第10話 得た情報を出そう


舌で転がすようにして、時折強く吸う。

小刻みに体が震え、吐息を漏らす母に胸の奥から熱い物が込み上げてくるのを感じつつ、口の中に注ぎ込まれる液体を味わう。


赤ちゃん最高だな。

ずっとこのままでもいい気がする。――いや、やっぱりいいや。前世の家族に再会する方が、別ベクトルではあるけど喜びが多い。


「…はぁっ、はぁ……美味しかった?」

「あうー」


それはもう、とってもね。

…だけど最近、普通の食事も摂りたくなってきた。

もしや離乳の時が近づいているのではなかろうか。


それは嫌だ。

なんのために俺がわざと家族の前で言葉を発さないようにしていると思っているんだ。

まだまだこの人の乳を味わいたいぞ俺は。


このおぞましい年数溜め続けられたリビドーがこの程度で抑えられると思うてか。

向こうから「そろそろ普通のご飯を食べよっか」と言われるまで俺は授乳され続けてやるからな。


「――アレイもそろそろ、普通のごはんにした方がいいかしらね?」

「フラグ回収早すぎるやろ」

「えっ?今、何か喋った…?ぱ、パパー!!」


あまりの衝撃に、ついうっかり日本語でツッコミを入れてしまったが運の尽き。

母は急いで服を着直し、部屋を出て父を呼びに行ってしまった。


あー、ここで黙ってたら後もう数日くらいは粘れたかもしれねぇのになー!

俺ってホント馬鹿!


軽い自己嫌悪に陥りつつ、誰も居なくなった部屋の中で頭を抱えて嘆いた。

…因みに、この後からは普通に会話をするようになり、何度も父さんと母さんの名前を呼ぶようにせがまれた。


少々意地悪したくなったので、執事長を担当している老紳士、モロックの名前を真っ先に呼んでやった。

…実際、モロックに一番甘やかしてもらったからなぁ…身振り手振りでの我儘に、まさか全て的確に対応されるとは思わなかった。


※―――


アレイスター・ルーデンスとしての俺は三歳を迎えた。

ここにきて、色々とわかったことがあるので開示していこうと思う。


まず初めに、父は貴族は貴族でも辺境に少々の領地を持つだけの貴族だという事だ。

俺の住む国の名前はバンデルセン王国と言うらしく、父の領地はその中の東の端…隣国の領土スレスレの場所に少しあるという。

ルーデンス領と呼ばれるこの地は、周囲に山が多い事から果物等の栽培が盛んらしく、鉱山も数個発見されているため、そこそこ経済は潤っているようだ。


ただ王国から一番離れた場所にある物だから、何か異常事態が発生した場合(隣国が攻めてくるなど)の騎士団(所謂軍隊。有事の際は最前線で戦う)の到着がかなり遅い等の問題が多く目立つ。

