第22話 嘘にしよう
「す、すっげぇー…ここが里長の屋敷…」
「といっても別荘のような場所だがな」
目の前の豪邸に圧倒されていると、クォラが鼻で笑いながら説明してきた。
え、これで別荘なの?
じゃあ本当の家ってどんな感じなんだ?
「く、クォラ様!?もうお帰りになられたんですか!?」
「あぁ…こちらの、アレイスター殿の摩訶不思議な力のおかげで、早く戻ってこれたのだ」
馬鹿みたいに口を開けて豪邸を眺めていた俺の方へ、門から人が向かってきていた。
正確には俺の方ではなく、クォラの方へ。
というかなんだ、摩訶不思議な力って。
単なる魔法じゃねぇか。
いや、確かに支配魔法なんて普通誰も使えないはずだし、驚いてくれて当然なんだけど…もうちょい言い方あるだろ。
「アレイスター…?っ、も、もしやあの!?」
「あぁ、あのアレイスター殿だ!」
例にもれず、門番らしき男も俺の事を指示語で呼んでくる。
…本当に、俺はどの人として認識されているのだろうか。
そしてクォラの方はクォラの方でちゃんと説明しろよ。
もしかしたら何もわかってないから指示語を使っただけかもしれないだろ。
「す、すぐに歓迎の準備をさせますッ!!」
姿勢を正して一礼した後、男は走り去っていった。
まぁ、まさかこんな早くに帰ってくるとは思ってなかったのだろうし、準備ができていないのも仕方ないか。
…じゃ俺は待ってる間に温泉巡りでも――
「どこに行こうというのだ?」
「…い、今から準備らしいし、一旦温泉巡りにでもと」
「はっはっは!そんなにかかるわけないだろう!別室で待ってくれればいい!」
肩を掴まれ、歩みを止められる。
…ですよねー。
わかってた。わかってましたよそれくらい。
クォラに引きずられるようにして、俺は豪邸へ入っていくのだった。
※―――
豪邸に強制連行されて、早数分。
そろそろ呼び出されてもいいような気がするが、何の音沙汰もない。
クォラも先程部屋を出て行ってしまったし、話し相手すらいなくて暇だ。
――また筋トレでもしよっかな。
取り合えず腕立て伏せをしよう、と床に触れたその時、扉が開かれた。
「いやぁ、待たせてしまって申し訳ない!――む、アレイスター殿…何を?」
「腕立て伏せでもしようかと。…でもまぁ、待ち時間も終わったみたいですしどうでもいいですよ。案内してもらっていいですか?」
「案内は無論だ。しかし……腕立て伏せ?あれは確か、剣士を志望する者が行う基礎特訓では?」
「別に筋トレ自体は誰がやっても良いと思うけど…まぁ、確かに魔法使いとかには不要かもな」
体力作りという点においては必要かもしれないが、それにしたってそこまで頑張って腕立てを行う必要は無い。
なんなら走り込みの方が有用だろうな。
「…?アレイスター殿は、魔法使いではないのか?」
「んー…魔法は使えるし、人並み以上に使える自信はあるけど…どうして俺が魔法使いだと思うんだ?」
「そんなの、あんな大魔法を使っていればわかる。ヘステレスから竜の里までを一瞬で移動するなんて、本来複数人がいてようやく発動できるような魔法……だがそれを一人で容易に発動してしまうなど、魔法使いの才に溢れてるとしかいえまい」
「…才能、ねぇ…」
無いんだなそれが。
あの無限に時間を費やせる空間と、諸々の限界突破があってこそだが、結局は全て俺の努力の結果だ。
才能なんか、微塵も持ち合わせていなかった。
もし俺に才能があれば、あの空間で過ごす時も短くて済んだだろう。
だが、無かったからあんな長い時間を……まぁおかげで『
「お、到着したか。ささ、この扉の向こうで、シェラが待っているぞ」
「…なんだろ、今になって釈然としない物を感じ始めてきたんだけど…アンタ本当に元長なんだよな?」
クォラは答えない。
さっさと扉を開けと言いたげだ。
…仕方ない。
これでもし全然俺好みじゃないか可愛くないかだったら、取り合えずこの爺さんを生き埋めにして帰ろう。
あまり期待せず、と思いつつ扉を開け、真っ先に目に入って来たのは――
――褐色肌の、ロリッ子だった。
