第34話 クラスメイトに絡まれよう

あの忌々しい合格発表の日から早数日。

試験が遅かったという事もあり入学式は無く、すぐに授業が開始される事となった。


俺はというと、両親に補欠合格だった旨を話し(シェスカに鼻で嗤われた)エリーセを抱き、寮生活を良い物にするべく買い物をし、メレーネと肌を重ね、金欠になったので魔物を狩り、シェラとまぐわい、また色々と物を買ってルフェイの体を貪る――。

そんな日々を送っていた。


無論必要な教材類は既に購入してある。

まぁ俺の所属するクラスでこの教科書を使ってくれるのか疑問だが。

上級クラスも使うような教材だしな。


「…知ってはいたけど、随分ボロボロな校舎だなオイ」


時間的にはまだ授業開始前。

所謂朝のHRも始まる前である。


目の前には下級クラス用の校舎。

中々にボロボロで、ここだけ世界観が違うかのように感じる。

―――取り合えず中に入ってみるか。


ギィィィ…と耳障りな音をたてながら開くアンティークな扉に顔を顰め、中に入る。

外観通りというか、かなり埃っぽい。

木造だからか、床や壁が穴だらけだ。

中級以上の校舎だと、石造のはずだけど。


「えーっと、一年生の教室は……これか」


内装は前世の学校を思わせる作りになっていて、教室の扉の所には学年を示すプレートがある。

窓ガラスが割れているのが不穏だが、別に俺を害することができる存在が同学年に居るとは思えないので、自然体で入室。


下級クラス…それも補欠合格からのスタートだけど、合格するときには誰もが「すげー!」とか「かっけー!」とか言うような生徒になって見せる!

そんな気持ちを抱きながら中に入った俺を出迎えたのは―――


「『煙爆スモーク・バースト』!!」

「えっ、いきなり攻撃!?」


教室の奥の方に居る何者かによる、攻撃だった。


いや、常に魔力を大量に垂れ流している俺に並大抵の魔法は通用しないんだけどさ。

実際今の煙魔法だって一瞬で消えたんだけどさ。

流石にいきなりやられるとびっくりするじゃん。

なんで入室と同時に攻撃されるんだよ。


攻撃してきた輩の方を見ると、そこには金髪癖っ毛の、唇にピアスのような物をつけた男が不機嫌そうに座っていた。

改造された制服と、両腕に大量につけられたシルバーが、ザ・不良という印象を与えてくる。


「チッ…んだよ、反魔法アンチマジック系の魔道具持ちか」

「いやそんな高級品持ってねぇけど」


舌打ちして的外れな事を言ってくる不良に、冷静に否定の言葉を返し自分の席を探す。

丁度真ん中あたりの席か。

窓際最後方の主人公席が良かったんだけどな。


溜息をつきながら一番座りたかった座席の方を見ると、そこには別の生徒が座っていた。

しかもそいつを中心に四人くらい集まっている。

入学前から知り合いなのか、俺が来る前に何かあったのか。


――つーか俺以外の生徒、殆ど来てね?

俺結構早く来たつもりだったんだけど。


「あ?持ってねぇなら、どうやって俺の『煙爆』を無効化したんだよ」

「垂れ流してる魔力が多いからなー。並大抵の魔法じゃ俺に届く前に消える」


ヤンキーらしき男の言葉に適当に答える。

でもしっかり事実を伝える辺り俺は根が優しいんだという事が見て取れるだろう?

優しいし誠実なんだよ。

嫁は現状会ってすらいない子含めて五人だけど。


えーっと、教材は机の中にしまうんだよな。そこは前世と変わらねぇ、と。

…うわっ、蜘蛛の巣だ。さっきの魔法よりもビビったわ。


「適当な事言ってんじゃねぇ、俺の魔法がそう簡単に防げるもんかよ」

「いやいや、下級クラスのヤツの魔法なんてたかが知れてるだろ」

「あ゛?」


おぉ、今の声すっげぇ濁ってたな。絶対青筋が額に浮かんでるヤツじゃん。

見てないから実際どうなのかはわかんねぇけど。


あ、俺も下級クラスだろってツッコミは無しな?

