レッツ・カンフー

 何人かが車を降りて外へ出ていた。


「……ふっw」


 お互いに目を合わせると、思わず肩を揺らして含み笑いを漏らした。呆れたように肩をすくめたり首を振ったりしている人もいる。


 ピロロロッロ、ピロ~ロロッロ♪ピロロロッロ、ピロ~ロロ~……♪

 フォン、ブォン、フォンフォン♩フォン、ブォン、ブォンオオン……♩

 パララ♬パララ♬パラララ~ララ……♬


「ダメだこりゃ……」と、運転席に座ったまま天を仰ぐ人もいれば、いつしかハンドルを握る指がリズムを刻みだす人もいて……。


 要するに、人々に感情が戻ってきた。


「「「「「「「「「「わーーーい!!」」」」」」」」」」


 車の奥から、突如、子どもたちの歓声が起こった。


 車の間を縫って、僕らのダンスの輪に飛び込んできたのは、幼稚園の送迎バスから飛び出した子どもたちだった。

 カラフルなマスクを空へと投げると僕らに混じっていく。


 子どもたちの靴も赤く発光している。呪いにかかってしまっているのは確かなようだ。けれど、その子たちは、自らの意思で踊っているように楽し気だった。


「「ちょちょちょ、ちょっと待って」」


 二人の女性が、慌ててこちらへ駆けてきた。園児たちを追ってきた保育園の先生のようだ。


「ダメダメダメ、危ないから戻って!」

「マスクしようね。マスク」


 先生が「ウフフ♡キャッキャ☆」と逃げながら踊る園児たちを捕まえようとしている。

 が……、駄目っ……!


「あれ?あれあれあれ??」

「待って?待って待って??」


 嗚呼、彼女たちもマスクを脱ぎ捨てて踊り出す。


 そして気がつけば車から降りて立ち尽くしていた人も、車中で見守っている人たちも、ブルブルッと身体が震え……シャキーン!

 ドアを開け放して、一人また一人車から出てくるのだった。


 軽やかにボンネットや車の屋根ルーフに飛び乗ると、頭や背中を支点にクルクルと回りはじめる。自分の車をお立ち台にしてのブレイクダンスである。

 腕で身体を支えて足をグルグル回して、「我、ベイブレードなり!」と言わんばかりに高速回転する強者もいる。


 そして次の瞬間、一斉に天高く飛翔!


「ハッ!」

「ィヤァ!」

「ハイヤッ!!」

「ヨォ!」

「チェイヤッ!!」



 軽やかに車の上に着地すると、口々に気合を入れる。

 それぞれに腕や足を大きく振り回して、右のけんと左のしょうを合わせて前に突き出した。それは紛れもなく中国拳法における挨拶、抱拳礼ほうけんれいであった。


 抱拳礼――それは矛(暴力)を止めるための手段「武」を司る右拳とそれを包み込む文化や知恵「文」を司る左掌。武術の試合や演武のはじめに行われる儀礼なのだッ!


 Let’s Kung fu.


「「「……「「「「ハッ!!」」」」……」」」


 ボンネットや屋根ルーフ、はたまたバスの屋根の上から、人々が一斉に気合を入れて中腰になった。

 両足を大きく開き、太ももが地面と平行になるまで腰を落とす。その姿勢は、中国武術の基本姿勢にして足腰の鍛錬法……馬歩まほであるッッ!!


「「「……「「「「ハッ、ハッ!ッ!ハッ、ハッ、ハッ!ッ!」」」」……」」」


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