第三章 学園の非凡なる劣等生

第28話 武器屋に行こう


「んー、偶には馬車旅も良いもんだーね。御者の運転も良い」

「へっへっへ、そう言ってもらえて光栄でやんす」


小悪人みたいな笑い方をするが、根は驚くほどの善人である御者と軽く話をしながら、あぜ道を進む。


現在俺はバンデルセン王国の首都…通称王都に向かっている。

かなり広い土地でありながら、一部スラム街を除いた全ての場所がウチの都市レベルに栄えているのだとか。


…ルーデンス領の栄えっぷりは、他の追随を許さない程なんだけどなー(実地調査済み)


「っと、見えてきたなー。でっけー」

「でっけー、と言いますと…あぁ、『貧者の塔』でやんすね。概要はご存じで?」

「いんや。名前しか知らんな…なんで貧者?」

『それは私がお教えしましょう!』

「おっ、スマ子ちゃんは今日も元気でやんすねー」

『えっへん!スマ子に疲れも休みも無いのです!』


突然ウィンドウを展開して現れたスマ子に、親し気に挨拶する御者。


この数年の間に、俺が良く会う人間にはスマ子の存在を知ってもらったのだ。

そっちの方が街中歩いている時とか変人扱いされなくて済むし。


せっかく自分で『こういう声が良いな』とか考えて設計して作った訳だし、もっといろんな人に周知して欲しい。


「んで、貧者の塔ってのは?」

『貧者の塔は、現在の王家、バンデルセン家の初代君主…ハイドリヒ・バンデルセンがこの土地を手にする前から存在していたと言われています。材質等も不明ですが、何年たっても朽ちぬ塔としてかなりご利益があると言われていますね』

「なのに貧者?」

『えぇ。なんでも入口に『かの貧者、砂を固めて塔を築く』と書かれているらしく、そこから貧者の塔と名付けられたそうですよ。未だに調査が続けられていて、且つ謎も数多く残っている程ですし…いつか探検してみては?』

「へー…面白そうっちゃ面白そうだけど、俺はまだルーデンス領周辺と竜人の里くらいしか巡った事無いからな。先に地上を巡り切らねーと」


しかし貧者の塔、確かに気になるな。

ここからでも頂上が見えない程デカいんだ。

さぞ上るのが大変なのだろう。


調査が中々終わらないというのだから、きっと中には魔物とかいるんだろうなぁ、という期待もある。

タワー系ダンジョンだと思えば、かなり心が躍る。


「…っと、もうそろそろで王都だな。アンタはどーすんだ?」

「あっしは坊ちゃんを送り届けたら、ルーデンス領まで戻りやす。今日はあまり仕事はねぇでやんすが、やっぱしあの町の方が肌に馴染むんでさぁ」

「ん、そっか。代金っていくらだっけ?」

「銀貨一枚と銅貨六枚でやんす」

「はいはいーっと。はい、これで丁度のはず」

「へっへっへ、毎度!」


目的地まではもう少し距離があるが、もう金を手渡しておく。


…さ、入学試験は明日だし…観光と行こうか!


※―――


さて、真っ先にやって来たのは武器屋。

ルーデンス領ド田舎では見られないような珍しい物が多いと聞いたので期待値マックスで歩いてきた。


…いやほんと、異世界に来てるっつーのにそれほど異世界してないんだよね俺。

一応魔法触媒は装備してるけど、それ以外何もなしだし。

ステータスがあの空間でのヤツに完全に戻った…ってかそれ以上になっちゃったせいで、そこら辺の魔物は恐れて近づいてこなくなっちゃったりしてるせいで、あまり戦えてないし。


「でもこの店なら、魔剣とかそういうファンタジー色の強い武器が沢山売ってるんだよな?」

『えぇ。この店は王都の中でもかなり評価と値段と格式が高いお店でして。冒険者の中でも上位の方や、かの黙示録の殲滅者達アポカリプス・メンバーズの方が御用達にしているのだとか』

