第6話 交際しよう
「…反転魔法をモノにして、肉体のトレーニングを再開したり、錬金術とかポーションの調合とか鍛冶とか色々の練習もしたし、向こうの世界の常識もある程度学んだ…いや、ちょっと関係ないのもあったとは思うけど」
声に出しながら自分のやったことを確認し、自分がいかにチートな存在になったのかを認識する。
…やっぱり何だろう、肉体を鍛え抜いた時と同じように、実感がわかない。
というか、不安だ。本当にこの程度の鍛錬で良いのかと。
ていうかチートチートと言っているが、俺は本来得られる物を自分の力で得ているのだから、反則行為とかではまぁ…無いだろ、多分。
確かに人間としての制限を外してもらった上で鍛えたわけだし、他の人ではたどり着けないというのはわかっている。
――けどなぁー…自分的には自力でたどり着いた境地だからなぁー
「拳一つで殆どの相手なら勝てるらしいけど、一応武術とか武器を使っての戦闘も可能にはなってる。――可能って言っても、全世界での最強クラスに勝てるレベルなんだけど」
実際に、別の世界にいる各分野の最強の人から指導を受けて、その全てを超えてきたわけだからな。
その部分の実力は本物だと思っている。――いいよね?
「肉体だって、鍛えすぎて逆にもとに戻ったし…魔力量もあの時とはけた違いの量だ。
鍛えすぎて云々とは言っているが、明らかに筋肉の量では説明できないような破壊力を発揮できるようになっているのもポイントだ。
素の力でアダマンタイトの塊を破壊する等朝飯前。
最近は空間を破壊することができるようになってきた。
――あれ?
「とにかく、気が遠くなるくらい…本当に気が遠くなるくらい長い間、サポートを受けつつも自分で鍛え続けてきたからここまで強くなれたんだ。だからこそ、お前が鍛えるようになってから色々変わったのも、まぁわかる」
「それで?」
対面には、俺の宿敵にして友である魔王の姿。
奴も俺に触発されて鍛え始めたとのことだが、なるほど。
確かにその姿はかつてと全然違う物となっている。
それが俺の最も言いたい事というか、ツッコミたい所というかなのだが…
蠱惑的に笑う魔王を直視できずに、目を逸らしながら続く言葉を発する。
「だからってさ……なんで女になってんのお前!?」
魂の叫びというのは、このようなものをいうのだろう。
我ながらそう思った。
俺の知るヴァルミオンは、背が高く黒髪で、頭部からヤギのような角を生やし、赤黒いマントを常にはためかせているような男だった。
そう、男のはずなのだ。
だが目の前にいるのは少女だ。
背は小学生くらいしかなく。
ボブカットの髪の色は金で、角も短いものが一本、左側に出ているだけ。
何より違うのがその恰好で、マントを着用していないどころか、服と呼べる服を着ていない。
大事なところだけは太い黒い何かに隠されているが、それ以外はすべてさらされている。
神様ですら過ごしたことのないだろう程の時間を、ずっと女に飢えた状態で過ごしていた童貞には、かなり刺激が強すぎる。
この空間でなければ、俺はきっと限界を迎えていたに違いない。
「どうした勇者よ。随分と赤面しているようだが」
「んな裸も同然の格好しておいてよく言うなそんなセリフ!?」
見た目がまるで小学生なモノだから、犯罪臭がすごい。
第三者にこの状況を目撃されれば、俺は逮捕間違いなしだろう。
明かに確信犯だとわかるような笑みを浮かべている魔王を怒鳴ると、余裕そうな顔から一転し、不思議そうな顔になった。
「裸も同然?まさか。我は一糸纏わぬ姿を晒しているだろうに」
「え?いやいや、胸元とか下半身とか、隠されてるじゃん」
魔王が動くのに合わせて、黒い何かも動く。
なんとしても見せるわけにはいかない、そう言っているようだ。
「な、何?隠されているだと?」
『それは私が説明しましょーか』
こ、この声は…!?
