第18話 儀式を見よう


俺が十歳になったと言う事は、ケイ兄さんは十五歳になっていると言う事。

実際は四歳差だから十四歳のはずだろう、と思うだろうが、ケイ兄さんの誕生日の影響でこうして五歳差の期間が生じるのだ。


因みにルフェイも勿論十五歳だ。

兄さんよりも少し年上だからな。


「…なんだか緊張するな。内容自体は良く知っているのに、いざ自分がとなると手が震えてしまう」

「人前に出るの、苦手なのに…」


ここまで年齢の話をしてきたが、要は今日、十五歳を迎えた子供が行うある儀式に二人が参加するという話だ。


なんでもこの儀式を行う事で、その人にとっての天職が、神託として告げられるのだとか。

因みにその職業になるかならないかは自由らしい。

あくまで儀式として、この人にはこれが天職だと知らせる事が必要というだけだ。


昨日からずっと緊張しっぱなしで眠れていない様子のケイ兄さんと、なにやら面倒くさそうにしているだけで緊張自体はしていない様子のルフェイに、ついつい笑ってしまいそうになる。


「…そう言えば、シェスカとエリーセの天職は何だったの?」

「私は…騎士、とのことでした。国を守り人を守る、剣にして盾。それこそが私に相応しかったそうです」

「私は…娼婦が天職だと。しかし制縛の件もありますし、元々軽々しく他者に体をゆだねるような真似はしたくありませんでしたので…修道女になっていたんです」

「へぇ…じゃあ、やっぱり必ずしも天職に就いた方が良いって訳でも無いんだな」

「――そうですね。私は今、こうしてアレイスター様に仕えている方が、よほど刺激的な毎日を送れていますし」


嬉しい事を言ってくれる。

毎日水浸しのシーツを清掃させてしまっているし、正直嫌われていると思っていた。


「因みに、パパは領主が天職だったぞ」

「ママは暗殺者だったわよ〜」

「へぇ、領主と暗殺者…暗殺者!?」


話に割って入ってきた二人の言葉に、一瞬そのまま流しかける。

…が、マルティナさんの天職については流石に黙っていられなかった。


え、まじで?暗殺者って…えっ?


