第11話 剣を握ろう


一年が過ぎた。

俺もようやく四歳、剣を持っても許される年齢である。


つい先日迎えた誕生日にステラさんから剣を貰えた事だし、取り合えず庭に出て振るとしよう。

家の中で剣舞なんてしたら、在りし日のケン兄さんのように怒られるからな。


「あのさ、シェスカ。俺だってもう四歳だし、一人でも剣を振るえて当然――」

「私は、メイドですので」

「もうちょっと多くを語ってくれないかな…?」


やはり後方にはシェスカが控えている。

一周回って怖いよお姉さん。


…はぁ、仕方ない。

失敗したら恥ずかしいけど、取り合えず体に染みついている…というか覚えている限りの動きを再現しよう。


所謂ロングソードを握り、かつて体を切り刻まれながら身に着けた剣術を想起する。


木の葉が舞い落ちるかのように自然な動作を意識して、ただ持っていた状態から構えの状態へ移行。

数秒間静寂を保ち、呼吸を整える。


そして、まずは虚空を一閃。

前までなら、これで空間が綺麗に裂けたものだった。


しかし今は何も起こらない。

そして、それを気にして動きを止めるような真似もしない。


剣を振るった勢いを殺さずに、左足を軸に回転。

剣を持っていない方左腕で回転中に相手に肘鉄を喰らわせるイメージで振り抜き、次第に速度を緩めていく。


三半規管は、まだまだ健在だ。


ィッ!」


斬り上げ、振り下ろし、突き、回し蹴り、踵落とし、薙ぎ払い、掌底。


気の力を使わずに、取り合えず一連の流れをできる限り素早く行ってみた。

家に籠っている間も筋トレを続けたのが功を奏したのか、あの時には及ばない物の、四歳児にしては脅威の運動性能を発揮できた。


後は…全体的に小さいから、ロングソードの重みに振り回されて、回転とかが前よりも加速しているのもあるな。


「………お見事、です…アレイスター様」

「ありがとう。でも全然だ。確かに現時点なら良い方だけど、としては不完全にしか感じられん」

「ふ、不完全…でございますか?」

「あぁ」


四歳児が何を言ってるんだ、と呆気に取られているのだろうが、俺は自分が精神年齢化け物男だと自覚しているので抱く感想が違って当然だ。


それにさっきのはまだ『気』を使ってなかったし、魔力を纏っての強化もしてなかった。

つまりは軽い準備運動みたいなものだったのだ。


誰だって、本番前のストレッチを褒められても良い気はしないだろう?

それと同じだ。


「なぁシェスカ。戦いはできる方か?或いはそれなりに知識がある方か?」

「――えぇ。それなりには」

「そうか。なら至らない点があったら、忌憚なく言ってくれ。子供だから、貴族だからと気にする必要はない。遠慮のない言葉が俺の求める物だからな……じゃ、行くぞ」


シェスカに『気』がわかるかどうか確認し、望んでいた返事をもらったので早速『気』を放つ。


『気』だけは生まれつきあの空間で得た分を持ち込めていたので、これに関しては「ま、まだ全力が使えるわけじゃなかったから」とか言い訳ができない。


…まぁ、魔力とか持ち込めていないやつも言い訳する気は微塵も無いのだが。


「なっ…!?」

「……ッ!!」


剣を頭上へ投げ、拳と蹴りを目の前の空間に行う。

攻撃をより破壊力のあるものにするために、全身をただ『気』と魔力で覆うのではなく、攻撃のタイミングでその部位の量を一時的に増す事に注力。


一応あの空間では意識せずともできるくらいに熟練していたが、生まれ変わった結果肉体に染みついていた物がリセットされてしまっているかもしれないからな。

慢心せず、堅実に行こう。


ある程度拳が空を切った所で、ちょうどいい位置へ剣が落ちてきた。


それを着地前に柄を掴んで止め、体術に剣術も織り交ぜていく。


斬撃、ジャブ、刺突、蹴り、ストレート、兜割り、フック、ジャブ、ジャブ、回し蹴り…と、隙の生じぬように攻撃から攻撃へと派生させていく。


――っ、そろそろ体が追い付かなくなってきたか。


「…、ふうぅ……これで、今日は終わりにしとくかな」

「……」

「えっと、シェスカ?批評は…」

「――あっ、えっと…その、素晴らしかった、と思います…」


心ここにあらず、と言った様子のシェスカに違和感を覚える。

可笑しいな。コイツは何があっても動じないタイプだと思っていたんだが…あ、もしかして剣を放り投げた事を気にしているのか?


