第27話 儀式をしよう


時の流れというのはまぁ早い物で、気が付けば俺も成人間近になっていた。

それはつまり、兄さんも行ったあの儀式を行うという事で…


「…なーんだろうな。そんなやましい事は無いのに、緊張で腹が痛い」

「やましい事は毎日のようにしていると思いますがね」


シェスカの冷たい一言に、言葉が詰まる。


ここ数年の間に、俺の身の回りの人の俺への態度というか反応というかがちょっと変わった。

最たる例がシェスカで、なぜかよく毒を吐くようになったのだ。


これが素、なのだろうか。

ありのままのシェスカがコレ、という事なら俺は別に文句を言うつもりは無いが。


「…ほら、あのー…覚えたての時は猿になって当然だと思うんだよ俺」

「覚えたての状態は八年間も続くものなのでしょうかね」


なんでこんなにシェスカが不機嫌なのかと言えば、そりゃ昨日の後始末を任せてしまったのが原因だろう。


というか毎晩任せてるわ。

本当に頭が上がらない。


「か、考えてくださいよシェスカさん。こんな極上の嫁が既に四人居て、俺は性欲がピークなお年頃。それが一つ屋根の下なんて、そりゃ堪えられる訳が無かろうでしょう」

「それは…前に仰っていた、ツッコミ待ち、というヤツでしょうか?」

「あー、うん。自分でも中々滅茶苦茶な理論を展開しようとしていた事くらいわかってるから良いよ何も言わなくって」

「はっはっは!シェスカとアレイは仲が良いな!従者と主とは思えんくらいだ!」


ステラさんもまた、大きく変わった人だ。

なんだか昔よりも豪放磊落というか…なんだろ、俺がここ数年間の間に色々やり過ぎたからだろうか。


修行ついでに『大災害』をどうにかしてしまった事とか。


最初の頃は胃痛に悩まされる苦労人の気配を醸し出していたが、最近では妙に解放されてる感じだ。

多少の事では気にも留めなくなったと言える。


「そうだアレイ。シェスカとも結婚したらどうだ?どうせハーレムを作るなら、できる限り多い方が良いだろう」

「あのですね父さん。俺そんな見境なしって訳じゃ無いんですよ」

「見境がある子はそもそもハーレムを築こうとしないし、そのメンバーに奴隷と姉と里の姫とサキュバスを選んだりなんかしないな」


うぐ、ごもっとも。


ステラさんの言葉に少なからず思う所があり、視線を別の所へ移す。

そこには口元を緩め、俺達の会話に耳を傾けているエリーセの姿があった。


俺からの視線を感じてか、こてん、と小首を傾げられる。

その行動の、なんと可愛らしい事か。

今すぐにでも抱きしめて撫でまわしたい。


「…しっかし、流石に兄さん達は来れなかったか。せめてルフェイくらいは来てほしかったけど…」

「まぁまぁ、あの子達も学生なんだから仕方ないじゃない」

「そうだな。――あ、そうだ。学生と言えば、アレイももうすぐ入学試験だな!対策はバッチリか?自信は?」

「父さん、近い近い……ま、試験そのものは問題なーし。唯一自信の無かった勉強の方も、皆がサポートしてくれたし」


そういって、膝の上に座っているシェラの頭をなでる。


最初に言っておくべきだったのだが、今俺達は食卓に集まっている。

で、ステラさんとマルティナさんが俺に向かい合う位置に座っていて、俺の膝の上にシェラが座っている。

背後からはメレーネがその豊満過ぎる胸を押し付けるようにして抱き着いているし、両隣では慎ましやかにシェスカとエリーセが控えている。


食事はもうすでにひと段落ついていて、テーブルには水滴がついたガラスコップが四つあるだけだ。

…あぁ、俺とステラさんとマルティナさんとシェラの分ね。


エリーセとメレーネの分も用意してもらうか聞いてみたけど、要らないとの事だった。


「そういや、シェラは学校来るのか?」

「んー…一応、もうルーデンス家の人間って扱いでもいいらしいし…通おうと思えば通えるわよ?けど…」

「けど?なんか問題でもあるのか?」

「…学校にいるのは、他国の人間…それも違う種族の存在に優しい連中ばかりではないって事。アレイや義父様や義母様…この領地の民達もね。そういう人っていうのは珍しいのよ」


俯き気味で、どこか自嘲するように言葉を発する。

強気&勝気がデフォのコイツにしては珍しい姿だ。


…でもそうか。

俺ら含めルーデンス領の人達って、差別意識とかそういうのが限りなく希薄だけど…他の所の人達が皆そうって訳でもないのか。

ぬるま湯に浸かり過ぎて忘れてた。

人って言うのはどんな生き物よりも残忍で冷酷で非道なんだった。


ソースは前世の俺。

高校生活を振り返ってみるだけで、おぉ。人の醜悪さがわかるわかる。


「魔族よりはマシな扱いかもしれないけど…竜人って、やっぱり地位が低いのよ。獣人よりも絶対数が少ないしね」

「…まぁ、差別問題は人間の特色みたいな所あるしな。人同士でも貶し合い蹴落とし合いが当たり前なのに、別の種族には友好的~なんてのはそりゃありえねぇだろうよ」

「アンタ中々人間嫌いよね…それもなんか、かっこつけたタイプじゃなくってこう…冷め切った感じの」


そうだろうか。

確かに小動物と家族以外にはまるで興味が無いし、かなり見下している自覚はあるが…それってなんか、タチの悪い中二病みたいなモンじゃないのか?

