第3話 まだ特訓しよう


2000年。

西暦の始まりから現在に至るまでを辿りそうなくらいの時を、俺は自分磨き(若干の婉曲表現)にのみ費やした。


――訂正。時々漫画読んだりもしました。


だが、それ以外は本当に鍛錬にのみ費やしたのだ。

あまりに自ら行う物だから、神様からボーナスと称して何かもらえたくらいに。


「その何かの正体が微塵もわからないんだよなー…」


神様曰く、このような状況になった人間は誰もが諦めて自堕落な暮らしを送るようになるらしいが、俺はいつまで経っても鍛錬を放棄したりせずに続けているから、なんだか見ていて応援したくなって来たらしい。


今では俺が神と呼んでいるシステムの作成者たち(こちらが本当の神とのこと)が俺の生き様を楽しんでくれているのだとか。

娯楽の少ない神たちにとって、俺のような変わり者は歓迎すべき存在のようだ。


「そこの説明さえ、ありゃ良かったんだけどなー…」


右手を前に突き出しつつ、目の前の球体を綺麗な円形に保つ。


これは魔力操作トレーニングの上級編で、綺麗な球体を作り、ソレを次第に大きくしていくという物である。

俺が転生する予定の世界では、このレベルの魔力操作をできるだけで魔法関係のいい仕事に就けるのだとか。

俺、もしかして転生前から上級役職確定!?


と一度喜びはしたが、向こうの世界の常識とか学とかが不足しているという問題があるので実質不可能であった。

一応向こうの言葉の練習も行っているが、あまりに言語の形態が違い過ぎて理解に時間がかかる。


なので、向こうの教科書を読む所の問題ですらないのだ。


「お、半径七十メートル達成してんじゃん!神様に言われた時は何言ってんだコイツって思ったけど、意外といけるもんだな!」


さりげなくとある神から目標にしろと言われていたサイズを達成していた事に喜ぶ。

感情が大きく変化したモノの、球体そのものに変化は訪れなかった。


これは、このレベルはクリアという事でオッケーなのではないでしょうか?


「いやぁ、いつまで経っても目標達成は気分が良いもんだなー…この調子で、人間種よりも魔法力の高い種族よりも上の存在になってやるぜ!」


そしてその魔法力を使って高いポストに就き、可愛い女の子から黄色い声援を浴びるのだ。

それはもう、飽きてうんざりするくらいまで浴びてやるのだ。


モテモテのモテ、そんな言葉の擬人化になりたい。


※―――


「よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼むよ」


現在、約一年が経過。

ここでなんと、戦の神とやらから対人戦による特訓の許可が。


対戦相手として白羽がたったのは、とある歴史上の強者らしい。

中国人で、拳法の達人だという話を聞いた。

それ以外は…名前すら知らない。

本人曰く、不要だと。


――あ、歴史上のってのは、俺の元居た世界の歴史でのって事ね?


「先手は譲ろうじゃないか、若いの」

「――では、有難く…ッ!!」


予備動作なしで踏み込み、つい先日光の速度を超えた拳を老人へと振るう。

気はまだ使わない。

いくら歴史上の人物とは言え、気を使っての戦闘は恐らく――と、甘く考えてしまったからだ。


「全てが、まだまだ甘いな。若人よ」

「――逸らされた…?光速の拳を?」


摩擦熱で触れれば相手を発火させることすら容易になっている拳だが、何と目の前の老人はソレを触れる寸前で逸らした。

手のひらで軽く押し上げ、軌道を変えさせたのだ。


――なるほど、確かに甘かった。


鍛え方も、今の実力で手を抜こうとしたことも…全ての考えや、あり方が。


「戦場じゃ次は無いって言うのにな……すみません。全力で行かせてもらいます。胸を借りますよ」

珂珂かかッ!良い良い、これでこそ闘争!次からは手を抜くなよ、小僧!!」


俺も老人も、今度は立ち止まることは無い。


どちらも全身を動かし、互いが互いに喰らいつかんと武を見せつけ合う。


――ここにきて、新たな強さを得られそうだ。


※―――


もしあなたが大金を持っていたら、あなたは何を望みますか?