※―――
瞳に映るのは、小麦色の肌をした、幼さを感じさせる少女。
その金色の双眸には、無邪気さと高慢さとが内包されている。
特筆すべきはその恰好だ。
上半身はほぼ裸も同然で、胸元をチューブトップブラのような物で隠しているだけ。
下半身はスカートを身に着けているが、素材の大部分がレースな為、足の殆どが見えてしまっている。
――端的に言おう、すっごくエッチだ。
だからって別に何ともないんだけどな。
可愛い子だとは思うけど、エリーセとかヴァルミオンとかルフェイとかに感じるドキドキは無いかなって。
それは果たして俺が理性的だからなのか、それともこの子に可愛らしい以上の魅力を感じていないのか。
「…貴様が、アレイスター・ルーデンスか」
「あ、はい。貴方がシエラディナ・ヴィスタンですか?」
「敬語は良い。ちょうど同じ歳なのだからな。――そうだ。私がシェラ…シエラディナ・ヴィスタン。現長の一人娘にして、次の長の候補筆頭だ」
なんだろう、この見下されてる感。
天真爛漫だとか、我がままで聞かん坊だとかは前情報として知っていたけど、まさかここまで高慢そうなタイプだとは思ってなかった。
もうすでに帰りたくなってきたが、流石に会って数秒程度で帰宅するのは失礼だろう。
ここは精神年齢的に圧倒的に上である俺が大人な対応を見せなくては。
ってか口調硬いなこの子。
やっぱ警戒されてるのかな。
「…そんなに私のこの格好が気になるか?」
「まぁ、大して暑くもないのによくそんな恰好を、とは思いますけど…別に否定する気は何も」
「はは、何も隠す必要は無い。この姿に興奮したのだろう?あぁ、取り繕う必要もないぞ。しっかりと調べているのだからな」
「…し、調べる…ですか?」
「あぁ。貴様を知る者は皆、貴様程色を好む男はいないと言っていたぞ。既に伴侶を二人も持ち、さらに数を増やす…ハーレムを築くと豪語してのける程だとな」
誰だよそんな根も葉もある事言ってる奴!!陰口にしたって、もっと他の部分を貶せよ!
持った力を鼻にかけて調子に乗ってるとことかさぁ!
なんだって女関係の方をピックアップするかなぁ!?
――ってかわかってて肌晒してんのかよコイツ。
俺が理性よりも本能が勝っている、野性的動物寄りの存在だとわかっていてその恰好なのかよ。
これは何をされても文句言えませんよねぇ……おっと、これじゃガイガー何某と同じか。
「だが残念だったな。私はそう簡単には男に靡いたりしない。大国ローダンリンすらも敵に回すような真似をしてでも独り身を貫いているのだ。わかるだろう?」
「まず敵に回してない上に、十二歳独身は普通なんだよなぁ…」
日本語で呆れの一言を発する。
全員が訝し気にこちらを見てくるのがある意味滑稽に感じるが、それはもはやどうでもよく。
――なんだろ、クォラだけがずば抜けてバカなのかと思ったらこっちも馬鹿だったか。
この調子じゃ全員馬鹿だな。
確かに竜人族はかつて、力の象徴とも呼べる竜の力を持った人々という事でとても畏れ、崇拝されてきていた。
だが魔法技術含めた戦闘技術の向上、一般化により、戦場に出ることができる人間の絶対数が増えた為、もし仮に竜人族と戦争になっても容易に負けることが無くなった結果、今や取るに足らない発展途上の国という扱いになっている。
それに、竜人族は殆どがこの里で生活している為、戦争になった場合は外部からの協力を要請することが難しくなっているのだ。
人間…というか動物は自分の同族を優先する傾向にあるからな。
どの国も、この里とどこかの国が戦争になった場合は国の方に加勢することだろう。
何より、前に言ったとは思うが今のこの平和な状況を壊してまでこんな観光名所くらいしか旨味のない里を攻撃するメリットは殆どない。
確かに一時的に金は入ってくるだろうが、平和を乱した事を是としない他の国からの一斉攻撃を受け弱体…ともすれば滅びるだけだろう。
「…というか、結婚も何もするつもりがないならなぜ呼んだんです?」