困惑した様子の魔王の言葉に対し食い気味に、天から声が響いた。
中性的な、どこか間延びした声だ。
俺はこの声を知っている。
それはもう良く知っている。
面倒ごとを持ち込み、悉くを俺に何とかさせてくる…混乱を司る神。
「…ランロー…!!」
『いやや。約六千八百京年ぶりだねー、佐野太郎君。あの時はどーもどーも』
「お前なぁ!『外』の生き物が大量に襲ってきてるから何とかしろとか、人に頼むような事じゃねぇだろ!!」
『おかげで助かったよー…さ、関係ない話はやめやめ。今は君にだけ見えている黒い物と、魔王がなぜ女なのかについて話そうと思ってねー』
まるで感情の変化を感じられないランローに、色々と物申したく感じつつも黙って続きを待つ。
コイツにいくら文句を言っても無駄なのは、かなり前からわかっている事だった。
それでも言ったのは、前回は戦闘終了と同時に元居た場所へ送り返され、愚痴の一つも言えなかったからだ。
俺は根に持つタイプだからな。
鬱憤は溜めて溜めて、発散できるときに発散する。
『まずその黒いのは、所謂モザイクさ。年齢制限ってやーつ』
「モザイク?」
「ね、年齢制限って…もう未成年とかそういう問題は関係ないだろ俺は!肉体はともかく、精神は誰よりも老成してんぞ!」
『君自身の年齢じゃなくって、
「た、
異能って…その、生まれつき持つタイプの能力で、一人最大三つまでという?
もしかして、俺は異能持ってた系?
モザイクの意味が分からないらしく首をかしげている魔王を無視して、記憶の中に思い当たる節は無いかと必死に頭を働かせる。
しかし、どこにも俺が異能を持っていたと思わせるような所は無かった。
俺が才能無い枠だという事の何度目かの理解をさせられただけだった。
『まぁ、わかんなくてもしょーがないよねー…あ、そうだ。異世界転生モノのラノベとか読んだことあるー?もし知ってたら、それに出てくるステータス画面みたいな物をイメージしてくれればいいよー』
「きゅ、急にファンタジーな事言いだしやがって……す、ステータス!」
ランローに言われるがままに、取り合えずステータス画面よ出ろ、と念じてみる。
絶対無理だ、と思いつつも言葉の端々に興奮が潜んでしまっているのは、溢れ出る期待の表れだろう。
異世界系の作品では、このようにしてだしていた…と思いながらステータスを呼ぶと、俺の眼前に、こんなものが。
【佐野太郎/年齢不詳/男】
種族:超人
職業:転生待ち
レベル:MAX
『各種能力値』
・攻撃→MAX
・防御→MAX
・魔力→八億
・魔攻→MAX
・魔防→MAX
・敏捷→MAX
・運→六十七
・その他→先天的な物以外は全て高め
『
・脳内秘書スマ子ちゃん
・
・
・
・繝ュ繧ケ繝・繝ッ繝シ繝ォ繝(譛?蛻昴〒譛?蠕後?荳?謦)
『
・
・
『状態』
・精神崩壊(深刻)
・欲求不満(性欲)
・興奮(性)
・発情(対象:ヴァルミオン)
『設定』
・年齢制限/有
・ゴア表現/無
「なんだこれ!?」
『お、見えたみたいだねー。それじゃ、本当なら君にしか見えない物だけど、今回は特別にヴァルミオンにもごかいちょー』
「えっ、ちょっと待ってこれは流石に見せられないんですがソレは!?特に状態の所ォ!!」
ツッコミどころ満載のステータス画面だが、どうやらランローはこれを、あろうことかヴァルミオンに見せようとしている。
それは困る。非常に困る。
興奮している、という事を本人に知られてしまう事程恥ずかしいことは無い。
「ほう、珍妙な表示の方式だが…なるほどな。貴様の鍛錬の成果が、こうして数字として表示されるわけか。大半が謎の文字になっているがな」
「…あ、はぁ…そりゃどうも…後それより下は見ないで欲しいんだけど」
「む?あぁ、もしやこの『発情(対象:ヴァルミオン)』を恥じらっているのか?」
「読み上げないでくれませんかね!?」
『ははは、青春だねー』
ランローはいつか必ず制裁する。
そう胸の内で決めながら、赤面しそうになる顔を敢えて隠すことなくヴァルミオンへ向ける。
――そうだよ。すっげぇダサいけど、開き直ってやるよ。
だってほら、アイツだって裸らしいし?
男のイメージしかなかったけど、それでも見た目が女で声も女で?