私は沢山やりたい事がありますが、もし私の過ごした日々が全て金に変換できるならば、それは全て実現可能でしょう。


「――あっ、やべ。また下手な和訳した文章みたいになっちまった」


文字を書く能力の衰えを感じたので、紙とペンを貰って日記を書くようになったのだ。

日記と言っても、今日のトレーニングのメニューとちょっとしたジョークを書いているくらいなのだが。


「今日は、名前の知らない有名な暗殺者相手にスニークキルをする特訓の最終日でした。彼の背後を取れるようになるだけで六百年かかりましたが、私はそれがとても楽しく有意義な時間だったと認識していま――ダメだ、変な和訳みたいじゃねぇか…」


因みに現在は六千億年が経過した状態だ。


だんだん植物のような思考になっていく…かと思ったら大間違い。

俺は今でも性欲旺盛な男のまま。

もしこの世界から出られれば、マジでその瞬間に勃起しかねないレベル。


内の情熱に対して体が対応してくれないのが、まさかここまで辛いとは。


「…神様に頼んだら、文通相手とか話し相手とかくれたりしないかな」


このトチ狂った文章を何とか元の知性に溢れ機知に富んだものに戻したいのだが、どうにかならない物か。


なんなら神様も、一方的に要望を聞き入れて終わるんじゃなくて、軽い世間話くらいしてくれてもいいのに。

後、ついでに三大欲求くらいは復活させておいて欲しいんですけど。


※―――


もはや年月は数えない。

だって、巨大な時計みたいな物が設置されるようになったから。


まだ二兆年くらいしか経っていないと思ったら、意外と五兆年くらい経ってたのには驚いたなぁ…


「ま、時間が視覚化できるようになった所で何もないんだけどなー」


現在休憩時間中。

もうすぐで直接的な戦闘手段としての実力は俺が向かう世界…ひいては現存する他の世界や、神ですら及ばないとされる『外』の生命体にも勝るレベルになると言われているが、果たして本当のことなのか。


