第8話 異世界へ行こう


「…ここが転生の間?」

「久しぶりね!佐野ちゃん!」

「うぉっ、アムルーさん!?」


大量の椅子が円形に並んでいるで立ち尽くしていると、右側から知り合いの声が聞えてきた。


緑色のサラサラしたロングヘア―の…筋骨隆々の巨漢が。

彼女の名前はアムルー。

純愛を司る神様である。


ソプラノボイスとその所作だけなら女と判断できるが、いかんせん体つきが並大抵の男でもたどり着けないようなボディなものだから、男と勘違いされがちであるが、本当は女なのだとか。


確認したわけでも無いし、本人が女だと言っているならそれでいいだろうと思っているのであまり掘り下げはしない。


「私もいる」

「どぅ、ドゥーシャさんも?」


俺のすぐ後ろには、密着する様にして影を司る神様、ドゥーシャさんがいた。


この人は突然現れ、その都度俺の背後を取ってくるので心臓に悪い。

気配察知能力を限界まで活用したら、隠れていてもわかるんだが…普段からそんな神経すり減らすような真似、修業的な意味を持たないならやりたくない。


見た目はヴァルミオンよりもさらに小さい体に、明らかに体よりも長い亜麻色の髪が特徴的だ。

衣服はどこかの世界の学生服を改造したものなのだとか。


「あー、全員が挨拶してったらめんどーな事になるから、取り合えずここには佐野君の知り合いの神様全員集合してるって認識しといて」


空間に穴を作って出現してきたのは、水色の髪を三つ編みにし、右肩に乗せるようにしている少女――のような姿をした男。

明るい性格をしているという事が見て取れる輝いた瞳に、本人曰くチャームポイントらしい八重歯。


所謂男の娘に分類されるコイツは、コイツこそが――


「ランロー…!お前もここに?」

「そこの説明はしないって言ったよー。――ほらほら、家族に早く会いたいんだろ?なら、ここで時間を食ってる場合じゃないと思うなー」

「……じゃあ、一つだけ聞いていいか?」

「どーぞどーぞ?」

「ヴァルミオンは?」


この場にいないのか、ではなく、転生したらヴァルミオンとはどのようにして会えば良いのかという意味での質問だ。


アイツが何をしようとしていたのかを分かっていたようだし、ランローならそれも把握しているだろうと考えたのだ。

…これで知らないと言われたら、最初の目標がヴァルミオンとの再会になるな。


「あー、あの子ね。あの子ならだいじょーぶだよ、うん。――さ、話進めるよー」

「いやいや軽く流さないでもらえませんかねぇ!?」

「…まぁいいじゃねぇか佐野坊。ヴァルミオンは俺ら神でも手に負えねぇやべー奴だが、考え無しでも無けりゃ、気にいった…ましてや惚れた男をすぐ捨てるような女でもねぇよ」


少し離れた所から声をかけてきたのは、褐色の肌をした背の高い男だ。

見た目は明らかに日本人でないのに、随分流暢な日本語を喋る。


なんの神であるかも謎なこの人は、ティバーという名前らしい。


それ以外の情報は、この人がすっごく親しみやすい性格をしているという事くらいしか無い。

…最後まで謎のままなんだろうな、この人については。


「…まぁ、ティバさんがそう言うなら…」

「納得した様子なら、僕が仕切らせてもらうけど…異論あるいる?」


誰も手を挙げ無い。


というか気づいていなかったが、いつの間にやら大量に置かれていた椅子が、ほぼ満席になっていた。

全員が見知った顔だが…もしかして、俺の為に…?


