第31話 入学試験の話をしよう
あの性能実験の日からさらに数日。
ついにとうとう学校が再開し、入学試験がかなり遅ればせながらも開始された。
かなり遅れたし、受験生たちの不満もさぞや…と思っていたが、会場に居る人々は意外と全員落ち着いた様子だった。
どうやらあの時の暴徒と化していたのは、平民枠の親御さんだったらしい(スマ子調べ)
――話を変えよう。
今日に至るまでにかなりの日数をかけてしまった上で、今まで通りの方法で試験を行うのは授業の進度やらなにやらで問題になるらしく、今回は急遽試験に費やす日数を減らすことにしたらしい。
無論テストで問われる予定だった問題は大幅に範囲が縮小されたし、合格ラインも下げられた。
…だからって、一週間近く使う予定だったのを二日半に縮小するのはやりすぎだとは思うが。
俺自身は何ら問題無いんだけどさ。
「…で、筆記試験は前日に終え、今は実技系試験の真っただ中って訳だけどー…」
視線を、数百メートル離れた的に向かって魔法を放っている他の受験生に向ける。
異世界物の作品で、学園に入学する下りで必ずと言っていい程出てくるシーンだ。
魔法を使って的に攻撃を当て、その強さや精密さを測るというヤツ。
普通はこういう所でド派手な技を使って凄い奴扱いされるのが転生者としての『作法』なのだが、生憎と俺の魔法をそのまま使うと極めて見た目がしょぼい。
反転魔法で遠くの的を擦り潰した所で、見栄えがな…
かといって『権限主張』で『絶対魔壊ヴァルミオン』なんて撃とうものなら、一気に賊扱いだ(ヴァルミオンがどれほど畏怖されているかは理解している)し、そもそもここら一帯が焼け野原だ。
「…どーしよっかなー」
「アレイさん、随分と浮かない表情ですね。もうすぐ順番が来るのにそんな調子で、大丈夫ですか?」
「んや、結果が残せないんじゃないかとか不安になってるわけじゃないから大丈夫。問題はパフォーマンス力の無さだから」
「…あー…確かに、この試験は如何に試験官相手に力量を見せられるか、ですからね」
そう言って笑うのは、既に自分の番を終えたジャーバル。
彼は火属性の焦魔法…つまり、『焦がす』魔法を使う。
それだけ聞くとしょぼい魔法のように聞こえがちだが、その実極めれば恐ろしい魔法だ。
というのも、焦魔法は目に見える現象が殆ど無いため、相応の使い手が使えば相手を「炎も見えないのに焼かれている」という状況に陥らせる事ができるのだ。
これは知っていても意外と辛い物で、熱を感じるよりも精神的なダメージの方が大きい。
――まぁ、この試験では全部の的の表面に焦げを残しただけで終わってたんだけどな。
結局ジャーバルがどれくらいの使い手なのかがわからない。
…ステータスを見る分には、さほどだと思うけど。
「次、アレイスター・ルーデンス」
「あ、呼ばれましたよ」
「……はぁ、何使おう」
眼鏡をかけた男性の教師に名前を呼ばれ、前に出る。
的の数は合計十。
別に破壊する事自体は余裕も余裕。
何ならリッチから奪った『魔のオーラ』が変質した『
――ただの威圧感なのに。
「…やっぱ権限主張?それとも、支配魔法をそのまま…いや、反転魔法でも…簒奪は論外だけど」
「アレイスター・ルーデンス。何か問題でも?」
「あ、いえ。なんでもないです」
駄目だ、全く思いつかない。
派手且つ被害は最小限且つ他のヤツには真似できないような芸当……
「あ、思いついた」
別に誰に聞かれても構わないのでそれなりのボリュームの声を発しつつ、さらに一歩前へ。
そして、ずっと垂れ流しっぱなしの魔力をこの場の全員に探知できるように隠密を解除し、大仰な素振りと共に右手を前に突き出す。
「この程度、魔法を使うまでも無いッ!!」
なんかそれっぽいセリフと共に、垂れ流している魔力とは別に右手に魔力を溜め、闇に変換し放出。
極太の柱のようになったソレは、地面を抉りながら的へ向かい、そして一度に十ある的を全て飲み込んだ。
「…決まったな」
伸ばしていた手をスナップさせ、ニヒルな笑みと共に退場。
土埃のせいで確認できていが、あの量の魔力放出なら地面は抉れていたとは言え的以外に被害は出ていない事だろう。
…そうだよ。魔法がダメなら、ただの魔力砲にしておけばよかったんだ。
