第23話 本当にしよう


薄暗い部屋の中、ベッドにその肢体を投げ出しているシェラを、俺は何の気なしに眺めていた。


室内のぼんやりとした明かりに照らされて、彼女の健康的な小麦肌が艶やかに輝いている。

汗の雫が所々に見受けられるのは、この部屋が熱気に包まれているが故だろうか。


荒い息をし続ける彼女は、潤んだ瞳でこちらをじっと見つめてきている。

細められた金色の双眸は、何か懇願してきているようだ。


「その、楽しかったー…ってのは感想としてどうかと思うけど、良かったよ。行為そのものはしてないけど、その分久しぶりに前戯に費やせたし」

「はっ、はぁっ、ふぅーっ…」


シェラは答えない。

ただただ荒い息を整えようとしつつ、俺から目線を外さない。


久しぶりに熱が入ってしまったせいで、エリーセと初めてした時と同じように…どれだけ止めてと頼まれても、一度も休まずに責め続けてしまったからな。

未だに痙攣が収まる様子もないし、やり過ぎてしまったかもしれない。


「んじゃ、俺はシャワーでも……ん?」

「…ま、まっ…て…」


アイテムボックスからシャワールームを取り出し、そのまま体を洗おうかと思ったその時。

立ち上がろうとした俺の手を、非常に弱い力ながらもシェラが掴んできた。


無理矢理喋っているようだが、何か言いたい事でもあるのだろうか。


「…はぁっ、はーっ…なん、で…なんで、終わろうと…して、るの?」

「そりゃ、もう朝だからな。――いや?お前がまだってなら延長しても俺としては全然構わないけど?…なーんて」

「お願い…っ」

「えっ」


冗談めかして言ったつもりだったが、シェラの眼差しは本気だと物語っていた。

握る強さも増し、瞳からは涙があふれてすらいる。

静寂と共に聞こえてくる吐息の音が、困惑していながらも情欲の鎌首をもたげさせてくる。


自然と、下半身に熱が集まっていくのを感じた。


「ずっと、じらされっぱなしでぇ…う、うずくのぉ…!!」

「…ここまでしておいていうのはアレだけど、やっぱまだ処女のままの方が良いんじゃ」

「でも、欲しいの…アレイスターのが、ほしいの…!」


悩みだとか理性だとかは、シェラのその一言で消え失せた。


――結局、俺達が部屋を出たのはその日の夕方だった。


※―――


「…確かに、この一晩で色々と、少しはマシになることを望んではいたが…」


重苦しそうに口を開き、眉間に皺を寄せるクォラ。

ソレに対し居心地悪さを感じ、少々後退り気味になってしまう。


元々最後までしてしまうのはいけない事だろうと思っていたし、そうしないようにしようと気を付けてはいたのだが…うん、なんだかんだやってしまったと言いますか。


「…まさかシェラが篭絡されるとは…」

「いやぁ、予期せぬ結果になりましたねほんと」

「どの口が言うんだ」


右腕にしがみついているシェラに一度視線を向け、俺も肩を竦める。


どうやら俺は、エリーセと毎日のように(というか毎日)愛し合っていた結果、かなりのテクニシャンになってしまったようだ。

そういえば、先日ルフェイと行ったときも…初めての割にはかなり激しく喘いでいた気がする。


…ついこの間まで童貞だったせいで自信が無かったが、実は俺ってそっち方面もそこそこ凄い人なのでは無かろうか。


「俺だって、最初は行為そのものはせずに終わろうと思ってたんだよ。でもさ…なんかその、一晩中前戯ばかりされて発情しちゃったらしくってさ……それで、こんな時間まで」

「失礼なのはわかっているが言わせてもらおうか。――猿か主らは!?」


失敬な。

知識人特有のいじらしい責めを何度行ったと思って――いや、そういう意味じゃないなコレ。


シェラは何も言わずに俺の腕に頬ずりするだけだし、従者らしき人達は恐ろしい物を見るような目でこちらを見てくるし…クォラは怒り心頭って感じだし。

すっげぇ居心地悪いんだけど。帰ろっかな俺。


「まぁ、どうせ嘘の結婚しかしないってのにやり過ぎたなーって気持ちは確かにある。いや、やりすぎましたごめんなさい」

「頭を下げるくらいなら最初からしなければ良かったろう!?」

「おっしゃる通りで…」


でも一時の感情とか欲求とかにすっごく流されやすいんだよね、俺。

主に性欲。


…ってかこの調子だと、この世界に本当の家族を連れてきて…誰かに襲われたりなんかしたら、俺どうなっちまうんだろ。

正直魔物とかを平然と殺せている以上、人だって躊躇なく殺せるとは思うけど…絶対殺すだけじゃ許さないだろ。


自分を制御する事がかなり下手になっているというか、理性が形骸化しかけている気もするし…いい加減にこの精神崩壊状態を何とかした方が良いのかもしれない。


「――ねぇ、クォラ」

「しぇ、シェラ…どうした?」

「私、アレイと結婚する」

「はぁっ!?ま、マジで!?」


おぉ、口調崩れたな。


…って、結婚?