万が一何かあった場合は、俺が守らなくてはという使命感を抱いてしまうくらいだ。


そして二つ目。父と母の名前だ。

父はステラ・ルーデンスで、母はマルティナ・ルーデンスというらしく、どちらも生まれながらにして貴族なのだとか。

なのでこれからは、内心ではステラさんとマルティナさんと呼ばせてもらおう。

肉体にとっては二人が親であるし、彼らからしても俺は息子なのだろうが…それでもやはり、前世の家族に会える可能性があるなら、前の家族の方を家族と呼びたい。


そして三つ目。年齢や学校等の話だ。

まず、この世界の子供は15歳から自立できるようになるらしい。

一応成人は18歳らしいが、貧しい平民なんかは殆ど15で子供を独り立ちさせるのだとか。


貴族の場合は、家を出て平民と同じ仕事をするか、貴族社会に参加するか…学校に通い、学と武を身に着けるかの選択肢が用意されている。

まぁ大抵の子供が学校に通うらしいし、俺も学校に通うつもりでいる。


俺が通う事になる学校の名前は『王立バンデルセン学園』と言い、この国唯一の教育機関だ。

基本三年間をここで過ごすが、最大で六年間在籍することが可能なのだとか。


取り合えず俺は三年間だけ通って、その後にヴァルミオン探しを行おうと思っている。

――アイツ、結局まだ見つかってないんだよな。家から出てないのが悪いんだろうけど。


四つ目。家族構成。

父、母、兄二人は既にわかっていたが、なんと姉も一人いたのだ。

名前をルフェイ・モラゲン。常に家にある巨大な書斎(もはや図書館レベル)に籠って読書しているが、時々食事をしに姿を現す事がある。

まだケイ兄さん長男が生まれる前に、森の中に捨てられていたのを拾って育てたらしく、俺達にとっては義理の姉にあたる。


因みにケイ兄さんと歳は同じくらいらしく、俺とは四歳しか離れていない。


…俺とケイ兄さんが四歳しか離れていないという事はつまり、あの俺の真横に剣が刺さった事件の時のケイ兄さんは四歳だったのだ。

そんな幼少期から殺傷能力のある武器を持たせるなよって話だよな。


…まぁ、ファルブ兄さんも一昨年受け取ってたし、俺も早く欲しいんだけどさ。

拳が使えるようになるまでは剣で戦う他ないし。


そして最後。

貰えるという話になっていた、異能タレントについてだ。


端的に言うと、超大当たりだ。

俺のためにあると言っても過言ではない異能。

俺以外の人では、活かしきることができない異能。


名を、『時を換金タイム・トゥ・マネー』。

今まで過ごした時間を金…別の物に変換することができる。

この時間というのは転生してからではなく、前世からがカウントに入っているようだ。


つまり、あの空間で過ごしてきた時間も扱えるという事である。


交換するものによって消費する単位は違うが、多少桁が増えても減っても関係ない。

神様曰く不可説不可説転とかいう単位を遥かに超えた時間を過ごしたんだからな。


そんなに長い時間が必要か?と思う人も多いだろうが、俺くらい凡人になると、天才たちでも容易に及べないような領域にたどり着くまでにそれくらいを要してしまうのだとわかってもらいたい。


とにかく、本来なら使用用途のない残念な能力であるのが、俺の才能の無さゆえに超強いスキルへ変貌を遂げたという事を認識してもらえればいい。

使用例なんかは、どうせこの先使う事になるだろうし要らないだろう。


「アレイスター様。そろそろ、お食事の時間でございます」

「もうか。ありがとうシェスカ。すぐ向かうよ」


日記…というよりこの世界についてわかった事を逐一記録している手帳を閉じ、席を立って伸びをする。

背骨が乾いた音を立てているのを聞いて、この肉体年齢でこんな音を鳴らして良い物なのかと渋い顔をしてしまう。


シェスカはどうせ扉の向こうでまだ立っているだろうし、さっさと向かってやらねば。


――シェスカは、俺の専属のメイドだ。

正直モロックの方が親しみやすくて好ましかったのだが、残念ながらステラさん専属だった。


まぁ、メイド喫茶にいるような改造されたメイド服じゃなくって、本当のメイドって感じの服を着た美人ってのは全然嬉しいんだけどね。

顔立ちも整ってるし、腰辺りまで伸ばされている綺麗な亜麻色の髪には自然と唾を呑んでしまいそうになる。

スタイルだっていいし、声も透き通るようで綺麗だ。


…だけど、すっげぇ近寄りがたいんだよね。

如何せん俺が自分の下心とか性欲とかに正直だって自覚があるもんだから、警戒されてるとか軽蔑されてるとか考えすぎちゃって話しかけられないのよ。


「……なぁ、シェスカ。いつも言っているが、態々案内してもらわなくても自宅じゃ迷わな」

「いえ。私はアレイスター様のメイドですので。共に行動してこそ、でございます」


命令したらこの人は自由行動になるのだろうか、と一瞬脳裏にそんな考えがチラつくが、生美人メイドを近くで眺められるというこの状況を自ら失うのもアレだな、と何も言わない事にした。