「私は一応、まだガイガーと結婚すると決まった訳ではない。故に、今のうちに別の男と結婚する事を発表してしまえば、向こうが何か手出しをして来ることも無いだろうと判断したのだ」
クォラが言っていた通りの事だな…鵜呑みにしたのか。
さらに呆れを加速させる俺に、シェラは言葉を続ける。
「しかし既に言った通り私はまだ結婚するつもりも何もない。――だから、結婚したと嘘をついて欲しいのだ」
「…はぁ。嘘、ですか」
結婚したと嘘をつく。
そんな真似をするメリットが、はっきり言ってどこにも見当たらない。
これは本当のことを全て伝えてやった方が良いのだろうか。
…いや、言っても信じてもらえないような気がする。
だったらここは嘘の関係を公言し、適当に話を合わせてから、コイツが本当に好きになれる人ができた時に適当な事言って別れた方が良いだろう。
この世界で一般的な宗教の内容の中に、離婚は悪だと書かれていないから、シェラの印象が悪くなるような事もないはずだ。
「無論タダで、とは言わん。これでは私だけが利を得てしまうのだからな。――そうだな。色を好む貴様なら、一晩相手をしてやるとかが」
「言ったな?」
「えっ?」
「一晩相手するんだな?」
「ちょっ、待て。馬鹿なのか貴様。普通そこは「結婚するわけでも無いのにそんな真似をするなど」とかなんとか言って断り、もっと無欲な願いに変えるのがセオリーではないのか!?」
「知らん」
馬鹿はそっちだぜシェラ。
俺は極上の女二人抱いてなお欲求不満状態が払拭されない程の男。
結構な頻度で自責の念に駆られるレベルで性欲にとらわれてる俺が、そんな謙虚な真似するとでも思ったか?
な訳ないだろ。
このまま一晩相手してもらうぞ俺は。
――そしてその後、皆への罪悪感やら何やらで鬱状態になる所までは予想済みだとも。
「し、知らん等と…」
「とにかく、それ以上を求めるつもりも、それ以降のことに細かく口出しするつもりもないから、一晩は相手してもらうぞ」
「そ、そんな事できるわけが…!」
「シェラ、ちょっとこっちへ」
憤懣遣る方無い様子で拒絶してこようとするが、クォラの呼びかけで一度矛を収める。
そのまま俺を睨んだ後にクォラへ近づき、小声で何か話し始めた。
いやまぁ、聞こえてるんだけどね。
「ど、どうするのコレ!?話と違うじゃん!?」
「いやぁ、まさかこれほどまでに女好きだとは思わなんだ。はっはっは!」
「笑ってる場合!?私これじゃ…ほ、本気で抱かれるんじゃないの!?」
そこは否定しない。
まぁ、本番行為そのものはしないさ。
前戯だけ、前戯だけだから。
「しかしだなシェラ。これはチャンスでは無いか?」
「はぁ?チャンス?」
「そうだ。その一晩で籠絡し、アレイスターを傀儡にしてしまえば…」
「無理に決まってんじゃん!!私処女なんだけど!?」
「だが模型を使っての練習は行っただろう?講師を担当した娼婦からも、及第点をもらっていたはずだ」
「物と本物は違うでしょ!?私、男のなんて…本の知識くらいしか無いわよ!?」
模型を使っての練習って…そんな事もするのかお嬢様。
確かに結婚先と上下関係があったら、相手の機嫌を損ねないようにするためにもそういうテクニックは必須になってくるだろうけど。
――もしかして、コイツも『
ちょっと見せてもらおうか。
【シエラディナ・ヴィスタン/年齢:12/女】
『
・
・
・
『
・
・
うぉ、まさかの英語。
――って、全然性行為系のスキル持ってないじゃん。
本当に大丈夫なのかそれで。
俺にステータスの一部を見られたとは露ほども知らずに、二人は未だに内緒話をし続けている。
聞えているから全然内緒話ではないのだが、俺が聞えているという事に果たして気づいているのだろうか。
「――そ、それにさぁ……あ、アレイスターってヤツ、そのー…」
「もしや、あまり好みではなかったか?ガイガーよりはマシだと思うが…」
オイ待て、聞き捨てならんぞソレは。
確かに俺の顔は生前からの顔。
両親と幼き日の
それがお前よりによって…ガイガー?あの豚王子レベルの顔だと?