言い間違えた、というわけでも無くニコニコしているマルティナさんに、聞き返す意味も込めて叫ぶ。


するとステラさんの方が答えてくれた。


「そうやって言われただけで、別に何もしていないさ」

「…それでもやっぱ怖ぇよ…」


そんな才を持っている人のおっぱいを嬉々として吸っていたと思うと…真実を伝えたら殺されそうだな。

言わないようにしよっと。


「さ、式場へ向かおう。終わったら豪華な料理でお祝いしなくっちゃだな!」


※―――


「次、ゴードン。前へ」

「はい」


一人一人名前を呼ばれ、前へ出て行く。

名前を呼んでいる人はアバータラさんという人で、毎年この儀式を主催してくれているらしい。

鏡に手をかざさせ、その人と一緒に魔力を込めることで神託…天職についてが映し出されるのだそうだ。


現在は平民身分の人の最後の方。

ケイ兄さんとルフェイはこの後だ。


「…僕の天職は、鍛冶師です!」


右手を掲げ、瞳を輝かせながら自らの天職を公言する少年。

それは別にこの少年が感極まってついやってしまったというわけではなく、この儀式の手順として自分の天職を声高に発表する必要があるからだ。


鍛冶師が天職…中々将来有望って事じゃないか。

特にこの国じゃ慢性的な鍛冶師不足らしいし、技術さえ身に着ければ引く手数多だろうだろう。


鍛冶師の中にも、魔の力が宿った武器防具を作る幻想鍛冶師ファントムスミス等、色々種類はあるが…彼はどれになるのだろうか。

いや、鍛冶師になると決まったわけでも無いんだけどさ。


「次、ケイ。前へ」

「はい」


おっ、とうとうケイ兄さんの番か。

一体どんな天職が出てくるんだろうな。

領主とか?或いは…剣術に秀でているし、騎士の可能性もある。


或いは冒険者?アレはどんな技能を持つ人でも、輝くことができる夢の職業だからな。

その分格差とか色々あるらしいけど。


まるで物怖じする様子を見せずに、壇上へと向かうケイ兄さん。

その姿を見て、観衆たちは感嘆の声を上げる。

今まで前に出てきた人たちは、程度の差はあれど全員緊張している様子を見せていたんだから当然か。


きっと、流石は貴族、と感じ入っているに違いない。


「――っ……そう、か……!!」

「…?ケイ。貴方の天職を」


鏡に手を翳し、映し出されたのだろう何かを見て驚愕の表情を作るケイ兄さん。

それに対し、純っス位にどうしてそのような反応に、と不思議そうに思っているのだろうアバータラさんが儀式の続行を促した。


それに対し兄さんは、握り拳を勢いよく突きあげた後、言葉を発することなく瞳を閉じた。


そして、無言の時間が続く。


始めの頃は何事かと騒めいていた観衆たちも、今後の展開が気になるのか次第に無言になっていった。


結果、この空間には痛い位の静寂が訪れることとなった。


――そして、この静寂は発生源たる兄さんによって破られる。


「――俺の天職は、だ」

「…えっ?」


間の抜けた声を出したのは、一体誰だっただろうか。

フォーマルな場でそんな声を出すのはご法度だろうに、誰もソレを咎める事は無い。

咎めるような気に、なれない。


――天職は、その人の才能を表す。

なので、鍛冶師が天職であれば鍛冶に才能を持っているという事になり、暗殺者が天職なら暗殺に才能を持っていると言う事になる。


…なら、コレは?

『王』の資質を持つというのは、一体何を示しているんだ?


人を統治する力?

いやいや、それなら領主でもいいはず。

他国と渡り合う力?

そんなピンポイントな才能があるか?


「この際だ。俺の夢…いずれ辿り着くと決めている目標も宣言しよう」


騒めく事すらできない観衆たちへ、振り上げていた腕を下ろし、指さすように向けた。


そして、大胆不敵に、傲岸不遜に、彼は続けた。


「俺は、王になる。飾り物の王じゃない。絶対的な王政を行う、強き王に」


――彼の発言は、実は決して夢物語ではない。

本来、王になるには現王の血族として生まれなければ候補として名前が挙がることすらない。

だが、現王はのようで、後継ぎがいないのだ。


故に、当初は側近たちが我が子を王にと名乗りを上げていたそうだが、彼は胤はなくとも能が無いわけではなかったらしい。


権力という甘い蜜に群がる側近達に間接的にでも権力を与えるべきではないと考え、ある方式で次の王を決めることにしたのだ。


――それが、『バンデルセン王国次期国王選定戦』。

武を、知を、その他すべての才を競い合わせ、現国王自身が勝者を選び、王冠を渡す争い。


参加資格は、特定の者を除いて全てに与えられる。

除外される者は、十五歳に満たない者や、奴隷身分の者。

そして、この国で生まれ育っていない者。


上記以外なら、貴族だろうが平民だろうが関係なしで王に立候補できるのだ。


それはつまり、兄さんの「王になる」という目標は決して叶う事のない無謀な夢というわけではないと言う事で…


「俺は、数年後に行われる選定戦に参加する。ルーデンス家の長男として、何より一人のケイという男として。そして、必ずこの天職に就いてみせよう。この国を、よりよい物に変えて見せよう。―――以上だ」


去り際も、堂々とした佇まいは変わらない。


人々は、兄さんが席に戻った所でようやく騒がしさを取り戻した。

あちらこちらから、できるはずがないだの選定戦に出るなんて無謀だだの自分は応援するだのと、好き勝手な発言が聞えてくる。


それでも兄さんの瞳は曇らない。

ただ、ただひたすらに未来を見ている。


自分がかの王冠を載せ、玉座に鎮座するその姿を。


※―――


「ご、ゴホンッ!…次、ルフェイ。前へ」

「…はい」


しばらくして落ち着きを取り戻した儀式場に、再びアバータラさんの声が響く。

次が最後…ルフェイの番だ。


正直ケイ兄さんを超えるような事は無いと思うが、果たしてどうなることやら。


ルフェイ自身は、人前に出ることにとても抵抗があるらしく、凄く嫌そうな顔(と言っても俺でなければ気づけないような変化だ)をしつつ前に出た。


そしてそのまま鏡に手を翳し、数秒黙り込む。


どうしたのだろうか。

まさか、ケイ兄さんと同じく、突飛な物が出てきたのだろうか?