いきなり何を言い出すかと思えば…え、どういう事?

いつの間にか愛称で呼ばれちゃってるし…んん?


「しぇ、シェラさん?結婚ってその…もしかして、が理由?」

「えぇ。そうよ。何か問題でもある?」

「いや快楽堕ちとか問題しかねぇだろ」


ついつい日本語でツッコんでしまったが、冗談抜きでそれは大問題だと思う。

俺のテクニックがどんなもんだったのかって話だし、何よりそんな童貞の妄想の産物みたいな結果が現実に起こり得てしまっていい物なのかってのもあるし。


あんな結婚する気とか微塵もないって素振りを見せてた子が、たった一晩でこんなになるとか…普通あり得ないだろ。

これは何なの?俺が凄いの?それともこの子がチョロいの?


考えるのも億劫になりつつあるが、ここで思考を放棄するのは不味いと堪える。


そんな俺を置いていくかのように、シェラは言葉を続けた。


「アレイが何を言っているかはわからないけど……とにかく、私はあの時に、好きになっちゃったの」

「…た、確かにすっごいか細い声で「好きぃ…」とか言ってきてた気はしたけど…」


まさか現実にそんな事を言ってくる子がいるとは思っても居なかった…って訳でもない。

普段から好意中のエリーセに言われている事だし、前はルフェイにも言われたからな。


ただそれが、偽装結婚するだけの相手から言われるとは思ってもみなかった。

しかも偽装結婚の関係から一転して、普通に結婚することになりそうだし。


「い、いや。我としても、シェラが早急に相手を見つけるのは良い事だとは思っているのだが…流石に急すぎるというか」

「なら、条件を出せばよいのでは?」

「条件と言ってもだな……なっ!?ディラ!?」


クォラの背後から、突然女性が声をかけてきた。


ディラと呼ばれたその女性は、なぜか白装束で、死者のような着方をしていた。

その肌の色は不健康さを感じさせる青白で、目元には隈ができている。


…誰?


「か、母様!?お体は…」

「げほっげほっ…問題ありませんよ。こうして動けるうちに動いておかないと、体が早く腐ってしまいますしね」

「母様って事は……どうも。私はアレイスター・ルーデンス…バンデルセン王国が貴族、ルーデンス家の三男坊です。この度は、そちらの娘様のシエラディナ・ヴィスタン様と」

「説明は不要ですよ。全て聞き及んでいますので」


咳き込みつつも、微笑みは絶やさないディラさん。

体は弱いらしいが、心は強かなようだ。


…なんだか、憧れるな。

本能と欲とに溺れるだけおぼれて、後になって酷く後悔する俺とは大違いだ。


「それで、条件と言うのは一体何のことなのだ?」

「簡単です。我ら竜人族の女が男に対し最も求める物。それは個の強さ。それを示してもらえばよい」


個の強さ、か。

精神力以外なら誰にも負けない自信があるけど…一体どうやって示すって言うんだ?


「屈強な男達全員を相手に戦え…とかでしょうか?」

「いえいえ。男衆と戦うよりも、魔物と戦った方が力も示せるでしょう?」

「魔物…ですか」


確かに、魔物なら人と違って殺さないようにと手加減する必要もないしな。


だが一体どんな魔物と戦えばいいのだろう。

力が強い魔物?魔法の力に秀でた魔物?

絡め手を使ってくる奴や、特定の条件下で恐ろしい実力を発揮する物も居る。


正直どれが来ても勝てる自信はあるが、相手によっては一撃必殺の『全破壊オール・ディストラクション』や『死の刻印エンド・サイン』が使用できないからな。


ほんと、能力スキルをパッシブで無効化する奴とかやめて欲しいんだけど。

俺の…俺の苦労…


「しかしディラ。魔物と言ってもここらで強い魔物と言えば…」

「えぇ。過去に里の一部を焦土に変え、私に呪いをかけた――」

「えっ、呪い?病弱というわけではなく?」

「…アレイスター殿。普通に考えればわかるだろう。普通竜人族は、病に侵されただけではこれほどに衰弱しない」


いや、アンタが俺に「現長が病弱で」とか言ったんだろ。

なんだその小馬鹿にしたような目は。


一度本気で殴ってしまってもいいのではなかろうかと思い始めつつある俺に、ディラさんは咳き込みつつも説明してくれた。

彼女がどうしてこのようになってしまったのかと言う事を。


「かつてこの里を、不死の大魔術師リッチが襲ったのです。その際、里の被害を最低限にとどめようと里の中で最も力を持っていた私が前に出たのですが…」

「その際に、呪いをかけられた…と?」

「げほっ、ごほっ…はい。その通りです。ザオラと名乗ったその男は、一度攻撃をやめる代わりにと私にある呪いをかけ…私が死ぬと同時に攻撃を再開すると言いました。恐らくは、ジワジワと苦しめる事を狙って…ごほごほっ」


