第二章 竜人の里のお嬢様
第21話 竜人の里へ行こう
「いやぁ、嬉しいよ兄さん、ルフェイ。態々学校を休んでまで俺の誕生日を祝ってくれるなんて」
「まぁ、家族だからな。それに、ファルブの時は来てもお前の時は来ないなんておかしいだろ?」
「す、好きな人の誕生日だし、しっかりお祝いしたいなって…」
二人とも嬉しい事を言ってくれる。
祝われる者冥利に尽きるな。
今日は俺の十二歳の誕生日。
今までとちょっと違い、庭でブッフェスタイルでパーティ(と言っても家族と使用人しかいないが)を行っている。
結局入学試験は難なく突破できた兄さんとルフェイは、全寮制の学校であるのにも関わらず態々俺の誕生日を祝いにここまで戻ってきてくれた。
「でも、まだ十二歳か…なんだかアレイって、俺達よりもずーっと年上って感じがするよな」
「あはは、貫禄があるって事かな?」
「貫禄…というか、威圧感じゃないか?」
普段は冗談を言うような人ではない兄さんも、今日ばかりは軽口が飛び出す。
どこかおどけた様子で発されたその言葉に、家族一同笑いだす。
「そういえばファルブ、天職はどうだったんだ?」
「俺は宮廷魔法師が一番なんだとさ。兄さんが王になったら、是非雇って欲しいね」
「はははっ、お前なら俺が贔屓しなくても最高位に上り詰めそうだけどな」
ファルブ兄さんも、つい最近儀式を終えた。
今は入学に向けて勉強中。
魔法と剣技は俺が面倒を見たから大丈夫だと思うけど、勉強の方は本人がどうにかするしかないからしょうがないね。
「そういえば、学校はどんな感じ?ケイ兄さんは主席入学だったって聞いたけど」
「あぁ。王になると豪語する以上、それに伴った結果を残さねばならんからな。――学校は、中々大変だぞ。授業そのものは問題ないが、生徒同士の関係がな…」
「ケイのクラスって、もうヒエラルキー決まっちゃってるんだっけ?」
「残念な事にな。俺は一応上位にいるが、それにしたってトップというわけではない。――言動全てが他者を魅了するような男というのが、確かに存在するのだ」
口惜し気に語るケイ兄さんに、こちらもこちらで嫌な事に思い至る。
ヒエラルキーが定まっていると言う事は、きっといじめもあるのだろう。
――俺も一応学校に行く気ではあるけど……またいじめられて精神崩壊なんて、正直嫌だな。
いじめられっ子が俺じゃ無かったとしても、もしその子が女で可愛かったら絶対声かけちゃうし。
「その点ルフェイ姉さんは羨ましいよ。ずっと教室の隅に居て、誰からも触れられることなく世俗から離れて生きている」
「あの、それ褒めてる?」
「褒めてるよ、少しはね」
世俗から離れて生きてるのか…なんだかルフェイらしいな。
軽くショックを受けているらしいルフェイを微笑ましく見つめつつ食事を手に取ると、突然『
この
基本はエリーセとのお楽しみ中に部屋の前を誰かが通った時に通告してくれたりするだけなのだが、たまにこうして何らかの危機についても教えてくれるので重宝している。
――で、一体なんだってんだ?
「見つけたッ!!」
「…んぁ?」
内心首を傾げていると、頭上から声が聞えてきた。
老人の声で、なぜか異様にテンションが高い。
間の抜けた声と共に視線を上に向けると、こちらに向かって何かが――いや、人が落下してきていた。
「『
自由落下しているようには見えなかったが、庭を荒らされるのも遺憾なので魔法を使う事にした。
支配魔法によって動きが一瞬で止まり、ゆっくりと地面へ降りてくる。
その見た目は、いつだか見た白頭の――あ゛ッ!?
「お、お前…あの時の竜人か!!」
「な、なんだこの魔法は…?体の自由が利かない?」
珍しく心から驚愕した俺に対し、老人は自分の体を興味深そうに見回すだけで反応を返さない。
…支配魔法を受けるのなんて、そりゃ未経験だろうけどさ。
「あ、アレイ?竜人って…」
「去年話した奴。いきなり現れて竜種を名乗った挙句、里にとってさぞ大事だろう話をベラベラ話して帰っていった男だよ」
「む、久方ぶりだなアレイスター殿」
「久方ぶりだなじゃねぇよ」
なんでこんなにマイペースなんだこの人。
ってか人様の誕生日会を邪魔しに来るくらいなんだから、さぞ重要な用事があったんだろうな。
もしこれで前回みたいに腹が減っただけとかだったら俺は本気で殴ることも辞さないぞ。
「まぁまぁ、そう睨まずとも良いだろう。今回は、お主にとっても良い知らせがあったから来ただけだ」
「……俺にとっても?」
なんだろう、全然心が惹かれない。
寧ろさっさと帰ってもらいたいんだけど。
そもそも豚王子とか我儘お嬢様とかローダンリン公国とかの件はどうしたんだよ。
解決したからそんな呑気なのか?
それとも、深刻になるような内容がどこにも無かったって事についに気づいたのか?