ここで肉体を鍛え続けていて抱くようになったのは、果たして自分の今の力が通用するのかという疑問だ。

前まではポジティブに成長を喜べていたのだが、最近は素直に受け止められない。


そもそも神様達は俺を持ち上げすぎなのだ。

肉体面だけでいえば神をも超えるとか、そんなわけないじゃん。

ってか『外』ってなんだよ。

どこから見た外だよ。


「連れてこられる強者達を容易に蹴散らせるようになってはいるけど…なーんか不安というか、不足している気がしてならないんだよなー」


アニメのキャラでは、強者には強者の自覚が云々と語る奴もいるが、どうしてそんな自信満々になれるというのかが気になる。

強くなればなるほど、果てが無いと知れば知るほど、自分の及ばなさだけを自覚してしまうのに。


…シャドーでもするか。


※――


『準備は良いか?』

「えぇ。お願いします」


手足の柔軟を行い、天からの声に静かに答える。


これから始まるのは、所謂無限組手。

ルールは『俺が戦闘不能になるかダメージを負うまで続け、それまでに倒した敵の数でスコアを出す』だけの物。


敵の強さは次第に上昇していく仕組みになっており、気づいたら人型ですらない謎生物が一斉に襲い掛かって来たりする。


無論最初の内は怖がったりしたが、今では馴染みの深い連中だ。

…慣れって怖いな。


『では、開始じゃ』


天の…神様の声と同時に、周囲に百を超える兵士が現れた。


兵士と言っても様々で、剣と盾を構えた『騎士』のような者や長い槍を構え防具をつけていない者、果ては迷彩服に身を包み銃を構えている者までいる。


ソレを全て、まずは肉体のみで蹴散らしていく。


真っ先に接近してきた身軽な兵士の腹部を左の拳で殴りつけ吹き飛ばし、それに兵士たちが巻き込まれた影響でできた開けたスペースへ瞬時に移動。


すると銃弾が俺の居た位置を通り過ぎて別の兵を襲い、それによって全体に混乱が生じ始める。


こうやってフレンドリーファイヤを発生させないと、なぜかコイツら全員は見事な連携を仕掛けてくるのだ。

何度死にかけたことか。


「7、19、38、67、175、――」


小さく倒している人数をカウントしつつも、その攻撃の手は止めない。

数字が飛び飛びになっているのは、全体的に密集しているので、巻き込まれるようにして倒れていく敵が多いからだ。


悉くを一撃で葬り去りつつも、かすり傷一つ負わぬようにと気配を察知し続ける。


前回少し気を抜いてしまったせいで、名も無き僧兵に槍で一突き貰ってしまい、最低点を記録したのを忘れてはいない。


「――よし、そろそろ『強敵』が来る頃だな」


数分経過して、万単位で数え始めるようになったころ、ひときわ強い殺気を感じるようになった。


強敵。

そこらの一兵卒なんかとは違う、歴史に名前すら残せるような者。


暗殺者の時もあれば、格闘家の時もある。

剣士の時もあれば弓の名手の時もあり、槍使いの時だってある。


その時々でどんな戦法の者が来るか変わるのだ。

この組手の中での楽しみの一つでもある。


「――っと、今回は剣闘士か」


両手剣を強く握りしめ、周囲の兵士たちを蹴散らすようにしながら突進してきた男を、難なく捌く。


すれ違いざまに数発軽い攻撃を叩きこんでやれば、すぐに戦闘不能に陥った。


強敵と言っても、序盤に出てくる奴では戦闘にすらならないな。

やっぱり強くなっているとみていいんじゃないか?俺。


「今ので十三万六千五百人くらいだから…次は、一億単位になるまで待たなきゃか」


最初の頃は、こうして口を開きながら組手をする余裕が無かったというのに、随分と余裕ができるようになったものだ。


気配を察知する能力や、相手の気の流れから動作や感情(強者クラスでなければ感情を持たないのだが)を読み取る能力の練度が上がっている証拠だな。

この調子で、背後にいる敵の人数を見ずに当てる強キャラムーブを行えるようになりたい。


「よっし…そろそろ『気』も使うか」


※―――


果ての無い、時の流れから隔絶された世界。

辺り一面に広がるのは石畳と、星のない夜空のような景色のみ。

そんな空虚な世界に、休むことなく破壊の音が響き続けている。


「ハァッ!!」


音の発生源は、二人の男性。

一人はフード付きの黒いパーカーの少年で、もう一人は赤黒いマントと捻じ曲がった角が特徴的な男だ。


現在、パーカーの少年…佐野太郎が蹴散らした兵の数は、兆を優に超える程。

神々が『外』の生き物と呼ぶ存在をも薙ぎ払うようになり始めてから、早三時間の時が経過した。


ここにきてようやく多数の敵が訪れる事が無くなり、ただ一人だけが彼と対峙する事になった。


「クリムゾンメテオ!」


男の名は、ヴァルミオン。

佐野太郎が行こうと望んでいる世界の、魔王だった男である。


世界を支配し、暗黒の時代をもたらしたこの男は、自らの望む物が手に入らない事に絶望し自決。

輪廻転生を拒み、魂だけの状態で世界の狭間を漂っていたのだ。


それをとある神が見つけ、佐野太郎の特訓相手として起用する様になったのが四回前。

肉体も魔法の力も何もかもを全盛の状態に戻され、こうして佐野太郎の組手相手をしている。

彼自身は最初は拒否していた物の、佐野太郎に自分の求めるものがある可能性を見つけてからは乗り気になった様だ。


彼の言葉と共に何も無かった空に魔法陣が多数出現し、炎の塊が地に落ちる。


「ぐ、ぅぁああああああああッ!!」


地が灼ける、空が灼ける、全てが燃え、灰燼と成り果てる。


そんな中でも、佐野はその存在を示すように叫んでいた。

熱と痛みとを振り払うように、腹の底から力を込めながら。


「クハハッ!!魔王たる我の炎をその身で受け止める等笑止千万!万象もろとも無に帰すが良いッ!」


