第14話 指切りの強化術《バフ》。


 突然左手を押さえて苦痛の呻き声を上げた村長、先程までの憎たらしい表情から一転して脂汗あぶらあせを垂らしている。


「どうした村長?お手々ててでも痛いのか?」


「ぐぐぐっ!ど、どうしてっ、どうして急に手がっ!?」


「そ、村長っ!どうしただ?急に…」


 マケボの親父が村長の顔を覗き込む。


「あっ、じゃあお前らでも良いや。よ?マケボにオボカの親父…。昨日、村長は俺んに放火した後に村長の家もまた火の不始末で火事になった…。その時、自分が助かりたいあまり俺にこの村にいてくれとよな?」


 俺は村長のすぐ横にいた戦士マケボ女賢者オボカの親父たちに話を向けた。


「そ、そんな約束何か…し、していな…ギャアアアッ!」

「そんなモノはお前のデタラメ…うわああっ!」


 マケボとオボカの親父二人も痛みに耐えかね地べたを転がっている。


「言った筈だぞ…、とな」


 俺は苦痛に呻く三人を見ながら言った。



「遙か異国の話だが…、その国には約束をする時に指切りと言う事をするという…」


 我が師匠、大魔術師テンコから聞いた話だ。


 指切り…。元々は自分の利き手の小指の先を噛み千切り、そこから溢れる血で決して裏切らぬ事を誓った文書をしたためた事に由来する儀式だそうだ。

 それが様々な国に伝播でんぱしたが少しずつ形を変えていったと言う。とある国の儀式では実際に指を千切ったりはしないが、約束をたがえた場合には針千本を飲ませる罰を与えたらしい。


「村長、俺は確認したよな?『?』ってよ。だから俺は『指切プロミス』の強化術バフをかけた。おかげで村長、お前助かったろ?普通、家も倉庫も失ったらもっと落胆するものだ。それがこうしてふてぶてしく文句を付けに来れるんだから…」


「こ、これが強化術バフだと?」


「ああ、そうだ。だけど良いものだろう?気持ちを強く持てた、しかも代償はほとんど無い。…ただそれだけ、それだけだよ。子供にでも分かる」


「うぐぐ…。じゃ、じゃあ約束を破ったらどうなるんだべっ?」


 恐怖に駆られたか、すっかり余裕を無くしたマケボの父親が問いかけてきた。


「死ぬよ」

「ヒィッ!」


 俺の短い返答こたえ間髪かんはつ入れず今度はオボカの親父が悲鳴を上げた。


「お前ら、左手薬指をよーく見てみろ。《《ひどい内出血をしたみたいに紫色になっているだろう?それが嘘をつくたびにどんどん広がり指から腕、腕から肩とどんどん広がっていく…。そして肩の次は胸…。そう…心臓がある胸に変色が達した時、お前たちの心臓は耐えきれずに破裂する。…いてーぞ?」


 ごくり、三人が同時につばを飲み込んだ。


「改めて聞くぞ、お前ら。村長から俺にこの村にいてくれと持ちかけた…そうだな?よぅく考えて返答してくれよ?」、



 俺の問いに対しマケボとオボカの親父たちはすぐにその通りだと村長を、あっさりと裏切った。


 しかし、村長はさらに否定をした。もしかするとこの『指切プロミス』の魔法を疑っていたのかも知れない。

 だがこの『指切』の魔法はれっきとした肉体に作用するタイプの肉体作用付与魔法フィジカル・エンチャントの一種だ。約束を破った際にはもっと凶悪な効果が発動する事にしても良いが、嘘をついて言った事を反故ほごにする気なのは見え見えだったので警告の為にあえて分かりやすい効果が出るようにしたのだ。