しかもこんな長い間を禁欲生活してきたような男に、全裸で向かい合ってるとか――無理じゃん。
モザイクなかったら、勃ちもしない癖に襲ってたかもしれん。
…どーせ返り討ちにあって、事の顛末を見届けるのであろうランローに鼻で嗤われるんだけどさ。
『因みに、誤解しているようだから軽ーく説明すると、ヴァルミオンは本当はその姿で、中身も女なんだよね。あっちの姿の方が魔王らしいだろうって判断して、態々『皮』を用意してたらしいけど』
「か、皮?」
「
『そーいう事。だから、ヴァルミオンは名実ともに純然たる女の子ってわけ』
「…だから、興奮しても引け目を感じる必要はないと?」
『うん。だってとーぜんじゃない?君、男の子なんだし』
そう簡単な話ではないだろう、という言葉が出かけたが、言っても無駄だと飲み込む。
下手に言って話を伸ばすより、このままの流れで有耶無耶にして、ついでに服も来てもらって万事解決だ。
「…ていうか、ゴア描写…グロくならないようにもなってたのか」
『うん。マネキンとか、あの『外』の生き物とか…ちょっとマイルドになってたんだよ?本当だったら、人間は直視するだけで発狂しててもおかしくないし』
「んなモンの相手を任せるなよ人間に」
『ただの人間じゃないじゃん。――あ、そこオンオフは触れれば変わるよ』
「ふ、触れるって…ここに、あるって事なのか?」
『その辺は
ランローの言葉を鵜呑みにしてしまっていい物かと思いつつも、それ以外に道が無いのも事実。
ままよ、とばかりに年齢制限とゴア表現の制限を解除してみる。
すると先程までヴァルミオンの大事な部分を隠していたモザイクが消え、なだらかな山のような胸の先端にある桃色の突起や毛の一つも生えていない綺麗な丘、そして露のようなものが滴っている割れ目が――
「縺ャ縺ゅ=縺斐a繧灘挨縺ォ縺ソ繧九▽繧ゅj縺ッ辟。縺九▲縺溘→縺?≧縺九o縺悶→縺ァ縺ッ縺ェ縺?→險?縺?∪縺吶°縺ェ繧薙→縺!!?」
『おー、未知の言語』
「…ククッ、初心な男だ」
両目を押さえて、ヴァルミオンに背を向けるようにしてうずくまる。
いやいやいや別に狙ったつもりは無かったけどまさか本当に裸だとは微塵も思わなかったと言いますか何と言いますか。
それはそれとして眼福だったなとかこの後異世界に行ったら真っ先にこれをオカズにとか色々思わなかったと言えばうそになるのかなーとかもね。
…何を言ってるんだろうか俺は。
いくら女体を直接目にするのが初めてだからって、この反応は流石に――いや、初めてなら仕方なくない?
その上、何回も言ってるけど、この滅茶苦茶な時間をほぼ禁欲生活風に生きてきたんだぜ?
そりゃこんな暴走特急みたいな反応にもなるわ。
それはそれとしてヴァルミオン、初心では無いからな。
確かに童貞だけど、確かに女体を直接見るのは初めてだけど、初心ってわけではねぇからな。
インターネットは偉大なんだぞ。
「そう恥じらう必要も、罪悪感に苛まれる必要も無かろう。寧ろ見ろ。我のこの裸体を、しかと瞳に焼き付けよ」
「――えっ、それは一体どういう?」
『鈍感だねー…君、ハーレムが最終目標じゃないのー?』
「は?いやいやそれは確かにそーだけど…」
「ほう、女を沢山囲いたいと。――なるほどな。貴様も存外、王の資質を持つのかもしれぬな。理想の大きさ、という点においてはだが」
勇者認定から今度は王認定ですか。
俺、異世界行ったら何になっちゃうんだろ。
ちょっと頓珍漢な事を考えてしまうようになり始めているが、一応まだ正気だ。
初めての女体にあまりにも平常心を乱されていたが、下半身以外は落ち着いてきた気もするし。
…落ち着くも何も、この空間じゃ何も反応しないんだけどさ。
「何よりお前は、この我の夫なのだ。我一人で満足するような無欲さでは、幻滅はしないが、多少評価を下げざるを得なかったぞ?」
「評価残留を喜ぶべきなのか何なのか…って、夫!?」
「あぁ。これからは佐野ヴァルミオンと呼ぶがいい。――貴様の国では、そういう物が仕来りだと聞く」
「いや苗字とか云々は色々ややこしいから置いといてさ……なんで?なんでいきなり、俺がお前の夫になってるんだ?」
「わからぬか?我が貴様に惚れているからなのだが」
当然の事を質問されたかのように、淀みなくそう答えてくる。
それでも俺は、疑問が溢れて止まらない。
いきなり裸になっていたこと然り、女だったとカミングアウトされたこと然り。
何故かいつの間にか惚れられていたと言う事も、まるで分らない。
俺、何か惚れさせるような事したか?
