第14話 ヘステレスを巡ろう
「色々あったけど、ここが商店街か。なんだか…明るい雰囲気だな」
人の喧騒が聞える。
比較的静かな空間であったルーデンス邸敷地内に比べ、ここは耳の休まらない騒がしさだ。
歩いている人も、物を売っている人も、立ち止まって何かをしている人も、皆口を閉じる様子がない。
なぜだか、前世の都会を想起させた。
…そう言えば、俺が前世に住んでいた場所は政令指定都市だったな。
家の位置自体は住宅街だから閑散としていたが、少しにぎわっている場所に行けば別世界かと思うくらいのうるささだった。
昔はそんな騒がしさは嫌いでしかなかったが、この町の騒がしさはなぜだか嫌いになれなかった。
「ありがとうございます…ここは私の故郷でもありますので」
「えっ、そうなの?」
「はい。幼少期はよくここを訪れました……よろしければ、道案内でも」
「おぉ、お願いするよ!現地の人の案内で旅をするってのに憧れてたんだ!」
以下、元現地民の案内で自分の父親の所有地を巡る七歳の姿。
「なぁシェスカ、この串に刺さっている肉は何の肉なんだ?」
「これは、
「へぇ、食べたことあるの?」
「…お恥ずかしながら、私は昔それほど裕福ではなかったので…こうして店で何かを買う、というのをあまり経験しておらず…」
「じゃあ一緒に食べようぜ。――おじさん、二本!」
「鉄貨二枚ね。……えっこれって…ぎ、銀貨!?」
「このトーテムポールみたいな物は一体?」
「とーてむぽうる、ですか?」
「あっ、あーいや。この不思議な形をしたのは一体なんだろうなぁーと」
「これは、聖地リステード発祥のお守りですよ。積まれた頭はそれぞれ疫病や死等を睨みつけ、持ち主を救ってくれるという話です」
「へぇ…聖地リステードって、ここから結構離れてるはずだけど」
「それでも、複数の宗教の総本山になっていますので。こうして御利益のありそうな聖地で作られた物を欲する人が、この町にも多くいるのですよ」
「このテントは?」
「あれは…見世物小屋ですね。一つの体に二つの首が生えた人間や、目玉が一つしかない人間…後、大量の水を飲んで、ソレを口から放出することができる人とかが居ましたね。見てみますか?」
「…あぁ、いや。やめとくよ」
――という風に、俺とシェスカは商店街を楽しみながら歩いていた。
その道中に、俺が貰った銀貨三枚はこの町ではかなりの大金だという事も知った。
何気のこの国の貨幣制度を知らなかったのだが、どうやら下から『石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、王金貨』となっているらしく、基本的に平民の買い物では石貨か鉄貨しか使わないらしい。
銅貨がちょっと豪華な買い物で使われるとの事らしく、銀貨なんかは金持ちの使う物なのだとか。
だから串焼きの店のおじさんがあんなに驚いていたのか。
イメージ的には、百何円の買い物で札束をどさっとおいてくるような客だったのだろう。
釣銭を出すのに随分時間をかけてもらったし、迷惑をかけたかもしれない。
ってか商店街で消費する金額に対して持っている額が大きすぎる。
まだ銀貨一枚分も消費できてないんだけど。
「…あれ?まだこっちに道が続いてる?」
「あっ、アレイスター様!そちらは…」
「―――なるほど、奴隷売り場か」
シェスカの静止を聞く前に、俺は路地裏じみた場所へと足を踏み入れてしまっていた。
入口から中を覗けなかったのでわからなかったが、どうやらここは奴隷が売られている場らしい。
奥の方に見える煌びやかな建物では、オークションでも行われているのだろうか。
一応奴隷以外にも怪しげな商品が並んでいる店は多数あるが、俺の意識は奴隷売り場へと向いていた。
中世ヨーロッパ風の町に、奴隷!これぞ異世界ファンタジー!
あ、でも奴隷売り場で喜色満面だとシェスカに軽蔑されそうだし、表情は硬いままにしておこうか。
…つーか嫌悪感とかそう言った感情が微塵も湧いてこないのって異常なのでは?