そう言いつつも、彼はわかっている。

佐野がこの程度で終わる男ではない事を。


オール破壊ディストラクション!!」



爆炎の中から響いてきた声。

ヴァルミオンがその声を聞き届ける頃には、既に『破壊』は始まっていた。



目に見えるもの全てが罅割れ、その存在こそが悪であったと言われているかのように。


――それでも、魔王は動じない。

このの事、既に四度経験しているのだから。


「芸が無いな転生を望む者……勇者よ!!」

「うっせ!他の能力スキルは殆どが絶賛開発中だっての!」


能力スキルは、特定の人が生まれつき持っている物…或いは、努力の末に得ることのできる『自然現象に反する事象すら引き起こし得る特殊な力』の事だ。


無論佐野は生まれつき持っていたわけではなく、自分のあり方や戦闘能力等から無理矢理作り出している。

ただ彼の使った『全破壊オール・ディストラクション』のような能力となると作成には年単位…それも億くらいは容易に掛かってしまう。


まして佐野のような凡人にちょっと毛が生えているか否か程度の男ならば、なおかかる。


それでも完成にこぎつけたのは、彼が精神を摩耗させつつも創り上げようと試行錯誤し続けた甲斐があったと言える。


――だが、それでも目の前の魔王には及ばないのだ。


「魔王の力が破壊のみと、誰が定めた?」

癒されよ世界テクスチャ・リターン……なんでそんな正義寄りの能力持ってるんだよアンタ」

「クハハッ!破壊と創造とを司ってようやく頂点に立ちうる存在となる、ただそれだけの事!」


ヴァルミオンが口元を歪めた頃には、壊滅しかけていた世界は全て元通りになっていた。


何が起きたのかを認識できたのは、佐野とヴァルミオンだけ。

無論この場に居るのがこの二人だけなのもあるが、もし第三者がこの戦いを見ていたとしても、このやり取りにどれほどの力が使われていたのか等理解できないはずだ。


「――でもまぁ、一つくらいなら新しく完成したのもある」

「ほう!前回から既に十億を超える時が過ぎたが、新たなスキルを得ていたとはな!」

「あんまり期待されても、って感じだけどな……なんでかアンタ陣営寄りなものだし」


そう言って、佐野は構えを解いた。

狙いがあるでもないらしく、隙だらけなのが良くわかる。

普段は自然体でいる時だろうといつでも戦闘を開始できるようにしているというのに。


ヴァルミオンは、その疑問に思考を割いてしまったせいで、行動が遅れることになる。


死の刻印エンド・サイン、壱ノ印」


佐野の背後に巨大な魔法陣が出現し、そこから巨大な骨の腕が飛び出、指先でヴァルミオンに触れた。


すると、黒い瘴気のような物が彼の体を包み、触れられた場所に『Ⅰ』という文字が表示されるようになった。


「これはまた、随分と悪しき力のようだな」

「なんでか知らないけど、こういう能力ばっかりできるんだよな…本当は創造とか、そっちの方もやってみたいんだけど」

「まぁ、貴様自身との相性もあるからな。そこは望む物全てが叶うというわけでも無いさ。――それで?今度はどんな能力なのだ?」

「名前の通り、刻印を刻んだ相手を殺すってだけの能力。最大十二人まで同時に刻めるけど、一回に同じ人に刻めるのは一回までになってる」


無論、作成中の失敗で体がはじけ飛んだりするなどと色々ハプニングはあった。

だがこの空間は彼の望む「ぼくのかんがえたさいきょうのぼく」を実現するための空間。

死という概念は、存在しない。


故に失敗を恐れることなく作成に四苦八苦し続けることができ、こうして完成に至ったのだ。


「強い分発動に時間がかかるから、正直初見殺しなんだよなこれ」

「初見殺しは大事だ、と教えたのを良く守っているじゃないか」

「アンタのは見た目の派手さは一回目が一番感じてもらいやすいって意味だろ」

「魔王たるもの、挑戦者を楽しませてこそだからな。――それで?刻まれた、と言う事はこの戦い…ようやく我の敗北という事になるわけか?」

「実は解除しようと思えばできるけど、方法教えたら勝ち目無いからな…今回は、このまま死んでもらう。――『起動』」


瞬間、刻印が一際黒く輝き、ヴァルミオンの体が『ブレた』。

ゲームにおけるバグのようなエフェクト、を想像してもらえればいいだろうか。


それと同時に、『Ⅰ』の刻印が消え、彼の体が崩れ落ち始めた。

そう、魔王は死んだのだ。


「…まぁ、この空間じゃ俺もアンタも死なないんだけどさ」

「――ふむ、久方ぶりの死の感覚は中々に堪えたが…それだけだな。何の痛痒もありはしないか」

「どちらかと言えば先を見据えた能力だからな…ほら、発動されれば即死の刻印をつけたら、交渉とか優位に進められそうだろ」

「我はただ睨めつけるだけで相手が勝手に下手に回っていたのでな。交渉にそのような大掛かりな能力が必要とはとても思えん」


生まれながらの魔王と、元は普通の日本人でしかない自分では、ここまで差があるのか。

佐野は劣等感を感じやすいタイプだった。


『――あー、組手はもう既に終わってたんじゃが…結果を言っても?』

「…やっべ、ノーダメじゃなきゃダメなの忘れてた」

「クハハッ。そろそろ魔法の修練を行っても良いのではないか?肉体のみでは、魔法には勝てんぞ?」

「それはもう少し、もう少し体を鍛えてからだな…もうちょっとで、俺も最強の仲間入りらしいし」


実際は、あと少しで肉体面のみ全世界最強、が正しいのだが…自己肯定感を失いつつある彼の脳内では、そう教えられたことは無かった事になっているようだ。


光の粒となって消えてゆく魔王を見送り、彼は肩の力を抜くのだった。

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