第29話 異世界での学園モノのお約束と遭遇しよう
あの老人…アンジーさんとの話し合いは思いのほかトントン拍子で進み、すぐにでも作ってもらえるという事になった。
…で、料金の話は受け取りの日にって話をして店を出た時に気づいたのよ。
あ、入学試験明日からだ。って。
一応入学試験には数日間かけるらしい(どの分野でも、一日一日休息をとって全身全霊で挑んで欲しいからとの事)が、恐らく実技系の試験には間に合わないだろう。
そもそも武器って一朝一夕でできる物じゃないだろうし。
――って、諦めていたのも束の間。
翌日になって学校まで向かったら、『諸事情により試験を延期』だと言われた。
正直狂喜乱舞したね。
他の生徒からしたら非常に腹立たしい事態だろうが、俺は違う。
せっかく作ってもらってる武器があるんだ。
この延期のおかげで、実技試験に間に合う可能性が出てきた。
「…ま、喜ばしい事だけじゃ無いんだよねー」
『良い宿が全て埋まっているだなんて、中々に笑い話ですよね』
「んで結局野宿と来た。王都の宿の柔らかベッドは何処…?」
入学試験の延期に伴い、俺は泊まっていた宿により長く滞在する必要が出てきたわけだ。
しかし俺の泊まっていた部屋は既に他の人が次に予約してしまっていて、延長ができず。
かといって他の宿を使おうとすれば、スマ子から泊まる気を無くすような事を言われて考え直す羽目に。
一応、もし泊まれなかった時の為に、と名前だけは押さえておいた他の宿もあったが、ソレらは全て埋まっていた。
ツイてない。
「あの空間に自分から飛び込んで、好きなタイミングで出れるようになったからとはいえ…あんまり『時を換金』は使いたく無いんだよな。なんか消耗系の技ってもったいなくて使えないタイプだし」
『あぁ、ラスボス戦でも貴重なアイテムは使わずに終わっちゃうタイプの人ですか?』
「実にその通り」
変な所で貧乏性なのだ、俺は。
なので、別にまだまだ使える時間は残っているというのに妙に勿体なさを感じて『時を換金』を使えない。
本当はここにベッド等を設置して、洞窟ホテルみたいにしてやろうと(野宿の場所に選んだのが王都付近の山の麓にある洞窟だった)思ったのだが…寸前でやめた。
理由は前述の通り。
まーたあの空間で自分磨きでもしようかね?
『時を換金』を気兼ねなく使えるようにもしたいし。
「まっ、どうせアイテムボックスで自由な持ち運びができるわけだし。新品の家具でも買ってやろうかなって思うわけだよ俺は」
『うっはー、無駄遣い。アイテムは使わないけどゲーム内の金はいくらでもドブに捨てられるタイプですね?』
「またまた正解。流石スマ子だな」
つっても、ここの金は現実の金なんだけどな。
まぁ魔物を狩るのはあの空間で長々と過ごすよりも気軽にできるし、時間より金の方がまだ浪費できる。
『大災害』レベルの魔物を倒した時なんて、ドロップアイテムの中の金額が恐ろしい事になってたしな。
もうすでに豪遊可能なんだよ、俺はな。
「んじゃ移動すっかー。スマ子、ここの座標記録よろしく」
『了解!――完了しました!』
「良い返事だ。んじゃ…『権限主張・移動』」
※―――
「ありがとうございましたー」
店員に見送られ、店を出る。
これで洞窟生活を快適にし、この先も野宿の度に使えそうな家具一式が手に入った。
結構お高い物ばかりを買ったつもりだったが、ポケットマネーはまるで減っている様子を見せない。
ま。使った事には変わりないし、この後冒険者ギルドにでも行って冒険者登録して無くても賞金がもらえるような魔物(大量発生している魔物)の情報貰って倒しに行くかな。
『態々ギルドに行かなくても、私に聞いてくれれば答えますよ?』
