第30話 武器の性能を実験しよう
ジャーバルとの一件から早数日。
未だに入学試験は延期されているらしく、昨日は学校に文句を言いに行く集団が目撃された。
俺としてもここまで延期されたら流石に不審に思う所があるわけで、ちょっとスマ子に情報を入手してもらったのだが…どうやら学園の教員が複数人病死してしまったらしく、その代わりとなる人材を急遽発掘中とのこと。
流行りの病だったり持病だったりと死因は若干異なるが、教員の中でも勤務歴が長かったりと重要な立場に居た人が悉く死んでしまったせいで、かなり学園の人は混乱状態にあるようだ。
「いらっしゃい。良いタイミングで来たのぉ。ちょうど出来上がった所じゃよ」
「やっぱり。そろそろ完成している頃なんじゃないかと思ってましたよ」
爽やかな笑みと共にさらっと嘘をつき、店へと入る。
現在俺は、王都にきて最初に来た武器屋…アンジーの気まぐれ工房にきている。
目的はただ一つ。
作成を依頼していた、俺の欲していた武器を受け取る為だ。
因みに完成時期はスマ子が教えてくれた。
日に日にコイツ無しじゃ生きていけない体になっている気がしてならない。
「それで、どんな風に仕上がりましたかね?」
「ふむ…まぁ取り合えず見てみるのが良いじゃろ。ついてきとくれ」
店の奥へと進みゆくアンジーさんに、俺は期待半分もしダメだった時でも気にしないでいるつもり半分を胸についていくのだった。
※―――
「頼まれた通りのハルバードじゃ。手に持ってみるとよい」
そんな言葉と共に手渡されたのは、一本のハルバード。
柄の部分は黒く、長さは俺の背丈よりも少し大きい程度。
もっとも特徴的なのはその穂に当たる部分で、普通のハルバードと違い斧部分が片側ではなく両側についている…言うならば、柄の長い両刃斧に槍をくっつけたような物だな。
俺のメインウェポンになる事を期待して要求してみたが、果たしてどこまで要求が実現されているやら。
「持った感じ…扱いやすそうではあるかな。普通なら重いんだろーけど、パワーはあるから。――振ってみても?」
「どうぞどうぞ」
許可も得たので、部屋の中でも特に周りに何もない場所を選んでそこに立つ。
そしてそのまま素早く一振り。
違和感はない。
空を切る音もしっかりと聞こえたし、動かしにくいとか早速不調がとかそう言った事はなさそうだ。
――次は、軽く舞ってみるか。
「ほひょっ!?」
アンジーさんの驚愕の声が聞えた気がするが、動きは止めない。
かつてシェスカの前で剣舞を披露した時に似た気持ちを抱きつつ、俺はハルバードを振り続けた。
と言っても、ただただ単調に振り上げ、振り下ろし、突き等の動きを繰り返すわけではない。
実際の戦闘を意識し、体術といかに組み合わせられるかを確認する意味も込めて、時折武器そのものから手を離したりしてもいる。
「ざっとこんな感じ、かー…ん。武器そのものは扱いやすそうで何より」
「す、すごいのぉ、お主。長い事生きてきたが、これほどの動きを見せた者はそうおらんかったわい」
そりゃ鍛えてる年数が文字通り桁違いだからな。
寧ろこんだけ鍛えてても別の世界には俺レベルのヤツが…あ、いないんだっけ。
今現在(魔力量を除いて)俺に戦闘面で勝てるヤツはどの世界を探しても居ないと、神様から太鼓判を押されているんだった。
褒められて悪い気もしないので、ニヤニヤしているのを隠すことなくアンジーさんの方を向く。
――あ、今小声で「これまた凄い自慢げな…」って言ったの聞こえてるからな。
「んで、特殊効果的な物はどうなんですか?俺結構無茶な事言った自信ありますけど」
「そちらも勿論抜かりない。これほど時間をかけて作った大作じゃ。――しかしここだと流石に狭いじゃろ。どうじゃ?性能実験に、魔物でも相手にしてみるのは」
「確かに外ならもう少し違う動きもできるし……そうしますか」
※―――
…と、言う事で外にやって来た。
現在地は王都から少し離れた所にある森。
その中でも、一際魔物が集まりやすい場所だ。
今はアンジーさん共々上空から魔物の群れを確認しているのだが、なるほど。