確かにシェスカからしたら、子供が刃物を投げて、ソレをキャッチしたようにしか見えないからな。

そりゃ茫然自失もするか。


「本当は欠点とかを挙げて欲しかったんだけど…まぁ、慣れてもらうまでは仕方ないか。――一度風呂に入るよ。ご飯まで、まだまだ時間はあるだろう?」

「…え、えぇ…そうですね」


なんだか歯切れの悪い様子のシェスカに、敢えて理由を追求することは無く。

額を流れる汗を手の甲で拭って、剣を鞘にしまいつつ場を離れる。


日も沈んできた頃だ。

長風呂派の俺が食事前の風呂に入るのには丁度いい時間だろう。


…にしても、明日の筋肉痛は酷いことになりそうだなぁ…


※―――


剣を振るうようになって早二か月。

時間の流れの速さを、あの空間に居た時よりもずっと身近に感じる。


なぜだろうなぁ、と思ったら、景色が原因だった。


そりゃそうだ。

いつまで経っても、どこまで行っても同じ空間しかないあの場所と、時間経過によって景色の変わるこの場所なら、時間の流れを感じやすいのはどう考えたってこちらの方だろう。


未だに家の敷地から出る許可の下りていない俺は、今日もシェスカという観客の前で朝から夕方まで只管剣を振っている。


――いや、観客の部分は少し訂正が必要だ。

だって、シェスカから。


「……ふぅ」

「すごいじゃないかアレイ!お父さん感激しちゃったよ!」

「…えぇ。凄いわね…誰にも教わってないだろうし…生まれ持った才能って事かしら?」

「ねっ?凄いでしょ、アレイの剣術!剣を貰った次の日からこんな感じだったんだ!」


何故か俺よりも誇らしげに語るファルブ兄さんと、その隣で感嘆の声を出すステラさんとマルティナさん。

ステラさんは掛け値なしの賞賛って感じだけど、マルティナさんはちょっと気味悪そうにしてるな。


そりゃまぁ、授乳の度に卑猥な舐め方されてた当事者だしな。

一般的な子供ならあり得ないような姿を見せすぎると、色々と疑われるか。


さて、なぜケイ兄さんとルフェイ姉さんを除く家族ほぼ全員が揃ってしまっているのか。

事の発端は、数日前に遡る。


※―――


いつも通り食卓を囲いながら、時折談笑しつつ食事を行っていた俺達。

一度ある話題が終了した後、突然ファルブ兄さんが爆弾を落としたのだ。


「そういえばさ、アレイ。お前が剣使ってる所みたけど…すごかったな!」

「ありがとう…って、えっ?見てたの?」

「うん。廊下の窓から見えたけど、本当にすごかったなー!まだ剣を持って一か月ちょっとしか経ってないのに」

「――ふぁ、ファルブ。お前今『凄い』って言ったのか?アレイの事を?」


ファルブの言葉が信じられない、という様子でステラさんが身を乗り出した。

よく見れば、マルティナさんもケイ兄さんも驚いている様子だった。

ルフェイ姉さんだけが唯一、よくわからないという風にあちらこちらに視線を動かしているが。


…そう言えば、ファルブ兄さんはバンデルセン王国の中でも『六神童の一人』と話題になっている…と、前にステラさんとマルティナさんが嬉しそうに話していたのを聞いた気がする。