それなら多少弱めになるし、魔法を使わなくてもこの実力、なんて感じで一目置かれる所か羨望の的だろうし。
だってほら、今の試験監督の顔を見てみろよ。
この唖然とした表情。やっぱ俺は凄いんだよ。
あそこまで時間かけて自分磨き(物理)を続けたんだから当然だろうけど。
――ともかく、これで魔法の実技試験は終わった。
勿論この後に待っていた反応は驚愕と羨望の声の数々だったし、それで調子に乗ったのは言うまでも無い。
…さて、次は格闘試験の話をしよう。
※―――
「先ほどの魔法試験では随分と大きな口を叩いていたが……こちらでは、我が上を行く」
「……は、はぁ」
筋骨隆々の巨漢が、俺を鋭い眼光で見下ろす。
怖さ等は無いが、圧が強い。
その巨漢の名は、エス・エメン。
何人も騎士団長クラスの騎士を輩出している名家、エメン家の長男坊。
その実力は、入学試験前から多少話題になっていた程。
既に冒険者ギルドから依頼を受注して、かなりの実績を残してきたらしい。
「この試験では、どのような攻撃も許可される…しかしそれは魔法以外、だ」
「そ、そうっすね」
「つまり、貴様がいくら魔法の才に秀でていようとも、この試験では無意味だという事」
やけに自信満々な一言に一瞬面喰うが、遅れながら察する。
この人、勘違いしてるな。
俺の取柄が魔法だけだと。
だが実際は、最近アンジーさんが最高傑作を自称するようなハルバード『DXハルバチェンジャー』を装備し鬼に金棒状態。
魔法よりも物理的な戦闘の方が得意なのだよ。
…あぁ、ハルバチェンジャーを命名したのは俺ね。
前世から好きなんだよ、変身ヒーローと光ったり鳴ったりする玩具。
「俺をどう思おうと関係無いですけど、もう始まってるんですよね?だったらさっさと来たらどうなんですか」
「ふん。随分な態度じゃないか。――なら、お望み通りこちらから行かせてもらうぞッ!!」
他の受験生たちの視線を感じながら石畳の上に立っているだけだった状態から一転。
エスは抜刀しつつこちらへ駆け出し、基本に忠実な…悪く言えば単調な攻撃を仕掛けてきた。
速度はそれなりに速いが、それだけだ。
速いって言っても俺より遅いし。
体を少し左にずらし、攻撃をわざと紙一重で避ける。
理由は無い。
なんかカッコいいから、程度だ。
「そのデカい武器と巨体からは意外性あふれる速度ですね」
「躱しておいてよくも……だが、ギリギリの回避だった事に変わりはない。油断も慢心もしないが、我の勝利が揺るがない事に変わりは――」
「ならこっちから行くぞ」
『ハルバチェンジャーッ!!』
アイテムボックスから取り出したハルバチェンジャーをくるくると回し、まるで槍術の達人かのような雰囲気を醸し出してみる。
陽気な声で名乗りを上げていたが、その実武器としての性能は凶悪の一言に尽きる。
ただ振り回すだけで周囲の敵は一掃できるし、刺突攻撃は俺の攻撃力も相まって砲撃の様。
変身後はさらにステータスが上昇し、誰も手に負えないような最強の存在になるのだ。
「ま、変身は使わないけどなっ!!」
ハルバチェンジャーを振り、斬撃を飛ばす。
これはこの武器の機能の一つで、一定以上の力を込めて振るえばその力に応じた速度、威力の斬撃がその方向へ飛んでいくという物だ。
面制圧に持ってこいの機能だと思って追加してもらったが、こうして一対一の戦いでも中々活きてくる。
「ざ、斬撃!?――ぐっはぁっ!!?」
驚きに動きが硬直し、エスは回避も防御もすることなく斬撃を受ける。
無論死なないようにスキルは使ったし、攻撃そのものもかなり加減した。
それでもノーガードで受ければ気絶するレベルではあるはず。
実際俺の予想は正しく、腹部に強力な一撃を受けたエスはその場に崩れ落ち、二、三度痙攣した後に動かなくなった。
「――しょっ、勝者アレイスター・ルーデンス!」
審判役兼試験監督の先生の声の後には、歓声と恐怖や羨望による息を呑む音が聞こえてきた。
これは、良い感じに異世界転生モノ主人公ムーブができている証拠ではなかろうか。
必死ににやけそうになる口元を引き締めつつ、自分がやった事は当然で、倒れているヤツが弱すぎるのではないかと疑問に思っているかのような顔を繕う。
あ、なんかそれっぽいセリフでも言っておいた方が良いか?
何が良いかな、「あれっ、今の軽く振っただけなんだけどな…」とか?