「……私の、天職は…」


酷く言いにくそうにしている。

それは果たして知らない人からの視線が集中して浴びせられているからなのか、はたまた天職についての内容があまりに特異的な物だったからだろうか。


「……盗賊、だそうです」


盗賊。

別名シーフ。


言葉だけを聞けばいいイメージは持ちにくいだろうが、実際はただ相手の物を盗むだけの職業ではない。

鍵を無くして開けられなくなった扉を開けたり、迷宮ダンジョン内部にある宝箱を安全に開けることもできる、言わば鍵開け職人としての一面も持つのだ。


それは盗むというのにも賊というのにも意味が合わないと思うだろうが、そういうものなのだから仕方ないと受け入れてもらうほかない。


――しかしなるほど。盗賊が天職という人はそれほど珍しくは無いが、ルフェイからしたら盗賊になるのは非常に嫌なことだろう。


何せ盗賊は長距離の移動等が当たり前に存在する仕事だ。

運動とは切っても切れないと言っていい。


それを、家の敷地所か部屋の中からも出たがらない彼女が好むわけがない。

いくら必ず天職に就く必要があるわけではないにしても、やっぱりいい気分にはならないだろう。


「――ふむ。ではこれにて、儀式を終了する。皆、これからは大人として…或いは子供として、善く生きるように」


まとめの一言を告げたアバータラさんに、今年十五歳を迎えた全員が大きくうなずいた。

殆ど全員がその眼差しに確固たる意志を湛えており、さぞ輝かしい未来が待っているのだろうなと感じさせてきた。


――因みに、ルフェイだけはすっごく嫌そうな顔をしたままだった。

どんだけ盗賊が嫌だったんだよ姉さん。


※―――


「えっ!?ルフェイも学校行くの!?」

「そ、そんな驚くかなぁ…?」


儀式から少し時間は流れ、夕食時。

十五歳になったという事は、学校に通う事になるか貴族社会に本格的に参加していくかのどちらかを選ぶ必要があるという事だ。


兄さんは王になるという夢の為に入学試験へ向けて努力中だという事は既に耳にしているが、まさかルフェイまでもが学校に通いたいを考えていたなんて思わなかった。


しかし驚いているのは俺だけのようで、ステラさんもマルティナさんも…それどころかケイ兄さんもファルブ兄さんもまるで動じていなかった。


何この疎外感。


「アレイさん。ルフェイはインドア派ですよ?社交界デビューなんて最も嫌だろう事を避ける為なら、学校に六年間ひっそりと隠れ潜んで生活した方がよっぽど楽なんですよ」

「なるほど」

「な、なるほどじゃなくってね?…私はただ、純粋に学びたいことがあるから行くだけで、そんな社交界にデビューするまでを遅らせて、あわよくば何とか家にこもりきりでも許されるようになろうなんて…微塵も考えてないんだからね?」

「…そんだけ饒舌に喋れてたら、十分だと思うけどね」


水を飲み、未だに言い訳にもならない、意見論理的でありつつも支離滅裂な発言を続けるルフェイを無視する。


なるほど。誰も驚かなかったのはこういう事か。


「…でもルフェイ、入学試験の準備は大丈夫なの?ずっと本を読んでるか俺にしな垂れかかってるかしかしてなかった気がするけど。四か月後でしょ?」

「その辺は大丈夫。戦闘試験はともかく、魔法と知識だったら抜かりはないから」


戦闘試験はともかく、と言い切ってしまえるあたりがルフェイだ。

…そりゃ、外に長時間いられないと豪語するような奴だから仕方ないんだろうけどさ。


「兄さんの方はどうなの?」

「俺は…そうですね。魔法が若干不安要素が残りますが、それ以外は…油断慢心を抜きにしても、完璧の一言かと」


未だに俺に敬語を使う癖が抜けきっていない兄さんに、ちょっと苦笑い。

そういえばさっきはファルブ兄さんも敬語を使っていたな。

どんだけ俺がトラウマなんだか。


――しかし魔法か。

確か兄さんは土属性で、派生は一つ…鉱石魔法だったっけ。

鉱物を作り出して、ソレを武器として使ったり防御に使ったりできる魔法。


ダイアモンドみたいな価値のある鉱石(この世界でも宝石の価値は前世と変わらない)だっていくらでも量産できるが、所詮は魔法なのでこれを売りさばこうとしてもすぐにバレる。

昔これを利用した詐欺が横行していたせいだそうだ。


「もし兄さんが迷惑じゃなかったら、魔法の訓練、俺も付き合うよ」

「ほ、本当ですか!?」


普段は冷静沈着な兄さんが、凄く驚き、嬉しそうな様子で立ち上がった。

勢いよく押し倒された椅子が、ガタンッ、と抗議の声を上げるが、それを誰も気に留める者はいない。


使用人の一人が、こっそりと元に戻すだけだった。


「うん。何事も、教える事によってさらに自分も良い物へと変わるって言うしね。魔法に関しては俺もまだまだ精進しなきゃだし、願ったりだよ」

「ッ――!!ありがとうございます!!」

「あ、アレイさん!俺も、俺もお願いします!」

「私もお願い!」

「お、おぉ。良いけど…ルフェイはもう大丈夫って言ってたんじゃ」

「アレイに教えてもらったら戦闘試験で取れない分もカバーできるくらいになれると思うの!」


なるほど、一理ある。

得意分野で苦手分野をカバーするというのは、極めて合理的かつ有効的な判断だからな。


――しかし一度に三人に魔法の教育か。

これは俺も得られる物が多そうだ。


三人とも才能人だし、嫉妬心に悶えないように気をつけなくっちゃな。

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