 だが左手薬指だけが紫に変色していたものが二度目の嘘をついた事で肘まで変色し、痛みもそれに比例して増した事でさすがに嘘をつききれないも諦めたのだろう。

 最後は懇願するように痛みを止めてくれと言っていたが、それなら嘘をつくなと突き放したところ渋々とだが自分からこの村に残るように言った事を認めた。


「じゃあ、これで俺がこの村に住む事に何の支障も無い事が確認され名実共に客分である事も示された。もうお前らに用は無いし帰ってくれて良いぞ」


 俺はそう言ってジャガイモの植え付け作業に専念する事にした。

 すると、また村長たちが騒ぎ出す。


「ま、まだ話は終わってないぞ!」


「うるさいなあ、見て分からないのか?俺は今ジャガイモの植え付けをやってるんだ。さっさと植えないと成長時期がバラバラになるんだ。ほれ、見てみろ。あの端っこのあたりを。もう芽吹いているだろう?時期を合わせないと収穫時期にバラつきが出る」


 俺の畑にかけた魔法付与で種芋の根付きはおろか成長スピードも段違いで育つ。だから流れ作業的にやっていきたい。


「い、今植え付けてるばかりなのにもう芽が出てるなんて…」

「それにあの小麦…、さっきより茎が伸びてないか?」


 村人たちも騒ぎ始める。


「クッ!ど、どうやらお前が村の畑に強化術バフをかけていたのは事実のようだ。なら、マリクお前に命令する!この村の土地全てに強化術をかけろ!」


 これが本題だとばかりに村長が命令してきた。


「誰がするかよ!それに俺は客分、作物を納める事も労役も代わりにお前ら村全体でやる。それが客分と言うものだ」


「だが、代わりに客分は何か村にとって役立つ事をする者もいるじゃないか!」


「そんな約束はしてねえよな?答えろ、村長!そんな条件を提示した上で客分にすると言ったのか?」


「言えよ、村長。沈黙は否定と見なし、また痛みが襲うぞ?」


 村長の瞳に怯えの色が浮かぶ。


「ぐっ…、し…していない」


「なら俺は何かする義理は無いな」


「マ、マリク!こンの人でなしが!村の為に何か役に立とうって気はえだか!世話になってるオラたちに!」


 俺は農作業の手を止め、ふざけた事を抜かしたマケボの父親の方へ数歩歩いた。


「なら、お前の家を跡形も無く燃やしてやろうか?」


「な、なんだと!放火ひつけは大罪だべ!火あぶりの刑だべ!」


「そうだな、だが法にはこうもあるぞ?報復はしても良いと。家族とかが殺されたりしたら仇討ちをするよなあ?怪我させられたら報復しても良いのは周知の通りだ。だったら最初、お前とオボカの親父は村長と一緒になって俺の家に放火をした訳だ。だったら共犯、やり返しても良いよなあ?」


 睨みを効かせて言ってやる。


「それに俺が一瞬で大水を出したのは覚えているよな?だったら今日は大きな炎を出してやろうか?お前の家の中にッ!」


「ぐううっ!」


「オボカの所もだ!自分たちのしでかした事の重大さをお前たちはどうも理解していないようだな」


「ヒィッ!」


「なら、どうあっても村に尽くす気は無いか…?」


 村長が分かりきった事を聞いてくる。


「愚問だな。何かしたくなるような事は全く無く、むしろ腹立たしい事しかない。アドバイスしてやる。まずは自分たちがしでかした事を理解し反省を、そして謝罪して信頼を取り戻すべきだ。そう簡単に取り戻せるものではないけどな」


「よし、お前たち!少しこの小生意気な強化術バフ使いに教えてやれ!コイツの体と家は石や松明を投げても跳ね返してくるが、それ以外は出来ない筈だ!畑を荒らしてやれ!なんだったら土ごと根こそぎ奪ってやれ!強化術バフが解除されて枯れたとしても、それはコイツにも痛手だ!作物が無ければなあ!」


 村長が暴挙としか言い様がない事を口にして、村人たちを焚きつける。


「な、なんだと?」


 俺は余りの事に驚く。


「それっ!この生意気な小僧に現実って奴を教えてやれ!」


 そう言って村長が『やれ!』とばかりに手を振りかざすと、村人たちが突撃の号令を受けた兵士のように押し寄せる。


「や、やめろーッ!」


 俺は叫んでいた。

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