「…あ、アレイスター様。ここにいるより…」
「せっかくだし見て回るさ。――それに、子供だからって言って町の明るい部分ばかり見るのは良くないだろ?臭いものに蓋をするだけじゃ解決にならないんだからな」
別に俺はこの制度を廃止した方が良いとは思っても居ないし、解決するつもりもないんだけどさ。
シェスカを放って奥へ奥へと進む。
意外と明るいのは、マジックアイテムが大量に灯っているからだろう。
首輪をつけ鎖で繋がれ、ボロ布だけを身に纏っている小汚い人々。
全員が俯き、陰鬱な雰囲気を醸し出している。
時折耳が尖った人や、犬や猫のような耳をした人も見受けられ、異世界の奴隷売り場らしさを見事に演出していた。
エルフとか、本当にいるんだな。
なんだか感慨深い。
俺が成人を迎えたら、奴隷をたくさん買うのもいいかもしれない。
異世界で奴隷ハーレムはロマンだからな。
日本人の倫理観として正しいかどうかはおいておいて。
「……ん?」
流し見しながら歩いていると、ふと視界に変わった見た目の奴隷がいた。
服装が唯一ボロ布でなく、生きているのか死んでいるのか判別できないレベルで微動だにしていない。
気になったので、店の人に聞いてみることにした。
「あのー」
「おっ、いらっしゃい!誰か気に入った奴でもいましたかい?」
「そこの、修道服の…」
「あぁ…コイツはお勧めしませんぜ、旦那。目が見えなけりゃ家事の一つもできやしねぇ。夜の相手をさせようにも、抱かれそうになる度に主人を殺しちまう。無論何度も死刑にされてるんですが…何故か何をやっても死なねぇときた。仕方なくここで売ってはいますが…はっきり言って、価値にしたって銀貨一枚分あるか無いかで」
「よし、買いましょう」
「おっ、毎度あり……ってえぇええええ!?買うんですか旦那!?」
「あっ、アレイスター様?奴隷を欲した事はこの際置いておくとして、なぜよりにもよってそんな危険な女を?」
二人とも大仰な反応を返してくる。
まぁ、普通は買わねぇよなこんな事聞いたら。
でもさ?
そんな殺されるかもしれないってリスクがあったとしても、こんなエロい体した可愛いシスターさんが手持ち金で買えるってなったら、買うしか無いじゃん。
脳内をグラフ化したら、六割を性欲が占めるんだろうなって自覚ある人だからな俺。
そもそも『
肝心なシスターの見た目だが、背中の途中くらいまで伸びた銀髪の髪と、修道服越しに見てもわかるくらい大きな、存在感のあるおっぱい。
目元がヘアバンドのような物で隠されているために脳内で良いものへと補完され、美しさがより際立って感じられる。
座っているからよくわからないが、背は高い方だと思われる。
「理由はともかく、店主さん」
「へ、へい。なんでしょう?」
「銀貨二枚でいいですか?釣りは取っておいて構わないので」
「う、うちは確かに金さえ貰えればなんでも売りますけど…」
「じゃあ商談成立ですね」
「え、えぇ…」
凄く困った顔をしている店主を無視して、盲目のシスターに近づく。
見れば見るほど綺麗な顔立ちだ。
購入意欲が高まる…あ、もう購入終わったんだっけ。
「耳は聞こえるんだよな?」
「ぁ、はい…」
「じゃあ、名前は?」
「エリーセ…」
「エリーセか。俺はアレイスター・ルーデンスだ。これから宜しく」
肉体年齢的には俺の方が下なのだろうが、奴隷に敬語を使う主人はいないだろうと判断し、タメ口で話す。
ルーデンスと聞いて店主が大仰に驚く素振りを見せたが、エリーセの方は動じなかった。
知らないのか、どうでも良いと思っているのか。
それこそどうでも良いことか、と内心思った所で、彼女は俯きながら口を開いた。
か細く消え入りそうな声音だったが、それと同時にいつまでも聞いていたいと感じるような心地の良い声でもあった。
「…本当に、私を買うんですか?」
「あぁ。買う」
何故だか不安げに問いかけてきた彼女に、迷う素振りを見せずに答える。
