第26話 謎を残そう
「…確かに怒られるだろうなぁとは予想していたけど、まさかここまでとは思わなかったな」
『まぁ当然の結果ですよね、コレ』
正座させられ、膝の上に石板のような重りを置かれた状態で、遠い目をしながらつぶやく。
今はあのサキュバスと気持ちよくなった後、シェラを迎えに行って、そのまま帰宅した所だ。
その時に件のサキュバスの話もしたところ、それはもう見事に怒られた。
というか、今もなお怒られている最中である。
「あの、エリーセさん。これって拷問ですよね」
「はい」
んー、すっごい良い笑顔。
口元しか見えないのに、満面の笑みだと簡単にわかってしまう。
これでは何も言えないな。
かなり辛いが、これも罰として受け入れようじゃないか。
――あぁ、そうそう。
結局あの後はシェラだけではなくあのサキュバスまで連れ帰ることになった。
どうやら、俺との行為を随分気に入ってくれたらしく、あそこで他の男を待つよりは、俺についてきた方が良いと判断したらしい。
その結果、こうして二人から拷問じみた(というか拷問そのもの)折檻を受けることになったんだけどな。
まぁどうせ自分から白状しただろうし同じことになったんだろうけど。
「…アレイは、少し慎みを覚えた方が良いと思う」
「つ、慎みっすか…」
さらに石板を載せながら、ルフェイが冷たい目を向けてくる。
普段ならこれでも興奮できた所だが、今は反省中(賢者タイム)なのでただただ心苦しいだけである。
因みに今怒髪が冠をついているのはルフェイとエリーセの二人だけで、シェラとついてきてしまったサキュバスは二人について行けずに戸惑っている様子だ。
…そういや名前聞いてねぇな。後で聞かないとな。
『あれ?でもお二人はもう、マスターがハーレムを築きたいと志している事を知っていて、肯定しているのではありませんか?』
「それは、まぁ…そうですけど…」
「それでも、やっぱり釈然としない物はあるっていうか…」
スマ子の言葉に二人は気勢を削がれたようで、一気に声が小さくなった。
確かに俺はハーレムを作りたいって公言してるし、そこは二人とも了承済み…の、はずだ。
まぁ本人たちも言っている通り、釈然としない物を感じて然るべきなのだが。
寧ろこれで何の咎も無しに容認されたら、逆に不安になる。
「なにより、今回は名前も知らない子というのが問題です。抱いた理由も理由ですし…」
「まさか『おっぱいが大きかったから、つい』なんて言葉を聞かされるとは思わなかった…」
「うぐっ…そ、それはまぁ…はい。そう…です、ね」
三人とも顔を背けて口を開く。
そうだ。
この状況を生み出した原因の一つは、俺の説明の仕方というか説明力というかも関わっているのだ。
シェラとサキュバスを連れ帰えるにあたって、どんな説明が相応しいのだろうかと考えに考えた結果、もういっそ軽いノリで言ってみるなんて馬鹿な案が思いつき、ソレを採用してしまったのが悪い。
二人が嫉妬深い子だというのは、この数年間でしっかりと学んだはずだというのに、だ。
バカすぎる。
「…でも、本当になんて名前なんだ?」
「私はメレーネって名前ですよ」
「ふーん、メレーネ、か。良い名前だな」
『おぉ、拷問まがいの折檻を受けながらその発言。いっそ尊敬しますね』
うるさいぞスマ子。
足の痛みはまだまだ継続しているが、それでも相手を褒める内容なら隠さず臆さずに言うのが俺のポリシーだからな。
肉体的苦痛とか二の次三の次だぜ。
――しかし、メレーネ?
なーんか聞いたことあるような名前なんだけどなぁ…
あれ?なんかエリーセが愕然としてる?