試験の時点で俺より強い奴がいない事は確定してるし。


「…お、おい…アイツ」

「あのヴォードンに、あんなこと言ってよぉ…」

「流石に死んだな…あそこで黙っておきゃ良かったのに」


…んん?なんかいきなり変人を見るかのような、憐みの視線を四方から感じるんだけど。

ヴォードンって誰だよ?

いや、多分あのヤンキーみたいなヤツなんだろうけど、今まで一度も名前を聞いたこと無いヤツだし…なんでこんな「誰もが知ってるやべー奴」みたいな評価が既になされてんの?


「えーっと…アンタ、名前は?」

「死ねボケッ!!」

「またいきなり攻撃かよ!?」


もしかして有名人なのか、なんて思いながら名前を聞くが、返答は暴言と剣による攻撃。

仕方ないので攻撃される前に相手に肉薄し、武装解除と同時に六度ばかり殴って奪った剣を『全破壊』で壊して対応した。


随分と血の気の多い奴が同じクラスなんだな、と先行きに不安を感じつつ、壁にぶつかって咳き込んでいるヴォードンと呼ばれた男に再び同じ質問。


「――で、アンタ誰?」

「……舐めんじゃねぇッ!!」

「お、無詠唱」


一瞬で吹っ飛ばされて、普通の人なら恐怖心やらなにやらを感じていてもおかしくないのに、コイツは頑なに質問に答えず魔法を使ってきた。

ふむ。無詠唱ながら最初の『煙爆スモーク・バースト』よりも規模がデカいな。

ぶつかればさぞ強い威力なのだろう。

まぁ、実際は俺に肉薄することなく大量の魔力にぶつかって飲み込まれて消失するだけなんだけど。


「――…な、…んで、効かねぇんだよ…!?」

「だーから。俺が普段垂れ流してる魔力がー…って、そうか。見せなきゃわかんねぇか。ほら」


仕方ないので魔力を着色。

するとヴォードンと呼ばれていた男は驚愕に目を見開き、座り込んだままながらも俺から距離を取ろうと体を動かした。

まるで化け物を見たかのような反応に、ちょっとがっかり。

どちらかと言えば「すげぇ!」みたいな反応を期待していたんだよ、俺は。


見れば他の生徒たちも全員俺から距離とってるしドン引きしてるし…あっ、一人ゲロ吐きやがった。

人の顔見て吐くなよなぁ。


「…は、はぁ…っ!?」

「なーんでいきなり攻撃してきたのかとか、色々聞きたいんだしさー…大人しく質問に答えてくれよ、な?俺だってほら、お前の疑問にしっかり答えたわけだし?」

「……ヴぉ、ヴォードン…ヴォードン・アストロジー」

「アストロジー…?王都の南側に領地を持ってる?」

「あ、あぁ。第二の王都、なんて呼ばれてる…」


アストロジー家は、先程彼自身が言った通りかなり大きく発展した領地を持っている。

ルーデンス領とは比べ物にならない程である。

あそこ、殆ど山とか森とかで人が住める場所少ないしな。


「んじゃ、君はそこの息子って訳か。兄弟とかいる?」

「…兄貴が三人、姉貴が二人…後、弟が二人」


すっごい大家族!…だけど俺も将来的にはこれくらい子供ができるんだろうな、多分。

嫁が五人だもん。そりゃ子供は五人以上になるだろうよ。


――つかマジでヴァルミオンどこにいるんだ?