すると、またまた消え入りそうな声が質問を投げかけてきた。
「…何故、ですか?」
「安かったから」
「……私、貴方を殺すかもしれないんですよ?」
「らしいな」
「っ…そ、それに、私…死なないんですよ?首を斬られても、毒を飲まされても、焼かれても、溺れさせられても…何をされたって死なないんです。それに、この姿になってから老いることも無くなって」
「それで?」
「そ、それでって…」
ここでようやく動揺し始めた彼女に、これ以上無駄な問答をするつもりは無いと畳み掛ける。
「俺はな、死ぬ事への恐怖よりもお前みたいな可愛い子を近くに置いておきたいって気持ちの方が強いんだ。シェスカには凄く軽蔑されるだろうが、遅かれ早かれ奴隷は買ってた。勿論女のな。そんな矢先お前に出会って、しかもお父さんから小遣いとしてもらった金で全然手に入るような奴ときた。なら買って当然だろ」
死ぬことの恐怖だって、あの空間での修行中に何度も殺されたせいでほぼねぇし。
性欲だけが動力源なんですよ俺。
今はまだ無理だが、肉体に全ての力が戻ってくる頃にはやりたい盛り間違いなしだろう。
言い方は悪いが、未来の自分への投資のような物だ。
――でも冷静になったら、ヴァルミオンの事考えて自己嫌悪に陥るんだよな…きっと。
俺ってそういう奴だし。
なら最初からするなって話だけど、若い衝動を抑えきれないのもまた事実。
ヴァルミオンには本気で謝罪しよう。
一応ハーレムを作る許可は得てるけど。
「それに、死なないだか何だか言ってるけど、その方が都合良いだろ。今の俺、七歳だぞ?そういう事ができる年齢まで待つってなったら、不老不死でも無けりゃ残念な事になってるじゃねぇか」
「一体どこでそんな知識を…」
「父さんの書斎」
本当はそんな本があるなんて事知らないし興味も無いけど、シェスカ相手に誤魔化すためだ。許してくださいステラさん。
背後でシェスカが深く、深ーく溜息をついたのを聞かなかった振りをして、エリーセの手を握る。
「長くなったし、大事な事だけもう一回言うぞ。俺はお前が俺を殺そうとしようが、お前が死ななかろうが老いなかろうが気にしないしどうでもいい。最後のに至っては好都合だ。――これ以外に、何か俺がお前を買いたがらなくなりそうな事は?」
「ぁ、ありません…」
「そうか。なら今日からお前は俺の奴隷だ。しばらくはただ部屋に住まわせるだけだが、いつか…いつか必ず、お前を抱いてやる」
「――っ」
我ながら訳の分からない発言だと思う。
ただ、テンションがハイになってしまっているせいで歯止めが利かない。
どうせこの後鬱になると、部屋に籠って何てことを言ってしまったんだと後悔するんだろうに。
何とかならないのか俺のこういう所。
…そうだよ。俺が高校時代をほぼいじめられて過ごしたのも、いじめられっ子が予想以上に可愛い子だったからテンション上がって話しかけちゃって、その上これからも仲良くしようって話になってさらにテンションが上がっちゃったのが良くなかったんだよ。
今だってほら、いつかエッチしてやるからな(直訳)なんて言ったせいで、エリーセちゃん絶句しちゃってるじゃん。
あーあ、この子の俺へのイメージ最悪確定ですよ。
物のついでにシェスカからも侮蔑されてると思う。発言が女性の敵だもん今の。
なんで俺、よりにもよってシェスカのいるところで言っちゃったんだろ。
「……ぃ」
「ん?」
「はい…はいっ…!!ご主人様!」
「!?」
渾身の右ストレートを回避された直後にクロスカウンターで穿たれたかのような衝撃を受けた。
えっ、えっ?エリーセ、喜んでる?
なんで?泣いてるのはわかるにしてもなんで?
ご主人様って言われたって事は、俺の奴隷になることは承諾(そもそもコイツの自由意志は無いはずだが)したって事なんだろうけど……いや、俺の勘違いじゃ無かったら、その――え、エッチな事までオッケーなされたように聞こえるんですが?
