感染する呪い
「ちょっとぉ、なんなんすかぁ?」
冷然とした態度と不機嫌そうな目で、おっさんが僕から距離を取る。
当前だろう。人と人との距離は今や遠くなった。そもそも、知り合いでも何でもない人間から、謎のダンスで迫られたら、僕も冷ややかな態度を取ってしまうかもしれない。
朝のバスの中、電車の中を見るといい。会社に着くまでは、誰もが死んだように心を閉ざしているはずである。
そんなことを思いつつ、逃げようと
カチカチ、カチカチ♩カッチカッチ、カチカチ♪
おっさんの前で見事なタップダンスを披露する。
その時だった。おっさんが履いている靴も同じように赤く発光しはじめたのだ。
「!?」
タタタタッ、タタタタッ、タッタ、タッタ、タタタタッ♪
おっさんのその足が、タップダンスのリズムを刻んだ。おっさんは慌てていた。
「…………」
僕の靴と同じように発光しはじめた靴。自分の意思に反して踊り出す身体……。目を丸くしてその様子を見ていたおっさんは、この世の終わりのような哀れな目を僕に向けた。
カチカチ、カチカチ♩カッチカッチ、カチカチ……♪
タタタタッ、タタタタッ、タッタ、タッタ、タタタタッ……♪
僕らは、まるで会話するようにステップを踏んだ。やがてタップのやり取りを終えると、ダンスのスタイルが変わった。
僕は、持っていたゴミ袋とバッグをポーンと放り投げた。ゴミ袋が、弧を描き僕の家の玄関ドアにぶち当たった。
指先が、顔に伸びる。
まさか、それはマズイ……。
そう思ったのに、抗えなかった。マスクのゴムに指をひっかけると、マスクも脱ぎ捨てた。
肺に、空気が通る。湿り気を帯びた気持ちのよい朝の外気。肺に季節と風を感じた。
僕は、まるで舞踏会で紳士が淑女をダンスに誘うように、うやうやしく
こうして、僕らはクルクル回りながら、時折、僕がおっさんをお姫様抱っこしたりなんかして、踊りながら住宅街の道を進んでいった。
玄関前で、落ち葉掃きをしていたおばあさんが、僕らをあっけにとられて見ている。地区の行事などでお世話になっている鈴木のおばあちゃんだ。八十代後半という高齢だけれどとても元気にされている。僕ら家族も、今の場所に引っ越して以来よくしてもらっている方だ。
「なにを、されてるんですか?」
目を丸くして、鈴木さんが僕に問いかけてきた。
「あ、赤い靴……。赤い靴です」
僕は、助けを乞うように声を漏らした。
だけど僕らが近づくにつれて、鈴木さんの太陽光で劣化し くすんだピンクのサンダルまでもが発光し、赤い靴の呪いにかかってしまう。
「赤い靴?あっ、ああああ」
鈴木さんが、その場で背筋を伸ばしてぶるんと身震いする。そして、手にした松葉帚を人に見立てたようにダンスを踊り出した。
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