恐らく六人の優秀な子供の内の一人として選ばれたファルブが、俺みたいな社交界に顔を出してすらいない小童を称賛したのが信じられなかったのだろう。


それに、ファルブ兄さんって前々から思ってたけど、俺とステラさんとマルティナさん以外を全員下に見てるみたいな感じの所あったし。

笑顔の時の目なんてそうだよな。

二人はともかく、なんで俺にも優しいのかよくわからんけど。


「そうだよ。気になるなら、今度見てみたらどうかな?きっとびっくりするよ!」

「見てみる、か…アレイは良いのか?見られるのは恥ずかしいとか」

「んー…まだ発展途上もいいとこだし、確かに見られるのは恥ずかしいけど…問題は無いよ」

「そっか…なら、今やってる仕事がひと段落ついたら見せてもらおうか!」


※―――


以上、回想終了。


因みにケイ兄さんは魔法のレッスンがあるため来れず、ルフェイ姉さんは長い間外に出られないという事で断念した。


「…というか、もう完成しきっている気がするぞ?何が気に入らないんだ?」

「圧倒的な力不足」


タメ口で本心を曝け出すときは日本語を話す。

通じない言語なら何を言っても大丈夫という慢心故の行動なのだが、これがまた意外と使えるのだ。


あの空間で長い間過ごしてたせいで、思った事が口から出やすくなったっていうのは前に話した通り。

で、癖ってのは中々直そうとしても直らない物じゃん?

だから、逆に気にせずにそのまま発することにしたんだよ。

結局俺って日本人だから、自然と口から出てくるのは日本語な訳で。


「やっぱり、アレイは時々不思議な言葉を使うなぁ。賢者と愚者は何とやら、って奴かな?」


ちゃんとした言語なんですぜ、お兄様。


言わなくてもわかるだろうが、賢者と愚者云々はこの世界のことわざで、所謂「天才とバカは紙一重」という奴だ。

他にも、こちらの世界風に置き換えられていることわざが多数あるので、今度まとめてみてもいいかもしれない。


「……でも、これ以上を望むとなれば…専門の、それこそ凄い先生を呼ぶしかないだろうな。誰かいたっけか」

「シェスカなら何か知っているんじゃない?ほら、あの子…元々、王直属護衛騎士ロイヤル・ナイトのメンバーだし。そっち方面には顔が利くと思うけど」

「――申し訳ございません奥様。アレイスター様に適切な指導ができるような者とは、生憎知り合えておりませんので…」


申し訳なさそうに頭を下げるシェスカに、マルティナさんは気にしないで、と言って手を振った。


というか、俺に必要なのは指導というよりも筋トレだと思う。

ステータスが戻ってくる前の戦闘で使えるし、戻って来た時のための土台作りにもなる。


――そしてシェスカさん、王直属護衛兵ロイヤル・ナイトって何?

そんな物々しい名前の組織に所属してた人なの?


「そんなに凄いのかアレイは……魔法の事なら、ある程度はわかるんだが…剣となるとどうもな」

「と、父さんは魔法使いなの?」

「父さんも母さんも魔法使いさ。というよりも、貴族は剣ではなく魔法を嗜む物だからね。戦場で武勲を挙げて貴族になった家の子は別だが」


唐突に新情報を出してくるのやめて。

え、何?四歳になる度に剣を渡してくるもんだから、てっきり貴族は剣も魔法も嗜むもんだと思ってたんだけど?

実際は魔法オンリーなんですの?



困惑する俺を他所に、ステラさんとマルティナさん、そしてシェスカは俺の指導者を誰にするかと盛り上がってしまった。

いや、真剣に考えてくれてるのはわかるんだけどさ。

俺は正直、あの空間で嫌って程剣術を学んだわけだから、俺よりも強い人以外には指導を受けない気でいるのよ。


調子に乗っているというか、自尊心を守るために仕方なくね?