「へぇ、一般人にゃ入りにくい店って訳ね。つっても俺は貴族だし、金もあるから客として問題無しな訳だけど」


ドアを開け、中に入る。

店の外観に対して中は広く、壁一面に様々な武器が飾ってあるのが特徴的だ。


店員の姿も客の姿も見えないが…まぁ勝手に楽しませてもらうとするか。


「つっても、何がどんな武器なのかなんてよくわかんねぇんだけどなー」

『でしたら、私がいくつかこの中で優れている武器をピックアップいたしましょう!――えーっと…』


ウィンドウが店中を回り、色んなアイテムを吟味する。

少し時間がかかりそうだし、俺も手ごろな物を手に持ってみたりするかな。

ここの…ザ・投げ売り、みたいなコーナーのヤツとか。


『あっ、一個良さそうなものがありましたよマスター!』

「それはー…モーニングスター?」

『はい!これ、魔剣の一種でして!なんと爆発するんです!』

「使い捨てかよ」

『しかも持ち手の所も連鎖的に爆発するので、結構使うのに度胸が必要ですね』

「んなモンお勧めすんな」


ってかなんでそんなネタみたいなアイテムがおいてるんだよこの店。

強い人達御用達のしっかりとした店で、俺のスマ子が真っ先にお勧めしてきたのがコレってどういう事だよ。


『あ、じゃあコレはどうです?』

「弓か。一応使った事はあるけど…普段使いするかと聞かれれば疑問符なんだよなソレ」

『でも、能力は凄いですよ。なんてったって使用者の魔力を矢に変換して放てるんですからね!熟達者になれば矢に特殊効果をつける事も可能なんです!』

「へぇ…消費魔力量によっては普通に魔法使うよりも断然良いな。そこら辺はどうなんだ?」

『……ご主人様の場合は、魔力触媒を使って魔法を使った方がまだ減りませんね』

「駄目じゃん」


利点らしき利点がねぇ。

同じ事言うのもアレだけど、なんでそんなネタアイテムおいてあるんだよ。

そしてスマ子はなんでその類をお勧めしてくるんだよ。


「…なんかさ、ちゃんと使えそうなヤツとか無いの?」

『んー…おっかしーですね…なんか、致命的な欠陥がある物ばかり置いてある気がするんですが』

「おぉ、騒がしいと思ったら、まさかお客さんが来てるとはな。珍しい事もあったもんだ」


店の奥、カウンター側から一人の老人が歩いて出てきた。

かなりの筋肉をお持ちの方だ。

男として、ちょっと憧れる。


「あぁ、どうも。お邪魔してます」

「そんな改まらなくても良いさ。お主は客じゃからな」


ニコニコと微笑みながら、老人はロングソードを手に取る。

刃を照明に照らし、何かを確認しているらしい。


「しかしお主も変わり者じゃの。隣の『ヘンリーの頑固工房』に行かず、態々この店に来るとは」

「ははは……ん?ヘンリーの頑固工房?」


ヘンリーの頑固工房。

ちょっと滑稽な名前だが、その店こそが『上位の冒険者や、かの黙示録の殲滅者達アポカリプス・メンバーズも愛用している』という武器屋だ。

そして、俺がスマ子にナビゲートされて訪れているこの店が、ヘンリーの頑固工房のはずなのだ。


…なのになんだ、この老人の口ぶり。

まるで俺が一個隣の違う店に入ってきちまったみたいじゃねぇかオイ。


「む、知らんのか?ヘンリーの頑固工房と言えば、かの黙示録の殲滅者達の団員も愛用しているという…」

「い、いや。それは知ってるけど……この店じゃ、無いの?」

「まさか。ここは『アンジーの気まぐれ工房』…儂が、実用性があるんだか無いんだわからん武器を作って売っている店じゃよ」


その返答を聞いた瞬間、俺はふとある事を思い出した。

とても忘れていてはいけないような事で、とても大事な事。


脳内秘書スマ子は、元々俺の思考補助のためのシステムでしかなかった。