恐怖心やらなにやらをねじ伏せてシェスカの方を見ると、彼女もまた困惑の表情をしていた。
何気に、今日はシェスカの色んな表情を見ることができたな。
ずーっと無表情だからさりげなく心配してたんだけど、仕事モードだっただけみたいだ。
…いやいやそれは今どうでもよく。
「だ、旦那。奴隷契約するんだったら、この紙に…」
「あっ、今書きますね、はい」
先程から店の奥に入っていた店主は、いつの間にやら羊皮紙を持って立っていた。
奴隷契約をするために必要な書類らしい。
直筆で名前を書いて、さらにこの紙に主と奴隷が血を垂らす事で契約が成立するのだとか。
正常に成功すれば、その契約書が灰も残さずに燃えるとのこと。
契約内容の細かい点の変更については、これから行うらしい。
何も変えなければただ主が死ぬまで絶対服従という内容のみなのだとか。
――一瞬で色々と思いついたので、取り合えずシェスカに席を外してもらって契約内容を決めるとしよう。
この内容の部分は、主の独断で決定していいとの事なので、俺の欲望をこれでもかと書き入れてやろうじゃないか。
「まずルーデンス家に関わりのある人間や俺の家族への攻撃の一切を禁ずる」
「
「重度の欲求不満状態にして、一か月の性的な行為の制限」
「――ほ、他には?」
「俺を殺してはならない」
「殺してはならないって…あの、それをやってもコイツは殺してきますよ?」
「良いんですって。秘策があるんで。――あ、
「は、はぁ…」
脂ぎった額を定期的に拭う恰幅の良い男と、それに対し真顔でとんでもない事を宣う七歳児の姿が、ここにあった。
もし俺が第三者で、尚且つこの状況を目撃してしまったなら、とても気味悪く感じるだろう。
当事者の俺でも、こんな七歳児がいてたまるかって思ってるくらいだしね。
店主さんもすっげぇ目が泳いじゃってるし。
こんな要求してくる人初めてなんじゃねぇかな。
「他の男に肌を触れられない。罰則は…触れた男に対する永続的絶対的な不感状態付与と、俺に少し触れられただけで絶頂するレベルの感度上昇で」
「…あの、お客さんって本当に七歳…なんです?」
「えぇ。七歳ですけど?――後俺が秘密にしろと言った内容は俺以外の誰にも明かさない事。またその情報に行きつくようなヒントになりうる発言行動も禁止して…」
「えっと、また感度上昇とかです?」
「いえ。眠らせるって事で」
「ね、眠らせる?」
「はい、ずっと眠るようにさせてください。そうすれば、死なない相手を疑似的に殺す事ができる」
あ、店主さんドン引きしてる。
そりゃそうだよな。七歳児の発想じゃねぇもん全部。
「で、これが最後なんですが…契約の中に、この一文を付け足してほしいんです」
「は、はぁ…それは一体?」
「『また、アレイスター・ルーデンスのみこの契約内容を自由に変更できる権利を有し、罰則の追加、制限の追加等を好きにできる。ただし、完全に自らの意志でない限り変更は不可能』…という文章を」
「……あの、もう一回聞きますけど」
「七歳です。父親の蔵書のせいで多少知識は豊富ですし年齢にそぐわない点がありますが、七歳です」
何か問題でも?という感情を込めて店主を見ると、何も言わずに目を逸らされた。
よし、文句の封殺は完了したな。
…ここまで俺が好き勝手言ってきてしまったが、肝心なエリーセの反応はどうだろうか。
さっきまではいい雰囲気になっていたが、これで振出しに戻ったなんてことになったら…
恐る恐る彼女の顔を覗き込んでみると……意外にも、嫌そうな顔はしていなかった。
それどころか、なんだか…にやけてる?
「ふふ、そんな…他の男性と触れるなと言う事は…私が不貞行為に及ぶ可能性があると危惧してくださっているのですね?」
「あ、うん。そりゃもう」
「ふふふ…なんだか、愛されている実感が強くって…嬉しいです」
「奴隷契約の内容で愛を感じられてもなぁ…」
殆どが俺の性癖というかなんというか……殺されたら感度云々なんか最たる例だぞ?
なんで殺しに来るのかわからないけど、殺された直後に復活して感度が上がって腰が砕けてる所を――ってのをイメージしただけだし。
「…はい。書き終わりましたよ。確認お願いしますね」
「お、どうも………あ、ここの絶対服従の所、異論反論はありという事にしておいてください」
「異論反論あり?それはその、大丈夫なんですか?」
「そっちの方が興奮――いえ。いくら奴隷とは言え、流石に全ての権利を奪ってしまうのは子供心には難しく…」
「なるほど……はい、訂正終わりましたよ」
「あ、そこ以外は全部確認済みなので大丈夫ですよ。お願いします」
互いに店に寄った最初の頃よりも他人行儀になってしまっているが、それは恐らく俺の契約内容変更時の発言のせいだろう。
…他の人に俺の性欲の事情とか説明できるわけでも無いし、色々誤解されたままにするしかないんだけどさ。
――ともかく俺は異世界転生を果たして七年目、まさかの七年目に、銀髪ロングの盲目シスターさん奴隷(おっぱいとお尻が大きい)を手に入れた。
転生してからまだ彼女…というか本妻に再会してすらいないのだが、この調子でこの先大丈夫なのだろうか。
ちょっぴり不安を感じてしまった俺である。
まぁ、どうせこの後家族と再会する前か後にはハーレムを作ってやるんだと決めてるんだ。
ペースが速くたって気にしない気にしない。
友達百人ならぬ、可愛かったりエロかったりする嫁百人作るんだ。
エリーセと手を握りつつ店を出て、凄く不機嫌そうなシェスカを視界に映しながら、俺は決意を新たにするのだった。
「アレイスター様。後でお話があります」
「――はい」
それはそれとして、説教は免れなかった。
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