「んー…なんか、今日はお前のドジっ子発動率高かったし…健康のためにも、歩数増やしたいしな」
『この歳から健康に気を使うんですかマスターは』
「馬鹿言え。気づいた時には遅いんだよ」
スマ子と話をしながら歩く。
無論王都の人がスマ子の存在を知っている訳が無いので、奇怪な物を見るような目を向けられた。
ま、スマ子の事同様俺の事も知らない訳だし、そんな恥ずかしさはない。
接点も何もない人間にどう思われようが、結局一過性の物でしかないのだよ。
「…って、ん?なぁスマ子、あの大体二キロくらい離れた所なんだけど」
『視力どうなってるんですかマスター…それで、二キロ先に何か?』
「いや、なんかの集団ってか…カツアゲ?みたいなのに見えるのがあんだよね」
『んんー?あっ、本当ですね。アレはまごう事無きカツアゲですよ』
やはりか。
広場に出たし、少し辺りを見渡してみようと思った矢先にコレか。
…さて、どうしようか。
見た感じカツアゲされているのは女性らしいし、助けてやっても構わないが…
変に面倒ごとを起こして入学試験に響いたりしたら嫌なんだよなー。
「ま、別に良いか。都合の悪い事を無くすための支配魔法だし」
『え、助けるんですか?らしくないですね』
「失礼な奴だなー。俺の死の間接的な原因は人助けだと知っていての発言かそれは」
『でもソレって女の人ですよね?』
「そりゃそうだろ。男がなんの関係も無い男助けて何になる」
まぁ場合によっては男でも助けるけどな。
なんだかんだ偽善者なんだよ、俺はな。
…しかし変な事を言うな。
あそこにいるカツアゲされている人は女のはず。
なのになぜ、まるで俺が今から男を助けようとしているかのような…
『マスター。あの人、男ですよ?』
「えっ!?」
スマ子の一言に、裏返った声が出る。
いやいや、女だろアレは。
何処をどう見たら男になるんだよ。
『ほら、ステータス欄』
【ジャーバル・フロトスト/年齢:15/男】
マジじゃん。
スマ子がもう一個ウィンドウを展開し画面を見せてきた。
そこには、確かに男、という文字が。
「――って、そりゃつまり男の娘って事じゃねぇか!?」
『男の娘?なんですソレ』
なんで俺の脳内秘書なのに男の娘を知らねぇんだよ。
まぁ教えてやるのは後だ。
とにかく今は危機的状況に居るらしい男の娘を助けてやるのが最優先。
「『権限主張・移動』!」
カツアゲ集団の一人の背後……の上空に転移し、落下の勢いと共に踵落とし。
化け物ステータスで放たれた蹴りに耐えうる術を持ち合わせるはずも無く、男は短い断末魔と共に地に倒れた。
それによって、突然降って湧いた異変に気付いた他の男達がこちらを見てくる。
驚愕の色が強いのは、やはり気配も何もなしで一人を倒したからだろうか。
「な、なにもんだテメェ!?」
「ナンカ・スッゴイ二世だ!!覚えとけ!」
偽名は基本。
後々に被害を及ぼさないようにするために適当な名前をでっちあげつつ、声を荒げた男の顎を蹴り上げる。
…あぁ、勘違いしないで欲しい事だが、まだ殺してはいない。
最初の踵蹴りした男も、今顎を蹴り上げた男も、どちらも『
え?名前が物々しい?
そりゃ元々は拷問用だし。
これを発動して攻撃すると、その攻撃は致死性を持たなくなる…つまり、死にはしないのだよ。
因みに気絶もできない。
「な、なんかすごいって…ふざけてんのかテメェ!」
「んなのどうでもいいだろ!先にコイツやっちまうぞ!」
…と、流石に無抵抗でやられてくれるような奴らじゃないか。
人数は残り六人。
一人相手のカツアゲには明らかに無駄な人数だが…俺の相手じゃない。
――今のかっこよかったからもう一回。
俺の相手じゃ、無い!