それどころか一回殺した事すらあるんだぞ?(
「あ、あのさ。俺…その、言っちゃ悪いけど、好かれるような事した覚えが…」
「それは貴様の価値観だろう。我の価値観では、貴様に惚れるのは当然の帰結。これ以上の男は恐らく見つけられんよ」
『ひゅーひゅー』
「その似非口笛をやめろランロー…!!んんっ、あー…その、さ。夫ってのは早計過ぎる気も」
「繕わなくともわかる。他の女を検討する時間が欲しいのだろう?構わんよ。我は何人同時に愛そうが、我が一番である限り文句はない」
なんだこの正妻力(新概念)
あまりに毅然とした態度で告げてくるものだから、こちらも頷いてしまっていいのではなかろうかと思ってしまう。
――あれ?でも、俺って異世界でハーレム作るとか豪語してるわけだし、どーせ向こうに行っても必ずしもモテるというわけではない訳で。
そしてヴァルミオンは、女としては今知ったばかりだが、男としての時に戦いでもそれ以外でも幾度も交流しているため、人柄やらは良く知っている。
見た目だって嫌なわけじゃない。
すっごく下半身直結的思考で嫌になるが、抱けるなら今すぐ抱きたいと思うような女だ。
――断る理由も何もないじゃん。
「…えっと、さ。ハーレムは反対しないの?そもそもできる自信がないけど」
「構わんと言ったろう。我さえ一番であればそれで良い」
「……俺、性欲も性癖も色々と強いよ?」
「こちらの言葉だ。――というか、先程我の裸体を視界に収めた時に、太腿をつたうようにして滴る蜜があるのが見えなかったのか?貴様に肌を晒しているだけでコレなのだぞ?」
「じゃ、じゃあ!その…結婚は早いから…まずは男女交際からで…いい、っすか?」
「男女交際?――なぁ、神よ。ランローとか言ったか。男女交際とはなんだ?」
『めっちゃ遠回しに言ってんなこの陰キャ童貞。――えっとね、よーするに彼氏彼女の関係から始めようって言ってるのさ。下心多めでいきなり結婚は、流石に罪悪感が勝ったんだろーね』
ランローの言葉の癪に障る事と言ったらないが、全てあっているせいで何も言えない。
そうだ、そうだよ悪いかよ。
半分くらい下心でオッケーしちゃってる節があるから、いきなり結婚だとなんか申し訳ないかなーって思っちゃったのは完全に事実だよ。
でも仕方ないじゃん。
思春期男子から性欲の処理をする術を奪った上でずっと放置させるとか、交際云々の話の時に下半身的事情から入っちゃうようになっても仕方ないじゃん。
――その言い訳があるからって、許されていいとも思わないけど。
「彼氏彼女…聞いたことがある。夫婦とはまた違う、独特の甘酸っぱい関係性だと!良い良い、そうしようではないか!――ならば、我が彼氏と呼ぶべきか?」
「え、それはなんか変じゃ」
『彼の住んでいた世界の言葉には、ダーリンなる言葉があるけど。使ってみる?夫と同義だけど』
「夫と同義、か…ただまぁ、使い分けには良いか。我がダーリン」
「…あの、ヴァルミオン。ダーリンって呼ぶのはまぁ良いとしてさ。我が、はいらないよ」
『そーそー。それと、言い方も最初はあざとさとかをさー』
ランローはマジで一回黙ってくれ。
でも黙ってるからって言って口笛モドキを吹いて茶化すのもやめてくれ。
――しかしそうか。ダーリンか。
なんだか感慨深いな…こんな謎空間で『ぼくのかんがえたさいきょうのぼく』になるために頑張ってただけで、俺を男として愛し、そう呼んでくれる美少女ができるなんて。
「あざと…?まぁ良いか」
「いや、そんな気取ったりしなくて全然良いんだけど…」
「ふふっ…構わん。男として振舞うように心掛けていた時の癖を抜ききるのに丁度いい機会だしな。これを機に女として生きていた時の口調や一人称に戻すとしよう」
そう言うと、ヴァルミオンはこちらを向くように、と言ってきた。
俺が否定するよりも先に、服は当に着ていると付け足して。
ならまぁ、目を逸らしている必要も殆どない。
自分を見ろと言っているのなら、見てやるのが礼儀だ。
そう思って振り返ると、ファー付きの深紅のマントを身に着け、腹部や脇、太腿の一部分を晒すような改造を施された黒い和服を着たヴァルミオンが立っていた。
いつの間に服を着たのか等の疑問よりも前に、可愛らしい、という感想が頭に浮かぶ。
そしてヴァルミオンは、妖艶さを湛えた朱色の瞳をこちらに向け、表情を柔らかく崩し、一言だけ告げた。
「――愛しているぞ、ダーリン」
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