植え付けて、全員の目標とでもなってやるか。
どうせ俺一人でやっても、先生相手に負けるような事は無いだろうし。
※―――
アレイスター・ルーデンス。
神学は歴代最低点の12点を叩きだしているが、それ以外は全て満点。
魔法試験では魔法を使わず魔力を放出しただけで全ての的どころか地面等も破壊し、格闘試験では首席合格者候補と言われていたエス・エメン相手に難なく勝利。
最終試験では、自分のチーム以外の参加者を試験時間終了前に全員倒すという驚くべき結果を残した。
もし神学でもう少しいい点数を取れていれば、文句なしの首席合格だったはずだ。
実際大半の教員は「神学こそ低いが首席合格で良い」と言っていた程だ。
教会から出向してきているお偉いさんの発言のせいで、一時は退学扱いだったが。
いやほんと、あんな人材をたかだか神学の点数で落とそうとするとか馬鹿なんじゃねぇのとしか言いようがねぇな。
「…いやぁ、楽しみだったんだ。テメェの成績を見た時から、俺がお前の在籍するクラスの担任だって知ってから、ずーっと戦いたくてたまらなかったんだよ」
「は、はぁ…そうっすか」
武器を構えている俺に対して、アレイスターは緊張感も無くただただ立っていた。
随分と余裕そうだなぁ、おい。
――舐めやがって。痛い目見せてやるか。
「早速だが死ねやっ!!」
「いや教師が死ねとか言っていいのかよ!?」
『ハルバチェンジャーッ!!』
『
なんかやけにテンションの高い声と共に現れた武器…両刃斧の先端に槍をつけたかのようなソレを使い、アイツは何てこと無いように攻撃を防いだ。
わざとらしく欠伸なんかもしてやがる。
「…まさか終わりって事は無いでしょう?」
「――へぇ。挑発してくる、ねぇ……つくづく馬鹿にしてくれんなぁオイ!!」
もう手加減はしねぇ。
『
俺の魔法は風、水、光属性の混合である派生魔法、雷。
体に『属性付与』すれば光のように早く動けるし、武器に付与すれば文字通り雷のような一撃を叩きこむことができるようになる。
普通に雷を落とすことも、自由に雷雲を発生させることもできて…俺が冒険者として活躍できたのは、コイツの存在が大きいといえよう。
これだけでも超級魔物の大群を一人で相手できるくらいだってのに、そこに『威力増加』の効果が加わって凄まじい破壊力を生む事ができるようになる。
正直言って年下の…それも学生相手に使うような攻撃の方法ではない。
――ただコイツ相手だと、なぜだかこれでも足りないような気がしてならねぇ。
油断も加減も無しだ。
殺さないように、殺す気でやらなきゃ不味い。
「ほー、雷。珍しいっすね」
「はは、そりゃ三属性の複合だからな」
「……いいなぁ。俺なんて、派生魔法は三つですけど、元は闇属性だけですからね」
まるで自分に才能が無い、とでも言いたげだなコイツ。
お前で才能が無いんだったら、他の連中は果たしてなんなんだって話だけどよ。
―――っと、集中集中。
今の所はねぇけど、いつか必ず隙は生じるはずだからな。
その一点を、雷の速度で狙う。
多分だが、これが俺の勝ち筋だろう。
…ったく。この俺が十個近く歳が離れたガキ相手にして、これくらいしか勝つ方法を思いつかねぇって……一体どーなってんだよ、アレイスター・ルーデンス。
「――見えたッ!!」
長い事無言の状態が続き、そしてようやくアイツに隙が生まれた。
とても小さいが、俺なら容易に気づけるような隙だ。
…はっ、なんだよ。流石の天才少年でも、ずっと隙を生じさせずにいるのは不可能だったって事か。
ま、ここは自分の未熟さを恨んでもらうとして、大人しく敗北してもらおうか!!
「――なーんて、思ってるんでしょうけど。残念ながらこの隙はわざと作った物なんですよねー」
勝ちを確信しつつも、一切気を抜かずにバルディッシュで斬りつけようとした俺に、まるで緊張感のない声がかけられた。
そして次の瞬間、俺の体は天井へ飛んでいった。
「がっ、はぁっ…!?」
息ができない。
腹が熱い。
今にも意識が飛んでしまいそうだ。
そして、ここで気づく。
俺は、攻撃する直前に腹を蹴り上げられ、ここまで吹っ飛ばされたのだ、と。
―――いやあり得ねぇ!なんで雷の速度に対応して、こんな威力の攻撃を強化も何もなしでできるんだよ!?