無視しても勝手に後ろについてくるし、俺が頭を悩ませるような事も無いでしょ。


ただボロは出せねぇなぁ…と一抹の面倒くささを感じつつ、食卓へと向かう。

こうしてシェスカが呼びに来る頃には大体ルフェイ姉を除いた全員が揃っているので、できるだけ早く歩くように心掛けている。


「いやぁ、ごめん皆。いっつも遅くってさ」

「ははは、誰も気にしちゃいないぞアレイ。寧ろ、食事を前に待つ方が食欲を増やせて良いからな!」


豪胆に笑い、俺の謝罪を受け流した人こそがステラ・ルーデンス。

筋骨隆々な、見た目だけなら鍛冶屋と勘違いしてしまいそうになる男だ。

その癖結構繊細な性質タチをしており、言われた事を長い事引きずってしまうタイプでもある。


「それに悪いのはお前ではなくシェスカの方だろう?本来なら全員が同じ時間に揃うように呼ぶべきなのに、なぜいつもいつも…」

「まぁまぁ、ケイ兄さんは気にしすぎなんだって」


傲慢の擬人化。

第一印象で真っ先にこう考えてしまう人が大多数だろう黒髪の少年を、今度は軽薄の擬人化みたいな茶髪の少年が諫める。

笑ってはいるが、その瞳は全然笑っていない。何を考えているのか、正直よくわからない。


「ほら、取り合えず座れよアレイ!お前の好きな肉料理が多いんだからさ!」


明るい調子のまま、自分の隣に座るように促してくる。

実際俺の席はそこだしなんの文句も無いのだが、やっぱりなんだか不気味だ。


何より、俺に対して笑ってる時だけちゃんと笑みなのが不思議極まりない。

俺、何かしたっけ。


「じゃあ、大母テルミア様にお祈りをしてから食べましょうね」

「はーい」


マルティナさんは微笑を浮かべた後、左手を右手で包み込むようにして祈りの構えを取った。

それにならうように、ケイ兄さんとファルブ兄さん、ステラさんも祈り始めた。


無論俺もだ。

当に席にはついており、いつでも食べ始められる状態だったからな。


大母テルミア様というのは、この世界の神話に記されている架空の神様だ。

いや、もしかしたらいるかもしれないが、少なくとも俺の知り合いの神様ではない。


そして食事前に祈っているのはどこの家庭でもすることのようで、俺達が特別敬虔深い一家だというわけでも無いらしい。

寧ろ神の存在をあまり重要視していない方なのだとか。


「じゃあ、食べましょうか」

「あ…もう、皆食べちゃってた…?」

「ルフェイ姉!」

「今日も来たか。最近よく来るようになってくれて、嬉しいぞ」

「う、うん……あ、アレイも、いるし」


音もなく扉を開けて入って来たのは、白い髪に赤い瞳をした、アルビノの少女。

ルフェイ姉だ。


普段から口を開かないせいで所々覚束ない喋りだが、それを聞き取ることを苦に思う人はこの場に居ない。


というか俺がいるからここにきてるってどゆこと?

もしかして俺の事好きとか?

…自意識過剰か。


「おはよ、ルフェイ姉。隣座ってよ」

「あ、ありがとう…」

「あらあら。微笑ましいわね~」

「あぁ。アレイと話すようになってから、ルフェイも変わったなぁ」

「か、変わったとか…そ、そんな、事…無いよ」

「いや。ルフェイ姉は、つい先日とは別人みたいだぞ。雰囲気とか、諸々が」


とても七歳とは思えないようなボキャブラリーだが、これがこの世界の貴族の子供の一般的なレベルのようだ。

俺は前世の記憶があるから良い物の、普通に生まれてそういう教育を受けるとなったらかなり苦労するだろうな。


しっかしルフェイ姉が変わった、か。

俺は元々のルフェイ姉をよく知らないからな…前に食事に来た時に軽く話をして、その後書斎でも話をしたくらいで。


「……ん。このシチュー美味しいね。誰が作ったの?」

「は、はい!私です!」

「えっと…アルマさんだっけ。この味付け、僕は好きだな」

「きょ、恐悦です!以後精進します!」


普通に美味しかったので、テーブルから少し離れた所で並んでいる料理人たちに声をかけ、誰が作ったのかと聞いてみた。

すると、一人の女性の人が、やたらと緊張した様子で前に出てきた。

褒めた後も、なぜか精進するだとか言ってきて、趣旨が変わっているような気がする。


…この人だけじゃなくって、ここにいる全員がこの反応をしてくるんだよな…

俺は前世と同じで、美味い飯を食わせてくれた人に感謝の意と好意を堂々と示しているだけなんだけど。

やっぱり雇い主と雇われた人という立場の差が問題なのかね。


ラーメン屋とかだったら、気さくに返事してくれるんだけどな。


「…ふぅ、御馳走様。俺、先に部屋に――」

「あっ…」


腹も埋まって来たし、出されていた分は全て食べ終わった為、部屋に戻ろうとしたのだが…ルフェイ姉が、なぜかすごく寂しそうな声を出してきた。

しかも、俺の袖の部分を人差し指と親指で軽く摘んできても居る。


あざと可愛いとはこういう物か。

しかも天然もの。


「えっと、どうしたの?」

「あ、あの……」

「ふふふ。ルフェイは多分、もっとアレイとお話したいんじゃないかしら?」

「俺と?所詮三歳児程度の話題しか提供できないけど…それで良かったら」

「ほ、ほんと!?」

「――三歳児程度の話題って、普通自分から言えるもんかな?」

「アレイは頭が良いからな。俺達と同じ尺度で考えても無駄だろう」


ヒソヒソと俺の発言にケチをつける兄二人を無視して、ルフェイ姉の手を握り席を立つ。

というか、なぜか勝手に握ってきた。


俺は家族だから良いけど、他の人にそういう事すると勘違いされるか嫌われるかするから気を付けようね姉さん。


――その際、やはりシェスカは後ろについてきた。

専属メイドだから、って言ってはいるけど、ステラさん専属のモロックは結構自由な時間多いみたいだし…気にせず休めばいいのにな。


俺みたいなガッツリ系ムッツリは嫌いなんだろうに。

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