閑話 残された者【天下原勇希、椿美晴、尾上葵】


「…帰ってください」

「――はい」


花束を手にしてやってきたものの、今日もまた玄関先で追い返される。


でもこれも仕方ない事なんだろうな、と受け入れかけている自分がいるのが情けない。


――俺の幼馴染でクラスメイトの、佐野太郎が死んで早数日。

最初の方こそ暗い雰囲気だったクラスメイト達も、翌日には全員馬鹿が死んだと笑い話にするようになった。


別に、佐野は嫌われ者だったわけじゃない。

アイツが何か悪い事をしたかと聞かれれば、誰も首を縦に振らないだろう。


ただ、いじめられていた。

理由は確か、アイツが標的になる前に虐められていた女子と仲良くしていたから…だっけか。

…いや、理由なんて、正直どうでも良かったんだろう。

いじめなんてのは、仲間内で傷つけあわないようにしつつ他人を貶すことを楽しむ物だ。

別にその相手を選ぶのに、理由なんぞは必要なかったんだろう。


そこで白羽の矢が立ってしまったのが佐野で、そんなふざけた理由でいじめを開始したのがクラスのトップカーストに位置する奴だったってだけだ。


「…クソッ」


クラスの上位層がいじめる相手は、その下の層に位置する連中の格好の的でもある。

何せ、一緒になってソイツをいじめているだけで自分も上位層と同じ楽しみを共有できるんだから。


…こうやって佐野をいじめていた連中に怒りを感じている俺も、そんなクズ共と同じく、我が身可愛さ故に上位層と一緒になってアイツをいじめていたんだけどな。


――だから、あんな風に門前払いを受けて、アイツに手を合わせてやる事すらできないのも仕方ないんだ。

何を今更友人面をしているんだと、咎められて当然なんだ。


「…アイツ、いっつも平気そうに笑ってたくせに…」


放課後になる度に、心から謝罪していた。

何度も何度も、保身のためにお前を傷つけるような真似をしてすまないと、頭を下げ続けていた。


すると決まってアイツは「気にしてない」「大丈夫」「俺も同じ立場なら同じ事すると思う」って言って、笑っていた。


言い訳に過ぎないし、こんな事を言ったところで現実は変わらないが、俺は甘えていたんだ。

アイツがあぁやって笑っているなら、このまま連中のが去るまで待てばいいと、そう考えちまったんだ。


――そして、その結果がこれだ。

唯一の幼馴染は飛び降りて死んだ。

遺書まで残した、計画的な自殺だ。


「――気にしてたんなら、なんで言ってくれなかったんだよ…死んじまったら、文句も何も言えねぇってのによ…」


無駄だとわかっている。

こんな事を言ったところで、佐野が帰ってくるわけじゃない。

俺を裁き、罪の意識を拭い去ってくれるわけじゃない。


だけど考えずにはいられないのだ。

今にでも俺の目の前にアイツが現れて、今までの鬱憤を全て感情のままに叫び、俺を痛めつけ、『罰』を与えてくれる事を、望まずにいられないのだ。


「……また、明日…だな」


きっと酷い顔をしているのだろう。

俺――天下原勇希は、今日もまた、花束を供える事すらできずに帰宅するのだった。


※―――


「美晴、そろそろ学校行ったら?」

「……やだ」

「…そう。なら、今日も休むって連絡しておくわね」


扉の向こうから聞こえてくるお母さんの声に投げやりな返事だけして、再びうずくまる。


カーテンを閉め切った部屋の中で、私は一人、写真を握りしめて泣いていた。


その写真には私――椿美晴と、なんだかぎこちない笑顔の男――佐野太郎が並んで映っている。

これが、私とアイツの、一番最後の思い出の写真。

中学三年の時の、修学旅行で撮った一枚。

……ずっと片思いしていた相手に、頑張って頼んで取らせてもらえた一枚。


「…たろぉ…」


私は、佐野太郎が好きだった。

小学生の時から、なんとなく結婚するならコイツが良い、って思ってて。

中学生の時には、男として意識するのも増えてきて。

高校に入ったら、恥ずかしくって全然声をかけられなくなって。


そうして無視し続けてたら――自殺したって、知らされて。


そこでようやく、私ってなんて馬鹿なんだろうって気づいて。

でも…謝ろうにも、好きって伝えようにも、太郎はもう…死んでて…いなくって……!