いやいや「勝者って…まだ決着はついてないんじゃないんですか?だって、やられるのが早すぎる」とかも良いな。
んでも、これじゃありきたりか…?もうちょっと独創性とか…
「…あ、アレイスター・ルーデンス君?そろそろ、次の試合が…」
「えっ、あ、すみません今どけます」
結局、考えている内に退場の時間になってしまった。
…最後、ダサかったなぁ…
※―――
「そして現在が実技試験のラスト…チーム戦。魔法、スキル、通常攻撃なんでもあり。終了時メンバーの残り人数と、脱落させた相手の人数がポイントになり、そこからさらに個人のポイントへと配分されていく…フィールドはこの広大な森の中。王都から出てすぐの場所にある、この学校の私有地」
「えっと、なぜ急に解説を?」
「さっぱりわからんな。この男は」
チームは六人で構成される。
全部で42チームある内、俺とジャーバル…そして格闘試験で俺に呆気なく敗れた男、エス・エメンが同じチームになったのは、結構な奇跡と言えるだろう。
偶然って怖いね。
一応他のメンバーも紹介しておこう。
ルーデンス領の対極の位置に存在する、海沿いの町を治めているアンダージ家の三女、ルキナ・アンダージ。
王都付近に領地をもち、優秀な宮廷魔法師を数多く輩出している事で有名なマドロッカ家の次女、アリス・マドロッカ。
山岳地帯に領地をもつロットーロ家の現当主と獣人のメイドとの間にできたという少女、キュイセラ・ロットーロ。
以上三人と、俺ら男性陣三人で六人。
良い人数比じゃなかろうか。
「さーて、俺はこのまま全敵を撃滅しに行くけど。みんなはどーする?」
『ハルバチェンジャーッ!!』
「…ね、ねぇジャーバル君。アレイスター君っていっつもあんな突飛な人なの?」
「え、僕に聞かれても…」
ハルバチェンジャーを取り出し、ウィンドウでマップを開き、目標の位置を確認。
そんな事をしつつ他のメンバーがどうするのかを質問するが、全員開いた口がふさがらないみたいな表情をするだけで求める答えは返ってこなかった。
まぁ、皆「このまま隠密魔法(ルキナが使える)を使って潜伏して、制限時間が来るまで待機」で行動方針を固めようとしてたし、当然なんだけどな。
でもそれじゃ、俺の目標である「神学で落とすだろう分の点数をカバーできる程の高得点」は狙えない。
「お、お前はバカなのか!?いくらエスに勝てるくらい強いからって、一人で他の受験生たちと戦うなんて…」
「戦うなんて言ってないだろ。俺がしてくるのは――蹂躙だ」
角度良し、ポーズ良し、その他諸々良しのニチャア笑いを浮かべる。
俺に馬鹿とかなんとか言ってきやがったルキナは、この溢れ出る自信満々のオーラに気圧されたのか何も言わなくなった。
が、代わりに俺のこういった態度に慣れつつあるらしいジャーバルが引き留めてくる。
なぜ邪魔をするのだ友よ。
「一人で勝手に突っ込んでいってやられでもしたら…僕たちの合格も危うくなるかもしれないんですよ?それでも一人で特攻するつもりなんですか?」
「まぁ、そう言われるとは思ってた。だからほら、転移石」
「…だ、だからほら、って…なにこれ?」
「それがあると、もう一方の石を持っていれば、どこに行こうとすぐにその石のある場所に戻ってこれるんだよ。俺の手作り」
ま、嘘だけど。
ただちょっと綺麗な塗料(草を磨り潰したもの)で模様をつけただけの石で、実際は何てことないただの石なんだけど。
本当は転移くらい権限主張とかスキルとか、最悪ハルバチェンジャーの『緊急退避システム』で何とかなるし。
けど、そんな事を言った所で信じてもらえるとも限らないし、信じられても話すのが面倒くさい。
だったら、そういうアイテムを持ってるんだという風に認識してもらえた方が楽だ。
まぁ、実在しない物だから手作り宣言する必要があった訳だけど。
「…手作り云々については後で聞きますけど…本当に、一人で行く気なんです?」
「寧ろ俺についてくる方が酷い目に遭うと思うな」
「―――はぁ」
すっごく長い間の後、ジャーバルは大きく脱力しつつ溜息をついた。
それは数日間という短い期間とは言え、俺という人間と関わって来たからこその諦めだった。
「好きにしてください。僕たちは隠れてますから、危なくなったらいつでも戻ってきてください」
「さっすがジャーバル。そう言ってくれると思ってたぜマイフレンド」
「――え、いやいやダメでしょ!?なにさらっとまとまってる風に…」
「…まぁ、アレイスター・ルーデンスがどれほど戦えるのか…というのは気になるしな。本当に危機的状況に陥れば戻ってくるのだろうし、構わないのではないか?」
「は、はぁ!?エスまでそんな…」
「ルキナちゃん、多分…何言っても、ダメだと思うよ」
「うん、あたしもそー思う。アレイスターって、一度決めた事は意地でも変えないタイプな気がするし」
「ふ、二人まで………あー、もう!勝手にしなさいよ勝手に!負けて戻ってきたら全力で笑い飛ばしてやるからね!!」
なんだか数年来の友人同士かのようなやり取りにも見えるが、俺とジャーバル以外は全員ほぼ初対面である。
そんなこんなで全41の六人チーム全員を全滅させる戦いが始まった。
最初の内はハルバチェンジャーを使って一人一人脱落させていこうとは思うが、もし時間が危ういとスマ子から忠告が入るようなら(試験監督しか知らないはずの制限時間を、しっかりと知っているのだ)魔法で一気に片をつけよう。
そんな事を考えながら、俺は森の中を駆けだした。
目標はマップに映る最も近くの受験生たち。
――さて、神学の分まで稼ぐとしましょうか!!
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