つーか、アイツどのタイミングで喋った!?
最初の疑問が解消され、次の疑問が頭の半分を埋め尽くす。
もう半分は痛みを感じるので精いっぱいという状況だ。
…まるで、いつだかの『大災害』との遭遇の時のように。
「さ、『
とにかくこのままじゃ不味い。
上空で身動きが取れない今、アイツに攻撃されたら俺は絶対に敗北する。
ヤツが上空の敵に攻撃する手段を持っているかどうかは不明だが、何もせずに落下していくだけなのは危険だろう。
取り合えずアイツにダメージを与える事は考えない物として、簡単に攻撃できないように周囲に弾幕を張った。
雷槍は高威力低燃費の、雷属性最強格の技だ。
いくらアイツでもコレを面レベルの密度で放てば対処できまい。
「だーから。俺に大抵の魔法は効かないって言ったでしょーに」
――そう、考えていたが。
突然背骨を氷柱に変えられたかのような悪寒を感じたかと思えば、いつの間にか俺の雷槍は全て消えていた。
それと同時に、思い出す教室で聞いた説明。
確かアイツは、常に大量の魔力を放出しているせいで、大抵の魔法はその圧で消滅させられるって言っていたはず。
――でも俺のあの雷槍を全部消すレベルの魔力、そう簡単に出せるもんじゃねぇ。
今の俺の総魔力量は600。魔力消費効率はそこらの宮廷魔法師よりも高い。
触媒に『金色の腕輪』を使ったから、威力も増している。
ソレを相殺する程の魔力を、普段から素で放出してるって…どうなってんだよ。
「――んじゃあ、まぁ。そろそろ俺から攻めますかね」
「やべっ……ごぁっ!?」
未だ落下中の俺の目の前に突然出現したアレイスターが、なんの躊躇いも無くハルバードを振り下ろす。
柄の部分で殴られ地面に叩きつけられると、体全体から軋むような音が聞こえてくる。
何とか立ち上がり、バルディッシュをかまえると、投擲されたハルバードがソレを砕いた。
最も硬い鉱石と言われるアダマンタイトで作られたコイツが、呆気なく砕かれた。
そのショックに呆然とする俺を、再び突然すぐ近くに出現したアレイスターが蹴りつける。
防御しよう、と考える暇もないような一撃。
鋭く、重く、痛い一撃だった。
「今のは効いたんじゃないですか?腕の骨、折れたと思うんですけど」
「…ぐッ、あぁ……見事に折れてるよ、畜生…!」
先程蹴りを受けた右腕を押さえ、絞り出すように声を出す。
やべぇ、痛ぇ。
腕折った事なんて何回もあるはずなのに、今までで一番痛ぇ。
…いや、腕だけじゃねぇ。全部だ。
コイツから攻撃を受けた所が、全部痛ぇ。
「ここまでやっておいてアレですけど、これって終わりあるんですか?このまま先生気絶させてもいいですけど、そしたら俺達この後何もできずに終わるだけですし」
「…はっ、はぁっ……一応聞くが、お前、本気でやったか…?」
「いや全然。調子に乗るわけじゃないですけど、まだまだウォームアップレベルですね」
「ウォーム、アップ…ねぇ…」
乾いた笑いしか出てこねぇ。
コイツは無理だ。絶対に勝てねぇ。
まるで嘘をついている様子でも無く、寧ろ若干申し訳なさげに言ってきたアレイスターに、俺は痛みも相まって、全身の力が抜け――倒れた。
初めてだった。
確かに敗北自体は何度も経験している。
人間相手でも、魔物相手でも。
何度も敗走し、そして強くなってきた。
――けどコイツは。アレイスター・ルーデンスは。
俺がどれだけ鍛えようが、決して届けない……そんな気がする。してしまう。
「あー、畜生。なんなんだよぉ…」
この日。アレイスター・ルーデンスに初めて惨敗したこの日。
俺のプライドが粉々にされた忌々しい日である今日を、俺は一生忘れないだろう。
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