「ぅぅ…うぁあ…」


かれこれ数日間、ずっとこうして泣きじゃくり続けている。

このまま泣いていても何もないってわかっているのに、これ以外の行動を起こせずにいる。


遺書の内容曰く、直接的な自殺の原因はいじめだったらしいけど…多分、私が高校入学からほぼずっと無視し続けていたのも原因の一つなんだと思う。

だって、それくらい冷たくしちゃったもん。


「…なんで私、太郎の事無視しちゃったりしたんだろ…」


高校では、私は所謂陽キャグループの一人だった。

髪は染めていないけど、化粧とかは純粋に趣味として楽しんでいたし、友達も皆明るい子ばっかりで、流行りものの話とかで馬鹿笑いしてた。

女子だけじゃなくって、男子とも仲良くしてた。

時々言い寄ってくる奴もいたけど、そのたびに太郎が好きだって言って断ってた。


…そう。太郎が好きだって事、他の人にはちゃんと言ってたんだ。

なのに、いざ太郎に声をかけられると、感情がぐちゃぐちゃになって、無視しちゃってた。


そんな事したって太郎は私の気持ちに気づいてくれるはずがないのに、ずっと。


「……会いたいよぉ…たろぉ…」


もう一度、もう一度だけで良いから会いたい。

再会したら、しっかりと今までの事を謝って、ちゃんと言うんだ。


――ずっと好きだったって。


※―――


「今更こんな事言ったって意味ないと思うけど、アタシ、アンタの事好きだったよ。――いじめられてるってわかった上で、アタシに声かけてくれて、仲良くしようって下心なしで言ってきてさ。しかもそれ、社交辞令とかじゃなくってマジで言ってたとか」


本来立ち入りを禁止されている、校舎の屋上。

夕日に照らされながら、隣に自分で置いた花瓶に喋りかけ続ける。


花瓶のある位置は、よくアイツが――アタシが好きだった、佐野太郎って男が飯を食うのに使ってた場所だ。


「…アンタがアタシの変わりにいじめられるようになってから、話しかけれなかったのはごめん。正直、すっごくかっこ悪かったと思う。アンタはいじめられてるとかいじめられてないとか気にせずに声をかけてくれたってのに、アタシはまた自分が標的にされたくないからって逃げた。…アンタを、裏切るような真似をした」


恥ずかしくない生き方をしろ。

おじいちゃんの言葉だ。アタシの一番好きな言葉。


だからこそこの言葉の通り生きようって心掛けてたのに……結局はこうして好きな奴が死ぬまで無視し続けて、自分だけがのうのうと学校生活を送ってた。

結局アイツがいなかったら独りぼっちなのに変わりないってのに、いじめられるよりマシだなんて考えて、アイツを見捨てた。


そんなの、恥ずかしくない生き方な訳が無い。

ダサくて、かっこ悪くて、くだらない生き方だ。


「…アンタに声をかけてもらってあれだけ救われたってのに、同じ事をしてやることすらできないで……ほんと、どうしようも無い奴だよね。アタシって」


三角座りのまま、視線を動かすことなく呟く。

こんな事をいくら言い続けたって、自分が自分を許せないことに変わりはないのに、どうしても言葉が溢れて止まらない。


「…もう何回も言ったけど、やっぱり好きだったよ。アンタの事。アタシなんかに好かれたって微塵も嬉しくないかもしれないけど、それでも私はアンタが好きだった。――できれば、アンタと付き合って…恋人同士として、高校生活を送ってみたかった」


ふと、雨粒が頬を流れた。

先程まで降っていたのが、再び降り始めようとしているのだろうか。

そろそろ完全下校時刻になるし、ここにはこれ以上長く居られない。


名残惜しさを感じつつ立ち上がり、ふと足元を見ると、水たまりに映る自分の姿が見えた。


そこで、ようやく気づいた。

いや、気づかされた。


「…なんだ。雨なんて、降って無かったんじゃん」


水たまりの中の、目元の赤く腫れたアタシが、辛そうに笑っていた。

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