スマ子に聞いても所在不明らしいし、探しようが無いんだが…


「んで、このヴォードンとやらはなんで有名なんだい?君」

「えっ!?お、俺!?なんで名前――っと、か、彼はその、大型の魔物を何度も討伐した経歴があるっていう話が有名なんです。今回下級クラスなのは、試験の時に態度が悪かったせいであって実力は上級でも足りないくらい…なんて言われるくらいで」

「態度が審査されるような試験なんて無かったと思うけどなー。どーでもいいけど」


エルメス・リーキウス。

勝手に個人情報を見ただけで、今の今まで名前どころか顔すら覚えていなかった人物だ。

どうやらベルドーン家の分家がリーキウス家らしい。

ベルドーン家は…まぁ、それはいつか話すだろ。


「――んじゃ最後に質問。ヴォードン、なんで俺を攻撃したんだ?恨まれるような事をするしない以前に俺達初対面だと思うんだけど」

「…そ、それは……入学試験の時、お前に成すすべなく倒されたのがずっと腹立たしくって…」

「え、試験?――あぁ、あの。最後にやったヤツね」


あんまり記憶にないし、それほど活躍も何もしていないヤツだったんだろ。

まぁソレを言ったら誰一人として記憶に残るようなヤツはいなかったんだが。


「…じゃ、どーする?先生はけど、まだ一応時間自体はあるだろ?もしまだ足掻きたいなら相手してやっていいけど」

「いや、勝ち目のない戦いに挑むのは、命がけの状況でもない限りはバカだけだ。俺の戦い方じゃあ、まだまだお前には及べねぇ……ってちょっと待て、先生はいる、ってどういう意味だ?」

「いや、文字通り黒板の前に立ってるって話だけど」


そう言いながら親指で黒板を指すと、全員の視線がそこへ集中する。

そこには眼鏡をかけた、かなり筋肉質な体のオールバックの男性が立っていた。

彼は数分前からそこに立っており、気配を限りなく薄めて俺達の喧嘩(?)を静観していたのだ。


教師なら止めるべきなのでは?と思ったけど、これが下級クラスなのかと思えばなんだか納得できる。

底辺高校ってこんな感じなんだろうな(偏見)


「――へぇ、お前は見どころがあるな。俺の『隠密』見破るヤツなんて、下級クラスには居ないと思ってたけどよ」

「あれだけ気配が残ってたら誰でもわかるでしょーに」


まぁ誰もわかってなかったらしいけど。


見た目通り若々しい声をしたその先生は、どこか野性的な雰囲気を感じさせる。

かなり胸元も開かれているし、ホストか何かと勘違いしてしまいそうだ。


この人の隣にシャンパンタワーあっても違和感ねぇな。


「ほら、さっさと席つけ。今日は授業はねぇが説明する事はそれなりに多いんだよ」


両手を叩き、「い、いつからいたんだ?」とか「アレが先生?」とか「なんだかワイルドでカッコいいー」とか色々言っている生徒たちを全員席に座らせるホスト教師。

名前は……ダニエルか。苗字に当たる物は無し。

天涯孤独らしけど、何があったんだろうか。


「…さ。全員揃ってるよなー?んんっ。俺はダニエル。お前らの担任で、座学以外は俺が教えることになってる。教員不足だからな。本当は内容ごとに教員を変えるべきなんだろうけど、そこは諦めてくれ」


まぁ、元々の教員殆ど病気とかで死んだらしいしな。

何とか運営できるレベルの人数は揃えたらしいけど、それでも人員不足は仕方ないだろ。


チョークを手に持ち、自分の名前を黒板に書くダニエル教師。

粗暴な雰囲気と対照的に、文字はすっごく綺麗だった。

人は見かけによらないの例を見せられている気分。


「さーって……色々と教えてやらなきゃならねぇが、まずは同じクラスメイト同士名前を知らなきゃだろ。窓際のヤツから順番に適当に自己紹介しな」


そう言うと先生は椅子に座り、窓際に居る生徒へ目を向けた。

それに合わせるように、他の生徒の視線もそちらへ向かう。

俺も空気を読んでそちらに目を向けた。


皆の視線を浴びたその生徒は、何回か視線をあちらこちらへ移動させ、諦めたように肩を落としてから立ち上がり、自己紹介を始めた。


すると彼が終わった後はその後ろの生徒が、その後はその生徒の後ろの生徒が…という風に自己紹介の連鎖が始まり、俺の二個前になればそれなりに話しやすい雰囲気が(軽い冗談を言えば反応が返ってくるレベル)完成した。