それよりちょっとマシ程度だと!?
お前この顔で生まれた俺と、俺を生んでくれた両親に地面に頭つけて詫びさせたろうかコラ。
「ち、違う。寧ろ逆って言うか……」
「む、シェラ…?まさか、その反応は――」
「い、言わないで!!」
「ぬぉっ!?耳元で叫ぶな!!」
声を荒げて立ち上がったシェラに、クォラは涙目になりながら怒る。
まぁ、離れた場所に立ってる俺でもうるさいって認識するくらいの大きさだったからな…しばらく耳が使い物にならない事だろう。
ってか逆ってどういう事よ。
もしかしてアレか?俺の見た目が好みだったとか?
――いや、それならもうちょっと態度とかに現れていて然るべきはず。
過度な期待は禁物…だな。
「――えーっと、取り合えず俺の要望は一晩相手してもらう事ただ一つって事で。今晩開けといてな」
「ほ、本気なのか貴様…す、既に愛している女が複数いるとも聞いているが?」
「お前一人一回抱いたくらいでアイツ等への愛が薄れるとでも?」
「えっ、そういう問題!?――というか、その別の女の方が許さないんじゃないかって」
「堂々とハーレム宣言して以来諦められてるから問題ない。後は俺が自己嫌悪するだけだ」
「自己嫌悪するくらいならやめなよ!」
む、極めて正論。
でも後で俺が苦しむくらい、この情欲に従う事を諦める理由になり得ない。
その事をしっかりと伝えてやろうと思ったが、先にシェラの方が口を開いた。
「そっ、それに…私がそれを拒否してたら、することもできないんじゃないの?言葉で肯定して、そのまま逃げる…とか」
「『
支配魔法を使って、俺以外の全員の動きを縛る。
今はただ行動を制限しているだけだが、この状態からこの場を催眠術系のエッチな作品みたいな状況に変えることも容易だ。
この魔法だと動物以外は操作できないが、その分自由が多いんだ。
前にエリーセに同意の上で催眠プレイをさせてもらった時は、それもう――この話は長くなるからやめておこう。
「この魔法は、本当は同意なんて無くても使えるけど…今回は、一晩の許可が下りない限りは使わない。その代わり俺はお前を一晩抱く以外じゃ絶対に嘘の結婚発表は行わない。――つまりは「はい」か「いいえ」、ここでお前…いや、竜人族全員の命運が決まるって訳だ」
嘘だけど。
普通に考えて拒否してなんぼなんだけど。
でもコイツらは本気でローダンリンが攻め込んでくる可能性を危惧している。
そこが狙いだ。
その誤った考えに漬け込めば、このやたらと煽情的な恰好をしているロリっ娘を抱けるはず。
仮に拒否されたとしても、それはそれで俺がこの後自責の念に葛藤しなくて済むようになるので構わない。
――さぁ、どう答える?
「む、ぐぅ……―――ひ、一晩だけ…なら」
よしッ!!
頬を染め、消え入りそうな声で首肯するシェラ。
クォラもこれで良い、と頷いているし、誰も俺を咎める者はいないだろう。
「その代わり!これ以降の事はこちら優先で考えてもらうぞ!」
「別にいいよそれくらい。家族に問題が出ない範囲だったらいくらでも」
付け足すように言ってくるが、そこは別に危惧していない。
最悪どうしようもないことになったら支配魔法を使えば良い。
殆どあの空間での力を取り戻しつつある俺に、少なくともこの世界で勝てる者はいないはずだ。
調子に乗っているとかではなく、必死に鍛えてきたが故の自信。
「ってな訳で、今夜は…どこに行けばいい?」
「……ぬぅ…」
「宿を取らせましょう。そちらでお楽しみくださればよい」
「く、クォラ!?」
「なるほど。じゃあ宿が決まったら教えてください。俺は観光にでも行ってきますので」
言い終えると、わざと魔法を使って外に出た。
こういう所で自分の力の底の無さを見せて、勝手に強大な存在だと思い込んでもらうためだ。
――さ、取り合えず温泉巡り…それか土産屋巡りだな。
一つ大きな伸びをして、にぎわっている様子の場所へと歩いていくのだった。
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