…もし「本当は戦争の危機など無かったのだ!!」とか喜色満面で言われたら、俺は殺す気で蹴り飛ばすぞ。
自制できる自信が無い。
「あぁ。前に話しただろう。シェラとの縁談を持ってきた!」
「――はい?」
まず一年前の名前も知らない奴と交わした会話なんて覚えてる訳ねぇだろ馬鹿か、という言葉が口から出そうになったが、俺は精神年齢的には大人だ。
態度にすら出さない。
…しかし言ってることの意味不明さにはついて行けない。
なに、縁談って。
その見ず知らずの奴との縁談で喜べる程、俺は子供じゃ無いんだよ。
それはそれとしてその相手の子って可愛い?
体は?声はどんな感じですかね?
ちょっと後学の為に聞いておきたいんですが。
「あの、アレイスター様。そちらの御方は…?」
「誰だろうな…わかんね」
「えぇ…」
「ついでにそのシェラとかいう女も知らんし、なんで縁談なんて話になったのかもわからん。一から説明――しなくてもいいから帰ってくれ」
内心ではふざけたが、正直何一つ理解できないのでお引き取り願いたい。
この後俺の誕生日ケーキに、エリーセとルフェイと俺の三人で入刀する行事があるんだよ。
この世界の結婚式にケーキ入刀は存在しないが、せめて気分だけでも味わっておこうと思ってな。
そのために態々巨大なケーキを作ってもらったし、三人で持てるサイズの刀を自分で打った。
本当はヴァルミオンにも居て欲しかったが、未だになんの音沙汰も無しなので諦めた。
…次の機会に、な。
「わ、忘れたのか…なら仕方ない。一からもう一度説明しよう」
「え、いやだから良いって」
「今、竜人の里では――」
「だから要らないって言ってるんですけど!?」
声を荒げるが、竜人の男は止まらない。
…結局、前にされた説明をもう一度受ける羽目になったのだった。
※―――
「――という話で、お主にシェラと婚姻してもらおうと」
「おぉ、いきなり飛んだねぇ」
前に聞いたことがあるような説明が終わったあたりで、突然婚姻云々の話になった。
途中まではしっかりと理解できる内容だったのに(それにしたってバカな話ではあったが)どうして飛躍してしまったのだろうか。
因みに今は屋内に戻り、椅子に座って話をしている。
円卓を使って会話をしているのだが、両腕にエリーセとルフェイがしがみついていて少し辛い。
両側を引っ張られるってこういう事なんですね。
なんか千切れそう。
「あの、そのシェラって子は結婚自体が嫌なのでは?」
「いえ。そこの確認は取りましたが…アレイスター様なら、一度お会いしても良いと」
ステラさんの言葉に、老人…クォラはよくわかっていなさそうな様子で答える。
俺なら一度会っても良いって、どういう事だよ。
ガイガー…豚王子よかマシって事か?
「確実に縁談が成立するとは限りませんが、あの聞かん坊が「一度会う分には構わない」と言ったのです。これはもしかするともしかするかもしれない。―――それとアレイスター殿」
「なんでしょう」
「町の人々に聞きました。貴方は、とてもよく色を好むのだと…ならばきっと、シェラも気に入るはずです!見た目だけは素晴らしいので!」
「あんた自分の発言を一回全部見直した方が良いよ」
…しかしそんなにお勧めされたら興味が湧いてしまうじゃないか。
エリーセとルフェイと一緒に入刀したり、記念すべき今日という日を満喫する方が優先度高いけど、それの後…明日とか明後日とかなら良いか。
「…わかった。行くよ」
「え、本当に行くのかアレイ?」
「まぁ、どーせローダンリンの人と揉めるような事にはならないだろうし…会うだけタダでしょ。観光がてら行ってみるかなって」
「…アレイ、まだ女増やすんだ…予想はしてたけど。そもそも前に言ってたけど」
「ご主人様…行くのは構いませんし、交際相手が増えるのも構いませんが…今日一日は、私達との時間にあてて欲しく思います」
「いやそれは当然だろ。見ず知らずの女のためにお前らを蔑ろにするわけないじゃん」
俺の言葉に、目に見えて安堵する様子を見せる二人。
…俺、そんなに信用ねぇのかな。
「ってなわけで、行くなら明日な。それでもいいか?」
「…まぁ、元々行き来するのに数日かかるし…一日の遅れくらいなら、別段問題ないだろう」
なーんで上からなのかなこの人。
文句とか諸々が浮かんでは沈んでを繰り返し続けるが、それはまぁどうでもいい。
この後は軽く話をした後、クォラはヘステレスで安宿を取って休む事に決定し去っていった。
――ケーキ入刀の下りとか詳しく話たいけど、それはヴァルミオンと再会してもう一回行う時に話せば良いか。
※―――
鳥の鳴き声が朝の訪れを伝える。
カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しい。
――結局、一睡もしなかったな。
ベッドの上に寝転び、荒い息を整えようとしているエリーセとルフェイを見つつ、昨日の情交に想いを馳せる。
初めての時特有のぎこちなさを内包しつつも、何とか俺を興奮させようと淫らに振舞ったルフェイ。
既に何度も交わった故の余裕がありながらも、肌を晒すときはどこか気恥ずかしそうにしていたエリーセ。
響く水音と嬌声は、室内の温度が増していくたびに大きく、よりエロティックに変貌していった。
俺自身、彼女たちからの責めには快楽故の苦悶の声を上げてしまったし、耐えきれずに何度も何度も彼女たちの中へ注ぎ込んでしまった。
――それでも俺、まだ欲求不満状態ついてるんだよなー…
「取り合えず、シャワールーム用意しておくから。体動くようになったら使ってな」
まだまだまともに喋ることすら困難な様子の二人に優しく告げ、頭を撫でてから立ち上がる。
流石に体中に体液をつけたまま部屋の外に出る訳にもいかないだろう。
それに、今日は仮にも竜の里の長――の、娘と会う予定なのだ。
そんな明らかに事後みたいな状態で行ったら、不敬とか難癖付けられて処刑…されかけて俺が全員殺しちまうかもしれない。
「…待って、アレイ」
「どうしたルフェイ?まだ無理に動かなくても、シャワーには俺が先に入るから休んでていいんだぞ」
「ううん、違くて。――その、不安…だったの」
「不安?」
体を動かす事なく、声を掛けてくるルフェイ。
その声は、快楽の余韻と不安とで震えていた。
不安とは、一体何の事だろうか。
この後の竜人の話か?