それはそれとしてドゥーシャさん、暑いです。


「よし…それじゃあ、転生会議を行います。まず初めに、彼の第一要望である、別世界への転生について、許可の人は挙手を。そうでない場合はそのまま手を下げてお待ちください」


ランローの言葉を聞いて、ぞろぞろと全員が手を挙げてくれた。

満場一致で、俺の異世界行きを許可してくれているらしい。


――まだ異世界行きって確定してなかったんっすか。


「では次に、彼をどの身分で転生させるかですが…罪を司る神ラムソン、前へ」

「はい」


返事と共にランローの隣へ立ったのは、綺麗な黒髪をした女性の神だった。


この人だけは会った覚えがない。

この場にいるのは、俺と面識のある神様だけだと思っていたが、どうやら違うようだ。


「では、彼の罪についてを羅列させてもらいます。――一つ。性欲」

「えっ」

「彼は自室だけでなく、公共施設のトイレ等を利用して自慰を行った経歴があります。それだけではなく、同級生のスカートが時折ギリギリまで捲れ上がったタイミングで横目で見るなど、俗にむっつりと呼ばれるような行為を何度も行っていました」

「えっ」

「さらに、ヴァルミオンの真の姿を知ったあの時…彼女が自ら誘うような真似をしたとはいえ、本来性的興奮等湧くはずもないあの空間ですら発情状態に陥りました。これは罪…いえ、業と言えるでしょう」


い、いきなり性欲って、何言ってるんですかこの人!?

確かに強い自覚はあるけど!

ってか人のそういうプライベートな事を隅から隅まで知ってるんだよ!?


席についている神々は、全員が全員生暖かい目をこちらに向けてきている。

…つ、辛い。今ステータス情報確認したら、絶対精神崩壊(深刻)になってる。


「二つ目は、無自覚。これもまた死ぬ前からですが、彼は些か自分の持つ影響力に無知すぎる。自分の周囲に与えてきた影響を知らず、今もこうして不思議そうな顔をしている事――これは罪と言えるでしょう」


無自覚、ねぇ…どこが?

いや、こう聞いてるだけでもうアウトなんだろうけどさ。


わかってないって事に気づいてくれてるなら、教えてくれればいいじゃん。

今こうして普通にしててわからないって事は、言われるまではわからないぞこっちは。

改善を求めるなら、しっかり言葉にして伝えてくれねぇかな。


「そして三つ目。親不孝です」


――来たか。


あぁそうだ。俺は父さんと母さんを悲しませるような真似をした。

だからこそ、転生して、向こうの世界で何らかの功績を残して、父さんとも母さんともニックとも再会するんだ。


一度やった事は変わらないし、悲しませた事は無かった事にはできない。


だから、俺のできる限りの方法で、三人に償いたい。

…ニックが俺が死んだ事を知れたかも、悲しんでくれたかもわからないが。


「彼は、彼を愛していた家族がいたにも関わらず、それをわかっていた上で命を落としました。――それは、人の価値観で言えば非常によろしくない事です」


そうだ。

そんな事、俺が一番理解している。


だからこそ、自己満足でしかないかもしれないけど、また家族と再会するために力を振るおうと決めたのだ。


何を成せば良いのかわからないが、やれることは何でもやる。

そして、先に死んでしまった事について謝って、彼女を――ヴァルミオンを紹介するのだ。


「他多数の罪を含め、彼は合計百二十七の罪を重ねています。私からは以上です」

「では次に、慈悲を司る神キュメル、前へ」

「はい」


白装束に身を包んだ目を閉じている女性が、ラムソンと呼ばれた神様と入れ替わるようにしてランローの隣に立った。


これまた知らない神様だ。

さっきの神様が俺の罪を並べていたから、こっちが代わりに善行について語ってくれるのか?


でも、そんな大きな良いことをした覚えは…


「では、彼の善行を羅列させていただきます。―――一つ。彼は自己の利益にならないとわかっていつつも、他者のために行動できる人でした」


利益にならないとわかっていて…?

そもそも他人のために行動した覚えなんて無いんだけど。


確かに、迷子になって泣いている子供に、一緒に親を探してあげたりはしたけど。

それってこんな大々的に取り上げられるような事なのかね。


「彼の自殺の最大の理由にもなったいじめは、元は他の人がいじめられている所を彼が救ったのが始まりでした。彼は恐らくその事を良くわかっていたでしょうに、気にすることなく助けてのけたのです」