冒険者ギルドの受付の人(この数日間何度も話した結果、少し仲良くなった)が危険だというだけある。
俺でも無ければ、委縮して帰宅してしまうだろうな。
見れば危険と評されやすいような魔物の影もチラホラと。
「…んじゃ、早速攻め込んできますかー」
「ほ、本気で言っているのかお主!?いくら空が飛べたりするからとは言え、流石にあの数は…」
「自殺行為、ですか?俺はそうは思いませんがねぇ…」
こういう時の為のニチャア笑いである。
スマ子にどれくらいのニチャ度か尋ねたら、十人中十五人が「それはニチャアだな」と答えるレベルだと言われた程のニチャア笑いである。
これさえしておけば、大抵の人は「自信があるんだろうな」と思って引き下がってくれる。
ステラさんもマルティナさんもそうだった。
見るとアンジーさんはまだ何か言いたげだが、言葉を発する様子はない。
どうやら、俺のニチャアが効いたらしい。
「ま、さっさと終わらせてやりますよ。――使い方とかも、俺の要望通りなんですよね?」
「あ、あぁ…しかし、万が一という事も」
「そういう時は魔法を使えば良いだけなので。それではっ!」
片手を上げ、そのまま飛行状態を解除。
落下する最中、俺の直下に居る一際大きな魔物に、ハルバードの切っ先を向けた。
※―――
王都近郊の森の奥。
『捕食者たちの休息地』、と呼ばれる場所。
ここら一帯の中でも特に強く獰猛な複数の種類の魔物が集まり、中心地にある湖で喉の渇きを潤す広場だ。
本来人は愚か、力の弱い魔物ですら近寄らないようなこの場所に、轟音と共に砂塵が舞った。
獣たちは驚きを感じると共に臨戦態勢へと入る。
予期せぬ出来事であり、今まであり得なかった事象ではあるが、自分たちに仇を成す何かがあるという事は本能で理解していたからだ。
「貫通性能は良好。落下の勢いのサポートがあったとはいえ、このサイズの魔物の頭部に風穴を開けるレベルはすげぇな。――アンジーさん、甘く見てたかも」
魔物の中でも強者に位置する物が集まるこの場ですら、一際大きく一際強い魔物として周囲から一目置かれていた存在。
種族名をグレータースパイダーという魔物の死体を踏みつけ、その命を奪った事をまるで意識していない様子の男が、手に持ったハルバードを振り土埃を切って、その姿を現した。
黒目黒髪の高身長。
どちらかと言えば美少年寄りの顔立ち。
燕尾服を改造したかのような、一目見るだけで平民とは違うとわかる服装。
アレイスター・ルーデンス、肉体年齢十五歳。
辺境貴族の三男坊にして、手に入れたばかりの武器を嬉々として振るう子供らしい子供。
なお実年齢は言葉にすら表せない。
「…んー、この辺の魔物は一際強いって聞いてたし、俺相手でも逃げずに襲ってくると思ってたけど…結構警戒されちゃってるな」
後頭部を掻き、困ったように言葉を出す。
無論誰かに話しているというわけではない。
彼は特別独り言が多い人間であった。
…さて。この場にいる魔物は他の魔物とは一線を画すような連中ばかり。
中には人語ある程度理解できる物も居る。
「Aaaaaaaa…」
「おっ、良い殺気を向けてくるな。――色違いだし、群れの長とかかな?ステータスは……んー、硬い!良い防御力!武器の性能実験に持ってこいの魔物じゃん!」
手慰みにハルバードを振り回しながら、一歩前に出て自分を睨みつけてきた獣を品定めする。
無論こんな所にいる魔物が――と言っても他よりも数段強いのだが――彼自身のステータス相手に見合う訳が無いのだが、一般的な魔物と比べればその防御力は目を見張るものがあった。
ハルバードそのものがどれだけ使えるのかを確かめるには、なるほど。
確かにもってこいである。
「――おぉっ、思ったより強い!」
喜びの色が強いその言葉は、勿論彼自身の武器に対して発せられた言葉である。
魔物達には、何が起こったのか理解できなかった。
ただ視界に映るのは、砕けた地面と果実を握りつぶしたかのようにぶちまけられた血液。
そして、喜色満面で武器を振り回し、斧部分についた血を振り飛ばす少年。