…あぁ、そうか。
確かエリーセに取り憑いてるって話のサキュバスもそんな名前だったな。
でも心の奥底でー、とか言ってたし、多分同じ名前同じ種族の別人だと思うな俺は。
「あ、あの!メレーネ…さん?」
「あっ、敬称はいらないですよ。つい先ほどまで名前を知られてすらいなかったとは言え、私だってアレイスターさんの嫁に立候補した身。愛する人が同じ…つまり同士なんですからね!」
「は、はぁ。じゃあメレーネ、一つ聞かせて?」
「はいはい?なんでしょ?」
「私に……私に取り憑いてるのは、――あなた?」
おどけた様子で首を傾げたメレーネに、震える声で質問した。
…さっきはあんな事を言ったものの、俺も多分メレーネはエリーセに取り憑いているサキュバスで間違いないとは思っている。
ただ、もしそうだと肯定した場合にエリーセが何をするのか…それだけが不安だ。
恐らく、生まれつきサキュバスに取り憑かれて…魅入られていると言う事で、辛い目に何度も遭って来たのだろう。
ならば、普通はその諸悪の根源ともいうべきヤツ相手に良い感情を持っているはずがない。
――けど、俺が割って入るのは…違う気がする。
いや、絶対だめだ。俺が口をはさんだりしたら余計こじれる。
生唾を飲み込み、二人を交互に見る。
ぎゅっと口の端を結んでいるエリーセと、きょとんとした顔をしているメレーネの対象さに若干緊張感がそがれるのを感じたが、緊迫した状態が続いている事に変わりはない。
俺には、事態が悪い方向へ転がり過ぎないように祈る事しかできない。
「――えーっと、もしかして…被害者さん?」
「ッ!?」
被害者。
困ったように頬を掻きながら、彼女はそう尋ね返した。
当事者であるエリーセと、事情を知っている俺とルフェイはその言葉に大仰な反応を見せた。
因みに俺が折檻を受け始めたあたりからついてこれていない様子のシェラは、ずっと眉を顰めて不思議そうにしているばかりだ。
「…あっちゃー…その反応は、そういう事みたいですね…」
「やっぱり、貴方なのね…」
「えぇ、まぁ……」
再び沈黙が訪れる。
目元が隠れているエリーセは、元々表情が読み取りにくいタイプなのだが…こうやって黙り込まれてしまうと、余計にわからなくなってしまう。
いつかはどんな時でもどんな感情を抱いているのか読み取れるくらいになりたいのだが、まだまだ未熟というかなんというか、だな。
――しかし、やっぱり俺もいつでも行動できるように準備しておいた方が良いか?
支配魔法なら、被害を最小限に抑えて拘束できるし。
「え、えっと…ごめ」
「ありがとう…!!」
「へぇっ!?」
「んん!?」
「はぁっ!?」
『なぜに!?』
深々と頭を下げ、泣いているかのような声を出すエリーセ。
予想の真反対を行く答えに、シェラ以外の全員が驚愕の声を上げる。
えっ、えっ?
なんで「ありがとう」?
メレーネから謝ろうとしていたのを遮ってまで?
「ふふっ、驚きますよね。普通は私がお礼を言う訳、無いですし」
「う、うん…寧ろ謝るように言われると思ってた…絶対苦労させたもん私のせいで」
「制縛やらなにやらで不便な思いをしてた、みたいな話…してなかったっけ?」
「それはそうです。数年前までは、出会ったら必ずこの手で殺そうと決めていましたし」
…あぁ、エリーセって既に何人も殺してるんだっけ。
普段の温厚さからは想像できないよな…
俺くらい軽いノリで殺すと言ってしまっているあたりが、大分狂っている子なのだと実感できる。
俺は気が遠くなるような長い時間をあの空間で過ごしたのと、前世でクソザコメンタルな癖に踏んだり蹴ったりな目に遭っていたのが原因で精神崩壊したけど、エリーセはエリーセで違った崩壊の仕方をしているな。
「ですが、今は違います。――だって、コレのおかげで私は…ご主人様と出会えたんですから」
「……エリーセ」
「今こうして拷問しているように、かなり浮気性…いえ。性欲に忠実な方ですが、それさえ受け入れられれば良い方ですので。――泥だらけになって、人殺しのレッテルを張られ、奴隷としての価値すらないと言われていた私を迷いなく買ってくださったご主人様…ハーレムを作るだとか豪語されていますし、既に心に決めた一番の女性がいるとも言われていますけど、それでも私はご主人様が大好き…愛しているのです」
「……」
真っ直ぐな好意を向けてきてくれているのは非常に嬉しいし、これからも向けていて欲しいなと思うのだが…うん。
客観的に聞くと俺のクズっぷりが遺憾なく発揮されてんなオイ。
ヴァルミオンのあの言葉にうなずいた事(何人増えようと私を一番にしろというやつ)を後悔する気はさらさらないが、もう少し自分の身の振り方を考えた方が良いとは思う。
自分から女性にガツガツ攻めて行かないとか。
だってお前、こんな強く愛されておいて…なぁ?