いや、俺も良くわかって無いしシェラがそう感じるならそれでいいんだろうけどさ。


「…まぁ、無理にとは言わないけどな。俺には学校と実家の距離なんて関係ないから、いつでも会えるし」

「ねぇ、アレイ。ずっと思ってたんだけど…アレイってなんの魔法が使えるの?」

「え?母さんに話してなかったっけ?」

「そういえば、父さんも知らないな。ケイ達は知ってるらしいけど…何故か教えてくれなかったんだよ」

「へー…別に隠すようなやましい事は無いんだけどね。闇属性で、支配と反転と簒奪の魔法が使えるんだ。全部強いしかっこいいけど、普段使いするにはちょっとしょぼいんだよねー」


笑いながら教えて水を一口飲んだ所で、真正面から二度、ガラスが割れる音が聞えた。


どうやらステラさんとマルティナさんがコップを落としたらしい。

ははは、注意散漫だなんてらしくないなー、全く。


――無論。この後ずっと追及され続けた。


※―――


あぁ、そうそう。言い忘れていたことがあった。

俺のもう一人の兄さん…ファルブ兄さんの現在。


ファルブ兄さんも入学試験を受け、しっかりと首席で合格。

ルーデンス家の次男坊としてケイ兄さん並の注目を浴びているのだとか。


そんなあの人の天職は、まさかの『宮廷魔術師』。

ケイ兄さんが『王』で、ファルブ兄さんは『王』に従う『宮廷魔術師』…なんだか作為的な物すら感じてしまう。


「次、クレリック。前へ」

「はい」


お、平民最後の人が呼ばれたか。

となると次は俺…果たして何と言われるんだか。


兄二人が『王』『宮廷魔術師』と来てるわけだし、『騎士』とかだろうと予想しているが…なんだか、想像の斜め上を行く結果が出てくる気がしてならない。

ちょっと腹が痛くなってきた。


数年間の間にさらに毛量が減少したアバータラさんへと一度目を向け、その後は観客席らしき場所に座っているエリーセ達へと目を向ける。

メレーネが小さく手を振り返してくれた。

可愛い。


「僕の天職は、冒険者です!」


お、冒険者か。

結構自由の多い仕事だし、まだまだ未開の地が多いこの世界ではかなり重宝される仕事だし…上手くいけば一発当てれたりするかもな。

頑張れよ少年。面識ないけど。


「次、アレイスター。前へ」

「あ、はい」


自分の番が来てしまった。

未だ消えぬ嫌な予感を努めて無視しつつ、壇上へ上がる。


アバータラさんと目が合う。

優しい瞳だ。

近所の子供たちからよく愛されているという話を聞くくらいのいい人だし、ソレが瞳にも表れているのだろう。


性欲に塗れ、クソザコメンタルなせいですぐに絶望してしまったが故の今の自分とは大違いである。

なんだか涙が出てきそうだ。


…さて、そろそろ鏡に手を翳すか。

そして魔力を流してー…お、出た出た。

結構ぼんやりと、じわじわ浮かび上がってる感じなんだな。


で、肝心な内容はー…ほう、『英雄』か。

なるほどなるほど。英雄ねー……


「それ職業じゃ無くね!?」

「む、どうかしたのかな?」

「えっ、あー…いや、今言うので…」


アバータラさんが心配そうにこちらを見てきているが、その優しさも今ではどうでもいい。


なんだこれ。

これが天職?俺の?

明らかに職業じゃないのに?


これなら『無職』とか出てきた方がまだ救われたぞ俺。


「…あ、あー…俺の、天職はー…」


観客席から向けられる、期待の眼差し。

この場にいるほぼ全員、俺の知り合いである。


というのも、俺はルーデンス家の中でもかなり庶民的…ようするに、隙あらば町に出て子供と遊んだり露店で買い物したりしているのだ。

その結果として、一部知らない人はいれど(さっきのクレリック君とか)殆ど顔見知りという状況が出来上がっているわけである。


さて、そんな状況で自分の天職は英雄だ、と発表できるような心臓を俺が持っていると思うだろうか。


んなわけない。


「天職、はー…」


目が泳ぐ。

汗が流れて止まらない。


なんだろう、恥じ入るような事は何もないはずなのに、無性に恥ずかしい。

ケイ兄さんでも無ければ、堂々と発表できたりするわけが無かろう。


…あぁ、そうそう。

ルフェイは出席日数不足のせいで留年してる(義務である三年間には留年の制度があるのだ)けど、ケイ兄さんはもう学校卒業したんだよ。

で、今では民間人との関わりが一番多い『救護の剣セイヴァー・ソード』に入団して知名度やらなにやらを稼いでいる。


王になるってなったらまずは民草からの信頼が大事になるからな。


「…アレイスター、何かあったのかな?」

「あっ。い、いえ。そういうわけでは」

「なら、早く」


せかされてしまった。

誠に遺憾だが、これはもう腹を括るしかあるまい。


数度深呼吸を行い、意を決して口を開く。

そして発表する。

自分の天職を。


「…俺の天職は、『英雄』です」


静寂が周囲を包んだ。

ともすればケイ兄さんの時よりも気まずい空気かもしれないな、と心のどこかで思う。


二度目になると思うが、天職というのはその人の才能を示す。

ファルブ兄さんなら、他の魔法使いとは一線を画す実力を持ちつつも王に従う事ができる、というように。


なら俺は?

