あなたが作った地獄は 伊織

 姉が壊れたのは、たぶん私のせいだった。

 けれど、私が狂ったのは姉のせいだった。


 幼い頃に私たち姉妹を置いて出ていった父、その父から受け続けた暴力の憂さを私たちで晴らし続けて、外で適当に男を作ることで自我を保っていた母。そんな両親を見ていたせいだろうか、姉はものすごく私に優しかったし、私のことをずっと見守ってくれていたし、本当に私の為に生きてくれていた。

 幼い頃はそれが心地よかったし、とても誇らしかった。お姉ちゃんに愛されている私は誰よりも幸せだし、きっとみんな羨ましがるんだろうななんて勝手に思っていた。


 けれど、それが変わっていったのは小学校くらいのとき。

 きっかけは、友達の家に遊びに行った時だった。彼女の家にはお姉さんがいたけれど、ふたりの間で交わされる言葉はなんだか喧嘩腰で、ちょっとだけ怖かった。だから私はつい尋ねてしまったのだ。

『お姉さんとけんかしてるの?』

 それに対する彼女の返事は、『え、うちじゃ普通だよ?』というあっけらかんとしたもの。確かにそれを裏付けるように、その後部屋にやって来たお姉さんと彼女はとても楽しそうにしていたし、なんだかその距離感は友達によく似ているような気もした。そしてそのふたりの姿が、なんだかとても新鮮で、ちょっとだけ心に棘が刺さったような違和感を覚えた。

 たぶん、それが最初だった。


 他の友達とも話をしていくうち、お姉さんやお兄さん、弟や妹とのそういう距離感は彼女の家だけではないことがわかってきた。むしろもっと険悪そうに見えてても仲がよくて……それはお互いがちゃんとお互いで立っていられているような、何とも言えない羨ましさを覚えずにいられない光景に思えた。

 それを知ってから姉の行動を見ると、他のきょうだいではまずそこまでしないだろうなというくらいの干渉と、身体を触れ合わせる機会の多さが気になった。それと同時に、姉からもたらされるものを心地よいと思っている自分もいたし、そんな自分がひどく気持ち悪いものに思えて仕方なくなってしまっていた。

 そのままごちゃごちゃに混ざり合った気持ちを抱えて姉を見ていると、自分でも姉に何をするかわからない――そんな状態が苦しくて。


 だから、私はあの日。

 姉に言ってしまったのだ。

『もう私のことばっかりじゃなくていいよ』


 その言葉を向けたときの姉は、何もない顔をしていた。無表情だなんて言葉すら生易しくて、本当に、全てが抜け落ちて何もなくなってしまったような顔。

 ううん、もう顔だなんていう表現すら相応しくない――そこにあったのは、無だった。


 それからの姉との日々は、地獄の一言だった。母もその頃にはもう外に出たきり戻らなかったし、姉が当時既に成人していたからそれでも外見上は問題ない扱いにされてしまっていたのも、その地獄に拍車をかけることになった。

 その日から姉は、変わってしまった。

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