両手を縛られて正座して、足の上に石板を置かれてたりしなかったら一旦自分で自分の首切ってるくらい申し訳なく感じるわほんとに。
「…あの、なんかごめんな」
「良いんです。そんな人だから好きになった、というのもありますし。――だって、口説き文句に「いつか必ず、お前を抱いてやる」なんて言ってくる人じゃないですか」
「…アレイ?そんな事言ったの?」
目を背ける。
あの時はちょっとテンションというかリビドーというかがマックスになっていたというのもあるので、普段からそんな感じと誤解されるのはちょっとくらい不本意に感じていたりするかなーとは思う。
…けど、実際俺の行動原理が大抵性欲になっているわけだし、何よりエリーセはそんな俺だから好きになってくれたわけで。
ソレを自分から否定するのは、なんか違うかなというか。
「…エリーセ、だっけ?それっていつの話なの?」
「ご主人様が七歳の時の言葉よ」
「な、七歳!?」
んな七歳いるかよって目をしてるなシェラさんや。
実際俺もそう思うよ。
けど、中身はもう数字にできないレベルで歳をとっている男なんだ。
それだけじゃなく、その時間の内殆どを欲求不満状態で過ごしたんだ。
俺は元々性欲強い方だったけど、俺でなくったって同じ目に遭ったら性欲にとらわれるようになると思う。
つーかならなきゃおかしい。
これだけは心の中ででも言っておきたかった。
「――んー…まぁ、本気でそう思ってるなら、謝った方が逆に失礼…かな?」
「えぇ。逆に殺すわ」
「え、エリーセってもしかしてやばい人?」
「ルフェイからやばいなんて言葉を聞く日が来るとは思わなかったけど…元々、性行為に及ぼうとした主を全員殺してきた女って触れ込みだったからな」
「…よく買う気になったね…」
「可愛かったからな」
目隠れは正義、という言葉があるが、それは事実だと思う。
前まではそこまで興味を感じていなかったが、今ではよくわかる。
もしエリーセが盲目じゃ無かったとして、目が見えていてもきっと可愛かっただろう。
それは断言できる。
だが、今の目元が完全に隠されているエリーセもまた、良いのだ。
素晴らしいのだ。
だからルフェイ。
そんな俺が考え無しだと言いたげな瞳をやめたまえ。
「…でも、疑問はまだまだ残ったままだな。ってか寧ろ増えた。『被害者』って言葉の意味とか、もう数年も経ってるってのに未だに詳しい話を聞いてないせいで分かってない所とか。―――そろそろ話をまとめた方が良いんじゃねぇかなとは思う」
「んー…別に良いけど、私的にはもう少し後まで伸ばしておきたいなーなんて」
「伸ばす?それまたどうして」
俺の質問に、メレーネは答えない。
何を思っての発言かはわからないが、まぁ言いたくなさそうな物を無理矢理聞き出すのもアレだし、良いか。
ゲームとかなら、ここで聞いておけばまだ何とかなったかもしれない話だったりするんだろうけど…現実と混同するのは良くないよな。
それに、後二、三年で俺はあの空間で得た力を手に入れる…つまりほぼ全能になると言う事だ。
不可能は無いし、まぁ気楽に構えていてもいいだろう。
「…ま、言わないなら良いか。ついでにエリーセに話を聞くのもまた次の機会にしていいかな」
「よろしいのですか?」
「うん。のんびりでいいかなーって思うんだよな。なんとなく。――そんなお前らの命に関わるとかじゃないだろうし、大丈夫だろ」
「まぁ、所詮過去の話ですしね」
所詮過去、か。
未だに前世の事を引きずってる俺的には、見習いたい言葉だな。
いつまでも過去の事で悩まないで、先を見据えた方が良い。
そんなの、誰に言われるまでもなくわかってるし。
――あぁ、そうそう。
言い忘れていたことだけど、あの後ディラさんの容体は一気に回復して、名実ともにシェラは俺の女になった。
…まぁ、呪いが解けてもずっと弱々しいままだったから、反転魔法で状態を反転させて強制的に元気にしただけだから、完全に復活と言うのはちょっと間違っている気がしないでもないけど。
また、シェラとも将来的に結婚する…つまり、竜人の里と強い繋がりを持つという事で、流石にステラさんとマルティナさんにしっかりと事の顛末を包み隠さずに話す事になった。
結構大事な話だと思うのだが、二人ともあまり気にした様子は無かった。
兄二人共々、またハーレムに近づいたねと微笑んでくるだけだった。
――良いのかそれで。
後は…うん。特に話す事はない、か。
強いて言うなら、足の感覚がなくなりつつあるというだけくらい。
…これ、いつ解放してもらえるんだろ。
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