「――あっ」


神様の言葉で、ようやく思い出した。


そうだった。俺がいじめられていたのには、ちゃんとした理由があった。


元々…名前は忘れてたけど、結構可愛い女子が居て。

んで、その子がいじめられてるって話を近くの席の奴が話しているので聞いて、気になって声をかけてみたんだよな。

そしたら、その子が確か…なんだっけ、転校生?って話で。

うちの学校の空気感になじめず孤立していたら、いつの間にかいじめに発展していたとか。


んで話が終わって帰ろうってなった時に、あんまりにも泣きそうな顔しながら「今日はありがとう」なんて笑うもんだから、ついつい「明日も、また話せるか?」なーんて聞いちゃって。

それでオッケー貰って、これから仲良くしようって話でまとまって――


しばらく経って、俺とバカな話ばっかりするようになって笑う機会の増えたその子に違和感を感じた連中が、一体何があったのかを調べたら俺にたどり着いて。

んで、いじめの相手が色々あって俺に、と。


――いやぁ、すっかり忘れてたなー。

俺がいじめられるようになってから、その子も俺の事無視するようになっちゃったし。

幼馴染も一応同じ学校だったけど、男友達の方は連中と一緒になってからかってきて、女友達の方なんか高校入学した時からずっと冷たいまんまで辛かったし。


男の方は放課後とかに毎回謝ってきて、そのまま一緒に遊んだりしてたんだけどさ。

アイツ周りの空気に合わせるのを第一にするタイプだからなぁ…ボッチかついじめの対象になった俺と、今まで通り人前で仲良く接するわけにはいかなかったんだろうな。


損な性格してるよなぁ、アイツ。

元気してるかな?


「二つ。彼は過去に、車に轢かれそうになっていた子犬を助けています。彼自身が犬好きという理由は有れど、一つの命を救うために行動した点は評価すべきかと」


そんな事もあったな。


確か、高校入ってちょっと後くらい?だっけ。

いつもと違う道を通ろうと思ったら、首輪をつけた犬が道路の真ん中を走っているのを見かけたんだよな。


そしたら、前から明らかにスピード違反の車が突っ込んできたから、慌ててソイツを抱きかかえて逃げて――足を砕かれまして。


いやぁ、まさか左足だけが車輪に巻き込まれるなんて思わないじゃん普通。

しばらくの間ギブス生活だったぞコノヤロー。


結局飼い主にはちゃんと返せたし、怪我一つない無事な状態で今でも元気らしいし、そこは良かったな。

時々会いに行ってるけど、ニック程ではないが懐いてくれてるし。


いじめられっ子美少女とは大違いだな!

やっぱり人より犬ですよ!


「三つ。彼は、バスジャック犯から人々を守り、撃退した事があります。相手は銃…人の生み出した殺すためだけの武器を持っていたにもかかわらず、その危険を承知の上で行動しました。これを善行と言わずなんと言うのでしょうか」


俺としては結構蛮勇だった気がするけどな。

だって、中学生の時だぜ?

中二病がまだまだ全盛期で、自分には他の人にはないような凄い力が眠ってると勘違いしてた時だぜ?


乗ってたバスが目出し帽をかぶった三人の男に占拠されたりなんかしたら、授業中常に学校をテロリストが占拠した時の対処法を真剣に考えてるような俺が黙ってられるわけないじゃん。


その結果、今も複数の銃創が残るような結果になってしまったんだけども。


でもまぁ、それ以外はうまく収まって良かったと言える。

俺以外の怪我人は、あまりに調子に乗り過ぎた俺が頭蓋骨が砕けるまで後頭部を殴打し続けた犯人の男だけだったし。


過剰防衛かなーって冷静になってから戦々恐々としたけど、意外とおとがめなしで済んだ。

銃で撃たれていた、ってのがあったのかな。


「他にも募金活動や町内清掃等を自発的に行うような、今の世には稀有な人でした。彼は確かに完全な善人とは言えませんが、それでも善き行いを繰り返していたことは事実です。ぜひ、御一考の程を」


んー、改めて波乱万丈極まりない生涯を過ごしたな俺。

バスジャック犯相手にノリと勢いで大立ち回りを繰り広げたり、犬を庇って足を粉々にされたり、いじめられっ子と仲良くしたら結局俺一人がダメージを負う羽目になったり。


因みに募金云々は盲導犬募金か殺処分阻止の募金以外にしたこと無いし、町内清掃だって暇なときに散歩に行く公園があまりに汚かったから時々やってたってだけで、それほど褒められるような事は無い。