しかしそれでは味気ないと思い、彼女に「萌え」を与えた。

それにあたり、真っ先に追加されたのが…『ドジっ子特性』だった。


致命的な、取り返しのつかないようなミスはしない。

しかし急を要するわけでも無く、失敗してもどうとでもなるような時は『ドジる』。


今回は、どうやらそれが正常に作用してしまったが故の結果だったようだ。


「…そう言う事かー…」

「その様子じゃと、ついうっかり間違えてしまったという感じじゃな?最近はそのような者も見かけなくなったし、なんだか懐かしい気持ちになるわい」


そう言ってティーカップを取り出し、茶を注ぐ老人。

二つ用意してある時点で察してはいたが、本当に一方を差し出されると苦笑いしかできない。


…正直、もう帰ろうと思ってたんだけどなー…まぁ、もう少し冷やかすくらいは良いか。

ってか金には余裕あるし、一個くらいなんか買っても良いだろ。


「…美味い」

「そう言ってもらえると嬉しいわい。今じゃ刀鍛冶じゃが、昔は喫茶店を営むのが夢だったからのぉ」


目を細めて、懐かしむようにして語る老人。

その言葉はきっと真実なのだろう。

こんな美味い紅茶を飲むのは、エリーセに淹れてもらった物を飲んで以来だからな。


「……間違って入店しちゃったけどさ。なんか一個くらい買ってくよ。茶まで貰っちゃったし」

「む、それは良かった。ちょうどお主に特注で何か武器でも作ってやろうかと思っていた所じゃからな」

「え?特注?」


聞き返すと、老人は紅茶を啜ってから答えた。

…正確には、少し飲みかけた所で「熱っ」と言って口を離してから。


「…あ、あぁ。そうじゃとも。久しぶりに興が乗った事だし、お主の望むような武器を作ってやろう」

「ま、マジっすか……あっ、お値段とかは」

「それはお主の要望次第じゃな。まぁ、さほど高くはならんさ。もし払えないにしても、稼いでから返済というので構わん」


すっごい好条件。

特注って言葉には少なからず憧れがあるし、お願いしちゃいたい所だけど…


チラリ、と、先程までスマ子に紹介されていた武器二つを見る。

方や使う側にも相当な危険が付きまとう爆発機能付きモーニングスター。

方や魔法を使った方がまだマシなレベルの魔力を矢に変える弓。

他にも、きっと同レベルかそれ以下の…ガラクタのような物が転がっているのだろう。


そんなものを作るこの老人に、果たして俺の要望通りの物が作れるのだろうか。


…なんて疑問を抱いている事を察したのか、老人は俺が口を開くよりも先に言葉を続けた。


「ここにある物を見ても、儂の腕には不安しか抱けんじゃろうが…興が乗っている時は、あのヘンリーにも負けん程の武器を作ることだって可能じゃ」

「…し、しかしですなー…俺の要求、かなり面倒だと思いますよ?」

「構わんさ。寧ろ、そちらの方が燃え上がる」


真っ直ぐな瞳で見つめられ、言葉に詰まる。


…まぁ、どうせ一個は貰う予定だったし、多少高くなっても問題ないか。

要求する物通りになるとは、あまり期待しなければいいし。


「…じゃあ、お願いします」

「よし!なら早速、店の奥まで来てくれ。細かい話し合いがしたいのでな!」


引っ張られるようにして店の奥へと連れられて行く。

未だ熱を保ち続けている紅茶もそのままにして、だ。


…まぁ、ここまでの熱意をもって制作にあたってくれるなら、ネタアイテムに成り果てたとしても少しは良い物ができるはずだ。

期待しなければいい、なんていった後でこれだとちょっと変な気もするが……話し合いが終わった後は、楽しみながら待たせてもらうかな。

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