英雄って、どんな才能がある奴がなる職業なんだ?

そもそも英雄は職業足り得るのか?


謎だ。

全てが、この場にいる全員にとって等しく謎なのだ。


言わなくてもわかるだろうが、この後は俺から何かを言う事無くそのままお開きとなった。

余談だが、帰りの馬車の中で『英雄』について考え合ってもみた。

結局よくわからないという結論に至るだけだったが。


※―――


「あー!わーけわかんねー!」


肺の空気を全て吐き出すようなつもりで溜息をつき、ベッドへと倒れこむ。


現在位置は自室。

俺の真実を知るメンバーのみがここにいる。


「…ご主人様が、英雄…ですか。なんだかスッと納得できる気もしますが…」

「んな大層な人間じゃねぇだろ俺。俗っぽ過ぎるわ」


エリーセは先程からずっとそう言っている。

別に意見の一つとしては良いと思うが、俺は賛同しかねるな。


「んー、でもアレイさんの今までしてきた事って、英雄云々関係なしだとしても…常軌を逸した事ですよね」

「アタシらが知ってる事だけでも、偉業と呼べる偉業…大体六個くらいあるくらいだし」

「身に覚えが無いんだがな。いつどこで誰と結婚する事にしたかくらいしか覚えてねぇぞ俺は。なんてったって興味が無い」

「『大災害』とか、全部どーでもいいのねアンタ…」


『大災害』というのは、この世界の人達が「とんでもない被害を残すけど手の出しようがない」と言って諦めている魔物の事である。

これに該当するのはかなりの数存在しており、リッチもまたこれに含まれている。


因みに竜種は、強い力を持っている魔物ではあるが含まれていない。

あくまで「被害を残す」ような、好戦的な魔物だけが大災害扱いされているのだ。


…で、俺はその類の魔物をこの数年で十数体討伐してきた。

シェラとの婚約を認めてもらうため(不要だったが)リッチを倒したのも含めて。


これが俺の六つの偉業…六大偉業の一つね。

後五つあるけど…それはまぁ、追々話そうか。


「…ま、天職がどうあれ、その先の道は自分で決めるもんだしな。エリーセとかだって、天職と関係無い仕事してるし」

「えー?でも、アレイさんは逃れられなさそうな感じしません?」

「おいメレーネ、不穏な事を言うな」


自分から首を突っ込む面倒事は良いが、望まない面倒事はノーサンキューだ。

ましてや英雄扱いされるレベルの面倒事?嫌に決まってんだろ。


「英雄云々の話も大事だとは思いますが…ご主人様は、入学試験に集中した方が良いと思いますよ?」

「あー、確かになー…父さん達にはあぁ言ったけど、神学の方、結構危うい所あるからな」


魔法の勉強は、なんだかんだ楽しいから良いけど…神学は興味が無いからつまらない。

つまらないと身が入らないのは当たり前のことで…


現在、神学だけ落ちこぼれクラスである。

シェラに毎日笑われてるよチクショウ。


しかも何が酷いって、この世界では神学に一番重きが置かれるのだ。

どれだけ他が悪くても、これさえ出来れば成績上位扱いされる程に。

言い換えればそれは、神学の出来が悪ければ、他が良くても総崩れしてしまうという事。


「…ていうか、なんでそんなに神学だけ興味ない訳?」

「確かに、不思議ですよね。この国は特に教会の威光が強いですし、アレイスター様なら『覚えておいて損はねぇな』みたいなノリで覚えると思うんですけど」

「…あんな十か条みたいな奴、興味もねぇのに覚えようとは思わねぇな。使えるにしても嫌な物は嫌だ」


異世界の宗教だし、もっと物語的な側面が強いのだろうと期待していたのが悪い。

実際は『神を敬いなさい』とかそんな事がつらつらと書かれているだけなんだが。

その癖量が多いし、自分の見解とか聞かれるし。


箇条書きで書かれている内容の解釈とか、不必要この上ないと思うんだよ俺。


「まぁまぁ。いくら文句を言っても状況は変わりませんよ」

「凄いなエリーセ、今までお前に言われた言葉で一番傷ついたぞソレ」

「ご主人様に対する発言で、どれがどのように作用するのかはよく存じていますから。―――なので、明日からも頑張りましょうね。後もう数か月ですよ」

「……はい」


微笑む彼女に、俺は姿勢を正し、力なくうなずく事しかできないのだった。

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