不死の大魔術師リッチというのは、その名の通り不死身の魔術師…魔法使いの事だ。

魔法を極めようとして魔物に身を堕とし、いずれは人間としての心を失い、力を振るう事にのみ執着してしまうようになる存在。


なるほど、確かに相手をするのはかなり大変だろう。

バンデルセン王国なんかは、リッチの目撃情報があっただけで『黙示録の殲滅者達アポカリプス・メンバーズ』の内二名を含めた特殊部隊を編成し、即座に攻め込ませるくらいだし。


あ、そうそう。

黙示録の殲滅者達アポカリプス・メンバーズ』ってのはバンデルセン王国の最強戦力と呼ばれる騎士団の事で、一人一人が個人で国家クラスの戦闘能力を誇ると言われているんだよな。

現団長のタイラー・ファングなんかは、彼一人だけで他国を滅ぼす事も可能だと噂されるレベルに強いのだとも。


そんな国家クラスの戦力を二人分を編成した部隊とか、一体の魔物に使っていいもんじゃねぇだろとは思うんだけどな。

アイツ等能力スキル通用するし。


「もしかして、その呪いはリッチを倒せば解除されるんですか?」

「少なくとも彼はそう言っていましたが…流石にリッチ相手に一人で挑め等と言えるわけがありません。ここは…そうですね、近頃商人たちを悩ませている、サンドワームの群れを討伐してもらいましょうか。それならある程度の実力も必要になりますし…」


サンドワームは、ヤツメウナギのような口をしたミミズに酷似した生き物だ。

基本は単体で生息するが、今回は群れているらしい。

それは確かに町と町とを移動する商人の脅威になっているのだろうな。


…じゃ、それとリッチ討伐をやればいいって訳だな。


「わかりました……しかし、どうやって倒した事を証明すれば?」

「あぁ、その点はご心配なく。あるマジックアイテムがあるので、嘘と真実とを見破ることは容易なのです」

「虚偽の報告ならすぐに気づける、と。――では、リッチは何処に?」


自然な流れで聞くと、ディラさんは…というか、俺以外の全員が信じられない物を見るような目でこちらを見てきた。

…なんだよ皆。

瞳が雄弁に物を語っているじゃないか。


「…あの、リッチだぞ?ドルマータ帝国ですら、発見次第国力の八割を討伐に割くと言われているような…リッチなのだぞ?それ相手に、まさか一人で挑むと?」

「まぁまぁ、それは置いておいて。――どこにいるんです?」

「いや、だから…」


うーん…力には自信があるって言って意見を封殺することも可能ではあるけど…それじゃ多分何も教えてもらえないだろうしな…

なんか良い言い訳…ゴリ押しできるような何か……


――あ、そうだ。


「ディラさんは、シェラのお母さん…なんですよね?」

「え、えぇ…はい」

「なら、俺にとってはこれから結婚する相手の家族という事になります。――そしてその人が苦しんでいて、それが何とかできるなら…解決する以外、無いじゃないですか」


嘘は言っていない。

ただ真面目に聞いたら何を言ってるんだコイツはとしかならない内容を、自信満々に当然のように読み上げただけ。


このまま最後のひと押しさえしてしまえば、リッチ討伐に向かう事も可能というわけだ。

シェラの母だから助けたいというのは勿論だが、やっぱり俺がどれくらい戦えるのか試したいというのが理由にある。

純粋な好奇心としても、この機会は逃したくないのだ。


「アレイ…!!」

「勿論、倒せるわけが無いと思う気持ちはよくわかります。――それでも、俺に戦わせて欲しいんです」

「―――里を出てすぐの森…その最奥です」

「でぃっ、ディラ!?」

「良いんです。――サンドワームの群れの討伐ではなく、リッチの討伐を条件にします。その代わり、勝てないと判断したら…死の危険を感じたらすぐに帰ってきてください。その時は、条件をサンドワームの群れに戻しますので」

「あ、ありがとうございます!」


頭を下げる。

正直サンドワームの群れを相手にするのも一緒にやってしまってよかった気もするが、まぁ…あの気持ち悪い見た目の魔物を見なくて済んだと喜んでおこうか。


――とにかく、これでリッチ…各国が国力の大半を費やして相手しようとするような存在への挑戦権を得ることができた。


早速向かおうじゃないか。

その強敵のいる場所まで。


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