「『
「いきなり魔法かよ」
全員ナイフみたいなのを持ってるし、てっきり近接戦になると想定していたんだけどな。
ちょっと意外。
…つっても、対応できない訳じゃ無いし、そもそも対応する必要も無いんだけどね。
「ひょあっ!?消えた!?」
『ひょあっ、って言いましたよこの人』
「笑ってやるなスマ子。人は予想の斜め上の出来事に驚かずに対応できない生き物なんだ」
俺は魔力量を増やすために、普段から無駄に魔力を垂れ流し続けている。
前までは「ステータスが戻るまでは体に負荷をかけてはいけない」という神様からのお達しもあって大した量を出していなかったが、今ではそう言った点を気にする必要は無い。
ただ立っているだけで(一般人なら)魔力枯渇状態でミイラになりかねない量を放出し続けている。
…で、それだけ高密度の魔力を大量に垂れ流している物だから、それなりに強い魔法をぶつけられない限り完全に消滅させちゃうんだよな。
最近兄さんが帰省してきたとき、力試しだって言って魔法を使ってきた時に判明した。
あの時はなぁ…兄さんが「ついにその域の化け物になったか」とか失礼な事を言ってきたなー…
「くそっ、マジックアイテム持ちかよ!だったら近接戦だ!」
っと、少し前の事を考えている間に状況が変わったか。
無駄な攻撃を続けて、勝手に魔力枯渇で倒れてくれればよかったんだけどな。
ようやくナイフを構え、棒立ちの俺に向かって駆け出してくる男達。
六人で攻撃してくるなら流石に不味いか、等と一瞬思いはしたが、すぐに隙だらけだという事に気づく。
…いやいや、御冗談でしょう。
「ぐぶっ!?」
「ごほぁっ!?」
「…よ、よえー」
結局、ほぼ一瞬で決着がついた。
戦闘描写?要らない要らない。
溜息をつきながら、八人分の死体(全員生きています)を山のように積み上げ、こちらをずっと見ているだけだった少女…もとい、男の娘に声をかける。
「大丈夫だった?なんかカツアゲされてるみたいだったけど」
「えっ、あっ…はい。ありがとうございました」
頭を下げようとする少年を手で制し、ついでに周囲を確認する。
路地裏とは言え通りからでも中の様子がわかる程度の位置だったが、通行人は誰一人として気にしている様子が無かった。
まぁ、面倒ごとにならなくてよかったという事で。
「…えっと、ナンカ・スッゴイ二世…さん、でしたっけ」
「偽名だからねソレ。鵜呑みにしないでね?」
「えっと…じゃあ、本名は?」
「アレイスター・ルーデンス。君の方は?」
ジャーバル・フロトスト、という事は知っているが、質問は怠らない。
だって、初対面だしな。
一方的に名前を知られてても、気持ち悪いだけだろう。
いや、もしかしたらかなりの有名人で、こちらだけが知っていてもおかしくはない可能性もあるけど…ごくわずかだし。
ネットも何もないこの世界で誰もが知る有名人なんて、それこそ王族とかそこら辺くらいだからなー。
「ぼ、僕はジャーバル。ジャーバル・フロトスト。こんな見た目だけど、男です」
「ん、知ってる知ってる。――で、どーしてこんな目に遭ってたんだ?カツアゲとは言ったけど、この人数に脅されるなんて、相当の事が無いと普通は無いだろ」
「…や、やっぱりわかっちゃいますか…」
いや、俺そこまで馬鹿じゃねぇし。
凄く言いづらそうにしながら目線をあちらこちらへと泳がせるジャーバルに、一歩詰め寄る。
スマ子はカツアゲだと言っていたし、最初は俺もカツアゲだろうなと思っていたが、よくよく考えたらこの人数でするような事でもない。
じゃあなんだ、と聞かれれば…うん、それがわからない。
だから馬鹿正直に包み隠さず聞いてみることにした。
助けた理由は、何があったのか聞きたかったからという感じで…怪しさも減るし。
気づいたら突然空中に現れてた人なんて、本当にただの不審者だからな。
「――こ、ここではなんですし、あの喫茶店ででもいいですか?」
少し言葉に詰まりながら、ジャーバルは路地裏の外を指さした。
その指の先には、ちょっと小洒落た感じの喫茶店がある。
意外と盛況のようだが、人の多い所で話しても大丈夫な内容なのだろうか。