――あぁ、因みに一番最初の生徒はベルドーン家の分家であるキレロ家の次男だった。

ベルドーン家、分家多すぎだろ。


「――んじゃ、以上です」


おっと、俺の出番が来てしまったようだ。

正直嫌だけど、ここは無難な話をして終わらすとしよう。

目立つ真似をし過ぎて、この学校でもいじめに悩むなんて嫌だからな。


卒業どころか中退して、エリーセ達にひたすら甘える日々を送るだけは流石に…異世界に来た意味よ。


視線が俺に集まったのを確認した後立ち上がり、俺は一度咳払いをしてから口を開いた。


「どうも。俺はアレイスター・ルーデンス。ルーデンス家の三男坊なんぞをやっております。趣味と呼べる趣味は生憎ありませんが、特技に速読なんかを持っております。どんだけ分厚い本だろうと、十分以内に必ず読んでやれる程です。他に何か聞きたい事があれば、後で是非聞きに来てください。以上です」


無論後で聞きに来て云々は社交辞令だ。本心ではない。

別に人との交流を避けたいというわけではないが、ワイワイガヤガヤした雰囲気もそれほど好きではないのだ。

まぁ、俺の所にそれほど人が来るとは思ってないけど。


――さっ、後は他の人の自己紹介聞くだけだし、ちょっとリラックスしますかね。


※―――


「うーっし。全員終わったな。なら次は校舎とか寮生活とかの説明…と、行きたい所だが」

「?何かあるんですか?」

「何よりも先にやっとこーと思う事がある」


そういうと、先生は椅子から立ち上がって教卓に両手を叩きつけ、俺達に鋭い眼差しを向けた。

まさしく猛獣のような目だ。

隙を見せれば喉笛に噛みついてくるような、そんな気迫を感じる。


「これから演習場に行って、俺と戦ってもらう。理由は一つ、上下関係を明確にするためだ。――悪いな、俺はこうしないと気がすまねぇタイプなんだ。元冒険者なんでな。文句があるなら参加しなくても良いが、その場合は退学処分だから覚悟しとけよ」


そんな横暴な言葉を聞き、黙っていられる生徒などいるはずが無く。


「「「「え、えぇええええええ!?」」」」


俺を除く全員が、驚愕の声を上げた。

因みに俺が驚かなかったのは、この教師はこういう事をしそうだなぁと予想してしまっていたからである。


寧ろなんで誰も予想しなかったんだろ。

さっきの俺とヴォードンのやりとりを放置してたくらいだから、俺と戦えくらい言ってきてもおかしくないと思うだろうに。


「あぁ、後アレイスター」

「え、はい?なんでしょう」

「お前は一対一だ。こいつらの後でな」


あーはいはい俺一人ね。

大方俺の試験の結果を鑑みてだろうけど…なんだか悲しいなぁ。

こういうは、クラスメイト同士の絆に関わると思うんだよ。

ここで…敗北でも勝利でも、同じ思いを共有する事で、真の友情への第一歩を踏み出すと思うんだよ。


それを俺は一人だけ別にやらなきゃいけないって…明らかに取り残されるじゃん。

クラスの輪に入れないのほぼ確定じゃん。

強いて可能性があるとすれば、俺がドン引きされない程度に圧勝して、「すげーすげー!今のどうやったんだよ?」みたいな囲まれ方をする他ねぇ。


この教師、現状最も俺にダメージを与える方法をなぜ知ってるんだ…!?


「「「「えええええええ!!?」」」」


先生からの特別扱いに再び驚愕する生徒たちの中心で、俺はこれからの学園生活が懸かった戦いの幕が開かれたのを感じるのだった。

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