まぁ確かに、ハーレムを肯定するとは言っていても、普通は自分だけを見ていて欲しいと感じてしまう物だからな。
寧ろそう思ってくれてるだけでも嬉しい。
――そうだな。ここはしっかりとその不安を払拭してやらないと、男じゃねぇよな。
「…私、ほら…初めて、だったでしょ?エリーセとはもう何回も…してた、みたいだし。――それに私、エリーセと比べて全然体も良くないし…」
「え、あー…そこか。別にそれは気にするような事は何もないだろ?エリーセは確かに色々と良いけど、ルフェイだってルフェイなりの良い所があるだろ。――もしかして、たかが一回セックスして満足できなかったからって、俺がお前を捨てるとでも思ってたのか?」
「……それは…」
言葉にしづらそうに目を伏せるルフェイに、わざと大仰に溜息をつく。
すると彼女は申し訳なさげに体を起こし、すぐさま否定の言葉を発してきた。
――ただ、もう遅いんだよな。
「これはアレだな、言葉じゃわかってもらえないって事だな?」
「えっ?い、いや、別にそんな事…ひゃぁっ!?」
「ルフェイだけまだ昨日やっただけだし…ちょうどいいじゃん。――まぁ、俺がしたいだけなんだけど」
ルフェイの肩を掴んで倒し、彼女の太腿に硬くなっているモノを押し当てる。
すると彼女は一瞬驚く素振りを見せた後、視線を俺の下半身と瞳とで交互させ、頬を赤く染めて頷いた。
――結局、今日は朝食に参加するまでにかなり時間をかけてしまった。
ステラさん達には悪い事をしたな。
※―――
「すみませんな。老体故、朝に弱く…頼む立場でありながら遅れてしまうとは」
「いえいえ。こっちもこっちで色々あって遅れてたんで…ちょうどいいですよ」
両者ともに集合時間を過ぎてしまったという負い目があるため、若干下手気味である。
…しかし竜人の里か。
一応シェスカからガイドみたいなものは貰ったけど、果たして観光できるかどうか。
「えーっと、里って入るのに検問が必要…とかある?」
「それは勿論。犯罪者を里に入れてしまっては、もしかすれば内側から崩壊してしまう可能性があるのだからな」
「…そこはバカじゃねぇんだなぁ…ま、なら里の目の前くらいに行けばいいか。『権限主張・移動』」
『
そう、権限さえ主張してしまえば今いる場所から違う場所へ移動することも可能なのだ。
…あー、でも移動を楽しんでも良かったかもなぁ…ちょっと失敗。
「な、なんっ…!?」
「?何座ってんの?」
「い、いきなり場所っ、かわっ、はぇっ!?」
「「はぇっ?」なんてお前が言っても可愛くねぇぞ」
腰が抜けたかのように座り込み、辺りをキョロキョロと見渡すクォラ。
…あぁ、そうか。普通はこんな瞬間移動できるわけないもんな。
――あれ?今ってドヤ顔チャンスだったのでは?
さりげなく調子に乗るタイミングを逃してしまったので、諦めて何事も無かったかのように振舞う事にする。
今は竜人の里の観光――もとい現長の娘と会うのが優先だ。
「ほら、さっさと行こうぜ」
「あっ、あぁ……アレイスター・ルーデンス…コイツは一体…?」
「小声で言ったつもりだろうけど聞こえてるからなー」
背後でシリアスな声と雰囲気を出したクォラに軽く反応し、そのまま前へ進む。
確か竜人の里は、複数の火山に囲まれてる場所にあるから、温泉が有名って話だ。
どうせお嬢と会うのはすぐに終わるだろうし、今日明日に温泉巡りを楽しんで、適当なお土産買って帰ろっと。
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