※―――
「えっと、まず…もう少し詳しく、僕についてお話しますね」
そう言って、ジャーバルは手元のカップに口をつけた。
そしてすぐに「熱ッ!?」と言って後ろへ仰け反った。
なんだか一挙手一投足が小動物じみている少年だな、と思う。
目を離したら死んでいるのではないかと思うくらいの弱々しさというか頼りなさ。
「…え、えーっと…実は僕、貴族なんです」
「貴族?フロトスト家なんて聞いたこと無いけど」
「あはは…貴族と言っても、所詮は分家なので。父は自分の領地すら持っていませんから」
それは果たして貴族なのだろうか。
そんな疑問を抱いていると悟ったのか、ジャーバルは困ったように苦笑いをして、ただ一言「取り合えず、僕がそれなりに身分の高い立場にある程度に思っておいてください」とだけ言ってきた。
説明すると面倒なのだろう。
実際あまり身分とかには興味ないし、そんな感じで良いんだが。
「さっきはカツアゲ、と言われましたが…どちらかというと、誘拐一歩手前だったんです」
「誘拐?にしては随分と手際が悪かったみたいだけど」
「彼らは、所詮金で雇われた小悪人たちでしたから。僕なら依頼人よりももっと大金を出せますよー、とかでまかせを言ってその場を凌いでいたんです」
なるほど、コイツ意外と強かだな。
少女のような見た目と、力なく笑う様子から勝手になよっとしたヤツだと思い込んでいたが、なんだか思い違いをしていたようだ。
…しっかし謎だな。
相手が金で雇われた云々を知ったのは、連中が自分からポロっと言ったって事で説明はつくけど、態々分家の人間を人雇ってまで誘拐しようとするヤツなんているのか?
『へいへいマスター。気になるようなら調べましょうか?』
スマ子が俺の耳元に現れ、小声で尋ねてくる。
俺以外には聞こえない設定にしているだろうに、無駄に芝居がかったヤツだ。
…そんな設定したっけかなー。
「いや、別に良い。そんな深刻な問題でも無いんだろ」
「えっと、誰と話して…」
「エア
「え、えあ…?」
スマ子を知らない人には、毎回こうやって説明しているのだ。
その度に可哀そうな人を見るような目を向けられるけど、それはまぁ些事って事で。
首を傾げ、少し俺から距離を取ったジャーバル。
そんな姿を見て何も思わないか、と聞かれれば全然そんな事は無いんだけど、昔から変人扱いはよくされてきているから受ける精神的ダメージも大分減った。
最近はシェスカの罵倒がな。
思いのほか涙が出てきてだな。
「…んま、気になる事はいくつもあるけどー…事情は何となーくわかったよ。――でも、仮にも貴族がこんな街中一人で歩いてて良いモンなのか?」
「父さんからは許可も貰ってるし、すぐ近くには自宅もあるし…安全ではありますから。今日早速こんな目に遭ってしまいましたが」
笑いながら話すジャーバルを尻目に、俺はこの辺の地理情報をウィンドウで確認していた。
分家とはいえ貴族の家が、こんな街中にある物なのかと。
そう思っていたが、どうやらこの辺はかなりブルジョワな人が住まう住宅地の付近らしく、少し進めば小貴族の屋敷群もあるのだとか。
でもそうか。
高級家具が売っているような店がわんさかある場所なんて、そりゃ金持ちの密集地帯か。
ニーズのある人が少ない所に店を構えても、なんの意味も無いからな。
「今日は、本当にありがとうございました!あのままだと、どうせ逃げ切れずに終わっていたでしょうし…有耶無耶にできそうな雰囲気でも無かったので」
「よせやい。同じ貴族同士、助け合いも大事だろーよ」
「はは、ですね。貴族同士……ん?貴族同士?」
俺の言葉に、彼は小魚の骨が喉に引っかかったかのような顔をした。
…あれ?もしかしてこの反応、俺が貴族だってわかってなかった?
ルーデンス家って結構有名なはずなんだけどな。
世間は広いようで狭いというけど、意外と狭いようで広いんだな。
この後、喫茶店の中にはジャーバルの叫び声が響き渡るのだが、ソレを事前に察知できた者は俺を除いて他に居なかった。
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