「傷一つ無いし、攻撃した感じは何の違和感…それどころか抵抗も感じなかった。んじゃ、普通の突きは?」
まるで殺意を感じさせずに、近くで警戒し、動けなくなっていた魔物の脳天を穿った。
それはさながら川を水が流れているかのような、そんな自然な動作だった。
「おー!すっげぇ、落下の勢いがなくてもこれか!斧としても槍としても、十二分に活躍すんねコイツ!」
新しく手に入った玩具で遊ぶ子供のような、無邪気な笑みと共に周囲の魔物を穿ち、切断し、叩き潰し、薙ぎ払い、殺す。
その手が止まる様子も、躊躇する様子も何もない。
…そして、この虐殺と共にまだ生きている魔物は気づく。
――コレは、勝てない。
逃げなければ、殺される。
「――あら?逃げ始めちったか。ならしゃーないね。どうしてもコレはお願いしたいと頼み込んだギミックを試す時だ!」
一斉に踵を返し、森の中へと駆け出す魔物達へ、
穂先を地面へと突き刺し、柄に埋め込まれた魔石を誰かに見せるかのようにちらつかせる。
そして叫ぶ。
「変身ッ!!」
魔石が強く光を放つ。
すると騎士甲冑のような物が現れ、彼の体に向かって直進、合体した。
それと同時に、強い光と衝撃波が周囲を襲った。
必死に地を駆けていた魔物達は、背後からの衝撃に全員が倒れた。
何事か、と目を剥き、今すぐにでもこの場を離脱しなければならないとわかっていながらも背後に意識を向けた。
…向けてしまった。
「…お、おぉおおおおおっ!!!すっげっ、すげっ、すっげぇえええええええ!!!」
――あれは、なんだ?
そこには、先程までの黒髪の少年の姿はなく。
代わりというように、血のような赤い色の線で模様が描かれた黒い鎧を身に纏い、歓喜に打ち震える何者かの姿があった。
「…姿見無いのが残念無念だけど、今見える範囲だけでもかなりの完成度なのはわかる!よくコレをこの短期間で完成させたなアンジーさん。料金よりも高い金渡そうかな。チップ的な意味で」
ブツブツと何かを呟く姿に、魔物達は恐怖を感じて仕方が無い。
目に見えぬ圧力?
肌でのみ感じられる威圧感?
否。断じて否である。
――アレが、人間か?
人並みの知性を持つ魔物は、皆一様にこう考えた。
魔物達にとって人間は、力も何も持たない、自らよりも格下の存在…餌でしかないはずだ。
中には確かに抜きん出た存在がいて、自分たちを餌とする者も、確かに居ただろう。
しかし、アレは…なんだ?なんなのだ?
「魔物の動きも止まってるし。変身と同時に衝撃魔法を発動したい、って要望もしっかり通ってるみたいだなー……いやほんと、疑ってすんませんでしたって謝らないとな」
恐怖により動けずにいる中、彼らは理性で、或いは本能で、疑問を抱える他できなかった。
今あの場に居る、アレは一体何なのだ、と。
なぜアレはあそこまでに強さに満ち満ちているのか、と。
…なぜ自分は、迫りくる死を受け入れようとしてしまっているのか、と。
「んじゃ、無双ゲーの始まりだな」
装備状態でどれだけ動けるかの実験、と呟いて、男はようやく動いた。
耳障りな、鉄同士がぶつかり合う音が聞えたかと思えば、魔物の集まっている一部分から大量の鮮血が噴きだした。
――それが、多数の魔物が同時に叩き潰された結果だという事を知っているのは、上空から見ているアンジーと叩き潰した張本人である鎧姿の少年だけだった。
「…マジか。この状態の鎧には全体的な能力強化機能以外は何もないはずなんだけど…それでも一振りで視界の魔物全部を一気に叩き潰せるレベルになってるのか」
この結果は、どうやら予想外だったらしい。
返り血に塗れた鎧を見つつ、ハルバードを振るった。
もはや魔物は逃げない。
勝ち目は勿論、逃げおおせられる可能性も無い事を悟ったのだ。
――後には彼が自身の要求した他のギミックを確認し、この場にいる魔物、計121体を虐殺するだけの光景しかないので、ここでは割愛させていただく。
一つ言うなら、彼の要望は全て叶えれていた。
これで、アレイスターはアンジーに頭が上がらなくなってしまった。
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