こうして自分はできる子だって思わなきゃ、あんな長い時間をほぼ一人で過ごした意味を見失ってしまうのですよ私。


――ってのを伝えるわけにもいかないのでなぁ…困ったな。


「な、アレイ」

「えっと、どうしたの兄さん」

「俺と戦ってみないか?」

「た、戦う?」


何を言っているんだろうかこの兄は。

別に正気を失った様子でもなければ、自信満々という様子でもない。

負けを前提として挑もうとしている顔だ。

かなり昔の俺がよくしていた顔。


でも、あんな四歳児とは思えない剣技を見せてもなお戦いたいなんて言うとは…面白いじゃないか。

来る者は拒まず。油断慢心はせず、正々堂々と戦おう。


幸い、先程までの剣舞で体力は良い感じに消耗されていて、うっかり殺してしまうような真似はしないはずだ。

そもそもそんな攻撃力は現時点では持っていないんだけども。


「ふぁ、ファルブ!?お前、何を言って…」

「勿論ただの剣術勝負とは言わない。俺は魔法を使うし、お前は拳も蹴りも使っていい。――決闘、に近いかな?」

「…いいよ兄さん。あんまりこういう言葉は使いたくないけど、ねじ伏せる」

「はっ、上等だね」


ファルブ兄さんを刺すようなイメージで『気』を放ちながら告げるが、兄さんは平常を保っている様子だった。


軽い殺気レベルではあった物の、まさか正面から耐えられるとは思っていなかったので少し驚く。

そしてその次には、楽しい戦いになりそうだと口元を歪めた。


「…父さん、合図よろしく」

「あ、あぁ……では、はじめッ!」


ファルブ兄さんに頼まれて直ぐ、ステラさんは右手を上げ、振り下ろした。


開始の合図と同時に俺は駆け出し、兄さんは左手を前に突き出して魔法陣を展開した。

色は青色、陣に書かれた文字から察するに…『水・氷属性』か。


「『氷球アイス・ボール』!」

「初級攻撃魔法か…なら、こっちが魔法を使うまでもねぇな」


日本語で呟きながら、右手に持った剣に魔力を流し込み、氷の球体を斬り捨てる。

そのまま直進し、兄さんに肉薄。

まずは左手で、軽い一撃を。


「『三重防御障壁プロテクト・サード』、『氷の息吹フリーズ・ブレス』!」

「二属性使えるのかよ!?」


腹部を殴ろうとするも、『光・守護属性中級防御魔法』に防がれる。

厳密にはその障壁は砕いたものの、そのせいで威力を殺がれた。


それだけでなく、兄さんは『水・氷属性中級攻撃魔法』である『氷の息吹フリーズ・ブレス』を放ってきた。

ゼロ距離だと、流石に回避するすべは現状無い。


本当の俺ならこの状況から一瞬で離脱することも…そもそもこの程度の防御で攻撃力を殺がれるような事も無いんだけどな、とちょっと負け惜しみしてみたり。


「…ま、『気』は本調子だからこの程度じゃダメージ無いんだけどね」

「俺の現状最高火力なんだけどな…」


力無く呟くファルブ兄さんにこちらもこちらで嫌な感情を持ってしまう。


なんでこの人二属性持ってて且つ、この歳で既に中級まで使えるようになってるのよ。

俺なんて、中級に至るのに何千年費やしたと思ってんの?


「ほら、呆けてる場合じゃないでしょ?」

「おっと…!はは、剣術も魔法も、同年代の人相手だったら今まで負けなしだったんだけどな!」

「まだ剣術はわからんでしょ、兄さん!」


敢えて兄さんの剣を狙って攻撃する。

実の所彼は隙がかなり目立つような戦い方をしている為、すぐにでも戦闘不能に持っていくことくらいは可能なのだが、せっかく戦おうと言ってきてくれたのだ。

こちらの戦い方を見て、色々学んでもらいたい。


俺もできれば何か学べるかな、と思ってたけど…これを見る分には、何もなさそうだしな。


「ぐっ!?うぉぁ!」

「無駄な所に力を込めすぎだよ兄さん。呼吸も乱れてる」


昔俺が言われた通りの事だ。

武器に慣れない内は、大多数が呼吸とか力の込めるタイミングとか場所とかを疎かにしがちだ、と師範の一人が言っていた。


実際、意識して直すようにしてみたらそれだけで見違えたからな。

強くなるには、基本や基礎を重んじる必要がある。


「相手の剣ばっかり見ないで、全体を見るように心掛ける必要もあるね。そうじゃないと相手の次の行動が読めないから、駆け引きに持っていくことすらできない。それじゃただ蹂躙されるだけになる」


大分息が上がってきている様子の兄さんに、まだまだ追撃する。


なんでも兄さんは今まで才能があると持て囃されてきたそうで、随分と調子に乗っていたらしいのだ。

丁度いい機会だし、俺みたいな才能面弱者にそのプライドを叩きのめされてもらいたい。

歳をとってから挫折を経験するよりも、早いうちに自分の限界について知った方が良いからな。


…そこ、嫉妬心からの行動とか言わない。


――結局この後は俺が一方的に兄さんをボコボコにして、ステラさんからの静止があって終了した。


我ながらクソ野郎だと思うけど、すっごく気分良かったです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る