アナザー・デイ・オブ・サン

「もう止めて。フラダンスとかオクラホマミキサーとか緩いやつにして」

「アタシの四十肩がーっ!」

「うおぉ!?俺の五十肩がーっ!」


 方々でそんな声が上がりはじめる。ずっとラインダンスを踊っている僕らは、限界に達しつつあった。


 そんな願いが通じたのか、ピタリと音が止まる。マーチングバンドの楽器の音色も、ソーラン節の音頭を取っていたリコーダーの音も掻き消えた。

 そして僕らも踊ることから解放された。江南スタイルも、ソーラン節も、ラインダンスも誰も踊っていない。クラクションも消えていた。


 肩を組んでいた僕らはほどけていった。

 その空間には、ただ僕らの激しい息遣いだけが残る。


 全力疾走した後みたいだな……。


 全身汗だくで、僕は、ふいにそんなことを思った。学生時代、野球部だった僕は、夏も冬も毎日、白球を追って全力で走っていた。あの頃は、全力を出すのなんて訳もなかった。だけど、いつしかオトナになった僕は全力を出すことがどこか恥ずかしく思えて。四十を過ぎてからは、若さもなくなり衰えてくる自分をどこかで認めたくなくて……。


 本気。全力。それを最後に出したのは、いつだ?


 まあ、いいや。やっと解放されたのだ。骨になるまで踊らされる心配はなさそうだ。


 ホッと一息ついて、周囲がおかしなことに気がついた。眼前のマーチングバンドの面々、その奥にいる女子高生たちが直立不動で前を見据えていた。

 周りを見ると、小中学生も大人たちもみんな同じだった。


「?」


 隣に顔を向ける。ずっと肩を組んでいたひょろ長いおっさんも、仁王立ちになって、険しい顔をしてまっすぐに前を見ていた。その横の鈴木のおばあちゃんまでもが、もう死にかけていた鈴木のおばあちゃんまでもが、眼光爛々がんこうらんらん、挑みかかるような表情をしているのだ。フリーキック前のクリスティアーノ・ロナウドのように五体に力をみなぎらせて仁王立ちしている。


 そして……、それは僕も同じだったのだ!?


 足元を見た。


 あぁ……。靴は赤く発光したままであった。


 ス――――ッ。


 誰かが大きく息を吸い込む。

 そして……


 ドン、ドン。ドコドコ♪ドン、ドン。ド、ドコドコ……♪


 小さな音色でドラムがリズムを刻みはじめる。そのドラムに沿って、楽しいひそひそ話をするように、他の楽器たちも音を奏でだす。


 そして、それに合わせて僕らも皆、身体でリズムを刻みはじめた。


 パパパラ、パパッパラッパ、パパパラ、パッパッパラッパ……♬

 フォーンフォフォフォーン、フォンフォンフォーン……♫

 ブンブブンブン、ブンブブン……♩

 ドンドンドドンドッドドンドン……♪


 靴の呪いにかかっていなくても、思わず身体が踊り出すような、軽やかで明るいメロディー。

 僕には聞き覚えがあった。たしかこれは、映画『ラ・ラ・ランド』の劇中歌「Another Day of Sun」じゃないかな。2017年に公開された。四年前だ。家族で見に行った。あの頃は、まだ家族みんな仲が良かった気がする。


 短く刻まれる弾けるメロディーに合わせて、僕らは軽快に踊りはじめた。僕らを取り囲む人々は、それ見て何を思うだろうか?


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