「――さて。ここまでまとめてもらった彼の過去の行いから、彼をどの身分にすべきかを採択してもらいましょう。――自由を持たぬ、奴隷階級にすべきだと判断する者は?」


ランローが再び仕切りだすと、一人が…ラムソンが手を挙げた。

なんというか、理由が大体わかってしまう。


しかし他の神様たちはまるで手を挙げない。

知り合いだからか、それともしっかりと俺の罪と善行を聞いて判断したのか。

どちらにせよ、奴隷スタートを免れたのはありがたい限りだ。


「次に、市民階級にすべきだと判断する者は?」


今度は、それなりの人数が手を挙げた。

…まぁ、善行と悪行のバランスが良いかと聞かれればそうでもないしな。


市民からでも、冒険者にでもなって名前を挙げて、活動していくうちに何かを達成できればそれでいいし。

奴隷みたいに自由が無いわけではないから、全然市民でも構わない。


「――では、貴族階級にすべきだと判断する者は?」


ここで、先ほど挙げなかった全員が手を挙げた。

ドゥーシャさんもアムルーさんも、ここで手を挙げている。


嬉しい限りだ。

俺を貴族階級だなんて高い位からスタートさせてくれようとしてくれるなんて、喜ばしいことこの上ない。

俺の過去の行いを知った上でその評価ってのは、俺の善行が認められたって事だからな!


「圧倒的多数が貴族階級を選んだ為、佐野太郎は貴族の家に転生するものとする」


拍手が響く。

それほど音が響かない空間だと思っていたが、意外とそうでもないらしい。

体育館の中で拍手をしたような感じの音の聞こえ方だ。


――さて、貴族に転生するのが確定、と。

でも転生してから一気に奴隷階級になることもある、って言ってたし…実際一人だけとは言え奴隷階級にすべきだと考えている神様がいたわけだから、そこは気を付けておいた方がよさそうだ。


没落前までに金をためるとか、没落しないように人々に優しくするとか。

善き領主一家を演じる必要があるな。


「…さて。我々が決定すべき事は全て決定した事だし……佐野君。事前にある程度の情報は得ているだろう?それ以上の内容は、後は転生特典を決めるだけだけど…質問は?」

「ありません」

「そうか。――なら、君に聞こう。君の最初に言っていた転生特典は、既に君自身の手で手に入れた…では、他に何か持っていきたい物、欲しい物はあるかい?」


いたせりつくせりとはこの事か、と少々笑いそうになってしまう。

あの空間で限界を外した状態で鍛錬させてもらっただけでも十分感謝すべき(本当は鍛錬必要なくすぐに異世界に行けたはずだ、というツッコミはなしだ)なのに、そこからさらに何か必要な物はあるか、と聞かれてしまったか。


さながら過保護な親だな。

その優しさがとてもありがたいのに変わりはないが。


――よし。

この空間に来る前にランローが言っていた通り、を特典に選ばせてもらおう。


「では、この両親からの手紙と、家族写真を持っていきたいと思います」

「それだけで、良いのかい?」

「はい。それ以上は、望めませんよ」

「――そうか。なら、生まれ変わると良い。どのような姿形になるかは不明だが、君が手にした力や転生に至るまでの知識、記憶は全てそのままにしてあげよう。鍛錬がしたくなれば、あの空間を使うと良い」


今までコイツに持っていたイメージを全て払しょくするかのような神様っぷりに、言葉が出なくなる。

こちらが素なのか、あちらが素なのか。


「君の第二の人生が素晴らしい物である事を、私達は心から願っているよ。――では、またいつか」


ランローの笑顔を見ると同時、体が光の粒となって次第に消えて言っていることに気づいた。


長かったな、ここまで。


もう終わりかのような雰囲気だがそれは違う。

これからが始まりだ。

俺が家族に再会し、ヴァルミオンや…もし手に入れることができれば他の彼女たちとも幸せに暮らすための戦いの。

まずは、ヴァルミオンと再会する所から始めよう。


そのためにも―――異世界に、行くか!

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